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【第六部:終わりと始まり】第六章
手品の種
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その日の夜も、ナイシェは眠れなかった。ディオネと話したかったが、仕事で忙しく、やっと時間ができたと思っても二人きりになる機会はなかった。業務が終わり、周りが寝静まるのを待ってから隣で横になっているディオネにそっと声をかけたが、ディオネも初日の大仕事で疲れていたのか、すでに眠っていた。
昼間の出来事をどう消化していいのかわからず、結局ナイシェはその補遺も寝床を抜け出した。ランプを片手に、昨夜のように大テントへ向かう。裏口へ行くと、出入り口の紐が解かれていた。
やっぱり。
ナイシェは控室へ向かった。昨夜のように、光が漏れている。中にいる人物を確認すると、今度はためらいなく入っていった。
「今日もやってるのね。もしかして、毎晩ここで練習しているの?」
ステッキとハンカチを持ったティーダが振り返る。今度は驚くそぶりはない。ティーダはにっこりと笑った。
「ナイシェこそ、毎晩こっそり練習するつもり?」
ナイシェは曖昧に笑った。今日は、練習しに来たわけではない。
「ねえ、やっぱり危ないから、練習は昼間にしたら? それか、せめてみんなのいるテントで」
ティーダは首を振った。
「物音でみんなの迷惑になるから。大丈夫だよ、朝だってちゃんと起きられるし」
そういう問題ではないのだが、ティーダは意外と頑固なことが、この数日でナイシェにもわかっていた。
ティーダは黙々と練習している。ステッキを振り上げ、大きく両腕を動かした瞬間、ステッキが消えて右手には黄色いハンカチが握られていた。ティーダがぱっと顔を輝かせる。
「できた! ナイシェ、見てた? やっとできたよ、ハンカチの手品!」
心底嬉しそうにしている。それも、今となっては不思議でならなかった。なぜなら、今日舞台で見た、あの手品は――
「今日の手品とは、違うのね」
なるべく自然に、ナイシェはいった。
「そりゃそうだよ、新しいのを練習してるんだから」
ティーダはあっけらかんとしている。
「そうじゃなくて……。ほら、今日の手品は、何ていうか……帽子の中が、光ってたみたいだから」
「そうだった?」
ティーダは再び顔を背けて練習を始めた。
「うん、そう見えた。だから、今の手品とは違う種類なのかな、って」
「はは、いくらナイシェでも種明かしはしないよ。種は手品師の命だからね」
ティーダが笑う。ナイシェはずっと、ティーダの横顔を見つめていた。
「私……その種、わかるかもしれない」
一瞬、ティーダの手が止まる。それから再び動き出した。
「まさか。ナイシェにはできないでしょ」
「ただの種じゃ、ないんじゃない? 何か、別の力が働いてるとか――神様が、手伝ってるとか」
なるべく明るい調子でいってみた。しかし、ティーダは再び手を止めた。振り向いたティーダの口元からは、笑みが消えていた。
「それさあ、神の民の力のこといってるの?」
淡々とした口調だった。怒っているのか恐れているのか、その声音からはティーダの感情は聞き取れない。
唐突にティーダのほうから核心に触れてきて、ナイシェは返答に窮した。
「……神の民を、知ってるの?」
何とかそういうと、ティーダの口元が片方だけ上がった。
「もちろん知ってるさ。子供だって、それくらいは知ってる。僕が神の民だといいたいわけ?」
どことなく挑戦的な口調だ。ナイシェは焦ってしまった。
「ええと……神の民だったら、あんなふうに、物を創ることができると思って……」
しどろもどろになった。
創造の民パテキアは、自在に物を創ることができる。そしてそのとき、物が誕生する前触れとして、その空間が光を発する。それは、間違いのない事実だった。ナイシェ自身が、昔パテキアだったのだから。
ティーダが今日舞台で放った光は、まさにあの光だった。黒いハンカチで覆っていても、知っている者が見ればわかる。だからこそ、姉のディオネも自分と同じ反応を見せたのだ。
だが、あの一瞬で、本当にそうだといい切れるのか? 神の民は、忌み嫌われている。安易に、まだ幼い少年に対して神の民のことを話題にするのは、好ましくないかもしれない。同様に、自分がかつてパテキアだったことも、簡単に話してはいけない。
まだどうすべきか心が定まらないまま、いてもたってもいられなくなってティーダに話しかけてしまった。そのことを、ナイシェは後悔していた。
「もし……もし神の民だったら、あまり人前では使わないほうがいいと思って。私は全然気にしないけど、普通は、ほら、よく思わない人もいるから……」
ティーダの様子をうかがいながら、何とかそこまで話す。ティーダは無表情に聞いていたが、やがて言葉を発した。
「迷惑なんだよね」
「え……?」
ティーダは強い口調でいった。
「人のことを神の民とかいうの、すごく迷惑なんだよね。ほかの人に聞かれたらどうしてくれるんだよ。ここから追い出されたら、ナイシェのせいだからね? いい加減な大嘘、二度といわないでくれる? 僕はちゃんと練習して手品をしてるんだよ」
髪に隠れて目が見えなくても、ティーダが怒っていることは容易にわかった。
「……ごめんなさい。ただ、本当に……神の民を狙う悪い人がいるから、心配になっただけ」
いわなければよかった。
ナイシェは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
もし本当に神の民なら、こんなふうに毎晩手品の練習なんてしない。自分の意思ひとつで物を創れてしまうのだ。何を努力する必要があろうか。
ティーダが仲間には内緒で毎晩練習しているのは知っている。さっきだって、成功してあんなうれしそうな笑顔を見せていたではないか。神の民ではないかと指摘することは、その努力自体を否定しているようなものなのだ。
「……ごめんなさい」
もう一度、謝った。
「……もういいよ、別に」
ティーダはぼそりと呟くと、小道具をしまい始めた。それからは一言も口をきかなかった。
昼間の出来事をどう消化していいのかわからず、結局ナイシェはその補遺も寝床を抜け出した。ランプを片手に、昨夜のように大テントへ向かう。裏口へ行くと、出入り口の紐が解かれていた。
やっぱり。
ナイシェは控室へ向かった。昨夜のように、光が漏れている。中にいる人物を確認すると、今度はためらいなく入っていった。
「今日もやってるのね。もしかして、毎晩ここで練習しているの?」
ステッキとハンカチを持ったティーダが振り返る。今度は驚くそぶりはない。ティーダはにっこりと笑った。
「ナイシェこそ、毎晩こっそり練習するつもり?」
ナイシェは曖昧に笑った。今日は、練習しに来たわけではない。
「ねえ、やっぱり危ないから、練習は昼間にしたら? それか、せめてみんなのいるテントで」
ティーダは首を振った。
「物音でみんなの迷惑になるから。大丈夫だよ、朝だってちゃんと起きられるし」
そういう問題ではないのだが、ティーダは意外と頑固なことが、この数日でナイシェにもわかっていた。
ティーダは黙々と練習している。ステッキを振り上げ、大きく両腕を動かした瞬間、ステッキが消えて右手には黄色いハンカチが握られていた。ティーダがぱっと顔を輝かせる。
「できた! ナイシェ、見てた? やっとできたよ、ハンカチの手品!」
心底嬉しそうにしている。それも、今となっては不思議でならなかった。なぜなら、今日舞台で見た、あの手品は――
「今日の手品とは、違うのね」
なるべく自然に、ナイシェはいった。
「そりゃそうだよ、新しいのを練習してるんだから」
ティーダはあっけらかんとしている。
「そうじゃなくて……。ほら、今日の手品は、何ていうか……帽子の中が、光ってたみたいだから」
「そうだった?」
ティーダは再び顔を背けて練習を始めた。
「うん、そう見えた。だから、今の手品とは違う種類なのかな、って」
「はは、いくらナイシェでも種明かしはしないよ。種は手品師の命だからね」
ティーダが笑う。ナイシェはずっと、ティーダの横顔を見つめていた。
「私……その種、わかるかもしれない」
一瞬、ティーダの手が止まる。それから再び動き出した。
「まさか。ナイシェにはできないでしょ」
「ただの種じゃ、ないんじゃない? 何か、別の力が働いてるとか――神様が、手伝ってるとか」
なるべく明るい調子でいってみた。しかし、ティーダは再び手を止めた。振り向いたティーダの口元からは、笑みが消えていた。
「それさあ、神の民の力のこといってるの?」
淡々とした口調だった。怒っているのか恐れているのか、その声音からはティーダの感情は聞き取れない。
唐突にティーダのほうから核心に触れてきて、ナイシェは返答に窮した。
「……神の民を、知ってるの?」
何とかそういうと、ティーダの口元が片方だけ上がった。
「もちろん知ってるさ。子供だって、それくらいは知ってる。僕が神の民だといいたいわけ?」
どことなく挑戦的な口調だ。ナイシェは焦ってしまった。
「ええと……神の民だったら、あんなふうに、物を創ることができると思って……」
しどろもどろになった。
創造の民パテキアは、自在に物を創ることができる。そしてそのとき、物が誕生する前触れとして、その空間が光を発する。それは、間違いのない事実だった。ナイシェ自身が、昔パテキアだったのだから。
ティーダが今日舞台で放った光は、まさにあの光だった。黒いハンカチで覆っていても、知っている者が見ればわかる。だからこそ、姉のディオネも自分と同じ反応を見せたのだ。
だが、あの一瞬で、本当にそうだといい切れるのか? 神の民は、忌み嫌われている。安易に、まだ幼い少年に対して神の民のことを話題にするのは、好ましくないかもしれない。同様に、自分がかつてパテキアだったことも、簡単に話してはいけない。
まだどうすべきか心が定まらないまま、いてもたってもいられなくなってティーダに話しかけてしまった。そのことを、ナイシェは後悔していた。
「もし……もし神の民だったら、あまり人前では使わないほうがいいと思って。私は全然気にしないけど、普通は、ほら、よく思わない人もいるから……」
ティーダの様子をうかがいながら、何とかそこまで話す。ティーダは無表情に聞いていたが、やがて言葉を発した。
「迷惑なんだよね」
「え……?」
ティーダは強い口調でいった。
「人のことを神の民とかいうの、すごく迷惑なんだよね。ほかの人に聞かれたらどうしてくれるんだよ。ここから追い出されたら、ナイシェのせいだからね? いい加減な大嘘、二度といわないでくれる? 僕はちゃんと練習して手品をしてるんだよ」
髪に隠れて目が見えなくても、ティーダが怒っていることは容易にわかった。
「……ごめんなさい。ただ、本当に……神の民を狙う悪い人がいるから、心配になっただけ」
いわなければよかった。
ナイシェは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
もし本当に神の民なら、こんなふうに毎晩手品の練習なんてしない。自分の意思ひとつで物を創れてしまうのだ。何を努力する必要があろうか。
ティーダが仲間には内緒で毎晩練習しているのは知っている。さっきだって、成功してあんなうれしそうな笑顔を見せていたではないか。神の民ではないかと指摘することは、その努力自体を否定しているようなものなのだ。
「……ごめんなさい」
もう一度、謝った。
「……もういいよ、別に」
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