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【第六部:終わりと始まり】第四章

王族の裏切り者

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「リキュス本人だ。国王であるリキュスが前国王の紋章を盗んで自らの評判を失墜させる動機はない。そう考えてきたが、動機がサラマ・アンギュース抹殺だとするならば、リキュスを容疑者から外す理由はなくなる」
「リキュスが、悪魔の手先ということか?」
「その可能性もある」

 正直にいって、ジュノレにはまったくわからなかった。誰が怪しいのか、誰を疑えばいいのか。

「……悪魔の手先という輩に、何か目印や特徴はないのか? 例えば、サラマ・アンギュースは、かけらを埋めた傷跡が体のどこかにあるという」

 ジュノレの問いを、テュリスは軽く笑って返した。

「知らないね。それこそ、おまえがエルシャから聞いてはいないのか」
「そもそも神託の話だってほとんどしないんだ。悪魔だとかそんなことは話題にすらならない」

 テュリスは喉を鳴らして笑った。

「恋人の名が泣くね」

 そういうものだろうか。

 また、胸の奥がちくりと痛んだ。

 今は互いにすべきことがある。ただそれに集中し、互いに余計な負担はかけまいとしているだけだ。自分だって、リキュスと二人三脚で進めている身分制度撤廃計画について、事細かにエルシャに話したことはない。どんなに心を許している相手だとしても、だからといってすべての悩みや胸の内をさらけ出すのとは違う。

 ジュノレはそう思っていた。それでもどこか胸が痛むのは、重すぎる使命を背負って戦うエルシャを、自分は何ひとつ助けてあげられないからだと、ジュノレは気づいた。

 自分は遠くから見守ることしかできない。いや、それすらできない。愛する男が死の淵にいたとき、自分はそれすら知らずに宮殿でいつものように時を過ごしていた。

「……そのとおりだな。私は何の役にも立たない」

 ジュノレの反応に、テュリスが意外そうな顔をしながらも楽しそうに声をあげる。

「これはこれは、珍しく弱気な発言だな。おまえの中の女を、初めて見た気がしたよ」

 女?

 ジュノレは気づいた。

 リキュスは私を、感傷的にならず合理的だと評していたが、どうやらそうでもなかったようだ。

 テュリスはまだにやにやと笑っている。

「おまえがリキュスに女のことで説教するなんて笑わせると思っていたが、まんざらでもないということか」

 これにはジュノレが驚く番だった。

「……リキュスが、そういっていたのか?」
「ああ。本人から聞いた。おまえに、女心がわかっていないといわれた、ってな」

 リキュスがテュリスとそんな私的な会話をしているところなど、想像がつかなかった。しばらく前までは、すれ違っても口もきかない仲だったはずだ。リキュスが変わったのか、それともテュリスが変わったのか。
 テュリスも察したようだ。

「世間様の評判は知っているがね、俺とリキュスだってその程度の話はするさ」

 テュリスは、ジュノレの予想を裏切ったことに満足しているようだ。冷めた紅茶を飲み干して書類を手に取った。それを合図に、ジュノレも席を立つ。
 扉を出る間際、テュリスが振り返っていった。

「そういうわけで、それらしき王族がいたら、知らせてくれ」
「わかった」

 そう答えながら、テュリスはこうして自分が誰を疑うのか探ろうとしているのではないか、という考えがふと頭をよぎって消えた。
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