302 / 371
【第六部:終わりと始まり】第四章
王族の裏切り者
しおりを挟む
「リキュス本人だ。国王であるリキュスが前国王の紋章を盗んで自らの評判を失墜させる動機はない。そう考えてきたが、動機がサラマ・アンギュース抹殺だとするならば、リキュスを容疑者から外す理由はなくなる」
「リキュスが、悪魔の手先ということか?」
「その可能性もある」
正直にいって、ジュノレにはまったくわからなかった。誰が怪しいのか、誰を疑えばいいのか。
「……悪魔の手先という輩に、何か目印や特徴はないのか? 例えば、サラマ・アンギュースは、かけらを埋めた傷跡が体のどこかにあるという」
ジュノレの問いを、テュリスは軽く笑って返した。
「知らないね。それこそ、おまえがエルシャから聞いてはいないのか」
「そもそも神託の話だってほとんどしないんだ。悪魔だとかそんなことは話題にすらならない」
テュリスは喉を鳴らして笑った。
「恋人の名が泣くね」
そういうものだろうか。
また、胸の奥がちくりと痛んだ。
今は互いにすべきことがある。ただそれに集中し、互いに余計な負担はかけまいとしているだけだ。自分だって、リキュスと二人三脚で進めている身分制度撤廃計画について、事細かにエルシャに話したことはない。どんなに心を許している相手だとしても、だからといってすべての悩みや胸の内をさらけ出すのとは違う。
ジュノレはそう思っていた。それでもどこか胸が痛むのは、重すぎる使命を背負って戦うエルシャを、自分は何ひとつ助けてあげられないからだと、ジュノレは気づいた。
自分は遠くから見守ることしかできない。いや、それすらできない。愛する男が死の淵にいたとき、自分はそれすら知らずに宮殿でいつものように時を過ごしていた。
「……そのとおりだな。私は何の役にも立たない」
ジュノレの反応に、テュリスが意外そうな顔をしながらも楽しそうに声をあげる。
「これはこれは、珍しく弱気な発言だな。おまえの中の女を、初めて見た気がしたよ」
女?
ジュノレは気づいた。
リキュスは私を、感傷的にならず合理的だと評していたが、どうやらそうでもなかったようだ。
テュリスはまだにやにやと笑っている。
「おまえがリキュスに女のことで説教するなんて笑わせると思っていたが、まんざらでもないということか」
これにはジュノレが驚く番だった。
「……リキュスが、そういっていたのか?」
「ああ。本人から聞いた。おまえに、女心がわかっていないといわれた、ってな」
リキュスがテュリスとそんな私的な会話をしているところなど、想像がつかなかった。しばらく前までは、すれ違っても口もきかない仲だったはずだ。リキュスが変わったのか、それともテュリスが変わったのか。
テュリスも察したようだ。
「世間様の評判は知っているがね、俺とリキュスだってその程度の話はするさ」
テュリスは、ジュノレの予想を裏切ったことに満足しているようだ。冷めた紅茶を飲み干して書類を手に取った。それを合図に、ジュノレも席を立つ。
扉を出る間際、テュリスが振り返っていった。
「そういうわけで、それらしき王族がいたら、知らせてくれ」
「わかった」
そう答えながら、テュリスはこうして自分が誰を疑うのか探ろうとしているのではないか、という考えがふと頭をよぎって消えた。
「リキュスが、悪魔の手先ということか?」
「その可能性もある」
正直にいって、ジュノレにはまったくわからなかった。誰が怪しいのか、誰を疑えばいいのか。
「……悪魔の手先という輩に、何か目印や特徴はないのか? 例えば、サラマ・アンギュースは、かけらを埋めた傷跡が体のどこかにあるという」
ジュノレの問いを、テュリスは軽く笑って返した。
「知らないね。それこそ、おまえがエルシャから聞いてはいないのか」
「そもそも神託の話だってほとんどしないんだ。悪魔だとかそんなことは話題にすらならない」
テュリスは喉を鳴らして笑った。
「恋人の名が泣くね」
そういうものだろうか。
また、胸の奥がちくりと痛んだ。
今は互いにすべきことがある。ただそれに集中し、互いに余計な負担はかけまいとしているだけだ。自分だって、リキュスと二人三脚で進めている身分制度撤廃計画について、事細かにエルシャに話したことはない。どんなに心を許している相手だとしても、だからといってすべての悩みや胸の内をさらけ出すのとは違う。
ジュノレはそう思っていた。それでもどこか胸が痛むのは、重すぎる使命を背負って戦うエルシャを、自分は何ひとつ助けてあげられないからだと、ジュノレは気づいた。
自分は遠くから見守ることしかできない。いや、それすらできない。愛する男が死の淵にいたとき、自分はそれすら知らずに宮殿でいつものように時を過ごしていた。
「……そのとおりだな。私は何の役にも立たない」
ジュノレの反応に、テュリスが意外そうな顔をしながらも楽しそうに声をあげる。
「これはこれは、珍しく弱気な発言だな。おまえの中の女を、初めて見た気がしたよ」
女?
ジュノレは気づいた。
リキュスは私を、感傷的にならず合理的だと評していたが、どうやらそうでもなかったようだ。
テュリスはまだにやにやと笑っている。
「おまえがリキュスに女のことで説教するなんて笑わせると思っていたが、まんざらでもないということか」
これにはジュノレが驚く番だった。
「……リキュスが、そういっていたのか?」
「ああ。本人から聞いた。おまえに、女心がわかっていないといわれた、ってな」
リキュスがテュリスとそんな私的な会話をしているところなど、想像がつかなかった。しばらく前までは、すれ違っても口もきかない仲だったはずだ。リキュスが変わったのか、それともテュリスが変わったのか。
テュリスも察したようだ。
「世間様の評判は知っているがね、俺とリキュスだってその程度の話はするさ」
テュリスは、ジュノレの予想を裏切ったことに満足しているようだ。冷めた紅茶を飲み干して書類を手に取った。それを合図に、ジュノレも席を立つ。
扉を出る間際、テュリスが振り返っていった。
「そういうわけで、それらしき王族がいたら、知らせてくれ」
「わかった」
そう答えながら、テュリスはこうして自分が誰を疑うのか探ろうとしているのではないか、という考えがふと頭をよぎって消えた。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~
柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」
テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。
この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。
誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。
しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。
その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。
だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。
「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」
「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」
これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語
2月28日HOTランキング9位!
3月1日HOTランキング6位!
本当にありがとうございます!
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
吉原遊郭一の花魁は恋をした
佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。
※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる