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【第六部:終わりと始まり】第三章
ミルドの告白
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部屋を出ると、ミルドが落ち着かない様子で座っていた。心配そうに顔をあげるミルドに、フェランは困ったように笑いかけた。
「もう来なくていいと、いわれてしまいました。娘についていてやれ、と……」
ミルドはうなずいた。
「そうですよね……。フェランさんたちの都合も考えず、ラミちゃんに寂しい思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、結局は僕からいい出したことですし。ただ……バスコさんが、本心からそういっているのか……僕は役に立てたのかどうか……」
バスコの様子を見ていても、いまだにそれがわからなかった。それでもミルドは深々と頭を下げた。
「とんでもない。あなたがいらしてから、父は家でもずいぶん穏やかになりました。おかげで私も……自分が嫌にならずに済みそうです」
ほっとする。少なくとも、親子関係は多少修復されたらしい。
ミルドは温かい茶をフェランへ差し出した。一口飲んで息をつく。しばらくの沈黙のあと、ミルドが口を開いた。
「父が……サラマ・アンギュースの家系だと、ご存じだったんですか?」
ぎくりとした。バスコがひた隠しにしてきた事実だったが、興奮したバスコとラミの言い合いが、否が応でもミルドの耳に入ったに違いない。
フェランはミルドの表情をうかがったが、そこに感情の起伏はなく、何も読み取れなかった。
「……途中で、気づきました」
フェランは正直にそういった。緊張で鼓動が速くなる。
自分の妻が神の民の家系だと知って、ミルドはどうするのだろう。何とか二人の役に立ちたいと思ってやってきたことが、自分のせいですべて裏目に出たとしたら? ミルドは、神の民を恨み、長年騙し続けてきたバスコと妻のモナを恨むだろうか。
ミルドの次の言葉が気になって、まともに目を見られなかった。緊張のあまり逃げ出したくなったとき、ミルドがいった。
「気づいたのに……父を、見捨てないでくださったのですか」
フェランはミルドの顔を見た。伏し目がちではあったが、その両目に涙がたまっている。
「ミルドさんは……神の民を、蔑んではいないのですか?」
ミルドは、その問いには答えず、突然こうべを垂れた。
「すみませんでした……! あなたがたを、騙すようなことをして……!」
なぜミルドが謝るのか、理解できなかった。ミルドの目から落ちた雫が、テーブルに染みを作る。
「父が、神の民の家族だと知れたら、フェランさんは協力してくれないだろうと思って……ずっと、黙っていました。私ももう限界で……助けの手を差し伸べてくださったフェランさんが、どんなにありがたかったことか。それで、その手を失いたくなくて……ずっと、いえずにいました」
これにはフェランも驚きを隠せなかった。
「ミルドさんは、かけらのことをご存じだったのですか!? バスコさんは、モナさんの幸せのために、絶対あなたに知られまいと……」
ミルドは小さなため息をついてから、訥々と話し出した。
「実は昔、モナ宛てに届いた手紙を、こっそり見てしまったことがあるんです。そこには、アデリアさんから引き継いだ神のかけらのことが書いてありました。恐らく……アデリアさんの、娘さんからの手紙なんだと思います。手紙は少ししかなくて、きっと、ほかのものは処分されたんでしょうね。神の民の家系だと絶対ばれないように、いつもどおり読んだら処分するようにと、その手紙にも書かれていましたから」
「アデリアさんの子供が、ずっとモナさんと連絡を取り合っていたんですね?」
「そうだと思います。私も、はじめはとても驚いて……騙されたと、感じました。でも……これまでともに過ごしてきたモナが、嘘の姿だなんて、とても思えませんでした。モナは、父をとても大事にしていました。親殺しとか、非情だとか、そんな神の民にまつわる噂なんて、モナに限っては、絶対に当てはまらなかった。それで、気づいたんです。父もモナも、恐らくはアデリアさんも、神の民であることで不当な差別を受けないために、全力でこの秘密を守り通すつもりなのだ、と。だから私は、一生、騙され続けることにしたんです。なので、あなたにも……いえませんでした……」
強く握られたミルドの両こぶしは震え、その上にいくつもの涙が零れ落ちた。
何ということだろう。この家族は、互いの幸せを守り抜くために、互いに大きな秘密を抱え込んでいたのだ。
フェランはミルドの冷たくなった両手にそっと自分のそれを重ねた。
「バスコさんが僕をアデリアさんと見間違えたのは、運命だったのかもしれません」
ミルドが真っ赤になった目を向けた。
「……僕も、サラマ・アンギュースなんです。そして……ラミの母も、そうでした」
「もう来なくていいと、いわれてしまいました。娘についていてやれ、と……」
ミルドはうなずいた。
「そうですよね……。フェランさんたちの都合も考えず、ラミちゃんに寂しい思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、結局は僕からいい出したことですし。ただ……バスコさんが、本心からそういっているのか……僕は役に立てたのかどうか……」
バスコの様子を見ていても、いまだにそれがわからなかった。それでもミルドは深々と頭を下げた。
「とんでもない。あなたがいらしてから、父は家でもずいぶん穏やかになりました。おかげで私も……自分が嫌にならずに済みそうです」
ほっとする。少なくとも、親子関係は多少修復されたらしい。
ミルドは温かい茶をフェランへ差し出した。一口飲んで息をつく。しばらくの沈黙のあと、ミルドが口を開いた。
「父が……サラマ・アンギュースの家系だと、ご存じだったんですか?」
ぎくりとした。バスコがひた隠しにしてきた事実だったが、興奮したバスコとラミの言い合いが、否が応でもミルドの耳に入ったに違いない。
フェランはミルドの表情をうかがったが、そこに感情の起伏はなく、何も読み取れなかった。
「……途中で、気づきました」
フェランは正直にそういった。緊張で鼓動が速くなる。
自分の妻が神の民の家系だと知って、ミルドはどうするのだろう。何とか二人の役に立ちたいと思ってやってきたことが、自分のせいですべて裏目に出たとしたら? ミルドは、神の民を恨み、長年騙し続けてきたバスコと妻のモナを恨むだろうか。
ミルドの次の言葉が気になって、まともに目を見られなかった。緊張のあまり逃げ出したくなったとき、ミルドがいった。
「気づいたのに……父を、見捨てないでくださったのですか」
フェランはミルドの顔を見た。伏し目がちではあったが、その両目に涙がたまっている。
「ミルドさんは……神の民を、蔑んではいないのですか?」
ミルドは、その問いには答えず、突然こうべを垂れた。
「すみませんでした……! あなたがたを、騙すようなことをして……!」
なぜミルドが謝るのか、理解できなかった。ミルドの目から落ちた雫が、テーブルに染みを作る。
「父が、神の民の家族だと知れたら、フェランさんは協力してくれないだろうと思って……ずっと、黙っていました。私ももう限界で……助けの手を差し伸べてくださったフェランさんが、どんなにありがたかったことか。それで、その手を失いたくなくて……ずっと、いえずにいました」
これにはフェランも驚きを隠せなかった。
「ミルドさんは、かけらのことをご存じだったのですか!? バスコさんは、モナさんの幸せのために、絶対あなたに知られまいと……」
ミルドは小さなため息をついてから、訥々と話し出した。
「実は昔、モナ宛てに届いた手紙を、こっそり見てしまったことがあるんです。そこには、アデリアさんから引き継いだ神のかけらのことが書いてありました。恐らく……アデリアさんの、娘さんからの手紙なんだと思います。手紙は少ししかなくて、きっと、ほかのものは処分されたんでしょうね。神の民の家系だと絶対ばれないように、いつもどおり読んだら処分するようにと、その手紙にも書かれていましたから」
「アデリアさんの子供が、ずっとモナさんと連絡を取り合っていたんですね?」
「そうだと思います。私も、はじめはとても驚いて……騙されたと、感じました。でも……これまでともに過ごしてきたモナが、嘘の姿だなんて、とても思えませんでした。モナは、父をとても大事にしていました。親殺しとか、非情だとか、そんな神の民にまつわる噂なんて、モナに限っては、絶対に当てはまらなかった。それで、気づいたんです。父もモナも、恐らくはアデリアさんも、神の民であることで不当な差別を受けないために、全力でこの秘密を守り通すつもりなのだ、と。だから私は、一生、騙され続けることにしたんです。なので、あなたにも……いえませんでした……」
強く握られたミルドの両こぶしは震え、その上にいくつもの涙が零れ落ちた。
何ということだろう。この家族は、互いの幸せを守り抜くために、互いに大きな秘密を抱え込んでいたのだ。
フェランはミルドの冷たくなった両手にそっと自分のそれを重ねた。
「バスコさんが僕をアデリアさんと見間違えたのは、運命だったのかもしれません」
ミルドが真っ赤になった目を向けた。
「……僕も、サラマ・アンギュースなんです。そして……ラミの母も、そうでした」
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