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【第六部:終わりと始まり】第三章
かけらの数
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空がすっかり暗くなり、人通りも減ってきたころ、ようやくフェランは宿に戻った。静かに扉を開けると、エルシャとゼムズが酒を飲み交わしているところだった。
「遅かったな。そろそろ何かあったんじゃないかと心配しだすところだった」
エルシャが笑顔でいう。あえて声を落としているのは、隣の部屋でラミが寝ているからだろう。
「おう、女が夜道を一人歩きするのは危ないからな」
ゼムズはエルシャより酒が回っているのか、上機嫌だ。
「女ではないので大丈夫です」
フェランが憮然として答えると、ゼムズはフェランの顔をまじまじと覗き込んできた。
「いや、どう見ても女だよなあ。それも、とびきり美人の」
さすがのゼムズも、昨日のように動揺することはなくなった。その代わり、しつこく眺めては、化粧の力はすごいだの、いやフェランがすごいだの、ぶつぶついっている。フェランは相手にはせずにさっさと着替えることにした。
「元気がないな。どうかしたのか」
フェランの様子がいつもと違うのに気づいたのはエルシャだった。化粧を落とし無造作に長い髪をまとめると、フェランは二人と同じ席についた。その神妙な面持ちに、ゼムズもただならぬ気配を感じ取ったようだ。杯を置くと、咳払いをして椅子に座り直した。
「実は……」
フェランは、その日の出来事を話した。真っ先に反応したのはゼムズだった。
「母親の形見が、神の民のかけらだと!?」
思わず声が大きくなり、エルシャがいさめる。ゼムズは慌てて小声に戻った。
「つまり、あのじいさんはサラマ・アンギュースと知っていて結婚したわけか。そして今は、その娘であるアデリアが、かけらを持っている可能性が高い、と……」
フェランはうなずいた。
「といっても、アデリアさんはもう七十歳近いはずです。何とか居場所を突き止められればと、先ほどまでミルドさんにも話を聞いていたのですが……」
ゼムズが身を乗り出す。
「何か、思い出したのか!?」
フェランは首を横に振った。
「まったく記憶にないそうで……。それはそうです。おじいさんもモナさんも、お姉さんのことはひた隠しにしてきたんですから。けして、親戚に神の民がいることを悟られないように、アデリアさんの気遣いを無駄にしないように、口を閉ざして生きてきたんですから」
「じゃあおまえ、ミルドには……」
「アデリアさんがサラマ・アンギュースだということは、話していません。話すつもりもありません」
ゼムズが軽く舌打ちをする。
「なんだ、それを伝えれば、何か思いだすこともあるかもしれねえのに」
フェランは再び首を振った。
「おじいさんとその家族が、人生をかけて秘密にしてきたことです。確かに、ミルドさんなら話しても偏見なく受け入れてくれるかもしれませんが……僕たちが、立ち入ってはいけない部分です」
ゼムズはまだ不満そうだったが、エルシャは納得しているようだった。
「くそ、こんなところにサラマ・アンギュース探しの手がかりが転がってたっていうのによ」
ゼムズが文句をいう中、エルシャはひとり思案顔をしていた。しばらくしてから、エルシャがいった。
「そのおじいさんは、母親が何の民だったのか、手がかりになるようなことはいっていなかったか?」
フェランは時間をかけて思い返してみた。
「……いえ、それらしいことは何も。かけらの力を使ったとか、そういう話も何も聞いていません。まあ、隠し通して生きてきたくらいですから、力など使ったこともないのかもしれませんが……。それが、何かの手がかりに?」
フェランの問いに、エルシャが言葉を選びながらいった。
「……神の民のかけらの数が、わかったんだ」
今度はフェランが驚く番だった。
「数って……! あと何人いるのか、わかったのですか!?」
エルシャはうなずいた。
「俺に埋められた、神の記憶。この中に、手がかりがあった。悪魔との戦いのあと、神の魂ともいえる力の塊は、粉々に砕け散って地上に降り注いだ。そのときの記憶が、ずっと断片的だったんだ。それが、やっと繋がり始めた。何度も確認したから、間違いないと思う。神の民のかけらは――全部で、十二個だ」
「遅かったな。そろそろ何かあったんじゃないかと心配しだすところだった」
エルシャが笑顔でいう。あえて声を落としているのは、隣の部屋でラミが寝ているからだろう。
「おう、女が夜道を一人歩きするのは危ないからな」
ゼムズはエルシャより酒が回っているのか、上機嫌だ。
「女ではないので大丈夫です」
フェランが憮然として答えると、ゼムズはフェランの顔をまじまじと覗き込んできた。
「いや、どう見ても女だよなあ。それも、とびきり美人の」
さすがのゼムズも、昨日のように動揺することはなくなった。その代わり、しつこく眺めては、化粧の力はすごいだの、いやフェランがすごいだの、ぶつぶついっている。フェランは相手にはせずにさっさと着替えることにした。
「元気がないな。どうかしたのか」
フェランの様子がいつもと違うのに気づいたのはエルシャだった。化粧を落とし無造作に長い髪をまとめると、フェランは二人と同じ席についた。その神妙な面持ちに、ゼムズもただならぬ気配を感じ取ったようだ。杯を置くと、咳払いをして椅子に座り直した。
「実は……」
フェランは、その日の出来事を話した。真っ先に反応したのはゼムズだった。
「母親の形見が、神の民のかけらだと!?」
思わず声が大きくなり、エルシャがいさめる。ゼムズは慌てて小声に戻った。
「つまり、あのじいさんはサラマ・アンギュースと知っていて結婚したわけか。そして今は、その娘であるアデリアが、かけらを持っている可能性が高い、と……」
フェランはうなずいた。
「といっても、アデリアさんはもう七十歳近いはずです。何とか居場所を突き止められればと、先ほどまでミルドさんにも話を聞いていたのですが……」
ゼムズが身を乗り出す。
「何か、思い出したのか!?」
フェランは首を横に振った。
「まったく記憶にないそうで……。それはそうです。おじいさんもモナさんも、お姉さんのことはひた隠しにしてきたんですから。けして、親戚に神の民がいることを悟られないように、アデリアさんの気遣いを無駄にしないように、口を閉ざして生きてきたんですから」
「じゃあおまえ、ミルドには……」
「アデリアさんがサラマ・アンギュースだということは、話していません。話すつもりもありません」
ゼムズが軽く舌打ちをする。
「なんだ、それを伝えれば、何か思いだすこともあるかもしれねえのに」
フェランは再び首を振った。
「おじいさんとその家族が、人生をかけて秘密にしてきたことです。確かに、ミルドさんなら話しても偏見なく受け入れてくれるかもしれませんが……僕たちが、立ち入ってはいけない部分です」
ゼムズはまだ不満そうだったが、エルシャは納得しているようだった。
「くそ、こんなところにサラマ・アンギュース探しの手がかりが転がってたっていうのによ」
ゼムズが文句をいう中、エルシャはひとり思案顔をしていた。しばらくしてから、エルシャがいった。
「そのおじいさんは、母親が何の民だったのか、手がかりになるようなことはいっていなかったか?」
フェランは時間をかけて思い返してみた。
「……いえ、それらしいことは何も。かけらの力を使ったとか、そういう話も何も聞いていません。まあ、隠し通して生きてきたくらいですから、力など使ったこともないのかもしれませんが……。それが、何かの手がかりに?」
フェランの問いに、エルシャが言葉を選びながらいった。
「……神の民のかけらの数が、わかったんだ」
今度はフェランが驚く番だった。
「数って……! あと何人いるのか、わかったのですか!?」
エルシャはうなずいた。
「俺に埋められた、神の記憶。この中に、手がかりがあった。悪魔との戦いのあと、神の魂ともいえる力の塊は、粉々に砕け散って地上に降り注いだ。そのときの記憶が、ずっと断片的だったんだ。それが、やっと繋がり始めた。何度も確認したから、間違いないと思う。神の民のかけらは――全部で、十二個だ」
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