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【第六部:終わりと始まり】第一章

旧友との予期せぬ再会

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「姉さん、起きて! もうお昼よ」


 頭まで布団をかぶったままのディオネを、ナイシェはぐいぐいとゆすった。

「まだ暗いじゃない、あと少し……」

 布団から目だけ出し、ディオネが呻く。

「今日は雨だから外が暗いだけよ。もう開店準備しなきゃ」

「だめ……明るくないと、目が覚めない……」

 ナイシェは近くの燭台に目を向けた。

「仕方ないわね。今明るくするから――」

 火をつけるため蝋燭に右手をかざそうとして、手が止まった。

 ……そうだ、私はもう創造の民ではなくなったんだ。何もないところに、火は生み出せない。

「……火、とってくるから」

 右手を下ろし、ナイシェは部屋を出た。すでにサリがいた。

「おはよう! 朝の買い出しは終わったよ。材料は全部酒場に置いてある。ナイシェが提案してくれた新料理、すごく評判がいいんだよ。今日は身の締まったいい肉がたくさん入ったからさ、たくさん作っちゃってよ」

 ナイシェは喜んでうなずいた。

 ナイシェとディオネがサリの酒場に加わってから、一か月が過ぎようとしていた。ディオネは軽妙な語り口と程よい色気で酒場の人気者になり、ナイシェは主に厨房を担当して次々と新しい料理を提供した。以前より繁盛するようになり、二人分の給料も遅れることなく払われた。若い女性三人だけで営む酒場の評判は徐々に町中に広がり、様々な客が訪れるようになったが、それでも安全と秩序を守り続けていられるのは、サリの管理能力のおかげだった。

 その日の夕方、いつものように開店へ向けて厨房で下ごしらえをしていると、来客を示す鈴の音が聞こえた。カウンターに出ていたサリが対応する声が聞こえ、しばらくして、そのサリから声がかかった。

「ナイシェ! ちょっと来て、頼みがあるの」

 カウンターへ向かうと、サリが何やらビラの束を抱えていた。

「これね、来週からうちの町で巡業する芸能一座のちらしなんだけど、うちでも宣伝してくれないかって、こちらの方が」

 サリの指し示す来客のほうへ目を向け、ナイシェは小さく声をあげた。
 自分より少しだけ年上の、艶やかな濃い茶の長髪をした女性。りりしい眉と細い目が、今は大きく見開かれ、ナイシェを見つめていた。

「ナイシェ……? ナイシェっていったよね? 本当に、あんたなんだね?」

 低く通った声で女性がいう。ナイシェは息を呑んで手元のちらしを見た。

『リューイ一座――夢と幻想の世界へ、ようこそ――』

 もう一度、目を上げる。

「リューイ! また会えるなんて! とうとう。自分の一座を持ったのね!」

 ナイシェはカウンターから飛び出すと、しっかりリューイと抱き合った。

「ナイシェ! カルヴァから聞いてたよ。あんた、ニーニャにひどい仕打ちを受けて出ていった、って。ずっと気になってたんだ、元気そうでよかったよ」

 リューイは、ナイシェが幼いころ預けられた芸能一座の花形の踊り子だった。当時ナイシェは裏方の小間使いだったが、座長のニーニャがナイシェにつらく当たる中、リューイは何かとナイシェを気遣いやさしく接してくれた。あるとき、興行の目玉である演目を前にリューイが怪我をし、急遽穴埋めに入ったのが、リューイにその実力を認められたナイシェだった。リューイは、ナイシェが自分のライバルとなり互いに一座を牽引していくことを楽しみにしていたようだったが、小間使いが一夜にして主役となったことを快く思わなかったニーニャがそれを許さず、ナイシェは一座を離れることにしたのだ。姉のディオネと再びともに暮らすため、ナイシェはそのとき偶然出会ったエルシャたちとトモロスを目指した。それが、すべての始まりだった。

「あのときは、挨拶もなしにごめんなさい。あのあと、いろいろあって……今は、姉さんと二人で、この酒場で働いているの」
「じゃあ、昔離れ離れになったっていうお姉さんと、再会できたんだね! にしても酒場だなんて、あんた、全然似合わない――おっとごめん」

 笑いを堪えながら、リューイは慌ててサリへ謝った。サリは気にするそぶりも見せず、気を利かせて少し離れた場所で開店準備をしている。

「私は主に厨房担当だから。これでもけっこう評判いいのよ。リューイもぜひ食べに来て。お酒もおいしいし、お仲間と一緒に。ニーニャから独立したんでしょ?」

 リューイは苦笑いをして首を横に振った。

「いや、それが……。実はさ、あんたがいなくなって何か月かしたころ、ニーニャが病気をこじらせて死んじまってさ。あたしが、ニーニャ一座をそっくりそのまま、受け継ぐことになったんだ。あれから何人か辞めたり、新しく入ったりもしたけど、カルヴァはまだいるよ。あんたが顔を出したら、絶対喜ぶよ。この町には一か月いる予定だからさ、遊びに来てよね」

 ナイシェは力強くうなずいた。
 軌道に乗ってきたサリの酒場と、懐かしい友人との再会。胸が高鳴るばかりだった。
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