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【第五部:聖なる村】第十二章
かけらの摘出
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手術の予定は速やかに組まれた。確かな腕を持つ医師と最新の薬剤や器具によって、ナイシェの左のわきの下とディオネの首の後ろから、二つのかけらが摘出された。
部屋の外で待機していたゼムズは、扉が開きエルシャが姿を現すと、すぐさま詰め寄った。
「どうだった!? 二人は無事なんだろうな!?」
エルシャはうなずいた。
「まったく問題ない。すでに隣の部屋に移動した。しばらくは複数の医師で状態を観察するそうだ」
「それで……かけらは……?」
エルシャは両手で持っていた二枚のガーゼに目を落とした。折りたたまれていたガーゼのひとつを、丁寧に開いていく。中からは、小指の爪ほどの大きさの、輝く透明な破片が出てきた。
「……こちらは、ナイシェのかけらだ……」
二人は、かけらからしばらく目が離せなかった。静かに光り輝くその様には、強くも奥ゆかしい不思議な気配が感じられる気がした。
エルシャはきり、と唇を噛んだ。
「胸が、痛いな……。切り離してはいけない彼女の大切な一部を、切り離してしまった……そんな気分だ……」
ゼムズが声を荒げた。
「だからいったじゃねえか! 俺は最初から反対だったんだ。なぜ彼女を引き留めようとしなかった? このかけらだけじゃねえ。ナイシェだってディオネだって、もう俺たちの一部だ。別れるなんて、おかしいんだよ!」
エルシャはかぶりを振った。
「おまえは、あのときのナイシェを見ていないからそういえるんだ。断腸の思いで離れる決意をしたナイシェを思いとどまらせようとしたら……俺たちは、彼女を追い詰めることになる」
「そんなことはねえよ。今までだって、たくさんの危機を乗り越えてきた。何かあっても、俺やおまえが全力で守る。今までどおり、やっていけるはずだ。ナイシェもディオネも、そんなにやわじゃねえ」
語気を強くするゼムズに、しかしエルシャは静かな声で応じた。
「あの二人は、血の気が多い用心棒だったおまえや、母親を失って居場所をなくしたラミとは違う。もともとは、十一年ぶりに再会して二人水入らずの時間を過ごすはずだった、平凡な姉妹なんだ。その二人が、もう無理だと思うなら、俺たちはこれ以上追い詰めるべきではない」
苛立ちを隠しきれないゼムズは、とうとう怒りをあらわにしてエルシャの胸ぐらを掴んだ。
「べきだとかべきでないとか、そういう理屈やきれいごとにはうんざりなんだよ! てめえの気持ちはどうなんだよ!?」
エルシャは左手のかけらを握りしめると、右腕をゼムズの胸に叩きつけた。
「俺が喜んであの二人と別れるとでも思っているのか!?」
思わず声が上ずる。
「本心はおまえと同じだ。そう軽々しく口にすればおまえは満足するのか!? そうやって、自分の気持ちひとつで仲間を危険に曝すのか!? それは許されない。きれいごとっていわれてもな、仲間を守る道なら、自分の気持ちなんて関係ない。その道を選ぶだけだ。そうしなければ、ならないんだよ……!」
射るような目つきで、ゼムズを間近に凝視する。その反応に気圧され、ゼムズは掴んでいた右手をゆっくりとほどいた。エルシャも、我に返ったように身を引いた。
「引き留めろと、素直にいえるおまえが羨ましいよ……」
静かな声音に戻り、ぽつりとエルシャは呟いた。
部屋の外で待機していたゼムズは、扉が開きエルシャが姿を現すと、すぐさま詰め寄った。
「どうだった!? 二人は無事なんだろうな!?」
エルシャはうなずいた。
「まったく問題ない。すでに隣の部屋に移動した。しばらくは複数の医師で状態を観察するそうだ」
「それで……かけらは……?」
エルシャは両手で持っていた二枚のガーゼに目を落とした。折りたたまれていたガーゼのひとつを、丁寧に開いていく。中からは、小指の爪ほどの大きさの、輝く透明な破片が出てきた。
「……こちらは、ナイシェのかけらだ……」
二人は、かけらからしばらく目が離せなかった。静かに光り輝くその様には、強くも奥ゆかしい不思議な気配が感じられる気がした。
エルシャはきり、と唇を噛んだ。
「胸が、痛いな……。切り離してはいけない彼女の大切な一部を、切り離してしまった……そんな気分だ……」
ゼムズが声を荒げた。
「だからいったじゃねえか! 俺は最初から反対だったんだ。なぜ彼女を引き留めようとしなかった? このかけらだけじゃねえ。ナイシェだってディオネだって、もう俺たちの一部だ。別れるなんて、おかしいんだよ!」
エルシャはかぶりを振った。
「おまえは、あのときのナイシェを見ていないからそういえるんだ。断腸の思いで離れる決意をしたナイシェを思いとどまらせようとしたら……俺たちは、彼女を追い詰めることになる」
「そんなことはねえよ。今までだって、たくさんの危機を乗り越えてきた。何かあっても、俺やおまえが全力で守る。今までどおり、やっていけるはずだ。ナイシェもディオネも、そんなにやわじゃねえ」
語気を強くするゼムズに、しかしエルシャは静かな声で応じた。
「あの二人は、血の気が多い用心棒だったおまえや、母親を失って居場所をなくしたラミとは違う。もともとは、十一年ぶりに再会して二人水入らずの時間を過ごすはずだった、平凡な姉妹なんだ。その二人が、もう無理だと思うなら、俺たちはこれ以上追い詰めるべきではない」
苛立ちを隠しきれないゼムズは、とうとう怒りをあらわにしてエルシャの胸ぐらを掴んだ。
「べきだとかべきでないとか、そういう理屈やきれいごとにはうんざりなんだよ! てめえの気持ちはどうなんだよ!?」
エルシャは左手のかけらを握りしめると、右腕をゼムズの胸に叩きつけた。
「俺が喜んであの二人と別れるとでも思っているのか!?」
思わず声が上ずる。
「本心はおまえと同じだ。そう軽々しく口にすればおまえは満足するのか!? そうやって、自分の気持ちひとつで仲間を危険に曝すのか!? それは許されない。きれいごとっていわれてもな、仲間を守る道なら、自分の気持ちなんて関係ない。その道を選ぶだけだ。そうしなければ、ならないんだよ……!」
射るような目つきで、ゼムズを間近に凝視する。その反応に気圧され、ゼムズは掴んでいた右手をゆっくりとほどいた。エルシャも、我に返ったように身を引いた。
「引き留めろと、素直にいえるおまえが羨ましいよ……」
静かな声音に戻り、ぽつりとエルシャは呟いた。
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