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【第五部:聖なる村】第十二章
ナイシェの選択
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大事な話がある、とナイシェに告げられたときから、何となく予感していたのかもしれない。その言葉を聞いたとき、エルシャは思いのほか冷静に受け止めている自分に気づいた。ナイシェは伏し目がちに両こぶしを握り締め、その肩はかすかに震えていた。
「勝手なことをいってごめんなさい。みんな辛いのに、私だけ逃げ出そうとして、本当にごめんなさい……」
ただひたすら謝り続けるナイシェに、エルシャはやさしく声をかけた。
「前にもいっただろう? 君が謝る必要はない。何も悪いことなどしていないのだから。むしろ、こんな危険な旅に君たち姉妹を巻き込んで、すまなかった」
ナイシェはかぶりを振った。
「ついていくって決めたのは私だもの。エルシャのせいじゃない。私の……覚悟が、足りなかったの」
「そんなことはないよ、ナイシェ。君は強いし、頼もしかった。こんなに小さな体なのにね」
エルシャはそういって微笑んだ。
「頼むから、自分を責めないで。君は、もっとわがままに生きていい。俺たちは……君が苦しむ姿なんて、見たくないんだ」
そして隣に座るフェランを見やる。フェランは、ただじっとナイシェを見つめたまま、何もいわなかった。
ナイシェは目を伏せたままいった。
「かけらは、エルシャに託すわ。姉さんの分も。それを持っていってください」
「だが、それはご両親の形見だろう?」
エルシャの言葉に、ナイシェはやっと顔をあげた。
「そんなの、エルシャの背負った使命に比べれば……。逃げ出す私には、それくらいしかできないから。エルシャは……絶対に、かけらをすべて集めなきゃいけない人だから」
エルシャはうなずいた。
「……わかった。では、宮殿の最高の技術を持つ医師に、取り出させよう。最小限の痛みで、安全に。もちろん俺も立ち会う。そこまですれば、悪魔の手先が君たち姉妹をこれ以上つけ狙うことはなくなるだろう。君たちは神のかけらを手放すことで、この先心穏やかに暮らすことができるはずだ」
ナイシェは涙を一粒こぼした。
「……ありがとう」
二粒目の涙が膝に落ちた。
「本当に、ありがとう。今までたくさん、ありがとう。初めて出会ったときから、私を助けてくれて、ずっとやさしくしてくれて。みんなとの旅は、絶対忘れない。辛いこともあったけど、楽しいこともいっぱいあって……かけがえのない仲間だと、思ってた。今こんなこといっても信じてもらえないかもしれないけど、エルシャもフェランも、みんな、大好きな仲間だったの」
涙が止まらなくなっていた。エルシャはそんなナイシェの髪をやさしく撫でた。
「俺は、ナイシェがどれだけ思い悩んでこの結論を出したのか、わかっているつもりだ。君の強さ、やさしさ、素直さ、純粋さ。全部わかっている。だからこその結論なんだと、わかっているよ。だから、泣かないで。君はいつも、笑っていてくれ。俺もフェランも、君のお姉さんも、一番それを望んでいる」
ナイシェは口元を強く手で押さえて嗚咽を堪えようとした。自分は今泣いてはいけない人間なんだといい聞かせるようだった。感情を押し込め、ひとつ大きく息を吸うと、ナイシェはゆっくりと立ち上がった。
「今まで、どうもありがとう」
それだけいうと、二人に向かって頭を下げ、ひどく静かに、エルシャの部屋から出ていった。
しばらくの静寂のあと、口を開いたのはフェランだった。
「……引き留めないんですね」
「おまえなら、引き留められるか?」
フェランは黙ってしまった。
ディオネがあんなことになってからのナイシェの姿は、見ていられないほどに混乱し、憔悴していた。己の感情に任せて彼女をとどまらせようとすることは、あまりにも身勝手な行為だと思えた。
「俺は……ナイシェもディオネも、今では家族のように大切な仲間だと思っていた。だが、彼女たちがかけらを手放すのなら……俺にはもう、彼女たちを引き止める権利は、ないんだな。むしろ……この危険な戦いに、巻き込んではいけない存在に、なるんだな……」
訥々と語るエルシャの声音は、寂寥をはらんでいた。
「離れ離れになっても、これまでがなかったことになるわけではありません。ナイシェたちも、わかっていますよ。エルシャ、自分でいっていたではないですか。ナイシェの笑顔を心から守りたい、苦しむナイシェは見たくない、と。彼女がかけらを手放して僕たちから離れることで、僕たちは彼女を守ることができるんです。この旅の苦しみから、解放してあげられる。だから……これでいいんですよ、エルシャ」
静かに、フェランはそう語りかけた。エルシャに向けた言葉を、そのまま自分でも反芻する。エルシャはゆっくりとうなずいた。
「そうだな……。俺たちにできることは、安全に二人のかけらを引き継ぎ、神の使命をまっとうすることだ。公の形で手術を執り行い、この宮殿に潜んでいる悪魔の手先にも、それを知らしめる。そういうことだな」
フェランが微笑んでうなずいた。
「二人のために、全力を尽くしましょう」
「勝手なことをいってごめんなさい。みんな辛いのに、私だけ逃げ出そうとして、本当にごめんなさい……」
ただひたすら謝り続けるナイシェに、エルシャはやさしく声をかけた。
「前にもいっただろう? 君が謝る必要はない。何も悪いことなどしていないのだから。むしろ、こんな危険な旅に君たち姉妹を巻き込んで、すまなかった」
ナイシェはかぶりを振った。
「ついていくって決めたのは私だもの。エルシャのせいじゃない。私の……覚悟が、足りなかったの」
「そんなことはないよ、ナイシェ。君は強いし、頼もしかった。こんなに小さな体なのにね」
エルシャはそういって微笑んだ。
「頼むから、自分を責めないで。君は、もっとわがままに生きていい。俺たちは……君が苦しむ姿なんて、見たくないんだ」
そして隣に座るフェランを見やる。フェランは、ただじっとナイシェを見つめたまま、何もいわなかった。
ナイシェは目を伏せたままいった。
「かけらは、エルシャに託すわ。姉さんの分も。それを持っていってください」
「だが、それはご両親の形見だろう?」
エルシャの言葉に、ナイシェはやっと顔をあげた。
「そんなの、エルシャの背負った使命に比べれば……。逃げ出す私には、それくらいしかできないから。エルシャは……絶対に、かけらをすべて集めなきゃいけない人だから」
エルシャはうなずいた。
「……わかった。では、宮殿の最高の技術を持つ医師に、取り出させよう。最小限の痛みで、安全に。もちろん俺も立ち会う。そこまですれば、悪魔の手先が君たち姉妹をこれ以上つけ狙うことはなくなるだろう。君たちは神のかけらを手放すことで、この先心穏やかに暮らすことができるはずだ」
ナイシェは涙を一粒こぼした。
「……ありがとう」
二粒目の涙が膝に落ちた。
「本当に、ありがとう。今までたくさん、ありがとう。初めて出会ったときから、私を助けてくれて、ずっとやさしくしてくれて。みんなとの旅は、絶対忘れない。辛いこともあったけど、楽しいこともいっぱいあって……かけがえのない仲間だと、思ってた。今こんなこといっても信じてもらえないかもしれないけど、エルシャもフェランも、みんな、大好きな仲間だったの」
涙が止まらなくなっていた。エルシャはそんなナイシェの髪をやさしく撫でた。
「俺は、ナイシェがどれだけ思い悩んでこの結論を出したのか、わかっているつもりだ。君の強さ、やさしさ、素直さ、純粋さ。全部わかっている。だからこその結論なんだと、わかっているよ。だから、泣かないで。君はいつも、笑っていてくれ。俺もフェランも、君のお姉さんも、一番それを望んでいる」
ナイシェは口元を強く手で押さえて嗚咽を堪えようとした。自分は今泣いてはいけない人間なんだといい聞かせるようだった。感情を押し込め、ひとつ大きく息を吸うと、ナイシェはゆっくりと立ち上がった。
「今まで、どうもありがとう」
それだけいうと、二人に向かって頭を下げ、ひどく静かに、エルシャの部屋から出ていった。
しばらくの静寂のあと、口を開いたのはフェランだった。
「……引き留めないんですね」
「おまえなら、引き留められるか?」
フェランは黙ってしまった。
ディオネがあんなことになってからのナイシェの姿は、見ていられないほどに混乱し、憔悴していた。己の感情に任せて彼女をとどまらせようとすることは、あまりにも身勝手な行為だと思えた。
「俺は……ナイシェもディオネも、今では家族のように大切な仲間だと思っていた。だが、彼女たちがかけらを手放すのなら……俺にはもう、彼女たちを引き止める権利は、ないんだな。むしろ……この危険な戦いに、巻き込んではいけない存在に、なるんだな……」
訥々と語るエルシャの声音は、寂寥をはらんでいた。
「離れ離れになっても、これまでがなかったことになるわけではありません。ナイシェたちも、わかっていますよ。エルシャ、自分でいっていたではないですか。ナイシェの笑顔を心から守りたい、苦しむナイシェは見たくない、と。彼女がかけらを手放して僕たちから離れることで、僕たちは彼女を守ることができるんです。この旅の苦しみから、解放してあげられる。だから……これでいいんですよ、エルシャ」
静かに、フェランはそう語りかけた。エルシャに向けた言葉を、そのまま自分でも反芻する。エルシャはゆっくりとうなずいた。
「そうだな……。俺たちにできることは、安全に二人のかけらを引き継ぎ、神の使命をまっとうすることだ。公の形で手術を執り行い、この宮殿に潜んでいる悪魔の手先にも、それを知らしめる。そういうことだな」
フェランが微笑んでうなずいた。
「二人のために、全力を尽くしましょう」
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