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【第五部:聖なる村】第八章
手紙
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「――僕は、この繋がりを、信じていたいです」
静かな、しかし力強い口調だった。その言葉に背中を押されるように、ナイシェがいった。
「ハルは、もう充分苦しんだわ……。これ以上、かけらのことでハルを傷つけたくない。早く、お母さんのもとへ行かせてあげたい。心穏やかに、眠ってほしいわ。みんな、そうよね?」
異論はなかった。たとえフェランが予見していなくても、同様の選択をしただろう、とナイシェは思った。それで、かけら探しの旅が遠回りになるとしても、そこに迷いはなかった。
半焼したハーレルの家の裏庭は、以前訪れたときより狭くなっていた。焼け落ちた木材や廃棄されたレンガの類が、庭の片隅に積み上げられていたからだ。恐らく、瓦礫が通りや路地を塞いだりして迷惑だったのだろう。誰もが関わるまいとする中で、必要に迫られて町人が一階の店舗の店主あたりが片付けたに違いない。無造作に放り棄てられたがらくたは、雪崩のように庭の半分ほどを埋めていた。かろうじてゴミに侵されずに残ったのは、数か月前にエルシャたちが作ったハーレルの母の墓だけだった。墓標として建てた古びた木の板は斜めに傾いていたが、その前にはところどころ雑草の生えた更地が肩身狭そうに存在しており、よく見ると、雑草の生え方が、エルシャたちの掘ったミネリの墓の場所を示していた。
「……あれから、もう三か月なのね」
ナイシェが呟く。あの日――町人が家に火をつけて、ミネリが死に、ハーレルが追われた日。裏庭には膝下の丈くらいの雑草が茂っており、その一部を掘ってミネリの墓にしたのだ。掘り返した穴を埋めると、そこだけ草の生えない土でこんもりと覆われ、立てた木の板とともに、わずかばかりだが存在感を示していた。しかし、今となってはその墓の上にも徐々に雑草が生え、ミネリの存在は周りの景色にゆっくりと溶け込もうとしていた。
もともとは、ミネリの隣にハーレルを埋葬するつもりだったが、狭くなった庭にそれだけの余裕はなかった。一度掘り返して、深く埋めてあるミネリの棺の上に重ねて横たえるしかないか――そんなことを考えていたフェランは、ミネリの墓のそのまた一部に、ほとんど草の生えていない部分を見つけた。自分たちが掘った土のちょうど真ん中あたり、両手にやや余るほどの範囲だ。フェランは隣のエルシャのほうを見やった。
「エルシャ……これは……」
フェランに示され、エルシャは眉をひそめた。一部だけ、不自然に緑の少ない土。それは、ミネリが埋められしばらくしてから、誰かが部分的に掘り返したことを意味する。
「ひょっとして……彼らが、かけらを探してお墓を掘り返したのでしょうか」
エルシャは首を横に振った。
「いや、それならもっと広範囲になるはずだ。これはむしろ……何かを、あとから埋めたか……」
その言葉に、皆顔を見合わせた。
一行は、妙な緊張感を抱えながら慎重に土を掘り進めた。ほどなくして、ショベルの先端がコツンと金属音を捉え、出てきたのはひしゃげたブリキの入れ物だった。
「これは……」
汚れて錆ついた蓋をこじ開けると、中には小さく折り畳まれた紙切れとぼろぼろの布の塊が入っていた。一瞬、きなくさい炭の臭いが鼻を突く。よく見ると、布にはところどころ焼け焦げた部分があり、取り出そうとするとその一部が灰のようにはらはらと崩れ落ちた。
エルシャは薄汚れた紙をそっと開き、中を見て思わずあっと声を上げた。
それは、小さくにじむ字で書かれた手紙だった。
『母さんへ』
その一言が、誰がしたためたものなのかを物語っていた。
静かな、しかし力強い口調だった。その言葉に背中を押されるように、ナイシェがいった。
「ハルは、もう充分苦しんだわ……。これ以上、かけらのことでハルを傷つけたくない。早く、お母さんのもとへ行かせてあげたい。心穏やかに、眠ってほしいわ。みんな、そうよね?」
異論はなかった。たとえフェランが予見していなくても、同様の選択をしただろう、とナイシェは思った。それで、かけら探しの旅が遠回りになるとしても、そこに迷いはなかった。
半焼したハーレルの家の裏庭は、以前訪れたときより狭くなっていた。焼け落ちた木材や廃棄されたレンガの類が、庭の片隅に積み上げられていたからだ。恐らく、瓦礫が通りや路地を塞いだりして迷惑だったのだろう。誰もが関わるまいとする中で、必要に迫られて町人が一階の店舗の店主あたりが片付けたに違いない。無造作に放り棄てられたがらくたは、雪崩のように庭の半分ほどを埋めていた。かろうじてゴミに侵されずに残ったのは、数か月前にエルシャたちが作ったハーレルの母の墓だけだった。墓標として建てた古びた木の板は斜めに傾いていたが、その前にはところどころ雑草の生えた更地が肩身狭そうに存在しており、よく見ると、雑草の生え方が、エルシャたちの掘ったミネリの墓の場所を示していた。
「……あれから、もう三か月なのね」
ナイシェが呟く。あの日――町人が家に火をつけて、ミネリが死に、ハーレルが追われた日。裏庭には膝下の丈くらいの雑草が茂っており、その一部を掘ってミネリの墓にしたのだ。掘り返した穴を埋めると、そこだけ草の生えない土でこんもりと覆われ、立てた木の板とともに、わずかばかりだが存在感を示していた。しかし、今となってはその墓の上にも徐々に雑草が生え、ミネリの存在は周りの景色にゆっくりと溶け込もうとしていた。
もともとは、ミネリの隣にハーレルを埋葬するつもりだったが、狭くなった庭にそれだけの余裕はなかった。一度掘り返して、深く埋めてあるミネリの棺の上に重ねて横たえるしかないか――そんなことを考えていたフェランは、ミネリの墓のそのまた一部に、ほとんど草の生えていない部分を見つけた。自分たちが掘った土のちょうど真ん中あたり、両手にやや余るほどの範囲だ。フェランは隣のエルシャのほうを見やった。
「エルシャ……これは……」
フェランに示され、エルシャは眉をひそめた。一部だけ、不自然に緑の少ない土。それは、ミネリが埋められしばらくしてから、誰かが部分的に掘り返したことを意味する。
「ひょっとして……彼らが、かけらを探してお墓を掘り返したのでしょうか」
エルシャは首を横に振った。
「いや、それならもっと広範囲になるはずだ。これはむしろ……何かを、あとから埋めたか……」
その言葉に、皆顔を見合わせた。
一行は、妙な緊張感を抱えながら慎重に土を掘り進めた。ほどなくして、ショベルの先端がコツンと金属音を捉え、出てきたのはひしゃげたブリキの入れ物だった。
「これは……」
汚れて錆ついた蓋をこじ開けると、中には小さく折り畳まれた紙切れとぼろぼろの布の塊が入っていた。一瞬、きなくさい炭の臭いが鼻を突く。よく見ると、布にはところどころ焼け焦げた部分があり、取り出そうとするとその一部が灰のようにはらはらと崩れ落ちた。
エルシャは薄汚れた紙をそっと開き、中を見て思わずあっと声を上げた。
それは、小さくにじむ字で書かれた手紙だった。
『母さんへ』
その一言が、誰がしたためたものなのかを物語っていた。
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