上 下
245 / 371
【第五部:聖なる村】第八章

手紙

しおりを挟む
「――僕は、この繋がりを、信じていたいです」

 静かな、しかし力強い口調だった。その言葉に背中を押されるように、ナイシェがいった。

「ハルは、もう充分苦しんだわ……。これ以上、かけらのことでハルを傷つけたくない。早く、お母さんのもとへ行かせてあげたい。心穏やかに、眠ってほしいわ。みんな、そうよね?」

 異論はなかった。たとえフェランが予見していなくても、同様の選択をしただろう、とナイシェは思った。それで、かけら探しの旅が遠回りになるとしても、そこに迷いはなかった。





 半焼したハーレルの家の裏庭は、以前訪れたときより狭くなっていた。焼け落ちた木材や廃棄されたレンガの類が、庭の片隅に積み上げられていたからだ。恐らく、瓦礫が通りや路地を塞いだりして迷惑だったのだろう。誰もが関わるまいとする中で、必要に迫られて町人が一階の店舗の店主あたりが片付けたに違いない。無造作に放り棄てられたがらくたは、雪崩のように庭の半分ほどを埋めていた。かろうじてゴミに侵されずに残ったのは、数か月前にエルシャたちが作ったハーレルの母の墓だけだった。墓標として建てた古びた木の板は斜めに傾いていたが、その前にはところどころ雑草の生えた更地が肩身狭そうに存在しており、よく見ると、雑草の生え方が、エルシャたちの掘ったミネリの墓の場所を示していた。

「……あれから、もう三か月なのね」

 ナイシェが呟く。あの日――町人が家に火をつけて、ミネリが死に、ハーレルが追われた日。裏庭には膝下の丈くらいの雑草が茂っており、その一部を掘ってミネリの墓にしたのだ。掘り返した穴を埋めると、そこだけ草の生えない土でこんもりと覆われ、立てた木の板とともに、わずかばかりだが存在感を示していた。しかし、今となってはその墓の上にも徐々に雑草が生え、ミネリの存在は周りの景色にゆっくりと溶け込もうとしていた。

 もともとは、ミネリの隣にハーレルを埋葬するつもりだったが、狭くなった庭にそれだけの余裕はなかった。一度掘り返して、深く埋めてあるミネリの棺の上に重ねて横たえるしかないか――そんなことを考えていたフェランは、ミネリの墓のそのまた一部に、ほとんど草の生えていない部分を見つけた。自分たちが掘った土のちょうど真ん中あたり、両手にやや余るほどの範囲だ。フェランは隣のエルシャのほうを見やった。

「エルシャ……これは……」

 フェランに示され、エルシャは眉をひそめた。一部だけ、不自然に緑の少ない土。それは、ミネリが埋められしばらくしてから、誰かが部分的に掘り返したことを意味する。

「ひょっとして……彼らが、かけらを探してお墓を掘り返したのでしょうか」

 エルシャは首を横に振った。

「いや、それならもっと広範囲になるはずだ。これはむしろ……何かを、あとから埋めたか……」

 その言葉に、皆顔を見合わせた。
 一行は、妙な緊張感を抱えながら慎重に土を掘り進めた。ほどなくして、ショベルの先端がコツンと金属音を捉え、出てきたのはひしゃげたブリキの入れ物だった。

「これは……」

 汚れて錆ついた蓋をこじ開けると、中には小さく折り畳まれた紙切れとぼろぼろの布の塊が入っていた。一瞬、きなくさい炭の臭いが鼻を突く。よく見ると、布にはところどころ焼け焦げた部分があり、取り出そうとするとその一部が灰のようにはらはらと崩れ落ちた。
 エルシャは薄汚れた紙をそっと開き、中を見て思わずあっと声を上げた。
 それは、小さくにじむ字で書かれた手紙だった。

『母さんへ』

 その一言が、誰がしたためたものなのかを物語っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...