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第10章

異常たんぱく質②

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 VCの開発は、木崎副主任とふたりでやってきた。メインの設計・開発は慎一だったが、生物工学畑の慎一には弱い部分を補うように、木崎がよく動いていた。VC計画がいよいよ大詰めという頃から、設計に関して意見が合わない部分も出てきたが、慎一はむしろそれをよしとしていた。新しい分野に挑戦するには、ひとりの人間の偏った知見ではなく、様々な分野の専門家が意見を出し合うほうがよりよい案が生まれると考えていたからだ。そういう意味で、慎一は木崎を信頼していた。だから、意識して木崎に譲るような場面もあった。

 だが、VCが完成し、計画が第二段階へ移ると、ふたりの意見の相違は徐々に決定的になり、いつの間にか木崎は高原社長をトップとする社内の主流派となった。高原は経営畑の人間で、VCの開発に関して専門的な話ができるようなレベルではなかったが、それでも組織のトップとして、高原がいうことは絶対だった。

 他者の意見を取り入れたほうが、よりよいものができあがる。

 そう信じて口を閉ざしていた慎一だったが、途中で気づいてしまったのだ――これは、科学的な意見の相違ではない。倫理的な、意見の相違である、と。

「どうした浅川くん、難しい顔をして」

 ぽんと肩を叩かれ、慎一は我に返った。恩師の宮原教授が、穏やかな目で見下ろしている。

「ああ、すみません教授……」

 咄嗟に、手元の資料を隠す。それから気まずい雰囲気で宮原を見上げた。宮原は笑顔で応じた。

「気にしなくていいよ、データを私に見られまいとするのはよい心掛けだ」

 心の内を見透かされ、羞恥に頬を染める。

「も、申し訳ありません……」
「謝ることではない。君の中での危機管理が、充分できているということだ。君は私の研究室を間借りしているだけだからね。君が所属する研究室の大事な研究成果がよそに漏れたら大変だ」
「よそ者の僕を快く受け入れて下さり、ありがとうございます」

 宮原はにこにこと笑って慎一の背中を叩いた。

「君ならいつでも大歓迎だよ。君は昔から、ストイックに研究に打ち込んでいた。正直、君ほど優秀な人間は、その道に打ち込みすぎやしないかと心配していたんだがね、そんなのも杞憂だった」
「……というと?」
「実験の成果が出て、研究が軌道に乗り始めると、人間は大抵、傲慢になっていく。新しい発見が出ると、周りから誉め立てられ、やがて自分は何をしても許される人間なんだと、勘違いするようになる。すべては科学の進歩のためというのを免罪符のようにしてね。そうやって道を踏み外す者たちを、たくさん見てきた。だが君は、どれだけ成果を残しても、決して研究態度を変えなかった。君が研究室を出るといったときは残念だったがね、私は安心して、君を送り出すことができたよ。今の研究室は、大規模な改修工事をしているんだって? あまり長引くようなら、またここに戻ってきてもいいんだよ」

 最後は冗談のように笑いながら、宮原は去っていった。その後ろ姿を見つめながら、慎一は胸が苦しくなるのを感じた。

 ……そうだった。昔の僕は、もっと純粋な気持ちで研究に打ち込んでいた。なのに……罪悪感を抱きながら仕事をするようになったのは、いったいいつからだろう?

 デスクに置いていたスマホが振動した。山吹からだった。

『桔梗を解放してもよろしいでしょうか?』

 少し迷ってから、返信する。

『大丈夫だと思う。朱里さんに返してあげて。何かあったら連絡するように』

 もうひとつの異常たんぱくの正体はまだ突き止めていない。だが、いつ発動するかもわからないのに、いつまでも桔梗を液体のままとどめておくわけにはいかない。それでは研究所にいたときと変わらない。

 気を取り直して、モニターに向かった。

 そう、残るもうひとつの異常たんぱく質の活性化を止める方法を、考えるんだ。仕込めるのは、木崎しかいない。木崎の専門分野は……物理学だ。僕には苦手な分野だが、物理学と生物学を関連させた技術かもしれない。考えろ、考えるんだ……。
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