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第9章

再会③

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「え……?」

 理解するより先に、紅が両腕を足元の地面に突き出した。

「いっくぞー、だい、ばく、はーつ‼」

 途端に紅の両手から光の珠がほとばしり、直後ものすごい衝撃が哲平の体を襲った。ふわりと地面から足が浮いたかと思うと、弾かれるように体が宙へ投げ出される。

「うわああっ⁉」

 いわれた通り紅の華奢な腰に何とかしがみつく。激しい爆風で、ふたりは公園の外へ弾き飛ばされた。

「べ、紅っ、これはヤバい――」

 死ぬ。これ、絶対、死ぬやつだ。

 一瞬にして公園の景色が消え去り、三百六十度茜色の空に包まれたとき、哲平は漠然とそう思った。無重力のような心地を味わったのもつかの間、すぐに容赦のない重力を背中に感じる。

「紅、落ちる……っ」
「哲平くん、下! 下!」

 何とか下を見ると、そこには大きな池が広がっていた。地面に叩きつけられるよりはましだが、無事で済むとは到底思えない。

「紅……っ」
「大丈夫、あたしを信じて!」

 必死にしがみついていた紅の体が、池に落ちる寸前で突然消えてなくなった。次の瞬間、バシャンと大きな水音が立ち、ぎゅっと目を閉じて体を硬くする。強い痛みを覚悟したが、大きな音の後は、ただ静かなだけだ。痛みもなければ、濡れた感触もない。無意識に息を止めていた哲平に、紅の声が響いた。

『大丈夫、哲平くん。息できるよ! 目、開けて?』

 恐る恐る瞼を持ち上げると、そこは池の中ではなく、ゆらゆら揺れる真っ赤な壁に囲まれた球体の中だった。少しだけ息を吸ってみる。普通に、呼吸ができた。

「え……ここ、どこ……」
『池の中だよ! 哲平くんが溺れないように、あたしが包んでるの』
「紅、が……?」
『あっ、あんまり動かないで、液体で囲んでるだけだから、動くと突き抜けちゃうよ』

 いわれて、やっと理解した。池に落ちる寸前に、紅が液化して哲平を取り囲んだのだ。さながらシャボン玉のように哲平を守った状態で、ふわふわと赤い玉が揺れている。よく目を凝らすと、赤い壁が少しだけ透けて、向こう側の景色が見えた。光のほとんど届かない暗い世界で、時折壁際を、魚の影が横切る。
 哲平はごくりと喉を鳴らした。

「紅……すごいよ。水中遊泳みたいだ……」
『えへへ、あたし、役に立ってる? もうすぐ岸だからね~』

 それは不思議な感覚だった。さっきまで墨から逃れるのに必死で死すら意識したのに、それがすべて嘘だったかのように、幻想的で静かな時間と空間に包まれている。

『はーい、到着~。哲平くん、ここからは自力で這い上がってくれる?』

 美しい赤い球体が接岸し、その一部がゆっくりと開いた。水が入らないようぴったりと水面下の土壁に沿ったまま、その上部が徐々に広がり、やがて土壁の上に緑の草が見えてきた。どろどろの壁に何とか足を突っ込み、這いつくばるようにして腕を伸ばす。乾いた芝に指をかけ、一気に体を引き上げると、哲平はごろんと地上に身を投げ出した。それを見届けてから、紅がするすると液体のまま芝に上がり、そこで人間態に戻った。

「ふう! 何とか作戦成功だね! 結構体力使ったよ!」

 紅が額の汗を拭って笑う。体の発光は収まっていた。

「作戦って……いや、あれはいくらなんでも無茶だっただろ……死ぬかと思ったよ」

 上体を起こして場所を確認する。墨がいた場所からは、優に二百メートルほどは飛ばされただろうか。しかし、気化されて上空から探されたらまたすぐ見つかるだろう。まだ安全とはいえない。

「墨の足元に大爆発を起こしたから、多少はダメージ食らってると思うけど……」
「でも油断はできない。とにかくここから離れて、人ごみに紛れよう。なるべく色が目立たないようにしなきゃ」

 紅の手を引いたところで、紅がうっと呻いた。

「いた……っ」

 頭を押さえている。それで、哲平は思い出した。

「紅……! ひょっとして、俺と別れた翌日くらいから、妙な頭痛とか、出てる?」

 紅が目をぱちくりさせる。

「どうして知ってるの? どこかで見てた?」

 やはりそうなのだ。慎一から預かった薬を打たなくては、桔梗の二の舞になってしまう。薬の入ったリュックは、まだ何とか背負ったままだ。

「説明は後だ。無事にうちに戻れたら、治す薬を打ってあげるよ。でも今は、一刻も早くここから離れなきゃ……!」

 大通りへ向かって一歩を踏み出した瞬間、哲平の目の前に墨が立ちはだかった。
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