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第7章
移動②
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車は十五分ほど走って停まった。窓にはカーテンがされていて外の景色はわからなかった。自分が今どこにいるのかもわからない。怪我人を搬出しようと後ろの扉が開くと、そこは駐車場のような場所で、すぐ近くに大きな平たい工場のような建物があった。その建物の奥にわずかに見えている景色は、一面田んぼのようだ。随分田舎に来たのか。事故を起こした研究所が近いはずだから、ここも、一連の施設のひとつなのかもしれない。
隊員の搬送に付き添って車を離れようとする山辺を、哲平は慌てて呼び止めた。
「ちょっと待って、俺はどうなるの。エアコンも止めてひとりきりにされたら、熱中症で死んじゃうよ」
山辺は少しためらった後、仕方ないというような表情で固定していた手錠を外した。
「ふたりを頼む。私はちょっと彼を連れていく」
手錠が外れたらわき目も振らず走り出そうと思っていたが、山辺は哲平からは手錠を外さず、代わりに外した分を自分の手首にはめた。
「ちょ……なんだよ、まだ外してもらえないのかよ?」
「悪いね。もっと居心地のいい部屋へ案内してからにさせてくれ」
そういうと、建物へ入ろうとする。
まずい、中に入って鍵でもかけられたら、それこそ出られなくなるぞ……。
『哲平くん、山辺のポケットに手錠の鍵、入ってるの見えた!』
見ると、紅が液化して地面を這い、気づかれないように山辺のズボンを這い上がって背中に張りついた。
『中に入ったら大変! ねえ、仲間の男たちは別の棟に入ったし、今がチャンスじゃん!?』
それはそうだろうが、返事をするわけにはいかない。
『哲平くん、あたしが鍵を取ってから山辺の気を逸らすからさ、哲平くん、自分で手錠外してダッシュして! さっき偵察してきたの。駐車場を出て左に曲がって少し行くと、自転車が乗り捨ててあったから、それに乗ってひたすら漕ぐ! で、一キロくらい行ければ、人が住んでそうな場所に辿り着くから! オッケー?』
紅のわりには気の利い提案だ。哲平はこくこくとうなずいた。
『よぅし、いっくぞー……』
背中に張りついていた紅が一瞬にして人間態になり、後ろからさっと山辺のズボンに手を突っ込んだ。
「な――っ⁉」
紅の手がポケットから出る前に、山辺が紅の手首を掴む。それを見た哲平が後ろから体当たりをすると、衝撃で鍵が飛び出て、三人は絡まりながらもんどりうって倒れ込んだ。
「誰か――」
山辺が大声を出す前に紅が液化して顔面に張りつく。声も呼吸も塞いでいる間に、哲平が地面に転がった鍵を拾って手錠を外す。打ち合わせ通り走り出そうとして、山辺がもがきながら胸ポケットに手を入れ小銃を取り出すのが見えた。夢中でそれを蹴り飛ばすと、外した手錠を山辺の右手にかける。山辺は両手を手錠で繋がれた形になり、今度こそ哲平は走り出した。
「紅、行くぞ!」
「待て、哲平くん!」
後ろから紅の気体がついてくるのを確認しながら、哲平はいわれた通りに全力で走った。自転車にまたがり、転倒しそうになるほど漕ぐ。しばらく漕いで後ろを振り返ったが、黒いバンや黒服が追いかけてくることはなかった。
隊員の搬送に付き添って車を離れようとする山辺を、哲平は慌てて呼び止めた。
「ちょっと待って、俺はどうなるの。エアコンも止めてひとりきりにされたら、熱中症で死んじゃうよ」
山辺は少しためらった後、仕方ないというような表情で固定していた手錠を外した。
「ふたりを頼む。私はちょっと彼を連れていく」
手錠が外れたらわき目も振らず走り出そうと思っていたが、山辺は哲平からは手錠を外さず、代わりに外した分を自分の手首にはめた。
「ちょ……なんだよ、まだ外してもらえないのかよ?」
「悪いね。もっと居心地のいい部屋へ案内してからにさせてくれ」
そういうと、建物へ入ろうとする。
まずい、中に入って鍵でもかけられたら、それこそ出られなくなるぞ……。
『哲平くん、山辺のポケットに手錠の鍵、入ってるの見えた!』
見ると、紅が液化して地面を這い、気づかれないように山辺のズボンを這い上がって背中に張りついた。
『中に入ったら大変! ねえ、仲間の男たちは別の棟に入ったし、今がチャンスじゃん!?』
それはそうだろうが、返事をするわけにはいかない。
『哲平くん、あたしが鍵を取ってから山辺の気を逸らすからさ、哲平くん、自分で手錠外してダッシュして! さっき偵察してきたの。駐車場を出て左に曲がって少し行くと、自転車が乗り捨ててあったから、それに乗ってひたすら漕ぐ! で、一キロくらい行ければ、人が住んでそうな場所に辿り着くから! オッケー?』
紅のわりには気の利い提案だ。哲平はこくこくとうなずいた。
『よぅし、いっくぞー……』
背中に張りついていた紅が一瞬にして人間態になり、後ろからさっと山辺のズボンに手を突っ込んだ。
「な――っ⁉」
紅の手がポケットから出る前に、山辺が紅の手首を掴む。それを見た哲平が後ろから体当たりをすると、衝撃で鍵が飛び出て、三人は絡まりながらもんどりうって倒れ込んだ。
「誰か――」
山辺が大声を出す前に紅が液化して顔面に張りつく。声も呼吸も塞いでいる間に、哲平が地面に転がった鍵を拾って手錠を外す。打ち合わせ通り走り出そうとして、山辺がもがきながら胸ポケットに手を入れ小銃を取り出すのが見えた。夢中でそれを蹴り飛ばすと、外した手錠を山辺の右手にかける。山辺は両手を手錠で繋がれた形になり、今度こそ哲平は走り出した。
「紅、行くぞ!」
「待て、哲平くん!」
後ろから紅の気体がついてくるのを確認しながら、哲平はいわれた通りに全力で走った。自転車にまたがり、転倒しそうになるほど漕ぐ。しばらく漕いで後ろを振り返ったが、黒いバンや黒服が追いかけてくることはなかった。
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