67 / 110
第7章
移動①
しおりを挟む
静かな車内にひとりきりになり、哲平の頭の中をぐるぐるといろんな考えが巡る。
桔梗が、人間を傷つけた。彼らは助かるのだろうか。朱里は無事なのか。華や洸太郎は。紅は、ちゃんと逃げたのだろうか。このあと自分はどうなるのだろうか。
手錠のかけられた右手を引いてみる。本物なのだろうか。鍵は恐らく山辺が持っているのだろうし、いずれにしても自分にできることはない。
ガシャガシャといたずらに動かしていると、突然声が聞こえた。
『哲平くん!』
びくん、と姿勢を正す。
「べ……紅……?」
『哲平くん、今ひとり?』
「うん、そうだよ」
『そっち行くから!』
しばらくして、前部座席のエアコンの吹き出し口から、赤い煙が噴き出し、目の前に紅が現れた。
「哲平くん! あたしのせいでごめんね、大丈夫?」
紅は今にも泣きそうな顔をしている。
「大丈夫だよ、何もされてない。紅のことも、しゃべってない」
「あたしのことはいいの! 哲平くん、早く逃げよう! ……何これ、手錠?」
紅が力を込めて押したり引いたりするが、びくともしない。
「無理だ、鍵がないと開かないよ。山辺っていう奴が戻ってこないと、たぶん俺は出られない」
「そんな……」
「大丈夫、紅は先に安全なところに逃げて。俺はそのうち放してもらえるから」
「でも……!」
食い下がる紅を見て、ふと思い出す。
そうか、紅は俺がいないとエネルギーの補給ができない。そのうち、なんて悠長なことはいってられなくて、今すぐ俺を取り戻したいに違いない。
妙に冷静に考える自分に気づき、はっとする。
違う、そうじゃない。焦って右往左往する紅の姿は、俺を本気で心配してくれている証拠だ。自分のことじゃなくて、俺のことを心配してくれているってことだ。
突然足音が近づいてきた。
「ヤバい紅、隠れろ!」
「え? え?」
紅はキョロキョロした末に、さっと液化して哲平の座席の下に潜り込んだ。同時に運転席の扉が開く。山辺だった。
「部下を二人収容して、医療施設へ向かう。ちょっと付き合ってもらうぞ」
勢いよく発進する。
『哲平くん、今襲っちゃおっか?』
「だ、ダメだよ、今襲ったら車が事故るだろ」
小声で返答する。車はすぐ停まり、今度は一番後ろの扉が開いて男たちが口々に何かいいながら負傷した二人を運んできた。後部座席に横たわった二人を見て、ぎょっとする。
顔が、血だらけだ。判別もつかないくらいになっている。それに、黒い作業服も色が濃くなっていて、たまにベージュの座席に擦れるとそこが真っ赤になり、それも血なのだと悟る。
これを、桔梗が。
背筋が冷たくなった。
「早く病院へ!」
「いや、会社の医療所が近い、そちらへ行く」
「しかし隊長――」
「この怪我を、病院に運んで医者になんて説明するつもりだ」
男が口をつぐんだ。それから今さらのように哲平の姿に気づくと、吐き捨てるようにいった。
「きさまの庇った奴がやったんだぞ。どうしてくれるんだ!」
「やめないか!」
男はちっと舌打ちをして、それきり話さなかった。
『……桔梗が……?』
紅の声が聞こえた。答えてあげたいが、今は返事をできない。
『……きっとあいつらが先に、何かしてきたんだよ』
紅が話し続けた。
『河川敷のとき、桔梗はちゃんと手加減してた。死んでないから大丈夫、っていってた。紺碧だって。きっと何か、理由があるんだよ』
哲平もそう思いたかった。だが、桔梗は紅と違って、研究所で散々な目に遭っている。人間なんて信用ならない。そう考えている。やっと自由を得た桔梗が、これまで自分を散々に扱ってきた人間に仕返ししようと考えたって、なんの不思議もない。
……今、話せない状況でよかった。
哲平は安堵した。
今紅と話したら、きっとぎくしゃくしてしまう。
桔梗が、人間を傷つけた。彼らは助かるのだろうか。朱里は無事なのか。華や洸太郎は。紅は、ちゃんと逃げたのだろうか。このあと自分はどうなるのだろうか。
手錠のかけられた右手を引いてみる。本物なのだろうか。鍵は恐らく山辺が持っているのだろうし、いずれにしても自分にできることはない。
ガシャガシャといたずらに動かしていると、突然声が聞こえた。
『哲平くん!』
びくん、と姿勢を正す。
「べ……紅……?」
『哲平くん、今ひとり?』
「うん、そうだよ」
『そっち行くから!』
しばらくして、前部座席のエアコンの吹き出し口から、赤い煙が噴き出し、目の前に紅が現れた。
「哲平くん! あたしのせいでごめんね、大丈夫?」
紅は今にも泣きそうな顔をしている。
「大丈夫だよ、何もされてない。紅のことも、しゃべってない」
「あたしのことはいいの! 哲平くん、早く逃げよう! ……何これ、手錠?」
紅が力を込めて押したり引いたりするが、びくともしない。
「無理だ、鍵がないと開かないよ。山辺っていう奴が戻ってこないと、たぶん俺は出られない」
「そんな……」
「大丈夫、紅は先に安全なところに逃げて。俺はそのうち放してもらえるから」
「でも……!」
食い下がる紅を見て、ふと思い出す。
そうか、紅は俺がいないとエネルギーの補給ができない。そのうち、なんて悠長なことはいってられなくて、今すぐ俺を取り戻したいに違いない。
妙に冷静に考える自分に気づき、はっとする。
違う、そうじゃない。焦って右往左往する紅の姿は、俺を本気で心配してくれている証拠だ。自分のことじゃなくて、俺のことを心配してくれているってことだ。
突然足音が近づいてきた。
「ヤバい紅、隠れろ!」
「え? え?」
紅はキョロキョロした末に、さっと液化して哲平の座席の下に潜り込んだ。同時に運転席の扉が開く。山辺だった。
「部下を二人収容して、医療施設へ向かう。ちょっと付き合ってもらうぞ」
勢いよく発進する。
『哲平くん、今襲っちゃおっか?』
「だ、ダメだよ、今襲ったら車が事故るだろ」
小声で返答する。車はすぐ停まり、今度は一番後ろの扉が開いて男たちが口々に何かいいながら負傷した二人を運んできた。後部座席に横たわった二人を見て、ぎょっとする。
顔が、血だらけだ。判別もつかないくらいになっている。それに、黒い作業服も色が濃くなっていて、たまにベージュの座席に擦れるとそこが真っ赤になり、それも血なのだと悟る。
これを、桔梗が。
背筋が冷たくなった。
「早く病院へ!」
「いや、会社の医療所が近い、そちらへ行く」
「しかし隊長――」
「この怪我を、病院に運んで医者になんて説明するつもりだ」
男が口をつぐんだ。それから今さらのように哲平の姿に気づくと、吐き捨てるようにいった。
「きさまの庇った奴がやったんだぞ。どうしてくれるんだ!」
「やめないか!」
男はちっと舌打ちをして、それきり話さなかった。
『……桔梗が……?』
紅の声が聞こえた。答えてあげたいが、今は返事をできない。
『……きっとあいつらが先に、何かしてきたんだよ』
紅が話し続けた。
『河川敷のとき、桔梗はちゃんと手加減してた。死んでないから大丈夫、っていってた。紺碧だって。きっと何か、理由があるんだよ』
哲平もそう思いたかった。だが、桔梗は紅と違って、研究所で散々な目に遭っている。人間なんて信用ならない。そう考えている。やっと自由を得た桔梗が、これまで自分を散々に扱ってきた人間に仕返ししようと考えたって、なんの不思議もない。
……今、話せない状況でよかった。
哲平は安堵した。
今紅と話したら、きっとぎくしゃくしてしまう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。
ねんごろ
恋愛
主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。
その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……
毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。
※他サイトで連載していた作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる