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第7章

トルコギキョウ

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 店先に、人影が見えた。

「西原さん、お客さんみたい――」

 声をかけたが、美織はまた電話で話し込んでいる。山吹は客のほうへと足を向けた。

「いらっしゃいませ。何かお探し――」

 笑顔で話しかけようとして、その姿を見て固まる。
 全身黒い服に身を包んだ男が、薄笑いを浮かべて山吹を見ていた。

「こんなところで会うとはな」

 色鮮やかな花屋の軒先にはまったくそぐわない姿だ。山吹の口元から笑みが消える。山吹はそっとあたりを見回した。祐輔と萌葱の姿もいつの間にか消え、近くに人はいない。

「……お探しのものは、こちらにはないと思いますよ」
「俺には干渉しないんじゃなかったのか」
「ご案内しているだけです」

 男はふっと笑った。

「……白い花を、探している」

 山吹の顔を見て、男が再び口角を吊り上げて笑う。

「意外か? 俺だって、花くらい買いに来るさ。なるべく活きのいい奴がいいな。……もちろん、売ってくれるんだろう? ほら、これなんて、綺麗な白じゃないか」

 男が大輪の花を咲かせているトルコギキョウを手に取った。

「……一本二百円です」

 男が懐から財布を取り出した。使いこんで擦り切れた、茶色い革の長財布だ。

「なんだ。俺が金を持っていることが、そんなに意外か?」

 男は六百円を出した。

「どうやら、この世界で生きていくのに金は必須らしいからな。物を奪うのは簡単だが、俺も自由を謳歌したいんでね、今後のためにも、金は手に入れることにした」

 手のひらに硬貨を六枚載せられ、山吹は握ることもできずにそれをじっと見つめた。

「……いったい、どこで」
「それを、聞くのか? 邪魔はしないんじゃなかったのか」

 返事も聞かずに、男は自ら白いトルコギキョウを三本引き抜いた。光にかざすようにして花びらを堪能すると、満足そうに微笑み、不意にその花びらをむしり始めた。無表情に見つめる山吹の目の前で、花びらを握って口の中へ押し込む。ゆっくりと口を動かし、男はむしゃむしゃと音を立ててそれを咀嚼した。喉を鳴らして飲み込むと、見せつけるように茎と葉だけになったものを床に放る。

「……いいね。生き返ったよ」

 山吹は無言で地面に落ちた茎を拾った。

「金は払った。あとはどうしようが、俺の勝手だろう?」

 山吹はそれには答えずに、茎をバケツに入れた。

「ご用件は、終わりですか?」
「……さっき、面白いものを見たぞ」

 男は反応を楽しむかのように山吹の顔を覗き込んだ。

「赤紫の男と黄緑の女。それはそれは色鮮やかなコントラストだった。あんなに相性のよさそうな人間のカップルは、なかなか見ない。ひょっとしたら、どちらか一方は、人間ではないのかもなあ?」
「……なぜ私に、そんなことをいうのですか?」
「おまえも、彼らを知っているようだったからな。一応耳に入れておこうかとね。……でも、俺の邪魔は、しないんだろう?」

 無言で見つめ返す山吹をさも楽しそうに笑いながら、男はポンポンと彼女の背中を叩いた。

「もしものときは、また後始末、よろしく」
「……山吹さん! ごめんなさいね、お客様?」
「ええ、大丈夫です、もう終わりました」

 背後から美織に声をかけられ、振り返って返事をする。もう一度向き直ったときには、男は消えていた。空を見上げると、煤のように黒い煙がゆらゆらと舞い上がって流れていく。

「……トルコギキョウを三本、買って行かれました」
「あらあら、ありがとう、これはいよいよ、バイト代を払わないとね」

 美織はけらけらと笑いながら硬貨を受け取った。
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