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第4章

黒いコートの男①

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 夕方から降り出した雨は音もなくアスファルトを濡らし、人々は家路を急ぐ。鞄や手で雨をよけながら足早に進む人々の中、男は緩慢な足取りで黒いコートのフードをかぶった。
 雨雲が覆う灰色の空が好きだった。陽が沈み、世界が次第に闇に溶け込んでいくさまが好きだった。暗ければ暗いほど、目障りなものを見なくて済む。

 人気ひとけのなくなった公園の片隅で、雨に濡れたままうなだれている女がいた。ベンチに座り、雨ざらしの長い髪は頬に張りついている。男は静かに女へ近寄った。触れるほど近寄って初めて、女が顔をあげる。女はしばらく男を凝視したあと、不思議そうな顔をした。

「あなた……は……」

 男は女を見下ろしたまま静かにいった。

「ほう……俺が、わかるのか」

 その場にしゃがみこみ、今度は下から女の顔を覗き込む。

「俺の色が、わかるのか」

 そういった男の口角が不自然につり上がり、女の目に怯えが宿る。立ち上がろうとした女の首を、男の手が一瞬早く掴んだ。

「うう……っ」

 黒い革の手袋が、女の首に食い込む。色白な女の首がぼんやりとその輪郭を失い、やがて泥のような灰色になり、そして漆黒に染まる。抵抗しようと男の手首を掴んだ女の腕が、しばらくしてだらりと垂れ下がった。

「……どのみち、時間切れだ」

 男は小さく吐き捨てると、手を離した。どさりと女の体が落ち、ベンチに倒れる。黒く変色した首は、元に戻っていた。

「……ふん、出来損ないが」

 女が動かないのを確認すると、男は来たときと同じゆっくりとした足取りで、去っていった。
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