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第1章

「よろしくね、人間さん」②

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 確かにそこには誰もいなかったはずなのに、振り返るとひとりの少女が立っていた。

「ななななに!? なに、さっきの声、君の?」

 同じ声の主だ。だが、さっきと違って脳内に響く感じではなく、目の前の少女が、口を動かしてしゃべっている。

「そうだよ! よかった、みんな無視するから寂しかったの」

 少女がためらいなく哲平の手を握る。思わず振りほどこうとして、思いとどまった。年のころは十六、七くらいだろうか。茶色い髪をツインテールに結い、白いブラウスと、赤と紺のチェックのスカートといういで立ちだ。スカートとお揃いのリボンが胸元についていて、一見どこかのおしゃれな制服に見えないこともない。くりくりとよく動く目は愛らしく、ほんのり朱のさした頬とみずみずしい唇は、それだけでも魅力的だ。握られた手は温かく、そして華奢だった。
 どう見ても、普通の女子高生にしか見えない。

「あ、あの、すみませんが、俺、忙しいんで……」

 こんな時間にふらふらしているなんて、ろくな高校生じゃない。関わらないでおこうとあとずさりしたが、少女は手を握ったまま離さない。

「待って! あたし、あなたしか頼る人がいないの。あたしを助けて!」

「え、なに……誰かに追われてるの?」

 嘘とは思えない真剣なまなざしについうっかり反応してしまい、少しだけ後悔する。

「あたし、行くところがないの。それにもうへとへとで、力も出ない。ねえ、素敵なミドリくん、あたしを助けて」
「や、いや、俺ミドリくんじゃなくて――おわっ!?」

 制する間もなく、少女が哲平に抱きついた。その柔らかい体と甘い匂いに、思わず胸が高鳴る。

 やばい、こんな可愛い子にいきなりハグされて、俺、今日赤を身に着けてきてよかった。

 そう思った瞬間、信じがたい出来事が起きた。目の前の少女の体がほんのりと光を放ち、ぱっと顔をあげたその目が期待に満ちて輝いたかと思うと、少女は体を離していった。

「やっぱり! やっぱり君が、あたしの命の恩人だ!」

 刹那、少女の体が一瞬にして消え去り、そこに煙のような赤いもやが残った。

『ありがとう! ありがとうミドリくん、これからはずっと一緒だよ!』
「ひああっ!?」

 とんでもない声をあげてしりもちをつく。逃げ出そうにも腰が抜けて動けない。そんな哲平の周りを、赤い靄が生き物のように蠢いて取り囲んだ。

『やだ、怖がらないで。あたし、べに。よろしくね、ミドリの人間さん』
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