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第三章 原初の破壊編

#116 極光と雷光

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 灰燼溶かした廃墟の街を舞台として、二柱の光の神がぶつかり合う。

「何故だ! 何故闇に堕ちた! 何故父を殺した!」
 
 ティルは光の翼で天を駆け、縦横無尽に目まぐるしく動き回りながら、悲痛の叫びと共に数多の『光』の矢を放ってゆく。
 
 しかしその三百六十度全方位からの攻めにも、ゼウスは揺るがない。
 一歩もその場を動く事無く、その矢の雨の全てを拳で叩き落して行く。

「アーク様の邪魔をする者は、皆排除する。そして全てを『破壊』し、人間の血を根絶するのだ」

 ゼウスは左腕を前へ伸ばし、右腕を後方へ引き、腰を落とす。
 全身を“弓”という砲台として“矢”を放つ、いつもの構えだ。
 それを見たティルはすぐさま回避の体勢に――、

「――遅いな」

 瞬間、漆黒に染まった『極光』のレーザーが放たれ、ティルを包み込む。
 圧倒的光の熱に焼き焦がされたティルはそのまま、光の翼をも砕かれ地に落ちる。
 ゼウスはまるでゴミでも見るかのように、やはりその場を動く事なく見下ろしている。

「ティル様!!」

 どさり、とティルが倒れた元へとダンデは駆け寄ろうとする。
 しかし、それをユウリは手で制した。

「ユウリさん! どうして!」
「それが、ティルさんとの約束だからです。わたしたちは、手を出さないと」
「でも!」

 ユウリだって、今すぐにでも加勢に行きたい。三対一なら勝機もそれなりに有っただろう。
 しかし、それでもティルの覚悟を尊重した。だから、信じて待つ。
 
 そう問答をしていると、ティルの身体がぴくりと動く。

「うる、さいぞ……。ダン、デ……」
 
 そして、地に手を着きゆっくりと身体を起こした。あの『極光』のレーザーを全身に浴びてもなお、まだ生きている。

「ティル様!」
「私は、まだ戦える。そこで、信じて、見ていろ……」

 ティルはふらふらと立ち上がり、再び弓を構える。
 息も絶え絶えで、弦を引く手にも力が上手く入らない。
 それでも、ティルは師へと立ち向かう。

 弓を構え、手の中に『光』の矢を産み出し、力を振り絞って弦を引く。
 やはり、ゼウスは動かない。避ける気も、防御する気も無い。
 じっと立ち尽くしたまま、ティルを見据えている。
 
「はああぁぁぁっ!!!!」

 ティルの気合の声と共に、『光』の矢が放たれる。
 一本の矢が二本に、二本の矢が四本に、矢は一瞬の間に増殖して行き、数多の光の雨となって、ゼウスを襲う。
 
 ゼウスは――、

「な――ッ!?」

 ティルはゼウスの予想外の行動に、驚き目を見開いた。
 放たれた『光』の矢の雨、それをまるで些事だとでも言うかの様に、ゼウスはその場で目を閉じたのだ。
 迎撃を予想して次の手を考えていたティルは、そのゼウスの行動の意味が分からなかった。

 目を閉じ、一歩もその場を動かず、『光』の矢の雨の全てをその身に受けるゼウス。
 その無数の光速の矢に撃たれ、その衝撃で爆風と共に土煙が巻き上がる。

「やった……のか……?」
「まだです!」

 土煙の中から、指先程の小さな一矢――光弾が放たれる。
 その光弾はティルの左手、つまり手に握る弓に直撃。その衝撃で弓は手元から弾かれ、そして――、

 ――弓が、砕かれた。

 宙で粉々になった弓は光の粒子となり、そして王の証の形に戻り地に落ちた。
 からんと軽い金属音と共に、瓦礫の上へ転がる金色のエンブレム。

 土煙が晴れ、姿が露わとなる。
 ゼウスは片手の指先だけをティルへと向けた形で、その場に立っていた。片膝すら付いてはいない。
 しかし、あの矢の雨を受けて無傷とは行かない。全身に無数の傷を負い、血を流して足元に血だまりを作っている。
 
(くそう……。ここまで、か……)

 ティルはふらりと倒れかけ、片膝を付きかけたのをなんとか堪える。
 しかし、もうその手に武器は無い。
 ゼウスと同じ様に指銃から光弾を撃つか? いや、そんな矮小な一矢では傷一つ付けられないだろう。
 現に、ティルの全力の矢の雨ですら、傷を負わす事は出来ても致命傷には至らなかった。

 敗北を悟るティル。今にも駆け出そうとするダンデ。拳を握り締め、ぐっと耐えるユウリ。
 そして、やはり立ち尽くしたままのゼウス。
 しかし、ゼウスもずっとそうしている訳では無かった。もはや戦えないであろうティルの様子を見るや、大きな溜息を溢す。
 そして――、

「ここまで、だな」

 左腕を前に、右腕を引き絞り、腰を落とす。――『極光』の構えだ。
 ゼウスはここで勝負を決めようとしている。
 次の一矢を受ければ、ティルはもう耐える事は出来ないだろう。

 ゼウスは掌底へと漆黒の光を集めて行く。

「ティル様!」

 相棒の獅子はもう我慢ならないと、たてがみに稲妻を走らせ、地を蹴る。――その時だった。

 突如、天より一本の柱が降り、ティルの傍の地へと突き刺さる。
 予想だにしない出来事に、皆の動きが一瞬止まる。

 その柱は丁度手で握れる槍ほどの大きさで、その細い芯から輝きを放ち、まるで電気そのものを凝縮したかの様に、バチバチと電流が走っている。
 その天から降って来た神秘的な槍に、ティルは自然と手を伸ばしていた。
 
 ゼウスはそれを見て、驚愕に目を見開いていた。

「それは、“ゼウスの雷”――何故、それがここに!?」

 ゼウスは一歩、後退りした。

「ゼウスの、雷……? ユウリさん、ご存知ですか?」
「いえ。でも、あれと同じ物を見た事があります。確か――」

 ゼウスはなおも取り乱し、感情を露わとした。

「それは、私の物だ! 何故だ!! その“矢”がお前を選んだと言うのか!?」

 ティルは“ゼウスの雷”を手に取った。
 すると、全身に電流が走り身体に力が流れ込んで来る。

「――ああ。そういう事か」

 ティルはふっと静かに笑い、そしてその“矢”を持ち、投擲の構えを取った。
 この“矢”が何なのか、そんな事はどうだっていい。

(弓は、私自身だ。そして、矢は“ゼウスの雷”)

 左腕を前に、右手にゼウスの雷を握り、腰を落とす。
 祖父であるゼウスの、そして父であるソルも使った、師より教わった『極光』の構え。

 ティルの弓は砕かれた。
 しかし、まだこの身体、この魂が残っている。――ならば、戦える。

 全波動を集中して、ゼウスの雷へと込めて行く。
 電流が身体を走り、血を巡り、世界を染め上げて行く。

 ゼウスも同じ構えを取る。
 
 真っ白な『雷光』を放つティル。そして、真っ黒な『極光』を放つゼウス。
 
「「――はああああぁぁぁぁ!!!!」」
 
 両者の『光』がぶつかり合い、周囲をも巻き込んで爆発を起こす。
 二色の光がこの場全てを塗り潰す。

 そして、視界が開けると――、

「――かはっ」

 全身を焼き焦がしたティルが血反吐を吐き、倒れる。

「ティルさん!」「ティル様!」

 ユウリとダンデはすぐさま駆け寄り、その身体を抱き止める。
 ユウリの腕の中で、ティルはゆっくりと口を開いた。
 
「……ゼウスは……?」

 振り返ってみれば、そこにはティルと同じ様に全身を焼き焦がしたゼウスの姿があった。
 膝を付く事も倒れる事も無く、その場に立ち尽くしている。
 そして、指一本動くことは無い。

 何の波動も、何の気配も感じられない。
 ゼウスの身体は少しずつ、端から炭のようになって崩れ、風に舞って行く。

 ――ゼウスは、死んだ。

「……ったく、クソジジイ。勝手に暴れて、勝手に死んで、ふざけんなよ……」

 ティルはそう、らしくもない毒を吐く。
 そんなティルにユウリは優しく微笑みかけた。

「お疲れ様でした。よく頑張りましたね」
「ああ、ユウリ。あなたの目論見通り、私は事を成した。だが、もう力は残っていない」

 そう言って、ティルは瓦礫の上に落ちた王の証へと視線をやる。

「ダンデ、あれを」
「はい」

 ダンデはティルに命じられるがまま、王の証を咥えて拾い上げて持って来る。

「ユウリ。これをあの混血――いや、ライトの元へ届けてくれ」
「いいんですか?」
「ふん、とぼけた事を。最初から、そのつもりだったのだろう?」
「まさか。わたしは先生として仕事を成しただけです」

 そう穿った言い方をするティルだったが、内心悪くは思っていないのだろう。
 ボロボロで今にも意識を失いそうになりながらも、その表情は晴れやかで、これまで見た事も無い笑みを溢していた。

「私は、しばらく眠る。ここに置いて行くが良い。――ダンデ」

 そうティルが言えば、ダンデは咥えた王の証をユウリへと手渡す。
 それを見届けると、ティルの意識はふっと落ちて行き、そのまま倒れ込んだ。
 
「――ティルさんの想い、きっと届けます」

 ユウリは王の証を強く握り締めた。
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