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第三章 原初の破壊編

#91 幻想

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 イリスの言葉に、来人は一層の困惑を見せる。

「イリスさん、何を言ってるの? 世良だよ、僕の妹の!」
「坊ちゃま、落ち着いてください。きっと、坊ちゃまはあのアークの術に掛けられているんですわ。でなければ、そんな事を言い出すはずが有りません」

 イリスは努めて冷静に、来人を諭すようにそう言った。
 しかし、それも来人の困惑をより強めただけだった。

「そんな事って、どういう――」
「――だって、坊ちゃまに妹なんて、居りませんもの」
 
 あまりの衝撃に、来人は立ち眩み冴え覚えた。
 天野家で共に過ごして来たイリスが、世良の事を覚えていない。

 状況を把握した来人は、一度軽く呼吸を整えてから、言い直す。

「いいや、あいつの術にかかっているのはイリスさんだ。世良はアークに操られていて、その世良に関する記憶も操作されているんだ。――そうだ、ガーネは覚えているだろう?」

 来人は期待を込めて、相棒を見る。

「……ごめんネ、らいたん」

 しかし、ガーネもまた、覚えていない。世良を知らない。
 来人を見るガーネの表情は、憐れみさえ含んでいた。

「くそ……」

 神々は“ライトがおかしくなった”と、不穏な空気に包まれていた。
 そんな様子を口角を上げ愉し気に眺めていたアークは、ゆっくりと世良の肩を抱き寄せて、

「くくく。どうした? 世良の事を誰も知らないのが、そんなに不思議か?」
「お前が、何かしたんだろう」
「いいや、何もしていない」
「嘘を吐け!!」

 来人が声を荒げる。
 アークは変わらず不敵に笑い、そして、

「――何故なら、世良なんて少女は、最初からどこにも居なかったのだから」
「なんだと……、それは、どういう意味だ……!?」
「どうも何も、そのままだぜ。世良は、お前が産み出した“幻想イマジナリー”だろう?」

 “幻想イマジナリー”――神の力の起こすバグによって、想像が創造され、そして現実に現れ出て来た幻の魂。
 時に、欠けた心の一部を埋める為に、存在しない人格すらも創造してしまう。

 それは、陸の幼馴染であり、心の拠り所であった、『あお』の鬼に殺されてしまったあいの様に。

 陸も幻想イマジナリーと聞いて、苦い表情を見せた。

 アークは世良の被っていた雨合羽のフードを取る。
 瞳は虚ろで、どこを見ているのか分からない。
 そして、白銀色の綺麗な髪。

 その髪色は儚く、幻想的で、それは幻想イマジナリーあいと同じものだった。

 しかし、来人はそんな現実を、受け入れられなかった。

「世良が、幻想イマジナリー……!? そんな、でも、確かに僕は、ずっと世良と一緒に――」

 狼狽える来人だが、その中でこれまでの記憶を思い返す――。

 世良は、自分以外の誰かと話していただろうか。
 他の誰かが、世良の話題を出したことが有っただろうか。
 果たして、世良と出会ったあの日、あの場に本当に父親は居ただろうか。

「坊ちゃま……」
「らいたん……」

 仲間たちが、不安そうに来人の様子を窺う。

「――本当に、偶々だったんだぜ? 俺が封印される直前に切り離し、世界に放った力の半分は、ただずっと世界を漂っていた。
 アダンにもアナにも見つからない様に、完全に存在を消して、な。
 だがある時、その力が魂という器を得た。それがこいつ、世良だ。
 王の血筋であるお前が産み出した幻想イマジナリーは、本物の魂と同等の器となって、俺の『破壊』のスキルと混ざり合った。
 つまるところ、世良は俺の半身だ。封印され自由の利かなかった俺は、半身を使って復活の為の力を集め、そして今日! ついに再び自由を取り戻した!
 後はこいつを取り込み、完全に力を取り戻すだけ。そうすれば、全て終わり――そして、始まる」

 アークが語る。
 
 ――その時、『光』の矢がアークを――いや、世良をめがけて放たれた。
 虚ろな世良は避ける素振りすら見せない。
 
 しかし、その矢は世良に当たる前に、来人が間に割り込み、鎖を纏う剣で矢を受ける。
 その矢を放ったのは勿論ティルだ。
 
「おい! ティル! どういうつもりだ!」
「どうもこうも、話を聞いていなかったのか? 世良あれはアークの一部を切り取っただけの雑魚だ。しかし、それでもあれが無ければ、復活したばかりのアークは完全に力を取り戻す事は無い。つまり、世良あれを殺さなくして、我々に勝利は無い」

 来人は妹に向けて矢を放ったティルに抗議するが、ティルそれを一蹴。
 そして、それはティルだけでは無かった。

「悪いな、ライト。俺もお前の味方をしてやりたい所だが――、あの嬢ちゃんを先にやっちまうのが、正攻法だと見た」

 カンガスも、ティルの意見に賛同する。

「少女を手に掛けるのは少々心が痛みます。しかし、アナ様も二代目も動けぬ現状、我々だけで事に当たるしかない。ここは息子の主張に一票」

 そして、ソルも。

 そうしている内に、コロッセオの方から武装した神々が集まって来た。
 アークの波動に当てられ気絶していた者たちが、意識を取り戻した様だ。
 
「お前ら――」

 事態を見て、指示を飛ばそうと、身体を起こそうとするウルスだったが、

「――お前は、邪魔だな」

 アークが手から黒い炎を放つ。
 炎がウルスを包むと、ウルスが言葉を紡ぎ切る前に、まるで元からそこに居なかったかのように、一瞬の間で消し去られた。
 
「二代目!!」

 神々から悲痛な声が上がる。
 自分たちのトップ――二代目がやられ、そして神王補佐のアナもボロボロで地に伏している。

「これは、どういう状況なんだ――」

 駆け付けた神々の間から、そんな声が漏れる。

 王族と対するはアークと、その傍に世良。
 そしてその両者の間に、まるでアークを庇う様に剣を構え、ティルと対峙する来人。
 周囲にはゼウスたち十二波動神。

 神々が援軍として――観客ギャラリーとして駆け付けたのを見て、アークが声を上げる。

「アダンも、アナも、ウルスも、ライジンも、皆殺した! 後は、お前たち雑魚だけだ。王の血筋を根絶やしにし、全てを無に帰し、そして始めよう――」

 この場に居ない、行方不明だったライジン。
 最強の神すらも、既にアークの手に落ちていた。
 世良という自身の力の半分を取り込む前の、不完全な状態だと言うのに、これ程までの圧倒的力。
 
 アークは黒い波動を、天へと撃ち上げる。
 まるで、それが開戦の狼煙だとでも言うかの様に。

「――さあ、新たな世界を創ろうではないか! 地上も! 天界も! 全てを破壊し、無に帰せ!」
 
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