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第二章 ガイアの遺伝子編
#80 塔を登った先
しおりを挟む塔の螺旋階段を上って行く。
一歩、また一歩と。
足元の下層から、そして塔の外の都市からも時折大きな爆発音が響いてきて、ティルやカンガス、そしてガイア族の戦士たちの激しい戦いの様子が伝わって来る。
来人は彼らに託された思いを胸に、歩を進める。
程なくして、差し込む光に来人は目を細めた。
階段はそこで途切れている。つまり、頂上だ。
来人がいっそう勢いよく駆けだそうとすると、メガからの通信が入った。
『――ライト、もちろん勝算は有るんだろうが……、どうするつもりだネ?』
メガは氷の大地での戦いの様子も全て『メガ・レンズ』を通して見ている。
だからこそ、来人もティルも憑依混沌したゼノムに一度膝を付いた事も知っているのだ。
一度負けた相手にもう一度立ち向かうという事は、それなりの勝算が無くてはならない。
来人は一瞬の間を置いた後、力強くその問いに答えた。
「ああ。その為に、三人と共にここに来たんだ」
「それは――、ボクもまだ検証が済んでいない事象だ」
メガは来人の“勝算”が何なのか、すぐに察する物の、それに難色を示した。
それでも、来人は薄く口角を上げて、
「――でも、実際にこの目で見た。なら、俺にだって出来る。真にこの身体に王の血が流れているのならば、不可能ではないはずだ」
と、自信に満ちた声で答えた。
それを聞いたメガも通信越しに薄く笑ったのが伝わって来る。
「ふん。それもそうだネ」
「行ってくる」
「ああ、行って来な。帰ったらデータを取らせてもらうヨ」
通信を切り、来人は後ろを振り返る。
そこには犬のガーネ、ジュゴンのジューゴ、メイドのイリス、三人のガイア族の契約者たち。
三人は来人の顔を見て、まるで背中を押すように微笑み、頷く。
来人たちは階段を上る。
差し込む光の先、頂上へと向かって――。
「――ったく、ライトも無茶な事を考えるものだネ」
通信を切った後、メガはそう溢して再び目の前のノートパソコンのモニターへと視線を戻し、作業に戻った。
「ちょっと! メガさん! 手伝ってくださいよ! 一人でこいつらの相手をするのは大変なのデス!」
カタカタと打鍵音を響かせるメガの後ろで、それを守る様に、ギザは両手に持った『メガ・キューブ』を槍や剣、鎌など、見覚えの有る形をした様々な武器に変えて振り回し、襲い掛かって来る暴走状態のガイア族を追い払っている。
それらはこれまでメガたちの集めて来た神々の戦闘データを基に、キューブの中に記憶させたイメージを具現化させたものであり、ギザが振るってもその神々の力を発揮する。
しかし、英知の結晶である全身を特殊鉱石『メガ・ブラック』で造られたサイボーグであるとは言っても元は人間。
その数のガイア族と戦い続けていれば、明らかに押されてきている。
「……わん」
「それ、意味ないデスから!」
「そうは言っても、文句を言う余裕は有るみたいじゃないか。なら、大丈夫だヨ」
「メガさんー!!」
ギザの悲鳴も他所に、メガは作業を続ける。
「――もう少し、もう少しで終わるんだヨ。それまで、持ち堪えてくれ」
メガの周囲には無数の『メガ・キューブ』が散らばっている。
それらは来人たちに渡したものと同じタイプのキューブだ。
メガはそれらに新たなデータを入力して行く――。
――階段を上り、光の先。
来人たちはついに塔の頂上へと辿り着いた。
「――ゼノム」
ゼノムは塔の頂上から、あの“黒い靄”を身体から吐き出し、眼下の都市へと撒き散らしていた。
この靄を吸い込んだガイア族のたちは暴走状態となってしまう。
確かにこの場所ならゼノムとファントムの目的――“ガイア族たちの翼を取り戻す”事に最も適した場所だろう。
来人に気付いたゼノムはゆっくりと振り返り、そしてつまらなさそうに、
「なんだ、若き神。生きていたとはな」
「生憎、お前のお友達の色が優秀だったものでね」
「――『蜃気楼』。そうか、ファントムの力……。まあいい、もう一度消し去れば良いだけの事!」
ゼノムはそう言って、眼下の都市に撒き散らしていた黒い靄の指向性を変えて来人の契約者たちに向けて放った。
「くっ……!!」
その濃い波動の奔流に皆押されそうになるが、なんとかその場に踏み止まった。
するとゼノムは状況がおかしい事に気付いて、攻撃の手を止め自分の手に視線をやる。
「――どういう事だ? 何故お前たちは翼を得ようとしないのだ?」
ガーネも、ジューゴも、イリスも、その黒い靄の攻撃を受けても暴走しない。
その事に気付いたゼノムは目を見開いた。
「“天才”の弟のおかげだネ!」
「ええ。あなたの攻撃なんて、わたくしたちには届きませんわ!」
「この力は、王様の為に!」
メガに託された小さなキューブに収められた『絶色領域』によって、ゼノムの遺伝子の色は実質無効化。
来人の契約者たちは暴走する事無く、原初の力に屈する事無く、ゼノムに立ち向かえる。
「ああ、嘆かわしい! ガイアの民たちは神々に騙され、都合よく利用されている。そして、それが幸福だと信じて疑わない! だから、俺がその呪いから解放してやろうと言うのに! 何故拒むのか!」
ゼノムはそう声を荒げる。
しかし、その声は誰にも届く事は無い。
メイド服を身に纏う、人型の姿のガイア族、イリスは語る。
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「僕はまだ王様と出会ったばかりなのです。なので、お二人の先輩方の様な強い信念はまだ無い――、けど! けど、ジュゴロクたち、他のガイア族も、酷い目に会わせたのは、許せない!」
三人の半神半人の鎖使いに仕える契約者たち。
その真っ直ぐな瞳に見据えられ、ゼノムは更に苛立ちを募らせる。
「お前たちは何も分かっていない! その信頼が、忠誠が、その全てが元から作られた歴史だと、まやかしだと、何故――」
「――話は終わりだ」
来人は尚も何かを訴えようとするゼノムの言葉を切り、前に立つ。
「お前がどういう目的で、どういう信念の元動いていたかなんて、関係無い。お前はガイア界を滅茶苦茶にした。ガーネの、イリスの、ジューゴの、みんなの家族や友達たちを傷つけた」
「だから、どうしたと言うんだ!? 神々の呪縛から、同胞を解き放ってやるんだ! それこそが、我々ガイアの民の幸福なのだ!!」
「――だから、許さない」
二本の柱、三十字と、そして「V」と「く」の字の開いた側の合わさった不思議な形をした王の証。
それらを金色の剣へと変え、両の手に構え、鎖が剣を握る拳に巻き付き、包み込む。
「――三代目神王候補、天野来人。神に綽名す反逆者に、神罰を下そう」
切先を、復活した反逆者、原初のガイア族へと突き立てる。
「――お前を殺し、我々の翼を取り戻す」
ゼノムの身体が変貌して行く。
自身の魂の『遺伝子』を操作し、改変して行く。
背からは先の鋭利な爪となった六本の腕が生え、脚は獣の様に隆々と筋肉が浮かび上がる強靭な物へと成る。
あらゆるガイア族の遺伝子を掛け合わせた、その姿はまさに混沌の獣。
「――ガーネ、イリス、ジューゴ、行くぞ」
来人のその短い言葉で、三人の契約者たちはその意図を汲んだ。
「はい! 王様と一緒なら!」
「だネ! らいたんについて行くネ!」
「ええ! この身、この魂、坊ちゃまにお預け致します」
皆が来人の傍に寄り、それを中心として大きな波動の奔流が渦巻いて行く。
「――『憑依混沌』」
四人を眩い光が包み込んで行き、塔の頂上から光の柱が立ち昇る。
その光景は塔の眼下、火の海に包まれるメーテルで戦い続けるガイア族たちの目にも届いていた。
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