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第二章 ガイアの遺伝子編

#69 虹

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 来人とイリスは不死鳥フェニックスと化し依然暴走を続けるイリスの兄ジャックを止める為、戦う。

 来人は自身のスキル『鎖』と『泡沫』を使う。
 周囲には何本もの大樹が生えており、それらの木々の間全ては“隙間”だ。
 木々の隙間から鎖を生成し、業火を纏う不死鳥フェニックスの身体を拘束。
 そして水のバブルを産み出してぶつける事で、その業火を消化しようと試みる。

 しかし、不死鳥フェニックスのごうごうと燃え盛る炎はその勢い衰える事無く、バブルの水全てをその灼熱を以て蒸発させてしまう。
 そして――、

「――くそっ。駄目だ、鎖も溶かされてしまう!」

 拘束していたはずの鎖も、不死鳥フェニックスの炎の前にはどろりと溶け落ちる。
 切断にはめっぽう強い来人の『鎖』も、完全ではない。
 炎の翼を羽ばたかせ身を捩れば、それだけで意とも容易く抜け出されてしまった。

 イリスのスキルは『虹』だ。
 自身の四肢だけを元の獣の鋭い爪に変え、そこに虹のオーラを纏う。

 『虹』とはつまり、七つの色。
 その力はあらゆる相手の色に対応し、相反する色をぶつける事でその色を中和する。
 
 その一撃であらゆる相手に対して“弱体化”のデバフを与え、じわじわと得物を追い詰める。
 そして色を中和され弱体化した果てに、他の色はイリスの虹によって塗り潰されてしまうだろう。
 ――本来であれば、の話だが。

「駄目ですわ! わたくしの色も、掻き消されてしまう――」

 今相対しているのはガイア族本来の力、翼の姿を解放したジャックだ。
 その上謎の力を受けて暴走状態、通常の数倍にパワーアップしている。
 
 イリスの『虹』は確かに七色の力を持つが、それら一つ一つの色は決して強い物では無い。
 あくまで効率的に有効な色をぶつける事で成立する。
 不死鳥フェニックスと化したジャックの圧倒的な業火、その一色を前にイリスの虹は掻き消されてしまう。
 より強いく濃い色に、塗り潰されてしまう。

 イリスはこれまで、兄のジャックに負けた事は無い。
 それはジャックが弱かったからではなく、イリスが強すぎたからだ。
 しかしそのパワーバランスも今は崩れ、イリスは暴走するジャックに対して成すすべがない。

 来人とイリスは一度ジャックから距離を取り、合流する。

「坊ちゃま、このままでは――」
「ああ。だが、殺す訳にはいかない」

 そう。決して単純なパワー負けだけが苦戦する原因ではない。
 相手は暴走状態だと言ってもイリスの兄であり、来人達の目的はその暴走を止める事だ。
 命を奪わない様に、と無意識下で力のセーブが掛ってしまう。
 
 手加減をした上で勝利を収める為には、それ相応の力量差が無くてはならない。
 しかし、来人達と暴走状態のジャックとの間にはその力量差が無かった。

 その後しばらく口を噤んで炎の嵐を吹き荒す不死鳥フェニックスと化した兄を見つめていたイリスだったが、おもむろに口を開く。

「――坊ちゃま。わたくしと、契約を致しましょう」

 その口から飛び出た意外な言葉に、来人は目を見開く。

「何を言ってるんだ。イリスは、父さんの契約者だろう」

 イリスは来人の父であり、最強の神である来神の契約者だ。
 来神から神格を与えられ、ジャガーの姿から今の人型――金髪のメイドの姿となっている。
 だから、今来人とイリスが契約する事は出来ないはずだ。

 そんな来人の疑問に、イリスは優しく、そして切なげに微笑み答えてくれた。

「ええ。ですから、旦那様との契約は破棄させて頂きますわ。元々、そうして良いよ旦那様からは言われてしましたの」
「父さんが、そんな事を……? どうして、そんな」
「『きっと俺よりもお前に相応しい男が居るはずだ。だから、好きな時に好きな所へ行け』と。それが旦那様の――、ライジン様のお言葉ですわ。その時は、わたくしもそんな訳がないと首を横に振りました。でも、今なら分かりますわ」

 本来の契約は主人たる神に主導権が有る物だ。
 しかし、来神はいつでもイリスが自分の元を離れられるように、イリスに主導権を渡すという他の神からすれば考えられない様な異例な契約をした。
 その理由も、意味も、当時誰も分からなかった。
 しかし――、
 
 イリスは来人に手を差し伸べる。

「ライジン様は、わたくしの内なる望みすら見通してらしたんですわ。――わたくしは、主人の隣で戦いたかった。一度くらい、お傍に立って共に戦いたかった」

 来神はこうなる事すら予期していたのだろうか。
 イリスは今がその時だと確信している。
 これこそが、主人の思惑なのだと。
 
 来神は文字通り“最強”だ。
 それは百鬼夜行戦でも単騎で駆り出され、その圧倒的力で二体の上位個体が融合した『双頭』の鬼を一振りで葬り去ったその力からも一目瞭然だ。
 だからこそ、イリスはこれまで来神の隣で共に戦った経験がただの一度たりとも無かった。
 イリスは最初から最後まで、来神に仕える“メイド”だった。

 それでも、それに不満が有った訳では無い。
 来神の契約者という事はイリスにとっての誇りだった。
 しかし、それでも心のどこかで、ほんの少しだけ思ってしまうのだ。

 ――“たった一度でいい。だから、あの人の隣で共に”と。

 しかし、その願いが叶う事は無かった。
 来神は最後まで一人で戦い抜き、王位継承戦を圧倒的な差を付けて勝ち抜いた。
 そして王となる権利を目の前にしてその権利を放棄し、そのまま前線を退いてしまった。
 今では当時の面影も薄れ、見る影も無い肥えた姿となっている。

「イリス……」

 来人はイリスの手を取る事を躊躇っている。
 自分は父親に劣る、そんな自分にイリスの手を取る資格が有るのか、と。
 そして、イリスの望みを望む形で叶えられるのか、と。

 イリスはそんな来人の迷いすら見通した様に、優しい微笑みのままその背中を押す。

「坊ちゃま。わたくしのそんな些細な願いを、坊ちゃまが叶えて下さいませんか? わたくしに力を貸してください。共に、兄を救ってください。ライジン様では無い、坊ちゃまにしかそれは出来ないのです」
 
 イリスの願いに、来人は呼応する。
 そこまで言わせて、答えない訳には行かない。

「――分かった。来い、イリス」
「はい、坊ちゃま」

 ――二人の周囲を、眩い光が包み込む。
 
 ガーネ、そしてジューゴに続いて、来人にとって三人目のガイア族の契約者。
 今この瞬間、この場で契約をする意味。
 それは言葉にしなくとも、来人も理解していた。

 来人だけでは、そしてイリスだけでは、暴走状態のジャックを止められない。
 だからこそ、力を合わせる。
 二人の器を重ね、更なる高みへと昇る。
 
 ――憑依混沌カオスフォーム

 眩い光のベールが溶けて行き、その姿が露わとなる。

 四肢は獣、鋭く輝く爪が両腕に。
 背には翼と見紛う程に大きく広がる鎖の腕。
 
 虹色の闘気オーラを纏い、荒々しい金色の長髪を降ろす。
 来人とイリスの合わさった、憑依混沌カオスフォームの姿だ。
 
 来人の装備しているコンタクトレンズ『メガ・レンズ』によって、今現在のステータスがモニターされている。
 その視界の端に表示された値はシンクロ率40%だ。
 以前にジューゴと憑依混沌カオスフォームした際の数値は20%であり、それと比べれば格段に危険域に近い数値だ。
 
 これ以上のシンクロ率の上昇はイリスの器を呑み込んでしまうリスクを伴う、ギリギリの状態。
 長時間の融合は出来ない、一撃で片を付ける必要が有るだろう。
 
 しかし、来人にもイリスにも恐れは無かった。
 これまでに感じた事が無い程の、圧倒的全能感。

『――坊ちゃま! これなら、行けますわ!』
『ああ。行くぞ』

 二人はジャックに向かって、爪を振り下ろす。
 その色は『虹』。
 七色を内包した美しく輝く波動に彩られ、ジャックの色を中和して行く。

 先程までと違い、確実に効果が表れている。
 ジャックの炎の勢いが弱まり、動きも鈍くなっている。
 来人の王の波動と合わさる事により、イリスの『虹』は他の色を塗り潰す程の眩い光を放つ。

 ――ああ。わたくしは、幸せですわ。今、坊ちゃまのお傍で共に戦っている。

 神に仕えるガイア族、その本分を人生で初めて果たしたイリスは、爪を振るいジャックと戦う中多幸感に包まれていた。
 
 絶対的な勝利の確信が、圧倒的力量差により生まれた余裕が、ジャックを殺す事無くその戦力を削いでいく。
 『虹』の色がジャックの色を中和して行き、弱体化のデバフを与える。

『ジャック! イリスが待っている、帰ってこい!!』
『お兄様! 目を覚ましてください!』

 最後の一撃。
 虹の闘気オーラを纏った拳を、不死鳥フェニックスの身体に叩き込む。
 その勢いでジャックは地に叩き付けられ、ボロボロとその翼は崩れ落ちて行く。

 そして完全に崩れ落ち灰となった不死鳥フェニックスの身体から、浅く呼吸をするジャガーの姿をしたジャックが現れた。
 ボロボロだが、生きている。

 リンクフォレストの森を燃やしていた炎もジャックの波動によるものだ。
 ジャックが倒れれば、その炎も少しずつ静まって行き、やがて完全に鎮火した。

 そして、倒れるジャックの身体からはまた水の大地の時と同じ様に黒い靄の様な何かが這い出て来る。
 来人はその靄を追おうとするが、そのタイミングで憑依混沌カオスフォームにより繋がっていた来人とイリスもその融合が解ける。
 ふらりと倒れかけるイリスを、来人は抱き止める。

「大丈夫か、イリス」
「はい、坊ちゃま。すみません、少しはしゃぎすぎてしまったみたいですわ」
「よくやった。お前のおかげで、リンクフォレストは守られた」
「いいえ、わたくしだけでは有りませんわ。リンクフォレストの皆と、そして何より坊ちゃまの力有ってこそですわ。それよりも――」

 気づけば、黒い靄はどこかへ消えてしまっていた。
 辺りを見回してみるが、完全に見失ってしまった様だ。
 
 そうしていると、消化班に加勢していたガーネとジューゴが駆けて来て、合流。

「らいたん! イリス!」
「大丈夫ですかー!?」

 二人は状況を見てすぐに二人の無事を確認、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
 すぐに倒れるジャックの方に意識を向ける。

「ジャックの手当てをしたい。ガーネ、ジューゴ、運ぶのを手伝ってくれ」

 来人の要請の元、ジャックはジューゴの背に乗せられてリンクフォレストの救護班の元へ運ばれて行く。
 直ちに適切な処置が施されて、時期に目を覚ますだろう。

「それにしても、お兄様はどうしてこんな事に……」
「ジュゴロクの時と同じ、突然の暴走……。ジャックさんが目を覚ませば、何か話を聞けるかもしれません」
「あら。坊ちゃま、戻ってしまったのですね?」

 気付けば、戦闘を終えた来人は神化が解け髪色は白金から茶へと戻っていた。
 そんな来人を見てイリスは少し残念そうな声色を漏らす。

「戻ってしまったって、駄目でした?」
「いえ。あの坊ちゃまも格好良かったな、と少し思っただけですわ」
 
 と、イリスは少し悪戯っぽく笑うのだった。
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