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#14 お願い

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 石の首飾り盗難の一件を境に、俺はナキへの、もといタテシマ様への“お願い”をしなくなった。
 元々俺の目的はお願いでは無かったし、ナキと会って話す時間が大切だった。
 
 それからは俺の方から手土産として固い干し芋や大して美味くも無い茶葉を持って行ったりした。
 最初からそうしておけばよかったな、なんて思いながら。
 それらをつまみながら、ナキとその日の出来事や昔の話や、どうという事も無い取り留めの無い雑談をして朝を迎える。それだけだ。
 
 相変わらずタテシマ様はナキの為に何かを持って来る様だったが、それらは彼女があの深海で暮らして行く為に最低限必要な物たちであり、そしてこれまで通り無くなっても困らない様な物を選んでいるのだろう。
 それを俺は咎める事はしないし、ナキもそれを受け入れていた。
 
 そして、ある日の事だ。
 昼間にジュウオウ村を歩いていると、あの時石の首飾りを無くしたと言っていた、アニキと呼ばれていた男とすれ違った。
 アニキは視線だけを俺に向けて、そのまま歩き去って行く。
 
 アニキの隣には、綺麗な着物姿の黒髪の女性が居て、彼女がアニキの妻なのだろうと分かる。
 その女性の首には、あの石の首飾りが掛けられていた。
 どうやら、祭りも目前に迫り、その着飾った装いも解禁されたらしい。

 そのまま意識して周りを見れば、他にも普段よりもどこか着飾った人の姿を見かけたり、異国を思わせる装束に身を包んだ“土産物”を手にした客人の姿も目に付いた。

(――そうか、もうお祭りか)

 クスノキら漁師との話の中で、祭りの日取りを聞いたのを覚えていた。
 気づけば、もう祭りの本番は明日へと迫っていたのだ。
 通りには所詮出店の様な物も建てられていて、神殿では祭りの日に執り行う儀式の下準備も行われている。

 祭りは夕方から始まり、深夜にかけて行われるという。
 それは丁度いつも俺が仮眠を取って海へ潜ってしまうくらいの時間だ。
 だからきっと、俺には関係の無いイベントだろう。
 
 そう思って、俺は今日もナキへ会いに行くのに備えて仮眠を取る。
 そうして眠りに落ちる前に、ふとある事を思いついた。

「――そうだ」
 

 その日の夜。もう慣れた足取りで冷たい夜の海へと入水して、ナキの元へと向かった。
 意識を失い、目が覚めれば視界にはナキの整った顔が一杯に映っていた。

「おはようございます、空間さん」
「ん……、おはようございます」

 頭部の下に慣れない感触。
 どうやら、状況から察するに俺はナキに膝枕される形になっている様だった。

 ナキは俺が目覚めてからしばらくして現れる事もあるし、最初から傍に居る事もある。
 しかし今日はサービス旺盛というか、特別距離が近かった。

 目が覚めてしまえばずっとそうしている訳にも行かないので、俺は照れ臭さを誤魔化して努めて平静を装いつつ、身体を起こす。
 
「今日はどうしたんですか? 膝枕なんて」
「いつもより早く空間さんを見つけてしまって、寝顔を見ている内に、なんだかいたずらしたくなっちゃいました」

 ナキは「うふふ」お淑やかに微笑む。
 
 いたずらで膝枕とは、なんと可愛らしい事か。
 しかしそうとは言えないので、その心は内に秘めておく。

「いつも探してくれてるんですね」
「はい。クラゲさんたちが教えてくれるんです」

 そう言ってナキは周囲に目をやる。
 辺りには深海を漂い淡い光で闇を照らす無数のクラゲたち。
 
 思えば、俺が最初にここへ来た時から、いつも彼らの姿を見ている。
 どうやらこのクラゲたちこそがナキと俺を引き合わせた案内人――おそらく、タテシマ様の使いの様なものなのだろう。

 それから、いつものように岩で出来た硬い椅子に腰かけて、俺はしようと思っていた話を切り出した。
 それは仮眠を取る前に思いついた事で、俺にとってはそれを言うのに少し勇気の要る事だ。

「ナキさん、“お願い”したいんですけど――」

 俺がそう言うと、ナキは驚いた様に目を丸くした。
 それもそうだろう。きっと、あの一件以降俺の口からその言葉はもう出て来ないと思っていたはずだ。
 実際、俺だってもう何もお願いする気なんて無かった。
 だけど、今日だけは特別だ。

 俺は緊張しつつも、意を決して言葉を続ける。

「一緒に、お祭りに行きませんか」
 
 それが俺の願いだった。
 
 ナキの返事を待つ。
 その時間は数秒にも満たない間だったかもしれない。しかし俺にとっては永遠にも思えた。
 
 つまるところ、俺はナキをデートに誘った。ナキをこの海の底から連れ出そうと言うのだ。
 ずっとこんな所へ居ては気も滅入るだろう。折角のお祭りだ、偶には外へ出てみても良いのではないかと思った。
 
 勿論ナキがずっとこの海の底で暮らしていて、外へ出たがっていない事も分かっていた。
 きっと一人で地上へと上がるのは怖いのだろう。
 それでも、俺と一緒なら――と一歩を踏み出して欲しいと、そう思ったのだ。
 
 ナキはゆっくりと、口を開く――。
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