29 / 31
第29話 滑稽な夜
しおりを挟む
頭の中でしんと一部分、冷えた場所がある。
そこは周りの混乱から切り離されていて、冷静に物事を俯瞰している。
恭司の言葉を考える。
カウンセラーの資格なんて、必要じゃなかった。
最初からずっと、そんなものは求めてなかった。
言葉で心を癒してほしいわけじゃなかった。
なにも言わなくても、支えられていることに大きな安心をもらっていた。
「それでもお前、俺のところに来るの? それでいいの?」
すとん、と自分のベッドの端に腰を下ろす。
なんだか意地悪だ。
今まで散々、やさしくしておいて、今更なにを。
······都合のいいヤツはわたしか。アキに捨てられ、すぐ恭司のところへ行く。
もしも恭司がわたしを抱きたいというのなら、それもアリかなとひとりのわたしが言った。
もうひとりのわたしは悲しみに押し潰されて泣いていた。
志望大学が変わっただけで、わたしを捨てるんだ。こんなにずっと一緒だったのに、説得する時間も与えないで。
わたしたちには話し合うべきことが、もっとたくさんあるはずだ。話し合いで解決することも。
でもそれさえ、振り払われてしまった。
わたしは立ち上がってすぐそこにあるベッドの、恭司に掛けられた薄い布団の隅を、指でつまんだ。
「おい、お前、言ってたこと聞いた?」
「わたしたちが普通に男女なんだってこと? 慰めてもくれないの?」
「男の布団に女が入ることの意味も知らないの?」
それくらい知ってるよ、とぶっきらぼうに言って、足までスルッとベッドに忍び込む。
恭司はわたしに背中を向けて、相変わらず横向きになっていた。顔は見えない。
背中に、額を当てた。
「なにがあっても文句を言うなよ。俺だって残念だけど男なんだよ」
「合意の上だって言えばいいんでしょう? 大丈夫」
「どこが大丈夫なんだよ······まったく」
ごそごそと恭司はこっちを向くと、わたしの頬に手を当てた。顔半分は隠れちゃうんじゃないかな、と思う。体温がダイレクトに伝わってきて、癒される。
わたしたちの『境界線』はどこなんだろう?
どこから、男女の関係になるんだろう?
「不思議な縁だなって、ずっと思ってた。早く帰すべきなのはわかってるのに、······手放したくなくて、なんでかな」
「わたしたちは惹かれあってるってアキが言ってたよ」
「『運命』って言葉はあんまりすきじゃないな。そんなものは自分で選びたい。すきな女は自分で選んだ方がいい。例え、傷ついても」
千嘉さんのことかな、と思う。
恭司は千嘉さんをほかのたくさんの女性の中から選んだ。
わたしはアキを『運命の恋人』だと思っていた。
間違いだったのかな?
かもしれない。そうなのかもしれない。
押し付けがましかったかもしれない。
恭司はまずわたしの鼻にそっとキスをした。
真っ暗だったので、食べられちゃうかもと怯えることはなかった。とても礼儀正しいキスだった。
目が暗闇に慣れると、彼はわたしの顔をじっと見ていた。
あんまりじっと見ているので、そっと目を閉じた。
はっきり言ってこういう時の作法がわからない。
満里奈にでも教わっておくべきだった。
恭司は上体を少し上げて、上から降るように唇にキスをした。特にわたしが顔を傾けたりしなくても、鼻は当たらなかった。
――あの唇が、重なっている。
できるだけ、そのやわらかさを感じ取れるように唇の力を抜く。熱い吐息を感じる。わたしの吐息もそれに混じる。
溶けて、溶けて、フォンダンショコラの中身のように蕩けていく。
髪に指が通る。もしかすると恭司はわたしの髪がずっとすきだったのかもしれない。そう感じるくらい、丁寧な指の動き。
目を開くと、すぐそこに顔があって、見慣れたその顔が少し驚いてる。戸惑ってる。
わたしだって戸惑う。
だって、今までのわたしたちじゃなくなる。
やめよう、とため息のように恭司はこぼした。
そのため息を掬い上げる。
嫌じゃないよ、と。
戸惑う彼は子供のようで、内気だったという子供時代を思わせる。
わたしから腕を伸ばして、首にぶら下がるような姿勢になって誘う。
確かめてみたい、心の中を。自分の中にそういう気持ちがあるのか、真っ直ぐに恭司と向き合ってきたのか。アキのことが幻想だったなら、恭司をどう思っているのか?
「ハル、キスすると男がどういう気持ちになるのかお前の彼氏は教えてくれなかったの?」
「······わかんない。二人きりの時、こういう状況になったことない。子供の頃ならまだしも」
「そっか。やっぱりまだ小さなお姫様なんだな。キスなんてやめよう。いいことはない。ここから先は子供には早いよ」
「そうかな? 恭司のことは大体知ってるし、怖くないよ。そうなってみて、それで恭司が女としてのわたしに落胆して捨てられても文句は言わないよ」
「困ったお嬢さんだ。······理性には限界があるんだ。人間だって本能があるからな」
頬にキスすると、まるで水泳選手の飛び込みのような勢いでガバッと起き上がり、驚いているうちに隣の元わたしのベッドに入ってしまった。
「おやすみ」
「え、ちょっと。なにか不満だった?」
「······違うよ、その、素敵なキスだった。そうだとしても違うにしても、とりあえず大切にしたいだろう? ここでなにもかも流されて終わるなんて、今までの苦労が水の泡じゃないか。こういうのはもっと、自然に気持ちが重なった時にだな」
「ロマンティストだよね」
「お前さぁ、大体慰めろって言うけど経験ないんじゃないの? 痛いだけだぞ、たぶん。聞いた話だけど」
「大切っていい言葉だと思うけど、キスした後の女の気持ちはわかってないんだ。痛くたって試してみないとわからないじゃん。だから理想を見ちゃうんだよ」
「なんだよ、喧嘩売ってんのかよ。アキくんにフラれて自暴自棄になるなよ。せっかくなにもかも捨てて迎えに······」
「捨てて?」
聞き捨てならない言葉だ。
恭司は向こうを向いて、じっと動かない。
カメレオンにでもなるつもりなのか?
「捨ててってなによ」
「いや、ほら、明日の仕事とか、タクシー代とか······」
「バカじゃないの? 大人のくせに」
「バカはお前だろう? 俺の気持ちも知らないくせに」
「わたしにはもったいないくらい、いい人だってことは知ってる」
「お前、失恋しそうな綱渡り状態なんだろう? 聞いたわけじゃないけど。アキくんがいるのにフライングできないじゃないか。第一、いい人ってのは捨てられるって相場が決まってるんだよ」
寂しさが、アキの名前を聞くとじわじわとわたしをまた侵食する。
そうだったんだ、アキが、わたしの寂しさの象徴だったんだ。
そのことを今、知る。
寂しかった子供時代、寂しかったママやサクラさんやアキと一緒にいたキラキラした時間。
いつも拭いきれない寂しさを心に抱いて。
「抱いてよ」
ゆっくり、恭司はこっちに向き直る。
そうして逞しい腕をこっちに真っ直ぐ伸ばした。
わたしはその手に向かって腕を伸ばす。導かれるように。
「そういうのは、もう少し大人になってから言いなさい。俺はお前の保護者代理だからな、やっぱり今はよしておこう。同じベッドは今日は勘弁してくれ。怖い思いはさせたくないし、腕枕くらいなら、帰ったらしてやるよ。とにかく、こういう非日常的な場所で流されるのは良くない」
「ケチ」
「バカ。早く寝ろ。俺は帰ったら病人のフリをしなきゃいけないんだ。お前もしらじらしくお粥でもたけ」
――こうしてわたしたちの、滑稽な夜は過ぎていった。
聴き慣れた音がして目を開けると、古びた部屋にわたしはいた。
まだ夢の中なのかもしれない。
なにかの夢を見た。なんの? 結構いい夢。気持ちが明るくなるような。
······ああ、夢じゃないや。思い出してみれば、なかなかロマンティックな夢だった。
聴こえるのは恭司の浴びるシャワーの音。この後はたぶん、例の髭剃りタイムだ。
昨日触れた時、やっぱりチクチクしなかった。
別に無精髭も似合うと思うけど。一度だけ触れた唇の感触が、生々しく戻ってくる。大きなため息が出る。
わたしって、女だったみたい。知らなかった。
もう少し寝たフリをしようと決める。
――目を閉じると、もうひとつのことを思い出す。
悲しみが胸の奥に巣食っている。
忘れられない痛みが胸を走る。
『あの後、終電もうないんじゃないかって焦って店に戻ったんだけどハルはもういなくて。何事もなく帰れた? すごく心配してる』
スマホを見ると通知が入っていた。アキからだ。わたしは体育座りして片腕でしっかり膝をギュッと抱えて、じっくりそれを読んだ。
『僕の一方的な理由でハルにもう逢えなくなって、申し訳ないと思う。勇気のない自分に失望してる。約束を守れなくなったことも』
『これでいいのかわからないけど、もう僕はハルを迎えに行けない。それが僕の出した結論なんだ。相談すればよかったと思うけど、不甲斐ないと思われたくなくて。ハルより年上だったら良かったのにって何度も思った』
『ハルの全部を知ってるつもりでいたけど、守矢さんのところで見たハルは知らない人みたいで、要するに、知ってるつもりになってたことを思い知らされた。ハルの防波堤になれなくてごめん。頼りなくてごめん』
謝罪なんて必要ないのに。
わたしはたぶん、「待っててほしい」と言われたらそうしたと思う。たぶん、きっと。
だってもう何年も離れていたし、それでもわたしにはアキしか考えられなかった。
恭司的に考えたら、それがいけなかったのかもしれない。アキが迎えに来てくれない世界があると思ってなかった。
でももう、アキはわたしを呼んでくれそうにない。
あの時の熱いキスはなんだったんだろう? すきならどうして強引に奪ってくれないんだろう?
わからないでもない。
わたしたちは隣にいすぎた。
周りに広い社会があることに気が付くのが遅かった。
わたしがそうであるように、アキもどこかで、どこかの段階で、それに気付いてしまったんだ。世界中に、わたしたち二人だけじゃないってことを――。
わたしはもう、アキを呼ばない。
そこは周りの混乱から切り離されていて、冷静に物事を俯瞰している。
恭司の言葉を考える。
カウンセラーの資格なんて、必要じゃなかった。
最初からずっと、そんなものは求めてなかった。
言葉で心を癒してほしいわけじゃなかった。
なにも言わなくても、支えられていることに大きな安心をもらっていた。
「それでもお前、俺のところに来るの? それでいいの?」
すとん、と自分のベッドの端に腰を下ろす。
なんだか意地悪だ。
今まで散々、やさしくしておいて、今更なにを。
······都合のいいヤツはわたしか。アキに捨てられ、すぐ恭司のところへ行く。
もしも恭司がわたしを抱きたいというのなら、それもアリかなとひとりのわたしが言った。
もうひとりのわたしは悲しみに押し潰されて泣いていた。
志望大学が変わっただけで、わたしを捨てるんだ。こんなにずっと一緒だったのに、説得する時間も与えないで。
わたしたちには話し合うべきことが、もっとたくさんあるはずだ。話し合いで解決することも。
でもそれさえ、振り払われてしまった。
わたしは立ち上がってすぐそこにあるベッドの、恭司に掛けられた薄い布団の隅を、指でつまんだ。
「おい、お前、言ってたこと聞いた?」
「わたしたちが普通に男女なんだってこと? 慰めてもくれないの?」
「男の布団に女が入ることの意味も知らないの?」
それくらい知ってるよ、とぶっきらぼうに言って、足までスルッとベッドに忍び込む。
恭司はわたしに背中を向けて、相変わらず横向きになっていた。顔は見えない。
背中に、額を当てた。
「なにがあっても文句を言うなよ。俺だって残念だけど男なんだよ」
「合意の上だって言えばいいんでしょう? 大丈夫」
「どこが大丈夫なんだよ······まったく」
ごそごそと恭司はこっちを向くと、わたしの頬に手を当てた。顔半分は隠れちゃうんじゃないかな、と思う。体温がダイレクトに伝わってきて、癒される。
わたしたちの『境界線』はどこなんだろう?
どこから、男女の関係になるんだろう?
「不思議な縁だなって、ずっと思ってた。早く帰すべきなのはわかってるのに、······手放したくなくて、なんでかな」
「わたしたちは惹かれあってるってアキが言ってたよ」
「『運命』って言葉はあんまりすきじゃないな。そんなものは自分で選びたい。すきな女は自分で選んだ方がいい。例え、傷ついても」
千嘉さんのことかな、と思う。
恭司は千嘉さんをほかのたくさんの女性の中から選んだ。
わたしはアキを『運命の恋人』だと思っていた。
間違いだったのかな?
かもしれない。そうなのかもしれない。
押し付けがましかったかもしれない。
恭司はまずわたしの鼻にそっとキスをした。
真っ暗だったので、食べられちゃうかもと怯えることはなかった。とても礼儀正しいキスだった。
目が暗闇に慣れると、彼はわたしの顔をじっと見ていた。
あんまりじっと見ているので、そっと目を閉じた。
はっきり言ってこういう時の作法がわからない。
満里奈にでも教わっておくべきだった。
恭司は上体を少し上げて、上から降るように唇にキスをした。特にわたしが顔を傾けたりしなくても、鼻は当たらなかった。
――あの唇が、重なっている。
できるだけ、そのやわらかさを感じ取れるように唇の力を抜く。熱い吐息を感じる。わたしの吐息もそれに混じる。
溶けて、溶けて、フォンダンショコラの中身のように蕩けていく。
髪に指が通る。もしかすると恭司はわたしの髪がずっとすきだったのかもしれない。そう感じるくらい、丁寧な指の動き。
目を開くと、すぐそこに顔があって、見慣れたその顔が少し驚いてる。戸惑ってる。
わたしだって戸惑う。
だって、今までのわたしたちじゃなくなる。
やめよう、とため息のように恭司はこぼした。
そのため息を掬い上げる。
嫌じゃないよ、と。
戸惑う彼は子供のようで、内気だったという子供時代を思わせる。
わたしから腕を伸ばして、首にぶら下がるような姿勢になって誘う。
確かめてみたい、心の中を。自分の中にそういう気持ちがあるのか、真っ直ぐに恭司と向き合ってきたのか。アキのことが幻想だったなら、恭司をどう思っているのか?
「ハル、キスすると男がどういう気持ちになるのかお前の彼氏は教えてくれなかったの?」
「······わかんない。二人きりの時、こういう状況になったことない。子供の頃ならまだしも」
「そっか。やっぱりまだ小さなお姫様なんだな。キスなんてやめよう。いいことはない。ここから先は子供には早いよ」
「そうかな? 恭司のことは大体知ってるし、怖くないよ。そうなってみて、それで恭司が女としてのわたしに落胆して捨てられても文句は言わないよ」
「困ったお嬢さんだ。······理性には限界があるんだ。人間だって本能があるからな」
頬にキスすると、まるで水泳選手の飛び込みのような勢いでガバッと起き上がり、驚いているうちに隣の元わたしのベッドに入ってしまった。
「おやすみ」
「え、ちょっと。なにか不満だった?」
「······違うよ、その、素敵なキスだった。そうだとしても違うにしても、とりあえず大切にしたいだろう? ここでなにもかも流されて終わるなんて、今までの苦労が水の泡じゃないか。こういうのはもっと、自然に気持ちが重なった時にだな」
「ロマンティストだよね」
「お前さぁ、大体慰めろって言うけど経験ないんじゃないの? 痛いだけだぞ、たぶん。聞いた話だけど」
「大切っていい言葉だと思うけど、キスした後の女の気持ちはわかってないんだ。痛くたって試してみないとわからないじゃん。だから理想を見ちゃうんだよ」
「なんだよ、喧嘩売ってんのかよ。アキくんにフラれて自暴自棄になるなよ。せっかくなにもかも捨てて迎えに······」
「捨てて?」
聞き捨てならない言葉だ。
恭司は向こうを向いて、じっと動かない。
カメレオンにでもなるつもりなのか?
「捨ててってなによ」
「いや、ほら、明日の仕事とか、タクシー代とか······」
「バカじゃないの? 大人のくせに」
「バカはお前だろう? 俺の気持ちも知らないくせに」
「わたしにはもったいないくらい、いい人だってことは知ってる」
「お前、失恋しそうな綱渡り状態なんだろう? 聞いたわけじゃないけど。アキくんがいるのにフライングできないじゃないか。第一、いい人ってのは捨てられるって相場が決まってるんだよ」
寂しさが、アキの名前を聞くとじわじわとわたしをまた侵食する。
そうだったんだ、アキが、わたしの寂しさの象徴だったんだ。
そのことを今、知る。
寂しかった子供時代、寂しかったママやサクラさんやアキと一緒にいたキラキラした時間。
いつも拭いきれない寂しさを心に抱いて。
「抱いてよ」
ゆっくり、恭司はこっちに向き直る。
そうして逞しい腕をこっちに真っ直ぐ伸ばした。
わたしはその手に向かって腕を伸ばす。導かれるように。
「そういうのは、もう少し大人になってから言いなさい。俺はお前の保護者代理だからな、やっぱり今はよしておこう。同じベッドは今日は勘弁してくれ。怖い思いはさせたくないし、腕枕くらいなら、帰ったらしてやるよ。とにかく、こういう非日常的な場所で流されるのは良くない」
「ケチ」
「バカ。早く寝ろ。俺は帰ったら病人のフリをしなきゃいけないんだ。お前もしらじらしくお粥でもたけ」
――こうしてわたしたちの、滑稽な夜は過ぎていった。
聴き慣れた音がして目を開けると、古びた部屋にわたしはいた。
まだ夢の中なのかもしれない。
なにかの夢を見た。なんの? 結構いい夢。気持ちが明るくなるような。
······ああ、夢じゃないや。思い出してみれば、なかなかロマンティックな夢だった。
聴こえるのは恭司の浴びるシャワーの音。この後はたぶん、例の髭剃りタイムだ。
昨日触れた時、やっぱりチクチクしなかった。
別に無精髭も似合うと思うけど。一度だけ触れた唇の感触が、生々しく戻ってくる。大きなため息が出る。
わたしって、女だったみたい。知らなかった。
もう少し寝たフリをしようと決める。
――目を閉じると、もうひとつのことを思い出す。
悲しみが胸の奥に巣食っている。
忘れられない痛みが胸を走る。
『あの後、終電もうないんじゃないかって焦って店に戻ったんだけどハルはもういなくて。何事もなく帰れた? すごく心配してる』
スマホを見ると通知が入っていた。アキからだ。わたしは体育座りして片腕でしっかり膝をギュッと抱えて、じっくりそれを読んだ。
『僕の一方的な理由でハルにもう逢えなくなって、申し訳ないと思う。勇気のない自分に失望してる。約束を守れなくなったことも』
『これでいいのかわからないけど、もう僕はハルを迎えに行けない。それが僕の出した結論なんだ。相談すればよかったと思うけど、不甲斐ないと思われたくなくて。ハルより年上だったら良かったのにって何度も思った』
『ハルの全部を知ってるつもりでいたけど、守矢さんのところで見たハルは知らない人みたいで、要するに、知ってるつもりになってたことを思い知らされた。ハルの防波堤になれなくてごめん。頼りなくてごめん』
謝罪なんて必要ないのに。
わたしはたぶん、「待っててほしい」と言われたらそうしたと思う。たぶん、きっと。
だってもう何年も離れていたし、それでもわたしにはアキしか考えられなかった。
恭司的に考えたら、それがいけなかったのかもしれない。アキが迎えに来てくれない世界があると思ってなかった。
でももう、アキはわたしを呼んでくれそうにない。
あの時の熱いキスはなんだったんだろう? すきならどうして強引に奪ってくれないんだろう?
わからないでもない。
わたしたちは隣にいすぎた。
周りに広い社会があることに気が付くのが遅かった。
わたしがそうであるように、アキもどこかで、どこかの段階で、それに気付いてしまったんだ。世界中に、わたしたち二人だけじゃないってことを――。
わたしはもう、アキを呼ばない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
アマツバメ
明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」
お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、
雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。
雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、
謎の多い彼女の秘密に迫る物語。
縦読みオススメです。
※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。
イラスト:雨季朋美様
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
漫才部っ!!
育九
青春
漫才部、それは私立木芽高校に存在しない部活である。
正しく言えば、存在はしているけど学校側から認められていない部活だ。
部員数は二名。
部長
超絶美少女系ぼっち、南郷楓
副部長
超絶美少年系ぼっち、北城多々良
これは、ちょっと元ヤンの入っている漫才部メンバーとその回りが織り成す日常を描いただけの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる