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第二章 我が儘お嬢様

エピローグ

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エピローグ 



 門を跳ね開けるようにして走ってゆく。庭先から遠く離れているのに、階段や廊下を駆ける音が聞こえるようだった。
五分…十分……やがて館の、庭先に接する二階の窓が大きく開け放たれた。小さな顔がひょっこりと出て、両手で頭の上に大きな輪を作る。


「だ――いじょ――ぶッ、だった、よ――ッ!」

 馬上の戦士達から喝采の声が上がった。
「待ってて!すぐにそっち行くから!」
ベルは窓から顔を引っ込めると、急いだ。


「……さあ、行くぞ――」
 グラウリーはベルの顔が引っ込むのを見てから言った。
「いいのか?グラウリー」
「…ああ」
 彼等は手綱を取ると、ルナシエーナへと向かう方角へと馬の歩を進め始める。すると、館から駆け下りてきたベルが叫んだ。

「どこ行くの!グラウリーッ!皆――ッ!」
 ベルは悲しそうな顔をしてこちらへ駆けて来る。しかし、グラウリーはいらえなく皆の歩を進めさせた。馬が完全に走り出してしまえば、人が走っては到底追いつけない。トッティは後ろを振り返り、そして心配そうな顔をしてグラウリーを見た。
「グラウリー……」
「いいんだ。この方がいい――」

「どうして置いてっちゃうのよ――!皆、待って――!」
 しかし無情にも馬は駆けた。ベルは涙を流しそうになりながら皆の遠くなって行くのを必至に追いかける。
「どうしてまたわたしを一人ぼっちにするの――!グラウリーッ!!」


「……おうっ!?オイ?…オイッ…」
 しかし、そのままの速度で遠ざかってしまうかのように見えた馬上の戦士達だったが――何故か突然グラウリーの馬だけが走るのをやめてその場に留まってしまった。グラウリーが何をしてもその場を動かず、やがてベルは彼に追いついてしまった――。

「ハアッ…ハアッ…!」
「ベル……」
「どうして……どうしてわたしに何の挨拶も無く行ってしまうの――!沢山、沢山助けてもらったから、お礼とか…ありがとうとか…色々…したい事…いいたい事…あるのよ!?」
 グラウリーはばつが悪くなってしまったように横を見、
「だが――ベルよ。俺達は所詮冒険者だ…。普通の暮らしの者ではない……いつも、危険と隣合わせの存在なんだ。ベルの父親がベルに望んだ事は?リドルト氏が望んだ事は…?いつまでも俺達と一緒にいては……」

「――違う…違うわよ…!」
「ベルは今までその小さな体でよく頑張って来た――だから、今からでも遅くない。普通の生活を送り、普通の――普通でいられるという事は、実はどれ程の幸せな事か――普通の幸せを探すんだ」

「わかってないッ!グラウリーは何にもわかってないよッ!」ベルはかぶりを振った。






「――じゃあわたし、ティルナノーグに入る!」

 グラウリーは心底驚いた顔をした。
「そんな……」
「決めた!絶対入るもンッ!」
 駄々っ子のように、顔を赤らめながら必至に訴えた。
どう諭してやればよいものか、思案に暮れていると――。

「お前達…」
 グラウリーの後ろには、いつの間にか先を駆けていたはずの仲間達が戻って来ていた。
「へっ、グラウリーの馬はベルが一番可愛がってた馬だったしなぁ…」
「エイジ…」
「やっぱ黙って行くのは、少し可哀相だよ」
「アハハ…あたしも実はベルちゃんにちゃんと挨拶しときたかったんや」
「ベルちゃん、本当によかったなあ!」
「ベル…今しばらくは父親を大事にしてやり、気持ちを汲んでやれ」
 彼等に囲まれて、ベルは本当に泣き笑いのような、嬉しい顔をしている。


「ベル――本当にそう――決めてしまったのか…?」
もう一度、じっと眼を見据えて言った。
「忘れちゃったの――グラウリー…?」
「?」


「わたしはわたしの思った事をするわ!だってわたしは ”我が儘お嬢様” だもの――!!」

 皆は笑った。グラウリーは顔に手を当てて困ったように笑って。
「…そうだったな――では……もし、数年経ってもベルがその気持ちを抱き続けていたのなら――………ティルナノーグの門を叩け。そして、俺達を呼べ――」

 ベルは太陽のように顔を輝かせた。
「それでは、今度こそ行くぞ。さらばだ。ベル」
戦士達は再び背を向け歩を進めた。




「ねえっ!最後に一つだけ――!」
ベルはその後を追って。
「――わたしは、あなた達の――なに――っ?」









 既に五十メートルも離れたグラウリー達はそこで蹄を止め――馬上で上半身を翻すと、幅広の斧ラージアクスを、両刃の斧バトルアクスを、魔法のワンドを、短槍ショートスピアを、日輪ひのわを、魔法銀ミスリルの小刀を、棘付きの鉄球メイスを、商人のメモ帳を――彼等の得物を高々と掲げて――!
















「――大事な……仲間だッッッ!!!」













 異口同音に、だが、山々に響き渡るほど大きな大きな声で――。
 ベルは、そのエメラルドグリーンの瞳から大粒の涙をぼろぼろ流した。流れても流れても止まらない。だけど胸がとてつもなく温かい!その顔に浮かんだのは、かつて彼女がどんな楽しい時に浮かべたものよりも明るく、まばゆい。

満面の――極上の笑顔がそこにはあった――。





――日は短くなり、この世界に住む誰もが冬支度を始めてゆく。冬がもう近い。
ラヴィはトールズの隠れ家から出ると、薪を割り始めた。
「ううっ…寒いなァ…!そろそろ雪でも降るんちゃうか――」
「ラヴィ!早く薪を割るんだぞ!」
「ハァーイ!わかっとるよ!」
枯れた林の木々を見、太陽は輝いているが、寒そうな空を見上げて仲間達の事を想う。
あの人は……日輪ひのわを持ち一人旅に出た。だけど彼はこう言っていた。
『いつになるかわからないが――きっと再び会おう――いや…会いたい』
この寒空の下、あの人はいまどこを歩いているのだろうと思う。そして、かつての仲間達は今どうしているだろうか――。
 ラヴィはあの後、必至に頼み込んでトモトモの弟子となった。今はトールズの下町に宿を借りて、毎日のようにここへ来て厳しい修行をしている。

 冬が明けるまでに、腕を上げる――!
仲間達と、そして凄まじい運命を駆け抜けたあの娘の事を考えた。
あいつらに、あたしも負けん!

「ア……」
 ふと、太陽の中を影が通り過ぎた。鳥というには少々形が違う。人のようでも、ある。
大空を、優雅に、誇らしく――大きな、大きな弧を描きながら飛んでいる――。

空から、一枚の茶色い羽根が落ちて来た。







 


『ブルジァ家の秘密』 END











『ブルジァ家の秘密』ティルナノーグ 登場人物のその後:


グラウリー・ハイネケン……194㎝、36歳、斧戦士ウォーリアー
ルキフルとの戦いの傷の療養を暫くした後、再び冒険に戻りギルドの依頼をこなしている。彼等の活躍が漏れ伝わった者達からは、稀に『呪われし山々を制した者バルティモナマスター』と言う称号名で呼ばれることもある。

マチス・ガールズバーグ……175㎝、48歳、短槍使いフェンサー
今回の冒険の後、再びギルド小塔に戻りパジャのチェスの相手をしている。たまに二人でルナシエーナの歓楽街に繰り出している。トッティの父親のことはまだ彼には話していない。

トッティ・ビッラ・モレッティ……170㎝、18歳、鈍器使いメイサー
傷の療養の後、ギルドの依頼に復帰。たまにベルクフリートの母親と弟の元へと帰っている。マチスやバニングと顔を合わせた時、たまに戦闘指南を受けている。

ボケボケマン……173㎝、32歳、魔導師メイジ
今回の冒険の後、再び一人での行動に戻った。エイジとは何か約束をしたようだ。未だオークマスクを決して手放さない。

エイジ・ヒューガルデン……175㎝、32歳、魔導師メイジ
冒険の後、ボケボケマンとなにかを約束して彼の所属支部に戻った。相変わらずお調子者だが魔導の研究は怠らない。

トム・ビンタン……161㎝、45歳、商人マーチャント
ギルドに戻り今回の冒険の経理をした。豪商リドルトが負傷から復帰した後、彼からの商談が増え担当している。

ラヴィ・ステラ・アルトワ……164㎝、27歳、鍛治師ブラックスミス
冒険の後トモトモに弟子入りした。トールズに住処を借りて毎日のように鍛治を習っている。バニングから譲り受けた小刀を大事にしている。

バニング・シュバルツビア……176㎝、36歳、元暗殺者アサシン
今回の冒険の後一人でできる任務を多くこなす。日輪の手入れは怠らない。たまにトッティと顔を合わせた時は稽古をつけてやっている。まだラヴィとは再会していない。

ギマル・タイガー……202㎝、34歳、斧戦士ウォーリアー
冒険の後支部に戻り依頼をこなしている。たまにグラウリーと会うと二人で深酒をするようになった。近々久しぶりに故郷である北方の雪原地方に帰郷しようかと考えている。

トモトモ・デュベル……168㎝、33歳、鍛治師ブラックスミス
トールズでラヴィの指導をしている。トールズ名物の温泉とサウナにたまに行くのが最近の楽しみ。

パジャ・ギネス……158㎝、74歳、暗黒魔導師ダークメイジ
周囲から絶対完治している。と言われても彼はまだ療養を訴えて依頼には参加していない。マチスを見かけてはチェスの対戦を申し込んでいる。





Next Episode ~ ギルド・ティルナノーグサーガ(Ⅱ)
『還ってきた男』執筆中

『ブルジァ家の秘密』短編外伝 あるかも。


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