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第二章 我が儘お嬢様

ラヴィの苦悩

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ラヴィの苦悩


登場人物:

グラウリー:大柄な斧戦士ウォーリアー
ラヴィ:女性鍛治師ブラックスミス
バニング:暗殺者アサシン
マチス:老練な短槍使いフェンサー
トッティ:若い鈍器使いメイサー
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
エイジ:蒼の魔導師ブルーメイジ
トム:商人
ギマル:部族出身の斧戦士ウォーリアー
ベル・ブルジァ:豪商リドルトの姪



「私のことは お嬢様 って呼んでよ」

 声を発したエメラルドグリーンの瞳の少女の周りにいた、七、八人ほどの男女が一斉に固まった。

「え……?」
 トッティが信じられぬものでも見た、いや聞いたような顔をして少女――ベル・ブルジァの顔を見た。だがベルはそんな事を意に介さぬ様子で平然と口を開く。
「だって私は仮にも依頼人だもの。それなのにベル、だなんて呼び捨てにされるなんておかしいわ。そうでしょ?」
 ベルがあまりにも当然のように言うので――グラウリーは、あ、ああ…とおぼつかない返事をしてしまうのだった。
他のメンバーも口に出して言いたい事は山ほどあったのだが、ベルの譲らぬ顔つきを見るとどうやらこれは本気なのだと悟ったらしく、不承不承といった面持ちでベルの提案を飲んだ。
「…意外に変なトコある娘だな…」
 エイジが呟いた。トッティはよくわからぬと言う顔で首を振る。



 ベルがティルナノーグのメンバーに護衛の依頼をしてから一時間半あまりが過ぎようとしていた。
トムがリドルトやギルドへの伝言作業をしている間にトッティとギマル、グラウリーはバルティモナやそこからルナシエーナ迄の道のりで消耗し無くなってしまった携帯食料品や燃料、生活必需品などの買出しに。エイジとボケボケマンら魔道師連中は魔法の触媒として使う希少な秘薬を、ルナシエーナのまじない小路へと補充しに行った。残ったマチス、バニング、ラヴィは拠点としている宿屋でベル、そして秘宝の護衛をする事になった。

 前人未到の大冒険であったバルティモナ大空洞を制した彼等は、そしてその後のリドルト邸の襲撃にさらされ実の所精神的にも肉体的にも若干の疲労を感じてはきている。それは長い長い放浪の旅がやがていつかその旅人の精神こころに、僅かではあるが徐々に負担を掛けていくのにも似て。
 それほどまでに人は定期的な安定というものが必要であり、例えば長い旅路を行く旅人などはそんな人体の構造をよく心得て体がシグナルを出す前に直感的な休養を取るものなのだが、彼等冒険と戦いに身を置く者達にはその常識が通用せぬ。
 そういった意味では冒険を生業とする者達は非常に忍耐強く、精神的にも強かったと言えるのだが、強いという事と負担がかからぬという事は同じではない。それは眼に見えぬほどの量やペースで徐々に体をむしばんで行き、彼等が全てを諦めて脚を止めるその時まで、もういいだろう。もう疲れただろう。という甘く残忍な誘惑をかけるのである。

 勿論それは彼等にとってはまだまだ耐えうる事ができるレヴェルであり、だからこそ彼等はバルティモナに続く危険で困難な冒険へと脚を踏み入れる準備をこなしている。
精神的に強い。という点では彼等ティルナノーグのメンバーではないが依頼者のベルもまた、見かけと年齢とは裏腹に気丈であったと言わなければならぬ。
突然の父親の奇病、手がかりの無い治療法を探す旅、リドルト邸の襲撃に見舞われても彼女の瞳は諦める術を知らぬ。エイジが言った通り、芯が強いと言うに値する意志を秘めていた。

 ただ彼等の中において一人、まるで旅の中に何事かの憂いを持ちえてしまった。と、今では誰もがはっきりと感じられる人物がいた。ベルやマチス、そしてバニング達のいる場所から離れて窓の外を見やりながら物憂げな顔をした人物――ラヴィであった。

その顔からはかつての一本気で快活な面持ちを見る事はできず、まるで何かに取り憑かれでもしたかのような深い思索と物憂げさに満ちていたのだった。無論彼女はそうである理由をメンバーの誰にも言わず、そうであるからまたラヴィの変化に気付いた者には一体どうして、という疑念をたびたび抱くのであった。

 バニングとほぼ同時期、バルティモナで秘宝を発見した時以来にラヴィに変化が見られた事に気付いたのはマチスであった。彼は温和な性格のせいか、パーティーの内部状況に気を配る事に長けていた。気配りが効く、という点ではパーティーリーダーでもあるグラウリーもまたそうなのであるが、マチスの場合のそれはグラウリーと少し違っていて、グラウリーが冒険中の状況、パーティーの戦力、状態などを常に把握して最適な戦術、選択を選び取る事ができるというものに対し、彼はもっと個々の精神面による所――人の気持ちを読み取る配慮により長けていたのだった。

 ラヴィを悩ませているものは何か、という聞きたくとも聞けぬ彼女の雰囲気に阻まれて今まで言わずにおいたのだが、それももう限界であった。このままほおっておけばかえって取り返しのつかぬ、そんな気がしてついにマチスは質問をしようと思い立った。

「ラヴィ、何を悩んでいる」
だが、その言葉を発したのはマチスではなかった。
ラヴィの脇に歩いてきて、彼女と同じ外の景色を眺めるようにその質問をしたのはバニングであった。これにはマチスが、そしてラヴィが、驚きの顔を見せた。
「え――……あたし、悩んでるように――見える…?」
「ああ。その――ラヴィは気持ちが顔に表れやすい…からな」
「そう――か…」
 ラヴィは呟きながら戸の開かれた窓の窓枠に両手を乗せて、身を乗り出した。外の爽やかな空気で胸を満たそうとするような、そんな仕草だった。
「隠すつもりはなかったんやけど――ただ、一人で考える時間が欲しかったから…」
バニングは黙って頷き、話を促す。マチスはもとより、何時の間にやらベルでさえも聞いてない風を装ってその実興味ありげに聞き耳を立てている。
「バルティモナの――」

「たっだいま――っ!」
 ラヴィが口を開きかけた時、勢いよく部屋のドアが開いて違う声が響いた。驚いて振り返る視線の先には、エイジを初めとする買出し部隊の面子が揃いも揃って現れたのであった。

「いやー遅くなっちまったぜ!まじない小路のあの胡散臭いパンツ一丁の変態魔道士の爺さんが、最後の最後まで粘ったからなぁー!」
「一体何を手に入れたの?」とトッティ。
「へっへっへ、これよこれ」
と言って、エイジは胸のポケットから二本の小さな試験管のようなものを取り出した。中には紅い液体が入っており、コルク栓で蓋をされてその外に何やらルーン文字の描かれたテープのようなものが幾重にも巻かれていた。
「金をいくら積んでも売らねえ!ワシに三回連続でサイコロで勝てたらやろう。なんて言いやがったからな!」
「こいつはこういう時の強運だけすごいんだよ」ボケボケマンが苦笑しつつ言った。
「だから何なんですか、結局それは?」
「へっへっへ…まあ実際使ってみてのお楽しみって事で…とにかくこいつは希少なモンだぜ」
「買出しも終わったぞ。待たせたな」ギマルは沢山の買出し品を机の上にドサッと置いた。
「………」
「………」
 タイミングが悪かった。バニングとラヴィは顔を見合わせると、機を逸してしまったかのように黙り込んでしまった。
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