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~5 旦那様の妾のお姫様突撃してきましたわ~

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 お父様、お母様、お兄様は一泊後、それぞれ用事がある為、帰っていきました。ま、公爵に公爵夫人に次期公爵で現侯爵の三人が忙しくない訳ない。それでも娘、妹の為に目覚めた翌日には飛んできてくれて、一日一緒にいてくれたこと感謝だ。それに聞いたところ、お兄様は結婚し、子どももつい先日生まれたばかりとの事だった。だから奥さんと子どもは連れてこられなかった、今度会おうって言ってくれたので楽しみだ。
 アリゼは目覚めて三日目の午後、幸せな一時と大事な調合道具が戻ってきたこと、もう小躍りしそうなくらい気分がよかった。
 ランファはそんなアリゼを見て、ため息をつく。

「まぁカイゼル様のことがありますから、薬を調合するな、とはいいませんけれど、見つからない様にしてくださいませ。アリゼ様のお世話役は、このランファが請け負っていますが、いつ何時旦那様側のメイドが入ってくるか、分かりませんからね」
「はぁい。ま、旦那様に調合出来るの知られない方が楽しいしね」
「カイゼル様の治療薬を作ることを優先くださいね」
「もちろんよ。お兄様の薬を作る為に、実験するだけよ」

 お兄様は子どもも出来たことだし、早めに治してあげなくちゃね。お外で遊ばせてあげられないなんて、親子関係が築けないわ。ま、お兄様にぶちまけた薬の調合については割合まで覚えている。どれが問題だったのか、グレイを使って遊びつつ、実験を重ねなければ。治療薬に実験はつきものだもの。
 あ、ちなみにお兄様の名前がカイゼルで、今はアリゼの生家ロンド公爵家の次期跡取りとして、メイスン侯爵という肩書を頂いたそうだ。
 こんな感じでアリゼが知っている貴族相関図も変わっていそうなので、昨日もちょっとは勉強したし、お父様やお母様と話して少しは情報を仕入れたが、まだまだだ。貴族は本当、立場がコロコロ変わる。蹴り、蹴落としのアリゼが大好きな関係を、笑顔で行っている。

「あ、そう言えば、あのクソ野郎こと旦那様ですが、夕食を共にしたいそうです」
「あー、どうせお父様の動向とか余計な事言ってないか気になるんでしょ。そうね、今日は断って!」
「意外ですね。お嬢様なら焦らして楽しみそうだと思ったのですが」
「焦らして楽しむわよ。だから今日は気分が優れませんって言うのよ。ふふっ、私が何を言ったか気になって気になって、仕方がないでしょう」

 思わず高笑いしたくなるのをアリゼは抑えつつ、あの面の皮の厚いグレイがどう動いてくるか楽しみだ。
 そんな時、何か少し、騒がしい声が聞こえてきた。アリゼは思わず調合道具を棚に隠し、ランファに目配せする。ランファは頷いて、部屋の外へ出ていった。
 基本的に静かな屋敷。旦那様も夜も妾の方のもとへ通っているらしく、本当静かなのだ。だがよく耳を澄ませてみると、女性の金切り声のように聞こえる。しかも聞いた事ある声だ。
 アリゼは夕食の際の気分が悪くなった出来事に出来そうで、思わず顔がニヤけそうになる。どうしてこう、目覚めてから楽しいことばかり起きてくれるのだろうか。
 ランファの帰りも早くて、すぐ部屋に戻ってきた。

「グレイの妾、カナリア様? だっけが来てるんでしょ」
「お嬢様は鋭いですね。今、お嬢様に会わせろと暴れてますよ。それを必死に執事やメイドが止めてます。お嬢様は妾の存在を知らない事になってますから」
「あ、そうだったわね。そうね、私、知らないのよね~」

 アリゼは立ち上がり、部屋の取っ手に手をかけた。

「お嬢様!?」
「夕食の断る理由出来たじゃない。お嬢様の面被って、対峙してくるわ」
「言いかねないと思いましたけれども……」
「真正面から会えるチャンス、逃さないわよ。行こうか、ランファ」

 アリゼは部屋を出て騒がしい方へ向かうと、屋敷の入り口で美女が叫んで、執事とメイドが止めていた。
 美女こと妾のカナリアは、珍しい黒色をした長い髪で赤いドレスを身に纏った本当に綺麗な女性だった。あの時は声だけしか聞けなかったが、こんな美女とはグレイも面食いだ。さらにあの時はグレイに本性を隠しているのか、凄く作ったような声で甘えていたのに、今はどうだ。滅茶苦茶叫んでいる。

「あの女いるんでしょ! 出しなさいよ! 私の、私のグレイよ!」

 グレイとカナリアの間に何が起こったのか、まぁアリゼはカナリアの存在自体知らないテイでいくので、関係ないが探りは入れないとな、と思いつつ、お嬢様モードを発動させて、何も知らぬ感じで近寄った。
 まぁ面白い。執事とメイドたちの引きつった顔。そしてカナリアはいきなりアリゼに掴みかかろうとして、一人の執事がそれをカナリアとアリゼの間に入って止めた。

「お引き取り下さい」

 間に入った執事は淡々としていた。うん、この家のメイドと執事の中ではこの人が一番危険人物っぽい。アリゼの勘がそう告げる。そういやランファが前に旦那様の事を第一に考える執事いるとか言ってたっけ。たぶんこの人だなーと思う。
 さぁアリゼは空気読めないお嬢様を演じる。

「お客様ではないのですか? こんな入口でお待たせするのは良くないですわ。旦那様のお客様でしょう?」

 かなりすっとぼけた言葉だが、さぁこれに対して執事やカナリアはどう出るのか。先に声を発したのは執事であった。

「はい。旦那様のお客様になります。ですが旦那様は現在仕事で不在ですので、私共で対応いたします。奥様はどうぞお部屋でお休みください」

 おぉ、丁寧に部屋に帰れと言ってきた執事。アリゼはそれに微笑んで見せた。普通ならここで察して消えるべきだろうが、それじゃあ面白くない。

「あら、旦那様のお客様ならば妻である私が対応すべきですわ。どうぞ、応接間に案内してあげてくださいませ」

 執事は表情こそ変えないが、分かる。さっさとお前は消えろという感。だがアリゼは残念ながらこういうのが大好きなので、一切消えるつもりはない。
 対してカナリアは、先ほどまで荒げていた声を落ち着かせ、アリゼの話に乗ってきた。

「是非、奥様とお話したかったの」
「良かったですわ。では旦那様が帰るまで、お話いたしましょう。お恥ずかしながら、先日まで病で寝込んでおりまして、是非旦那様の事を良く知る方とお話してみたいと思っておりましたの」
「ええ、ええ、お話してあげますわ。グレイのこと」

 正妻の前でグレイと名前呼びとは最初から戦う気満々のようだ。アリゼも同様なのでもちろん、ここは突っ込まずに流す。
 執事は諦めたのか、応接間へ案内します、と言い案内してくれた。そしてメイドたちは何処か落ち着かなさげだが、お茶やお菓子を用意してくれて、離れた場所で待機していた。物凄く居づらそうに。その間に執事は消えたので、多分グレイに連絡を取りに行ったな、と思う。ならば余計に時間はないので、さぁ本題に入るか、と美女相手に気合を入れる。

「そう言えば、きちんと挨拶しておりませんでしたわ。申し訳ございません。私、アリゼ・グランゼルと申します」

 あえてグレイの妻という文言は入れずに言った。

「そうでしたわね。カナリア、と申します。グレイとは長い付き合いですの」
「そうでしたか。それは使用人が失礼いたしました」
「いいですよ。最近目覚めたばかりで舐められているのでしょう」
「統括できるよう邁進してまいります。時に、カナリア様。旦那様とはどの程度長い付き合いなのでしょうか?」

 真正面からの言葉のパンチには、真正面からパンチを繰り出すに限る。どうやらこの美女カナリアは、貴族特有の回りくどい鬱陶しい言い回しをせずストレートなので、アリゼ的にかなり好意を持てる相手だ。裏でこそこそする人間より百倍マシだと思う。本当、こういう出会いでなければ、一緒に悪だくみしたい相手だ。
 アリゼの質問にカナリアは、見下すようにふふふっと笑った後に質問に答えてくれた。

「そうねぇ、キス……いや、それ以上する間柄かしらねぇ」

 もう離れた場所で待機するメイドは、そわそわしまくりである。
 だが、面白くなってきたわ。ね、旦那様? 不貞の証拠いっぱーい集めて差し上げますわ。
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