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だったらお家に帰ります!夫婦喧嘩からはじめる溺愛婚(続行)

2.義娘です!

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「大変ご無沙汰してしまっており申し訳ありませんでした、お義父様、お義母様」
「ひぇっ、こ、こちらこそ……!」

“今日も顔色が悪いわね?”

 金銭的に特別裕福ではないが、決して貧乏という訳ではないネイト家。
 それは結婚時に申し出た資金援助を断られたことからもわかっているのだが――……


「ケーキ……は、失敗だったかしら」

 クラリスの抱えた箱をチラリと眺めながらそう言うと、何故か更に青ざめてしまった義両親は土下座する勢いで床に座り込んでしまって。

 
「ちょ、突然どうし――……」
「も、申し訳ありませんでした!!」
「え、え!?」

 理由のわからない謝罪にただただ狼狽える。

“え、なんで?もしかしてケーキがそんなにダメだったのかしら!?”

 流石に義娘である私が立っていて、義両親は土下座……なんて状況にどうしたらいいかわからず戸惑っていると、クラリスがそっと私に耳打ちをしてきた。

「お金包みましょう。お金は大体のことを解決してくれます」
「そ、そうね!?い、いくら包めば顔を上げてくれるのかしらっ!?」
「ひぃぃ……!」

 そんな時だった。


「お父さんとお母さんを苛めるな!」
「ひゃあ!?」

 ドシン、と横から思い切り体当たりされてよろめく私。
 そんな私の体には、黒髪でオリーブ色の瞳をした小さな男の子がしがみついていて――……


「こ、こら!ライトン!!!」

 ぎょっとしたお義父様が慌ててそう叫ぶと、ライトンと呼ばれた男の子はじわっと目元を赤くしてすぐに2階へ走り去ってしまう。


“い、今のって……”

「申し訳ありませんでした!!」
「ま、まだあの子は幼いのです!どうか、どうかお慈悲を……」
「か」
「「?」」
「かっわいいわ!!!バルフの弟ね!?やだ、バルフに似てたわ、天使じゃないのかしら!」
「え、えっと……?」

 バルフと私が出会った時は、もうデビュタントも終わってからだった。
 だからこそ幼い頃から一緒に過ごしたというキャサリンに嫉妬もしたが……

“まるでバルフの過去を覗き見したみたい!可愛い、本当に可愛いわっ”

 彼もあれくらいの頃はさっきみたいにやんちゃをしたのだろうか?
 ヒーローを気取り、悪に必死に立ち向かって……と、そこまで考えてハッとする。

「待って!?もしかして私今悪役扱いされたの!?」
「まぁ、そりゃ兄を拐った女が今度は両親を土下座させていたら、そうなりますよねぇ」
「ご、誤解よ!いえ拐ったのは誤解じゃないけれど!!でも誤解なのよっ」

 慌ててそう叫ぶが、確かにこの状況はもう完全に悪役のソレ。
 
 そんな事実にうちひしがれながら、これ以上誤解を重ねる訳にはいかないとなんとか義両親に立ち上がって貰った私は、やはりまだ青ざめている彼らに応接室へ案内して貰ったのだった。



 案内されたソファに座ると、お義母様自らが紅茶を淹れてくださって。

“お義母様が自ら!私もてなされ……”

「そ、それでその、うちのバルフは何をしてしまったのでしょうか……!!」
「へ?」

 ものすごく歓迎されているのかと感動しかけたところで、対面に座ったお義父様が机に突っ伏す勢いで頭を下げたのを見て思わず肩をビクリと跳ねさせた。

“あら?もしかして私がバルフのことで文句を言いに来たと思ってるのかしら?”

 確かにバルフに不満があって家を飛び出したのは事実だが、私は決してそれを理由に何かしらの罰や圧力を与えにネイト家に来たわけではもちろんなくて。


“こ、この誤解はまずい……!!”

 そりゃ顔色も悪くなるわ、とやっと状況を理解した私は、慌てて真っ青になっている義両親に向き直る。


「誤解よ!確かにバルフと喧嘩してここにいるのは事実なのだけれど……っ」
「ひぃ!!申し訳ありません、申し訳ありません……!」
「罰なら何でも受けます!ですがどうか命だけは、一番下の息子はまだ9歳なのです……っ」
「ちょっと!?だから誤解なのよ~っ!!?」


 私の前に紅茶を置いてくれたお義母様までが机に突っ伏すように頭を下げたため、私からもザアッと血の気が引き――


「シエラ様、まずは喧嘩の内容をご説明されては?」
「あ、え?そ、そうね!?」
「そしてご自身が何故ネイト家を選び、ここまで来られたのかの理由もお話ください。そうすれば少しは誤解が解けるかと」
「わ、わかったわ!」

 いつもはゆるゆるなクラリスだが、流石は公爵家の侍女。
 テキパキと私にアドバイスしつつ、義両親の分の紅茶をさっと淹れて二人の前にそっと置く。

 その様子を確認した私は、こほんと咳払いし、精一杯落ち着いた声色を心がけながら口を開いた。


「……その、バルフに不満を持ち喧嘩してしまったのは事実ですわ。けれどそれは夫婦だからこそのもの。決してその不満をお義父様やお義母様に押し付けるためにここへ来たわけではありません」
「は、はぁ……」

 
“改めて口にするのは少し恥ずかしいわね”

 なんて思うが、それでもこの状況を改善するためには仕方ない。
 私は公爵家としてここに来たのではなく……

「これでも私は義娘ですから……っ!だからその、ここに来たのです!」
「むすめ……だから……?」
「そ、そうですわ!バルフは義息子としてビスター公爵家の皆からとても愛されておりますの」
「え、バルフがですか?使用人的な感じではなく?」
「むしろアイドルですッ!」
「アイドル!!?」

 その単語があまりにも衝撃だったのか、二人ともぽかんと口を開けてしまって。

「ですからその、実家はみんなバルフの味方で。それに私もお義父様たちと仲良くなりたいと思っておりましたから、良い機会かと思いこちらに来たのですが……」


 この顔色と、先ほどまでの謝罪っぷりを見た私は、そう話ながら突然訪問したことを後悔しはじめ――……


「で、では、離縁や処罰、追放などということ……では、なく?」
「り、離縁!!?絶対しませんというか、むしろバルフにそんなことを言われたら私……っ!」

“バルフと別れる?そんなの……っ”

 アレクシス元王太子に背を向けられても苛立つだけだったのに、バルフに背を向けられる姿を想像しただけで足元から震え上がってしまう。

 喧嘩しても、私がバルフを愛しているのは変わりようのない事実で。


 そして、私の表情に不安が現れたからだろうか。
 一瞬きょとんとした義両親が顔を見合わせたと思ったら、お義母様がそっと私の隣に座り直し……


「そう……“ね”。大丈夫よ、大切な義娘が悲しんでいるなら力になるから」
「!」
「あぁ、そう……“だな”。良ければ喧嘩の詳しい内容も教えてくれるかい?」
「!!」

 少し戸惑いつつも、しっかりと敬語を“やめた”義両親。
 それは失敗してしまったあの初夜の時に、バルフが敬語を止めてくれた言い方とそっくりで。
 そんな彼らに私の心はふわりと温かなものが溢れるようだった。


“このご両親からバルフが生まれたのね”

 優しくて温かくて、傍にいると安心出来て落ち着き幸せに包まれたように感じるバルフ。
 そんなバルフを育てた環境に触れた私は、促されるまま頷いた。


「……実は……」
「えぇ」

 少し躊躇いつつ口を開くと、お義母様が優しく背中を撫でてくれる。
 その気遣いに目頭がじわりと熱く、ゆらりと視界が滲んだ。


「バルフが、私に隠し事をしてるんです」
「隠し事……!?そ、それはどんな……」
「全部見えた訳ではないのですが、ちらっと見えたあれは絶対……」


 ――あの時、執務室の机に置いてあったのは。


「私のためのサプライズプレゼントでした……!」
「「……………………はい?」」
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