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だったら私が貰います!婚約破棄からはじめた溺愛婚(その後)

番外編:その頃の⋯①

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「旦那様、バルフ様からお手紙が届いております」
「うむ?バルフ君からか」
「あら?バルフ君っていえばシエラが拐ってきた夫くんよね?」
「奥様、あまりはしゃがれるとまた熱が……」
「君はまた倒れたばかりだろう、とりあえずそこのソファに座ってから読もうか」


 ここはマーテリルアにあるビスター公爵家の領地の1つ。
 少し呼吸器官が弱い奥様が長年療養としてお住みになられていたのだが……
 爵位をお二人の長子であるエリウスお坊っちゃまがお継ぎになることが決まり、公爵である旦那様も最近こちらに引っ越して来られたのだ。

 “そんなお二人の娘であるシエラお嬢様もご結婚され、キーファノの領主としての一歩を進まれたと聞く……”

お二方にお会いしたのは、まだお二人ともが幼かった頃だがこのご夫妻のお子様なのだ、きっと絶世の美男美女に成長されているだろう……なんて考え、頬が緩みそうになった。

 ちなみにこれは余談だが、シエラお嬢様のいらっしゃるキーファノには、兄のアドルフが執事長として働いていたりする。

 
「それで、手紙にはなんて書いてあるのかしら?」
「ふむ、なになに……んッ!?」
「あなた、どうしたの?」
「し、シエラに子供が出来たと……!」
「まぁ!!シエラってば子供が出来たのね!おめでたいわ」
「うむ、喜ばしい……が少し複雑な気も……」

 “なんと!シエラお嬢様がご懐妊!なんともめでたい報告だが、やはり男親というのは少し複雑なものなのですね”

 兄と同じくここの執事長たる地位を与えられている私は、もちろん表情を崩すことはなく……
 しかしやはりそのおめでたい報告に内心では嬉しさで胸が熱くなった。


「セラフィーナ、という名前だそうだ」
「あら、素敵な名前……だけれど、もう性別がわかっているの?ということはもう生まれたのかしら?」
「う、生まれた!?そんなバカな!あの子達はまだ結婚して一年もたっていないんだぞ……!?」
「初夜で授かったとしたら……、でもまぁ我が国は婚前交渉は禁止されておりませんもの。バルフくんとシエラが前から知り合いだったのなら……」
「そ、そんなことあり得ない!だってバルフくんは、シエラが彼を拐うまで別の女性と婚約を……!」


 “おや、様子がおかしいですね……”

 お祝いムードかと思いきや、突然殺伐とした空気になる。
 だがもちろん、執事たる私は微動だにせずご夫妻の様子を見守った。


「うーん、ねぇあなた、続きはなんて書いてあるのかしら?」
「あ、あぁ、そうだな。続きに答えが書いてあるかもしれないしな」

 かさりと再び開かれた手紙に視線を落とされた旦那様が続きを読まれ――


「……!?セラフィーナが隣国に嫁ぐ事が決まったそうだ」
「えっ、生まれてるどころかもう成長して……?」
「そんな、じゃあセラフィーナという娘はいつ……」
「そうねぇ、もしかしてシエラが生んだ子供じゃなくて、バルフくんの隠し子ってことかしら」
「ば、バルフくんに隠し子だと……!?」


 ガタンと立ち上がられた旦那様は、顔を真っ赤にされ小刻みに震えられていて。

 “大切な娘の夫に隠し子だなんて、確かにお怒りになる気持ちもわからなくはないな”

 お会いしたのが幼い頃だとしても、ビスター公爵家は代々仕えてきた家。
 そんな家のお嬢様であるシエラ様の憂いを考えれば、私も旦那様同様怒りがふつふつと沸くというものだ。


「確かバルフくんって24歳よね?一体いくつの時に子供を作ったのかしら」
「シエラは知っていたのか!?その子供の存在を!」
「王族の婚約なら幼い時に結ぶことも多いけれど、確か隣国の王子でご結婚されてないのはレイモンド王太子だけよね?」
「レイモンド殿下といえばバルフくんと同じ24歳だったか……」
 

 “と、いうことは父親と同じ年の男性に嫁がせるということに……?”


 そのあまりにも鬼畜な所業に、まだ会ったことのないバルフ様に殺意すら覚える。
 大切な公爵家の宝であるシエラお嬢様と結婚されたにも関わらず、あろうことか隠し子を作り、養女にさせ、その上幼いだろうセラフィーナ様を隣国に嫁がせるだなんて!


 思わずピクピクとこめかみが震えるが、公爵家執事である私は平静を装いご夫妻の様子を更に見守り――


「ちょっと、手紙が破れそうなくらいぐしゃぐしゃよ?ほら、落ち着いてくださいな。まだ続きがあるんでしょう?シエラに聞く限りバルフくんが隠し子とか作るとは思えないのよねぇ~」
「……む、それは……そうだが。ふぅ、そうだな、とりあえず続きを読んでみるか」


 奥様の一言で冷静さを取り戻された旦那様が、そっとソファに腰をかけ再び手紙の続きを読みはじめ――



「………………うっ」
「ちょ、どうしたの!?突然頭を押さえて!」
「だ、旦那様!すぐに医師を……!」
「……いや、医師はいらん、医師は……」
「「?」」

 さっきまでの怒りで赤く染まっていた旦那様の顔色が一気に青くなり、そしてがくりと項垂れる。
 そんな様子に私と奥様は思わず顔を見合せ――


 旦那様の握っていた手紙をするりと抜いた奥様が広げて読みはじめた。

 “一体、続きにはなにが……”

 執事たる心得で、完璧なポーカーフェイスを習得している私だが、この状況にいささか冷静さを失いごくりと唾を呑み込んで。


「……ッ、あ、あはっ!?ちょっ、シエラってば!えぇ~っ!?」

 項垂れる旦那様とは対照に、手紙を読みケラケラと笑いだされる奥様に驚いていると、ぺらりと手紙をこちらに見せてくれて。


「……レイモンド殿下との成婚のため、セラフィーナという女性の後ろ盾になるべく養女に……」

 “隠し子、というわけではなさそうですね?”

 手紙にはどうやら懸念されていたような、バルフ様の隠し子だとかそういった雰囲気の内容ではなさそうでホッとし――……


「セラフィーナは元々キーファノで雇ったシエラの専属侍女で、年齢は24歳」

 “隠し子どころかシエラお嬢様より年上、バルフ様と同い年のお嬢様じゃないか”

 流石に0歳の時に隠し子なんて作れるはずもなく。
 そしてこんな無茶な養女を迎えたというのが事後報告ということは――


「これ、絶対シエラが無茶苦茶言って養女にしたわね」
「バルフくん……すまない、私は君を一瞬でも疑ってしまった……」
「バルフくん、結婚もシエラに振り回されてたのに結婚後もまた振り回されて、突然父親にされちゃったのねぇ~!」
「うぅ、すまない、すまないバルフくん……、君はいつだって被害者なのに……」


 “しかも報告をシエラお嬢様ではなくバルフ様がされているということは、尻拭いとフォローもかねてますね……”


 旦那様の様子を見て、バルフ様が普段からシエラお嬢様に振り回されていることを察する。
 そして健気にも、シエラお嬢様の暴走を収めてから報告の手紙でフォローもいれているらしいバルフ様。

 私にとってはそんなところすらもとても可愛いお嬢様ではあるが、人によっては疲れてしまう事も想像でき――
 そして、それでもシエラお嬢様のために動いているのならば、バルフ様はシエラお嬢様を何よりも大事にし愛されているということなのだろう。


  “どうやらシエラお嬢様は幸せを掴まれたようですね”


 疑ったことを嘆く旦那様に、ポーカーフェイスを崩し苦笑を漏らした私がそっとコーヒーを淹れるべく一礼して部屋を後にする。

 

「いつか、お二人のお子様ともお会いしてみたいものですね」

 その時は隣国に嫁いだシエラお嬢様より年上の、シエラお嬢様の娘さんも一緒だといい。


 静かなこの地が賑やかになるそんな未来に想いを馳せて、私はにこりと微笑んだのだった。
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