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だったら私が貰います!婚約破棄からはじめる溺愛婚(希望)

5.既に売約済みですが!(確定)

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嫌だ。呼ばないで。彼は私のよ。

そう思うのに、まだ心も体も繋がれてないというだけで、誰よりも脅威に感じていた彼女がバルフを見ているというだけで⋯

彼の腕が未だ私の腰に回っているとしても苦しくて不安で怖かった。


誰よりも可愛らしいその童顔が羨ましい。
私とは違うくりくりとした大きな瞳が羨ましい。
幼い頃から共に育った婚約者同士というその関係が妬ましいー⋯


大好きなオリーブ色の瞳が写しているのが私じゃない、それだけでもう彼の瞳を見ることが怖くて。



「バ、ルフ⋯」
「うん、どうしたの、シエラ」
「え⋯?」

その数々の不安から喉が張り付き上手く声にならなかったのにも関わらず、耳元から彼の返事が聞こえて驚く。

“バルフはキャサリン嬢に目を奪われてるんじゃ⋯”

怪訝に思った私が思わず顔をあげると、想像よりも近い距離に彼の顔があった。

「ッ!」

予想外のその距離感に、青ざめていた私の顔が一気に熱を持つ。

「⋯君に、獲物を狩ってきたんだけど貰ってくれるかな」
「獲物⋯?」

赤くなった私に釣られたのか、彼も少し赤らみながらそっと指差してくれた先にあったのは銀の毛皮が美しい狼だった。


「これ⋯っ」
「うん、あの時の約束が守れて嬉しいな」

自然と告げられた“あの時の約束”という言葉にドキッとした。

「⋯あっ、えっとシエラは覚えてないかもしれないんだけど」
「お、覚えてるわッ!」
「そ、そう?」

“というかあれがキッカケで好きになったのよ”

「行き場を失った獲物を抱えていて可哀想だったから声をかけたのに⋯」
「あ、そうだったんだ!?」



――毎年ある狩猟会で、王太子から見向きもされない女という陰口から逃げるように、然り気無く席を外し1人で散歩していた時に目に飛び込んできた黒髪。

バルフ・ネイトという名の彼は、王太子が夢中になっている女の婚約者だった。

お互いしか見えてないアレクシス殿下とキャサリン嬢。

『相手にされていない』という状況が自分と重なり可哀想に見えた私は、キャサリン嬢にいらないと笑われ行き場もなく抱えている兎を指差して声をかけた。


『私がソレ、貰ってあげましょうか』

突然声をかけられて驚いたのか、優しげなオリーブ色の瞳が見開かれて⋯


『いえ、結構です』



「バルフってば即答で断るんだもの、私、物凄く傷ついたんだから」
「えッ!そ、それはごめん⋯っ、でもあの兎は生きてたし⋯」

ポツリと呟かれたその一言に私は小さく吹き出した。


婚約者が望んでいないプレゼントを、渡せはしない。
それでも義務だから、と最初の一匹はいい顔されないのをわかっていてキャサリン嬢に渡し断られた兎が、そもそもまさか生きてるなんて誰が気付くだろうか。


「⋯婚約者という立場上渡さない訳にもいかないし、でもどうせ受け取って貰えない事はわかってるから殺すのは可哀想だし」
「だからってバレたらどうするのよ」
「兎はほら、鳴かないし大人しい子だから大丈夫かなって」
「暴れる子は暴れるわよ」
「あの子は暴れないよ、実家にいる時はいつも俺のベッドで一緒に寝てたし」

しれっと告げられた新事実に唖然とした。

「⋯え、まさかあの兎⋯」
「実は妹が大事にしてるペットだったんだ」
「ペットを獲物として差し出してたの!?」
「断られる前提だったし。断られなくても殿下の獲物より劣るから、って狩り直してくるとか言えばいいかなって⋯」

“生きてただけでなく、そもそもあの兎も家族だった⋯!?”

想像よりも大胆な行動にくらりと目眩がし、そりゃ断られるわよね、と思うと笑いがどんどん込み上げてきて。

「改めて、君の為に狩ってきた獲物を捧げたい」


『これは君の為に狩ってきた獲物じゃないから⋯。いつか君の為に狩る事が許された時に、改めて貰ってもらえますか?』
『⋯そういう事なら、わかったわ。いつか絶対、よ』

きっとそれは、ずっと誰からも捧げられなかった令嬢への同情の言葉。
それでも、誰からも見向きされない私に与えられた“約束”は荒んだ心を意図も簡単に救い上げた。


「はい、喜んで」

跪き見上げる彼に抱き付くように私も膝をつく。
ドレスが汚れる事なんて全く気にならなくて。

彼の首に腕を回し、そっと顔を近付けるとオリーブ色の瞳が閉じられー⋯

“こ、これは初めてのキスのお許しが出たってことね!?”

不本意ながら白い結婚になっていた私達の、初めての一歩に胸が震え――


「どういうことよっ!?兎が生きてた!?なのになんで狼は狩れるのよッッ」


――鼓膜も震えた。


「⋯俺達の婚約は元々親が決めたものだったし、君も不本意そうだったから最初から時期を見て婚約解消するつもりだったんだ」
「「えっ!?」」

バルフの一言に私とキャサリン嬢の声が重なる。

“バルフも婚約破棄するつもりだったってこと⋯!?”

「でも俺から言うと君の未来に関わるし、それに近々アレクシス殿下から破棄の命令がされると思って待ってたんだけど⋯」
「じ、じゃあバルフは最初から私の事好きじゃなかったの?だから毎年兎だったの!?ていうか兎も本当にくれる気はなかったって事!!?」
「もちろん結婚することになったら幸せにする努力はするつもりだったけど、そもそも目の前であんなにいちゃつかれたら流石に⋯」

“あ、それは凄く良くわかる⋯”

ふっと遠い目をした彼を見て、いちゃつく殿下とキャサリン嬢を思い出した私も彼と同じ遠い目をした。

「な、なによ馬鹿にして⋯っ!そんな権力だけの女の方がいいってことなの!?」
「な⋯っ!」

確かに家の力は大きい。
大きいけれど、私が大きいのはそれだけじゃない。

「私はおっぱいも大きいわよッ!」
「ご、ごめんシエラ、その⋯ちょっとその発言は⋯えっと⋯」
「え?あ、あら⋯」

思わず口から出たその一言に顔を赤くするバルフ。
そして自身の胸と私の胸を見比べて真っ赤になって怒りを露にするキャサリン嬢。

「それから、その、シエラは家とお⋯、っぱいだけ⋯じゃ、ないから」

恥ずかしいのか一部声を潜めつつそう断言してくれたバルフは、にこりとこちらに向けて微笑んで。


「こんな俺をいつも気遣って、全力で大切にしてくれようとして、それに⋯見てるところころ変わる素直な表情が可愛いんだ」
「わ、私が⋯?」
「じ、じゃあ狼は?兎すら狩れてないのにどうやって狩ったっていうのよ!」

“いや、ペットなんだからそもそも狩った訳じゃ⋯”

「商家の息子として、買い付けに他国へ行くこともあるし野営する事も多かったから、狩り自体はよくしてたんだよ」
「で、でも、でもでも⋯っ」
「⋯これで、誰が愛されているか決定的になりましたわね」

まだまだすがられそうな気配を察した私が、彼とキャサリン嬢の間に立つ。
私のその一言に、先程していた会話を思い出したのかやっとキャサリンが黙ったところで私はサッとバルフの手を取った。


“――もう拐う必要はないわね”

「⋯貴族としての参加義務は果たしましたわ、帰りましょう?」
「そうですね、シエラ」


まだまだ狩猟会の途中だが、もう満足とばかりに会場を後にする。
殿下との一件もあった為か、誰からも途中退場を咎められなかったのは幸いだった。
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