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18.無防備な寝顔をひとりじめして
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娼館・ノースィルでは、娼婦一人一人に部屋が与えられる。
第二の自室ともいえるその狭い部屋でお客様を迎えることになり、その室内装飾は自由にしていい。
とは言っても、デビューして間もない私の部屋はまだあまり物がなく、必要最低限のものがあるだけだ。
“まさか、二度目はこの天井を見上げることになるなんて”
はじめての日に見上げたのは、豪華な天蓋だった。
あの日と同じように彼に組み敷かれ、腰を揺すられながら頭の隅にそんなことが過る。
二度目の行為は私から痛みを無くし、恐ろしいほどの快感を与えた。
波に攫われるように快感に溺れ、言葉になっていない甲高い声を響かせながら必死でしがみつく彼の背中は相変わらずたくましくて、その背中に残った爪跡が夢ではなかったのだと証明するようだった。
そしてその爪跡の対として私の首筋に鬱血痕が残っている。
もちろんお客様に傷をつけるだなんて娼婦としてあり得なく、青ざめて謝罪する私に「これでお揃いだな」なんて笑顔を向けたのは他でもないルミール様だった。
“あんなセリフが言えるようになるだなんて”
これがもう童貞じゃない余裕というやつなのか。
本来なら何人もお客を取るのだが、初日だということと、何よりルミール様が連戦を希望したことで私のデビュー日は終わってしまった。
いや、今日だけではない。
「サシャ。今日もいいだろうか」
扉の前に笑顔で立っているのは紛れもなくルミール様である。
「なんっで毎日来るの……!?」
「そんなの、サシャに会いたいからに決まっているだろう」
「会いた……!?」
“い、いえ騙されたらダメよ、この会いたいは練習を積みたいって意味なんだから!”
じわりと熱くなる頬を両手でパシンと叩き、じっと彼を見つめると、もう慣れた様子で部屋へと入ってくる。
「これ、公爵家から持って来た花なんだ」
「わ、ありがとうございます」
にこりと微笑みながら渡されたのは可愛いオレンジ色の花。
先代公爵の奥様の庭園で見た花と同じで、あの庭の美しい光景を思い出しうっとりと目を細めてしまう。
「ここはまだ飾りが少ないからな」
まるでこの部屋が私の私室であるかのように、自然といつか何かを飾ろうと置いておいた花瓶を持ち上げたルミール様が、サイドテーブルに花瓶を置き私を手招いた。
“活けろってことかしら”
貰った花束を抱えながら彼の元へと近付くと、私の手を取ったルミール様に背後から抱き締められる。
「お、お花が潰れちゃいます」
「ならばいくらでもまた摘んでくるよ」
楽しそうに声色を弾ませる彼の声を聞きながら、触れ合った背中から感じる彼の熱が心地いいのに落ち着かない。
あんなに拗らせていた不器用な彼が、いつの間にこんなスマートなことが出来るようになったのか。
“これも練習、なのよね”
私がはじめての練習相手?
それとも例のお見合い相手とここまでは実践済みなのか。
その疑問の答えがわかることはないけれど、確実なのは、これが本番ではないということだった。
「さっ! 今日もするんですよね!?」
「あぁ、サシャに触れたいと思う」
素直に頷く彼のその率直な言葉にドキリとした私は、より赤くなっているだろう顔を見られないように、少しだけ時間をかけて花束の花を花瓶へと挿したのだった。
◇◇◇
“もう五日連続で来てるのよね”
公爵家にいた時は毎日のお渡りなんてなかった。
それは単純に彼の仕事が忙しいからである。
若くして公爵を継ぎ、そして悪徳なんて呼ばれながら今まで駆け抜けてきたからこそ、夜遅くまで仕事をしている日が多かったのだ。
「大丈夫なのかしら」
彼が仕事を疎かにしているとは思えないので、ノースィルまで毎日通いながら政務もこなしているということだろう。
自ら前戦に立つこともあるし公爵家の騎士たちに交じって訓練をしていたことから体力には自信があるのだろう。
そして毎夜連戦だ。
“私は昼間のんびり寝れるから大丈夫だけど”
だが、流石にこうも連続だと心配だった。
今日ももし来たら、体調を崩していないか聞いてみよう。なんて考えた夜、私の元へ来たルミール様の顔色は案の定よくない。
「か、顔色が悪いですが!」
「なに? 顔が悪い?」
「空耳まで発揮してますよ!? 疲れすぎです!」
唖然としている私とは対照に何でもない顔をしたルミール様は今日も新しい花を持ってきてくれたらしく今度は青色の花を彼自らが活けていた。
「ただ少し寝てないだけで体力には問題ない」
「体力? 体調じゃなくてですか……って、まさかこの五日間寝てないとかないですよね!?」
「体調は寝不足だが、サシャを抱く体力はあるから大丈夫だ」
「抱……っ」
しれっと言われた言葉に動揺しつつ、私は頭を抱える。
“というか、そこまでして毎日通う理由ってなんなのかしら”
公爵家にいた時は毎日ではなかったのに、娼館に戻ったら突然毎日になった理由がわからない。
だが、こんな生活を続ければそのうち体を壊すだろう。
睡眠という大事なものを排除して体がもつはずがないからだ。
はぁ、と私はため息混じりに口を開く。
「そもそも毎日通う必要はありません。練習のし過ぎで体を壊すことが一番よくな……」
「それはダメだ!」
「へっ?」
花を活け終わった彼が突然焦ったように振り返りギョッとする。
「俺が買わなきゃ他の客が買うんだろう!? サシャが他の人と、と思うとこの辺りがひどく痛むんだ」
「え……、まさかそれで突然毎日の連戦を!?」
ぎゅうっと胸を押さえたルミール様にぽかんとしてしまう。
“胸が痛いって、それ……”
言われた言葉の意味を遅れて理解し、じわじわと顔に熱が集まる。
違う。これははじめての行為にきっと子供のような独占欲が芽生えているだけで決して男女の感情ではないのだと、私は必死に自分に言い聞かせた。
「いっそ専属契約を結べないだろうか?」
「そ、それはちょっと」
反射的に首を振ると、明らかにしょんぼりとされて私の方こそ胸がきゅうっと締め付けられる。
――専属契約。
不可能では、ない。だがそれは娼婦を買い上げるという意味のものであり、つまりは身請け。愛人契約だ。
それにきっと彼は専属契約の意味を知らないだろう。そうでなければ、次の花嫁を探している彼がこんなことを言いだすはずがない。
“悪徳だと呼ばれ散々悪い噂があるのに、更に元娼婦の愛人まで囲っているって見つかるはずの次の花嫁まで見つからなくなっちゃうもの”
だから、私がちゃんと断らないと。
そう判断し、この話をもうこれ以上掘り下げるのをやめた私はベッドに座った。
「とりあえず今日は寝ましょう!」
「だが、それではサシャが」
「大丈夫です、私がルミール様を膝枕します!」
ポンポンと自分の膝を叩きながらそう告げると、その光景をきょとんとして見つめられる。
“そ、そんな目で見られるとちょっと恥ずかしいんだけど”
だがもう言ってしまったことは取り下げられないので、私の心が羞恥心に負ける前にと一気に口にした。
「私はルミール様が心配で寝て欲しいし、ルミール様は私が他のお客様のところに行かないか心配なんですよね? だったら私の膝で寝て拘束しておけばいいんじゃないかと思います!」
「な、なるほど。これが以前言っていた縛る……いや、拘束プレイということか!」
“違うけど”
内心そうツッコミつつ、だが納得した彼がごろんと私の膝に頭を乗せて横になったのでそれ以上は口を開かなかった。
彼の黒髪をゆったりと撫でる。
ずしりと膝に感じる重さが心地よく、私もなんだか満たされた気持ちになった。
“もう寝ちゃったのね”
やはり限界近かったのだろう。
すやすやと静かな寝息を聞きながら、彼の睫毛の長さを再確認したりしつつ私は穏やかな夜を過ごしたのだった。
その翌日のことだった。
「サシャ、仕事には慣れたかい?」
「慣れた……けど……」
デビューしたとしてもまだまだ一番下っ端である私が、いつものように厨房でご飯の準備をしていると珍しく女将が顔を出す。
“わざわざ厨房に来たってことは、私に話があるのね”
そう判断した私が鍋の火を消し、蓋をした。
もうほぼ完成だったので、このまま蒸らしておけばいいだろう。
相変わらず自分の大雑把な料理に苦笑しつつ、これが公爵家だったら許されないだろうな、なんて頭を過りツキリと胸が僅かに痛んだ。
「それで、どうしたの?」
首を傾げながらそう問うと、少し気まずそうに女将が顔を逸らす。
その反応を怪訝に思った。
“何か言い辛いことなのかしら”
思わず身構えた私に、ふう、と息を吐く。そして。
「……わかっていると思うけど、お前は平民なんだからね」
「え?」
「どれだけ寵愛されていたとしても、最後に傷付くのは自分だと忘れないようにしなさい」
「寵愛って」
確かに最近甘かった。けれど私は、ちゃんと自分がただの練習台なのだとわかっている。
今は練習相手が必要だから毎日来ているのだ。
“あの独占欲だって、深い意味はないんだから”
全てちゃんとわかっていることだったけれど、自分を育ててくれた親のような女将から改めてそう言われ、私の心に暗い影を落としたのだった。
第二の自室ともいえるその狭い部屋でお客様を迎えることになり、その室内装飾は自由にしていい。
とは言っても、デビューして間もない私の部屋はまだあまり物がなく、必要最低限のものがあるだけだ。
“まさか、二度目はこの天井を見上げることになるなんて”
はじめての日に見上げたのは、豪華な天蓋だった。
あの日と同じように彼に組み敷かれ、腰を揺すられながら頭の隅にそんなことが過る。
二度目の行為は私から痛みを無くし、恐ろしいほどの快感を与えた。
波に攫われるように快感に溺れ、言葉になっていない甲高い声を響かせながら必死でしがみつく彼の背中は相変わらずたくましくて、その背中に残った爪跡が夢ではなかったのだと証明するようだった。
そしてその爪跡の対として私の首筋に鬱血痕が残っている。
もちろんお客様に傷をつけるだなんて娼婦としてあり得なく、青ざめて謝罪する私に「これでお揃いだな」なんて笑顔を向けたのは他でもないルミール様だった。
“あんなセリフが言えるようになるだなんて”
これがもう童貞じゃない余裕というやつなのか。
本来なら何人もお客を取るのだが、初日だということと、何よりルミール様が連戦を希望したことで私のデビュー日は終わってしまった。
いや、今日だけではない。
「サシャ。今日もいいだろうか」
扉の前に笑顔で立っているのは紛れもなくルミール様である。
「なんっで毎日来るの……!?」
「そんなの、サシャに会いたいからに決まっているだろう」
「会いた……!?」
“い、いえ騙されたらダメよ、この会いたいは練習を積みたいって意味なんだから!”
じわりと熱くなる頬を両手でパシンと叩き、じっと彼を見つめると、もう慣れた様子で部屋へと入ってくる。
「これ、公爵家から持って来た花なんだ」
「わ、ありがとうございます」
にこりと微笑みながら渡されたのは可愛いオレンジ色の花。
先代公爵の奥様の庭園で見た花と同じで、あの庭の美しい光景を思い出しうっとりと目を細めてしまう。
「ここはまだ飾りが少ないからな」
まるでこの部屋が私の私室であるかのように、自然といつか何かを飾ろうと置いておいた花瓶を持ち上げたルミール様が、サイドテーブルに花瓶を置き私を手招いた。
“活けろってことかしら”
貰った花束を抱えながら彼の元へと近付くと、私の手を取ったルミール様に背後から抱き締められる。
「お、お花が潰れちゃいます」
「ならばいくらでもまた摘んでくるよ」
楽しそうに声色を弾ませる彼の声を聞きながら、触れ合った背中から感じる彼の熱が心地いいのに落ち着かない。
あんなに拗らせていた不器用な彼が、いつの間にこんなスマートなことが出来るようになったのか。
“これも練習、なのよね”
私がはじめての練習相手?
それとも例のお見合い相手とここまでは実践済みなのか。
その疑問の答えがわかることはないけれど、確実なのは、これが本番ではないということだった。
「さっ! 今日もするんですよね!?」
「あぁ、サシャに触れたいと思う」
素直に頷く彼のその率直な言葉にドキリとした私は、より赤くなっているだろう顔を見られないように、少しだけ時間をかけて花束の花を花瓶へと挿したのだった。
◇◇◇
“もう五日連続で来てるのよね”
公爵家にいた時は毎日のお渡りなんてなかった。
それは単純に彼の仕事が忙しいからである。
若くして公爵を継ぎ、そして悪徳なんて呼ばれながら今まで駆け抜けてきたからこそ、夜遅くまで仕事をしている日が多かったのだ。
「大丈夫なのかしら」
彼が仕事を疎かにしているとは思えないので、ノースィルまで毎日通いながら政務もこなしているということだろう。
自ら前戦に立つこともあるし公爵家の騎士たちに交じって訓練をしていたことから体力には自信があるのだろう。
そして毎夜連戦だ。
“私は昼間のんびり寝れるから大丈夫だけど”
だが、流石にこうも連続だと心配だった。
今日ももし来たら、体調を崩していないか聞いてみよう。なんて考えた夜、私の元へ来たルミール様の顔色は案の定よくない。
「か、顔色が悪いですが!」
「なに? 顔が悪い?」
「空耳まで発揮してますよ!? 疲れすぎです!」
唖然としている私とは対照に何でもない顔をしたルミール様は今日も新しい花を持ってきてくれたらしく今度は青色の花を彼自らが活けていた。
「ただ少し寝てないだけで体力には問題ない」
「体力? 体調じゃなくてですか……って、まさかこの五日間寝てないとかないですよね!?」
「体調は寝不足だが、サシャを抱く体力はあるから大丈夫だ」
「抱……っ」
しれっと言われた言葉に動揺しつつ、私は頭を抱える。
“というか、そこまでして毎日通う理由ってなんなのかしら”
公爵家にいた時は毎日ではなかったのに、娼館に戻ったら突然毎日になった理由がわからない。
だが、こんな生活を続ければそのうち体を壊すだろう。
睡眠という大事なものを排除して体がもつはずがないからだ。
はぁ、と私はため息混じりに口を開く。
「そもそも毎日通う必要はありません。練習のし過ぎで体を壊すことが一番よくな……」
「それはダメだ!」
「へっ?」
花を活け終わった彼が突然焦ったように振り返りギョッとする。
「俺が買わなきゃ他の客が買うんだろう!? サシャが他の人と、と思うとこの辺りがひどく痛むんだ」
「え……、まさかそれで突然毎日の連戦を!?」
ぎゅうっと胸を押さえたルミール様にぽかんとしてしまう。
“胸が痛いって、それ……”
言われた言葉の意味を遅れて理解し、じわじわと顔に熱が集まる。
違う。これははじめての行為にきっと子供のような独占欲が芽生えているだけで決して男女の感情ではないのだと、私は必死に自分に言い聞かせた。
「いっそ専属契約を結べないだろうか?」
「そ、それはちょっと」
反射的に首を振ると、明らかにしょんぼりとされて私の方こそ胸がきゅうっと締め付けられる。
――専属契約。
不可能では、ない。だがそれは娼婦を買い上げるという意味のものであり、つまりは身請け。愛人契約だ。
それにきっと彼は専属契約の意味を知らないだろう。そうでなければ、次の花嫁を探している彼がこんなことを言いだすはずがない。
“悪徳だと呼ばれ散々悪い噂があるのに、更に元娼婦の愛人まで囲っているって見つかるはずの次の花嫁まで見つからなくなっちゃうもの”
だから、私がちゃんと断らないと。
そう判断し、この話をもうこれ以上掘り下げるのをやめた私はベッドに座った。
「とりあえず今日は寝ましょう!」
「だが、それではサシャが」
「大丈夫です、私がルミール様を膝枕します!」
ポンポンと自分の膝を叩きながらそう告げると、その光景をきょとんとして見つめられる。
“そ、そんな目で見られるとちょっと恥ずかしいんだけど”
だがもう言ってしまったことは取り下げられないので、私の心が羞恥心に負ける前にと一気に口にした。
「私はルミール様が心配で寝て欲しいし、ルミール様は私が他のお客様のところに行かないか心配なんですよね? だったら私の膝で寝て拘束しておけばいいんじゃないかと思います!」
「な、なるほど。これが以前言っていた縛る……いや、拘束プレイということか!」
“違うけど”
内心そうツッコミつつ、だが納得した彼がごろんと私の膝に頭を乗せて横になったのでそれ以上は口を開かなかった。
彼の黒髪をゆったりと撫でる。
ずしりと膝に感じる重さが心地よく、私もなんだか満たされた気持ちになった。
“もう寝ちゃったのね”
やはり限界近かったのだろう。
すやすやと静かな寝息を聞きながら、彼の睫毛の長さを再確認したりしつつ私は穏やかな夜を過ごしたのだった。
その翌日のことだった。
「サシャ、仕事には慣れたかい?」
「慣れた……けど……」
デビューしたとしてもまだまだ一番下っ端である私が、いつものように厨房でご飯の準備をしていると珍しく女将が顔を出す。
“わざわざ厨房に来たってことは、私に話があるのね”
そう判断した私が鍋の火を消し、蓋をした。
もうほぼ完成だったので、このまま蒸らしておけばいいだろう。
相変わらず自分の大雑把な料理に苦笑しつつ、これが公爵家だったら許されないだろうな、なんて頭を過りツキリと胸が僅かに痛んだ。
「それで、どうしたの?」
首を傾げながらそう問うと、少し気まずそうに女将が顔を逸らす。
その反応を怪訝に思った。
“何か言い辛いことなのかしら”
思わず身構えた私に、ふう、と息を吐く。そして。
「……わかっていると思うけど、お前は平民なんだからね」
「え?」
「どれだけ寵愛されていたとしても、最後に傷付くのは自分だと忘れないようにしなさい」
「寵愛って」
確かに最近甘かった。けれど私は、ちゃんと自分がただの練習台なのだとわかっている。
今は練習相手が必要だから毎日来ているのだ。
“あの独占欲だって、深い意味はないんだから”
全てちゃんとわかっていることだったけれど、自分を育ててくれた親のような女将から改めてそう言われ、私の心に暗い影を落としたのだった。
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