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番外編:覚悟をしてくれるなら
2.取らなくって構いません!
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「気分はどうですか」
「……んん、……ぁ、え?」
低い、だが優しく声をかけられ微睡みの中にいた私は声の方へと手を伸ばす。
すかさずその手がきゅっと握られ、少しかさつきゴツゴツしている手が彼の努力の賜物なのだと思うと愛おしさすら感じ――……
“『彼』って誰!”
うとうとと開ききっていなかった両目をカッと見開き、勢い良くガバリと起き上がると、すぐ隣から少し焦った気配がした。
「ちょ、そんな勢いで起き上がって大丈夫なのか……!?」
「え? えぇっと」
ベッドに寝ていたのは私だけで、ベッド横に立っていたその男性が狼狽えた様子で私の手を握っていない方の手をベッドにつき私の様子を窺っている。
私の髪と同じ赤い髪に、どこか冷徹そうにも見える赤褐色の瞳が僅かに揺れていて驚いているのは間違いないのだろう。
“ルチアの……お兄様だわ。エミディオ様”
ぼんやりと彼を見上げると、バチリと目が合う。
じっと見つめ合っていると途端に恥ずかしくなり頬がじわりと熱くなった。
そしてふっと突然私から顔を背けたエミディオ様は、コホンと咳払いをして口を開く。
「……問題ないなら、その、服を」
「服?」
言われて確認するように自身の体へと視線を落とした私は顎が外れそうなくらい驚いた。
もし顎が外れていたらきっと痛みで大声をあげていただろう。
ギリギリ声を出さなかったことに安堵しつつベッドの上掛けを必死に手繰り寄せ丸出しになっていた胸を慌てて隠す。
そして甦るのは彼に触れられた記憶たち。
“夢じゃなかったの!?”
熱に浮かされながら手を伸ばすと抱き締められた記憶。
舌を伸ばせば彼の舌と重なり、もっと胸を触って欲しくて彼の両手をもう脱がされ露になっていた先端へと誘導したりもした。
先端が舐められるとゾワゾワと肌が粟立ち、その感覚が忘れられず馬乗りになって彼の顔に胸を押し付けたりもした。
“なんてはしたないことをしてしまったのかしら!?”
全て夢だと思いたいが、あの薬は記憶を消すことはなく残念ながら全て覚えている。
それはそうだろう、既成事実を作るのが目的で盛るものなのだから、記憶を失っては元も子もないからだ。
“だからってあんまりだわ……!”
結局妹の思惑通りに襲ってしまったことに頭を抱える。
そんな私の視界の端には情事を証明するように乱れ、汚れたシーツであった。
“で、でも不思議と体はサッパリしているわ。超絶苛烈な妄想の可能性もまだ……”
だがそんな私の最後の希望は、彼からの親切心でポッキリ折れる。
「とりあえずお湯も貰ってきて軽く清めさせては貰ったんだが、不十分ならすまない」
「……ありがとう。とても、紳士的なのね……」
何から何までやらせてしまった。
妹に嵌められた後始末も、体の熱を収めるための行為も、そして体を清めるというところまで全て。
申し訳なさすぎて顔が上げられず、だがこのまま裸でいる訳にもいかないのでノロノロとドレスを着ようとする。
が。
「……?」
いつもは侍女が着せてくれるせいで全く着方がわからない。
「確かここに腕を……入れたら拘束されたみたいになってしまったわ?」
「はぁ、手伝います」
「えっ!? で、でも」
彼の言葉にギョッとして慌てて胸を隠すが、そんな私を無視し視線を戻した彼はさっき恥ずかしそうにしていたことなどおくびにも出さずにコルセットを手に取った。
「そ、その、これは流石にっ」
「さっきずっとモロ出しでしたけどね」
「それはそうなのだけれどッ」
「あと、もう隅々まで全て見ていますが」
「――ッ!!」
恥ずかしい指摘を淡々とされ、羞恥心で顔が茹で上がりそうになる。
だがそれと同時にいとも簡単にドレスを着せられ、彼にはそれなりに経験があるのだと察し心が沈んだ。
“そうよね、だって彼はエリートだもの”
婚約者はいないとルチアが言っていたけれど、恋人はいたのかもしれない。
もしくは娼館かもしれない。
もしくはもしくは幼馴染みとか、もしくはもしくはもしくはなんかよくわからないけれど遠征先ごとにそういう相手がいるのかも。
「フラージラ嬢?」
「え、あっ、ごめんなさい!」
完全に思考の波に囚われていた私は、彼に声をかけられハッとした。
我が家の侍女ほどキリキリと締められていないものの、コルセットだけではなくドレスもすっかり着せられている状況に唖然とする。
「いつの間に私は立っていたの……!?」
「着させられ慣れているんでしょうね、自然にベッドからおりてましたよ」
“私ったら!!”
どれだけ失態と迷惑を重ねればいいのだろうか。
いくら私に火の加護があるといえど、こんなに恥ずかしい思いをしては口から火を吹いて火傷してしまいそうである。
火なんて吹けないけれど。
「記憶は残っておりますね?」
「……はい」
「なら、責任の話なんですが」
「そ、その件ですがッ」
彼の言葉を遮るように叫ぶように声を張り上げる。
“これ以上迷惑をかける訳にはいかないわ”
私のドレスを簡単に着せてしまったことを考えると、彼はこういった行為もはじめてではないのだろう。
“薬の影響があったとはいえ、その、とても気持ち良かったですし……!”
よくあることならば、たった一回で責任を取らせるだなんてあまりにも酷だ。
それも原因は私側にあるのだ、むしろ責任を取るのは私の方である。
だからせめて、彼を私から解放してあげなくてはならない。
そう思った私は、バッと彼の方を見上げて声を張り上げ宣言した。
「責任は取らなくって結構ですわ! どうぞお忘れくださいませ! 以上!!」
「……は?」
不機嫌そうにひそめられた眉の皺がより深くなる。
“ひえぇ!”
完全に気分を害してしまったようだが、ここは引く訳にはいかない。
だって彼は、私にはきっともったいない人だから。
「そ、それだけですから!」
「あっ、ちょっとフラージラ嬢!」
焦ったような彼を声ごと振り切るように踵を返した私は、そのまま休憩室から飛び出した。
“思ったより時間はたっていなかったのね”
まだ夜会が終わっていないことに安堵しつつ、だが気恥ずかしさから私は両親に声をかけることなくこっそりとコルティ公爵家の馬車へと向かう。
何だか悪いことをしている気分だ。
“こんなに早く薬が抜けたのは、彼がいっぱい私を気持ちよくしてくれたからね”
ドキドキと高鳴る鼓動。
だがそれらは人命救助だったのだと割り切り、私はスッパリ忘れることを誓う。
「きっと、コルティ公爵家は今から大変なことになるもの」
薬を盛られたのが私だけならまだ良かったが、妹はジラルド様にも盛っているはずだ。
だってそうでなければ、女の私がいくらジラルド様を襲おうとしたとしても拒絶されて終わりだから。
不特定多数の誰かを誘うなら、ひとりくらいは下心のある男性を釣れるかもしれないが狙いはジラルド様である以上、彼側にも盛らなくては成立しない。
それほどまでに、彼はただひとりしか見ていなかったから。
「……本当に良かったわ」
彼を襲わなくて。
大事な友人を悲しませることにならなくて。
その大事な友人の兄と関係を持ってしまったけれど、ただの人命救助なら問題にはならないだろう。
私側が騒がなければ、きっと噂が流れることもないはずだ。
「エミディオ様も、きっと今頃は忘れてくれているわよね?」
私は一人きりの馬車から景色を眺めつつ、そう呟いたのだった。
「……んん、……ぁ、え?」
低い、だが優しく声をかけられ微睡みの中にいた私は声の方へと手を伸ばす。
すかさずその手がきゅっと握られ、少しかさつきゴツゴツしている手が彼の努力の賜物なのだと思うと愛おしさすら感じ――……
“『彼』って誰!”
うとうとと開ききっていなかった両目をカッと見開き、勢い良くガバリと起き上がると、すぐ隣から少し焦った気配がした。
「ちょ、そんな勢いで起き上がって大丈夫なのか……!?」
「え? えぇっと」
ベッドに寝ていたのは私だけで、ベッド横に立っていたその男性が狼狽えた様子で私の手を握っていない方の手をベッドにつき私の様子を窺っている。
私の髪と同じ赤い髪に、どこか冷徹そうにも見える赤褐色の瞳が僅かに揺れていて驚いているのは間違いないのだろう。
“ルチアの……お兄様だわ。エミディオ様”
ぼんやりと彼を見上げると、バチリと目が合う。
じっと見つめ合っていると途端に恥ずかしくなり頬がじわりと熱くなった。
そしてふっと突然私から顔を背けたエミディオ様は、コホンと咳払いをして口を開く。
「……問題ないなら、その、服を」
「服?」
言われて確認するように自身の体へと視線を落とした私は顎が外れそうなくらい驚いた。
もし顎が外れていたらきっと痛みで大声をあげていただろう。
ギリギリ声を出さなかったことに安堵しつつベッドの上掛けを必死に手繰り寄せ丸出しになっていた胸を慌てて隠す。
そして甦るのは彼に触れられた記憶たち。
“夢じゃなかったの!?”
熱に浮かされながら手を伸ばすと抱き締められた記憶。
舌を伸ばせば彼の舌と重なり、もっと胸を触って欲しくて彼の両手をもう脱がされ露になっていた先端へと誘導したりもした。
先端が舐められるとゾワゾワと肌が粟立ち、その感覚が忘れられず馬乗りになって彼の顔に胸を押し付けたりもした。
“なんてはしたないことをしてしまったのかしら!?”
全て夢だと思いたいが、あの薬は記憶を消すことはなく残念ながら全て覚えている。
それはそうだろう、既成事実を作るのが目的で盛るものなのだから、記憶を失っては元も子もないからだ。
“だからってあんまりだわ……!”
結局妹の思惑通りに襲ってしまったことに頭を抱える。
そんな私の視界の端には情事を証明するように乱れ、汚れたシーツであった。
“で、でも不思議と体はサッパリしているわ。超絶苛烈な妄想の可能性もまだ……”
だがそんな私の最後の希望は、彼からの親切心でポッキリ折れる。
「とりあえずお湯も貰ってきて軽く清めさせては貰ったんだが、不十分ならすまない」
「……ありがとう。とても、紳士的なのね……」
何から何までやらせてしまった。
妹に嵌められた後始末も、体の熱を収めるための行為も、そして体を清めるというところまで全て。
申し訳なさすぎて顔が上げられず、だがこのまま裸でいる訳にもいかないのでノロノロとドレスを着ようとする。
が。
「……?」
いつもは侍女が着せてくれるせいで全く着方がわからない。
「確かここに腕を……入れたら拘束されたみたいになってしまったわ?」
「はぁ、手伝います」
「えっ!? で、でも」
彼の言葉にギョッとして慌てて胸を隠すが、そんな私を無視し視線を戻した彼はさっき恥ずかしそうにしていたことなどおくびにも出さずにコルセットを手に取った。
「そ、その、これは流石にっ」
「さっきずっとモロ出しでしたけどね」
「それはそうなのだけれどッ」
「あと、もう隅々まで全て見ていますが」
「――ッ!!」
恥ずかしい指摘を淡々とされ、羞恥心で顔が茹で上がりそうになる。
だがそれと同時にいとも簡単にドレスを着せられ、彼にはそれなりに経験があるのだと察し心が沈んだ。
“そうよね、だって彼はエリートだもの”
婚約者はいないとルチアが言っていたけれど、恋人はいたのかもしれない。
もしくは娼館かもしれない。
もしくはもしくは幼馴染みとか、もしくはもしくはもしくはなんかよくわからないけれど遠征先ごとにそういう相手がいるのかも。
「フラージラ嬢?」
「え、あっ、ごめんなさい!」
完全に思考の波に囚われていた私は、彼に声をかけられハッとした。
我が家の侍女ほどキリキリと締められていないものの、コルセットだけではなくドレスもすっかり着せられている状況に唖然とする。
「いつの間に私は立っていたの……!?」
「着させられ慣れているんでしょうね、自然にベッドからおりてましたよ」
“私ったら!!”
どれだけ失態と迷惑を重ねればいいのだろうか。
いくら私に火の加護があるといえど、こんなに恥ずかしい思いをしては口から火を吹いて火傷してしまいそうである。
火なんて吹けないけれど。
「記憶は残っておりますね?」
「……はい」
「なら、責任の話なんですが」
「そ、その件ですがッ」
彼の言葉を遮るように叫ぶように声を張り上げる。
“これ以上迷惑をかける訳にはいかないわ”
私のドレスを簡単に着せてしまったことを考えると、彼はこういった行為もはじめてではないのだろう。
“薬の影響があったとはいえ、その、とても気持ち良かったですし……!”
よくあることならば、たった一回で責任を取らせるだなんてあまりにも酷だ。
それも原因は私側にあるのだ、むしろ責任を取るのは私の方である。
だからせめて、彼を私から解放してあげなくてはならない。
そう思った私は、バッと彼の方を見上げて声を張り上げ宣言した。
「責任は取らなくって結構ですわ! どうぞお忘れくださいませ! 以上!!」
「……は?」
不機嫌そうにひそめられた眉の皺がより深くなる。
“ひえぇ!”
完全に気分を害してしまったようだが、ここは引く訳にはいかない。
だって彼は、私にはきっともったいない人だから。
「そ、それだけですから!」
「あっ、ちょっとフラージラ嬢!」
焦ったような彼を声ごと振り切るように踵を返した私は、そのまま休憩室から飛び出した。
“思ったより時間はたっていなかったのね”
まだ夜会が終わっていないことに安堵しつつ、だが気恥ずかしさから私は両親に声をかけることなくこっそりとコルティ公爵家の馬車へと向かう。
何だか悪いことをしている気分だ。
“こんなに早く薬が抜けたのは、彼がいっぱい私を気持ちよくしてくれたからね”
ドキドキと高鳴る鼓動。
だがそれらは人命救助だったのだと割り切り、私はスッパリ忘れることを誓う。
「きっと、コルティ公爵家は今から大変なことになるもの」
薬を盛られたのが私だけならまだ良かったが、妹はジラルド様にも盛っているはずだ。
だってそうでなければ、女の私がいくらジラルド様を襲おうとしたとしても拒絶されて終わりだから。
不特定多数の誰かを誘うなら、ひとりくらいは下心のある男性を釣れるかもしれないが狙いはジラルド様である以上、彼側にも盛らなくては成立しない。
それほどまでに、彼はただひとりしか見ていなかったから。
「……本当に良かったわ」
彼を襲わなくて。
大事な友人を悲しませることにならなくて。
その大事な友人の兄と関係を持ってしまったけれど、ただの人命救助なら問題にはならないだろう。
私側が騒がなければ、きっと噂が流れることもないはずだ。
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