上 下
18 / 35
第四章・これなら君とお揃いだ

18.もしかしての新しい可能性

しおりを挟む
「ジルを諦めるって……」

 ララに言われた内容が上手く理解できず愕然としてしまう。

“だってあんなに好きだったのに”

 誘拐されたあの時、彼女はジルへの恋心を語ってくれた。
 それは相手が王太子だからという権力的なものではなく、ジラルドというひとりの人間に対する好意だったはずだ。

 そしてその想いは、不安な時に心の支えにするほどのものだったのに。

「どうして、そんな」
「簡単なことですわ。あの場にはふたりいたのにまっすぐルチアだけを見て飛び込んでこられたのを見たからです」

 ララの言う“あの場”とはきっと昨日の馬車のことだろう。
 そして確かに彼女の言う通り、ふたり、しかもあの馬車はララの家の馬車だったにも関わらずジルは私の名前だけを呼び私だけを抱きしめた。

“確かにもし私がララと同じことを目の前でされたら、ショックで好きでいることが辛くなるかもしれないわ”

 そう感じズキリと強く心臓が痛む。
 それに私は彼の肉壁なのだ。ララに「諦めないで」なんて言えはしない。

 黙りこくってしまう私だったが、そんな私にララが小さく笑みを溢す。

「いいのです。最初からわかっていましたし、あれだけハッキリと見せつけられれば逆にスッパリ諦めがつくってものですわ」
「でも」
「私がいいと言ったらいいのです。それに相手が貴女で良かったわ、だって私、ルチアのことも好きなんですから」
「ララ……」

 そう言い切ったララの表情は、確かにどこか吹っ切れているようにも見えた。

「ところで、なのですが」

 私たちの間に流れた感度的な空気をゴホンと咳払いで仕切り直したララが、突然前のめりになる。

「ルチアのお兄様についてお伺いしたいわ」
「え、兄ですか?」
「えぇ!」

“急にどうしたのかしら”

 もしかしてジルの相手として我が家の家族構成とかが気になるということだろうか。
 家柄的には侯爵家で、ララの家より家格は劣るが高位貴族の一角ではあるし、コンタリーニ家は王家の盾として有名でもあるし決して不自然ではないはずなのだけれど。

“まさか肉壁の婚約者だってバレたんじゃ”
 
 その可能性にドキリとしつつ、彼女の勢いに圧倒された私は影も担っていることは別としても他はそもそも隠すことでもないのですぐに頷いた。

「えぇっと、我が家は代々王家の盾として王宮第一騎士団に努めることが多くて、父も騎士団長でした」
「つまりお兄様もゆくゆくは騎士団長に?」
「なれるかはもちろん兄の努力次第ですが、目指していることは確かです」

 私の回答にララが「まぁ」と両手をパチンと合わせる。
 兄の今後は私のジルの婚約者という役目においてプラスになるらしい。
 
 どうやらこのまま認めて貰えそうだ、なんて私が安堵した瞬間だった。

「婚約者はいるのかしら」
「ぅえっ!?」

“それって、やっぱり私が本物の婚約者ではなく肉壁の婚約者だってバレてるってことよね!?”
 
 このタイミングでそんな返しが来たのだ。
 どう考えてもジルに本物の婚約者がいるのか聞かれているとしか思えない。

 いや、もしかしたら肉壁の任務を終えた後の私の次の婚約者を聞いている可能性もある。

“どっちのパターンだったとしても、ここで認める訳にはいかないわ……!”

 くっ、とドレスのスカートを握る手に力がこもる。
 いくら友人になったとはいえ、この任務はまだバレる訳にはいかないのだ。

 私は全力でしらばっくれなくてはならない。
 緊張で喉が引きつりつつも、私はここぞとばかりに余裕の笑顔を作った。
 
「わ、わた、私ですけれどっ」
「る、ルチアですって!?」
「そうです、私が本物の婚約者なんです」
「ほ、本物の婚約者って……偽物もいらっしゃるの?」
「いません、いませんけど! 丸ごと全部本物です!」
「丸ごと全員本物!? 全員と本当に婚約中ってこと!? そんなことって……っ」

“ララの驚きようを見る限り確信は無かったということね?”

 戸惑っているララには悪いが、これは任務の為なのだ。
 多少無茶苦茶でも押し通すしかない。

「そうです、本物の本物です!」
「そんな、だって兄妹って……」
「? 確かに兄妹のように育ちはしましたが」
「その前提から違いますの!?」
「いえ、俺とルチアは兄妹です、本物の」
「お兄様!?」
「ひゃぁぁあ!?」

 いつから聞いていたのか、かなり呆れた表情で私たちのところに入ってきた兄を慌てて睨む。

「ここはレディのお茶会です!」
「いや、混乱の茶会だろ……。フラージラ嬢、突然割り込んでしまい申し訳ありません」
「い、いえっ……、その、それは構わないのですが」
「?」

 チラチラとララからの視線を感じ首を傾げていると、兄がゆっくり口を開いた。

「先程も言った通り俺とルチアは兄妹です。それ以上もそれ以下もありません。ルチア、お前の婚約者は殿下だけだな?」
「なっ、何を当たり前なことを……!」
「ちなみに俺に婚約者はいません、これで疑問は解決しましたか?」
「あ、はい。何かがすれ違ってしまっていたことがわかりましたわ」

“どういうこと?”

 ぶっちゃけ訳がわからない。
 何故兄が突然婚約者がいないと宣言した理由もわからない。

“やはりお兄様、ララのことを……!?”

 そうだ。
 よく考えれば昨日だって妹を無視してララを優先し助けていた。

「確かにララは美しいですが、お兄様には高嶺の花で――んぐぐっ」

 この無謀な兄の恋をせめて早めに諦めさせるべきだと慌てて口を開くが、顎を掴まれ強制的に閉じさせられる。

 まるで子供の兄弟喧嘩のようなことをしているが、表情だけは穏やかな笑顔を取り繕った兄が、ララへとにこやかに微笑んだ。

「申し訳ありませんが、本日はこの辺で失礼してもよろしいでしょうか」

 さらりとそう告げ、私の顎を掴んだままぐいぐいと押して温室の出口へと兄が向かう。
 そんな私たちをララが呆気に取られながらも見送ってくれた。

 ◇◇◇

「……なんだったのよ」

 掴まれた顎を擦りながら馬車で向かいに座った兄を睨んでいると、大きなため息を吐かれる。

「それはどれに対しての?」
「ララの方!」
「そっちは却下」

“却下って何!?”

 確認しておいて教える気のない様子にムッとした。

「やっぱりララのこと好きなの? 婚約者がいないアピールもしていたし」
「どういう思考をすればそうなるのかがわからん」

“違うのかしら”

 辟易とした表情の兄に、流石に違ったのかとそう考え直すが、そうなると今度は先程の会話の辻褄が合わない。

 わざわざ兄に婚約者がいないか確認したり、わざわざ自分に婚約者がいないとアピールしたり。

“お兄様がララを好きじゃないなら、もしかして……”

 全くその可能性に辿り着かなかったが、だが失恋を癒すのもまた恋愛だと母が言っていた気がする。

「つまり、ララがお兄様のことを!?」
「それも違う」
「……違うの?」

 今度こそはという自信があったのだが、あっさりとそう切り捨てられてきょとんとした。

「いい線いったと思ったのに……」
「もしお前にそう見えたんだとしても、多分違う。あれはそうだな、『そう思いたい』だけのやつだ」
「思いたい?」
「お前と殿下を心から応援したいんだろ」
「応援……」

 それは、私にはもう次の人がいるから、気にしないでという彼女なりの後押しなのかもしれない。

“ララ……”

 その可能性を聞かされた私が俯いていると、ポンッと頭を軽く叩くように撫でられる。

「こういうのは誰が悪いとかないだろ。ルチアが気にする必要はない」
「……えぇ」
「そういえば、予定より早く迎えに行った件だが」

 きっとしょんぼりしてしまった私を励ます為だろう、突然兄が話題を変えた。

「王城から緊急伝令だ」
「緊急伝令?」
「あぁ。殿下が何者かに襲われた」
「そんな!」

 その新しい話題の内容に全身から一気に血の気が引く。

“ジルが襲われた!?”

「ぶ、無事なんですよね……っ!?」

 ガタガタと震え出す私を励ますように、兄がゆっくり頷く。

「無事だ」
「ほん、とに? 怪我とかは」
「怪我もしていない。何しろその緊急伝令を伝えに来たのが殿下本人だ」
「…………、え?」

“襲われたという内容を、襲われた本人が教えに来たってこと?”

 恐怖と不安で震えていた体がぴたりと止まる。
 そして本日三度目のため息を吐く兄に、私は情けない声で「ドッキリ?」とだけ聞いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離縁を申し出たら溺愛されるようになりました!? ~将軍閣下は年下妻にご執心~

姫 沙羅(き さら)
恋愛
タイトル通りのお話です。 少しだけじれじれ・切ない系は入りますが、全11話ですのですぐに甘くなります。(+番外編) えっち率は高め。 他サイト様にも公開しております。

【R18】聖女召喚に巻き込まれた地味子で社畜な私に、イケメンエリート魔導師の溺愛が降ってきました

弓はあと
恋愛
巻き込まれ召喚されて放っておかれそうになった私を救ってくれたのは、筆頭魔導師のルゼド・ベルダー様。 エリート魔導師でメガネも似合う超イケメン、聖女召喚に巻き込まれた地味子で社畜な私とは次元の違う別世界の人。 ……だと思っていました。 ※ヒロインは喪女のせいか鈍感です。 ※予告無しでR18シーンが入ります(本編で挿入行為はありません、濃厚な愛撫のみ。余力があったら本番行為のおまけ話を投稿します)。短い話です、8話で完結予定。 ※過去に前半部分が似た内容の現代物小説を投稿していますが、こちらは異世界ファンタジーならではの展開・結末となっております。 ※2024年5月25日の近況ボードもご確認ください。 ※まだはっきりと決まっていませんが後日こちらの話を削除し、全年齢版に改稿して別サイトで投稿するかもしれません。 ※設定ゆるめ、ご都合主義です。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【完結】王宮の飯炊き女ですが、強面の皇帝が私をオカズにしてるって本当ですか?

おのまとぺ
恋愛
オリヴィアはエーデルフィア帝国の王宮で料理人として勤務している。ある日、皇帝ネロが食堂に忘れていた指輪を部屋まで届けた際、オリヴィアは自分の名前を呼びながら自身を慰めるネロの姿を目にしてしまう。 オリヴィアに目撃されたことに気付いたネロは、彼のプライベートな時間を手伝ってほしいと申し出てきて… ◇飯炊き女が皇帝の夜をサポートする話 ◇皇帝はちょっと(かなり)特殊な性癖を持ちます ◇IQを落として読むこと推奨 ◇表紙はAI出力。他サイトにも掲載しています

【R18】副騎士団長のセフレは訳ありメイド~恋愛を諦めたら憧れの人に懇願されて絆されました~

とらやよい
恋愛
王宮メイドとして働くアルマは恋に仕事にと青春を謳歌し恋人の絶えない日々を送っていた…訳あって恋愛を諦めるまでは。 恋愛を諦めた彼女の唯一の喜びは、以前から憧れていた彼を見つめることだけだった。 名門侯爵家の次男で第一騎士団の副団長、エルガー・トルイユ。 見た目が理想そのものだった彼を眼福とばかりに密かに見つめるだけで十分幸せだったアルマだったが、ひょんなことから彼のピンチを救いアルマはチャンスを手にすることに。チャンスを掴むと彼女の生活は一変し、憧れの人と思わぬセフレ生活が始まった。 R18話には※をつけてあります。苦手な方はご注意ください。

箱入り令嬢と秘蜜の遊戯 -無垢な令嬢は王太子の溺愛で甘く蕩ける-

瀬月 ゆな
恋愛
「二人だけの秘密だよ」 伯爵家令嬢フィオレンツィアは、二歳年上の婚約者である王太子アドルフォードを子供の頃から「お兄様」と呼んで慕っている。 大人たちには秘密で口づけを交わし、素肌を曝し、まだ身体の交わりこそはないけれど身も心も離れられなくなって行く。 だけどせっかく社交界へのデビューを果たしたのに、アドルフォードはフィオレンツィアが夜会に出ることにあまり良い顔をしない。 そうして、従姉の振りをして一人こっそりと列席した夜会で、他の令嬢と親しそうに接するアドルフォードを見てしまい――。 「君の身体は誰のものなのか散々教え込んだつもりでいたけれど、まだ躾けが足りなかったかな」 第14回恋愛小説大賞にエントリーしています。 もしも気に入って下さったなら応援投票して下さると嬉しいです! 表紙には灰梅由雪様(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)が描いて下さったイラストを使用させていただいております。 ☆エピソード完結型の連載として公開していた同タイトルの作品を元に、一つの話に再構築したものです。 完全に独立した全く別の話になっていますので、こちらだけでもお楽しみいただけると思います。 サブタイトルの後に「☆」マークがついている話にはR18描写が含まれますが、挿入シーン自体は最後の方にしかありません。 「★」マークがついている話はヒーロー視点です。 「ムーンライトノベルズ」様でも公開しています。

【R-18】記憶喪失な新妻は国王陛下の寵愛を乞う【挿絵付】

臣桜
恋愛
ウィドリントン王国の姫モニカは、隣国ヴィンセントの王子であり幼馴染みのクライヴに輿入れする途中、謎の刺客により襲われてしまった。一命は取り留めたものの、モニカはクライヴを愛した記憶のみ忘れてしまった。モニカと侍女はヴィンセントに無事受け入れられたが、クライヴの父の余命が心配なため急いで結婚式を挙げる事となる。記憶がないままモニカの新婚生活が始まり、彼女の不安を取り除こうとクライヴも優しく接する。だがある事がきっかけでモニカは頭痛を訴えるようになり、封じられていた記憶は襲撃者の正体を握っていた。 ※全体的にふんわりしたお話です。 ※ムーンライトノベルズさまにも投稿しています。 ※表紙はニジジャーニーで生成しました ※挿絵は自作ですが、後日削除します

処理中です...