上 下
3 / 6

3.二人きりでも大丈夫、よね?

しおりを挟む
「そういえばどうしてここに来たの?」

 休憩室へ向かいがてらそんな疑問を口にする。
 口にしたものの、いつものように『ひとりで参加するエリーが心配だったから』という回答が返ってくると思っていたのだが、彼から伝えられたのは意外なものだった。
 
「僕も貴女と同じ理由ですよ」
「えっ、じゃあ婚活ってこと!?」
「はい」

(嘘! そんな素振り全然無かったのに!)

 だが彼がジェイク・エドムントであるならば、次期エドムント侯爵だ。
 確かにそろそろ婚約者くらいは見つけておいてもおかしくはない。

「婚活目的で来たというなら、私とこうしてちゃいけないんじゃないかしら」
「どうしてですか?」
「え? だってそれは」

 私は貴方の飼い主だから。とは流石に言えず口ごもる。

(まぁ、私も幼馴染みの前で他の令息に声をかけるのはちょっと恥ずかしいものね)

 きっと彼もそうなのだと思い、それ以上は口にしなかった。
 少し気まずい沈黙に包まれつつ、彼と入った休憩室。
 ゆったりと横になれるように置かれた天蓋のついた大きなベッドに一瞬ドキリとするが、私はあえて何にも気付かなかったフリをして手前に置かれているソファへと腰かけた。

「まだ来たばっかりだけど、疲れたわ」
「ではここでゆっくり疲れを取りましょうか」

 彼もベッドへは視線を向けず、私の隣へと腰掛ける。
 ぴったりと体が触れる距離に座られると、このくらいの距離感はいつもと同じはずなのに私の内心は落ち着かなかった。

(それもこれも、きっと仮面で顔を隠しているからよ)

 表情が見えないからだとそう結論付けて、再び彼の仮面へと手を伸ばす。
 二人きりになった今ならば問題ない。そう思ったのだが、仮面に触れる寸前、再び彼が私の手を掴み仮面が外されることを防いだ。

「先にお伺いしたいのですが」
「え、な、何……?」

 掴まれた手を撫でるように彼の指が動き、まるで焦らすように指が一本ずつ絡められる。
 まるで恋人同士がするように手を繋がれたと思ったら、自身の指を絡めたままそっと私の手を引き甲へ口付けられた。

「どうして婚活をされるんですか?」
「……へ?」

 まるで誘うようなその仕草にドギマギしていた私は、告げられた質問にぽかんとする。
 
「だってみんな婚約者がいたり、結婚していたりするし」
「誰でもいいってことですか?」
「誰でもとは言わないけど」

 言いたいことがわからず困惑するが、きっと私のこの表情は仮面が隠してしまっているので彼には伝わっていないのだろう。
 それと同じく、私も彼が何故そんなことを聞いているのかわからなかった。

「貴女の近くには、年の近い令息がいたと思いますが」
「え、誰かしら」

 もしかして私は手頃な結婚相手を見逃したというのだろうか。
 だが思い返してもジェイクのガードを越えてきた令息は思いつかない。
 
「常に隣にいる令息ですよ」
「え、お兄様?」

 確かに兄は六歳上と四歳上。
 年が近くジェイクのガードも越えているというか最初から内側だが兄ふたりは既婚だし、そもそも兄妹で結婚は出来ない。というか出来たとしても考えられない。
 
「今も隣にいますけど」
「えっ」

(今? 今って)

「まさか貴方のことを言ってるの?」
「ずっと僕のことを言ってました」

 仮面から覗く赤い瞳が細められ、仮面で覆っていない彼の口角が上がっている。
 だがどう見ても笑っていない雰囲気にじわりと冷や汗が滲んだ。

「で、でもその、ずっと一緒にいたし」
「血は繋がっていませんよ」
「けどそんな風に見たことはないっていうか」

(だって自称犬なんだもの!)

 結婚するならば対等な関係を望んでいる私にとって、よりにもよって主従関係を結んでいる相手との結婚は想定していなかったのだ。
 
「もしかしてもしかしてなのだけど、貴方って私のことをそういう対象として見ていたりするのかしら」
「もしかしてもしかしなくてもずっと好きでした」

 そうハッキリと断言されると、相手がジェイクだとわかっているのに私の鼓動が高鳴ってしまう。

(違うわ、この高鳴りは初めて異性に好きとか言われたからで)

 そしてジェイクの顔が見えないからだ。
 確信を持っていても確定ではないから、その僅かな可能性にときめいてしまったのだろう。

 だってジェイクは私の幼馴染みで、昔は私が守ってあげなきゃいけないくらいの少年で、更には自称犬なのだ。
 自分を絵本のお姫様だなんて思っているわけではなかったとしても、あの絵本の王子様ではなく、迷わず隣の犬を選んだ彼にこんな感情を持っているはずなどない。

 そう、彼が私のよく知っているジェイクならば。

「……ジェイク、よね?」

 握られたままの右手ではなく、今度は反対の左手を彼の犬の仮面へと伸ばす。
 また拒否されたらどうしようと思ったが、今度はそんなことはなく少し硬い革で出来た仮面に指先が触れて安堵した。

 そして仮面の下から現れたのは、やはり私の確信通りジェイクだった。
 そのことにほっと息を吐いたのも束の間、彼の瞳が仄暗く揺らめき弧を描く。

「っ」

 この十年間いつも一番近くで見てきた私の可愛い犬であるはずなのに、その表情はこの十年間、一度も見たこのとない色を宿していた。

(こんな顔、知らない)

 ジェイクなのに、ジェイクじゃない。
 仮面の下から現れたその男性に、私は思わず息を呑む。

「エリーの周りには僕しかいません。だってずっと見張っていたから」

 くすりと笑いながら告げられるその言葉にドキリとした。
 確かに私の隣にはいつも彼がいて、そして私に近付く令息たちをブロックしていたことは知っている。
 
「でもそれは番犬として……」
「そうですよ、僕は貴女の犬なんです。だから最後まで責任を取って飼って貰わないと」

 当然だと言わんばかりにそんなことを口にしたジェイクが、繋いだままになっていた手を引きそっと私を抱き上げた。
 そして向かうのはソファの向こう、この部屋の奥にある大きなベッド。

「ま、待ってジェイクっ」
「待ちませんよ、やっと成人したんですから」
「せ、成人って」

 この国では確かに十八が成人。そしてジェイクが先日成人したのも間違いないが、だからと言って彼とこの先の行為をする理由にはならないだろう。

 というか順番がおかしい。
 それに私にとって彼は可愛い弟というか犬で、そしてその事は彼も認めている事実なのだ。

「私は飼い主なのよね……?」

 だから落ち着いて。こんなことやめて。
 そういう思いを込めて念押しするように確認すると、一瞬ぱちくりと目を瞬かせた彼がにこりと笑う。
 
「僕がいるのに勝手に婚活なんかして……。しかも仮面舞踏会に内緒で来るとかエリーは本当に悪い飼い主ですね」
「か、飼い主に噛みつくってこと!?」
「では犬らしく舐めてみようかな」

 くすくす楽しそうに笑いながらベッドへと寝かされ、すぐにジェイクが覆い被さるように乗ってくる。
 そのまま私の頬をぺろりと舐めると、舌先で輪郭をなぞるように動かした。

「あっ、や、待っ」
「だから待ちませんってば。本当は僕だって婚約から結びたかったのに、エリーはいつまでたっても僕の視線に気付いてくれないから」

 首筋も舐められ、鎖骨にも舌が這う。
 犬らしく、なんて言いながら肌を伝う彼の舌が熱くて、心臓が痛いくらいに早鐘を打っていた。
 
「助けた犬が、どんな犬に成長したか確かめたいですよね」
「こんなの、犬っていうよりっ」
「犬っていうより?」

 ニヤッと口角を上げたジェイクの瞳の奥に情欲が揺れる。
 さながら捕食者のその笑みにゾクリとした。

「そう言えばエリーの仮面は鳥なんですね。知っていますか? 狩猟犬の獲物が何か」
「え、もの……」
「安心してください。僕は本物の犬ではないので手に入れた獲物を誰かに捧げるなんてしませんから」

 全部僕のです、なんて楽しそうに言いながら私の小鳥の仮面につけられていた装飾の羽を噛み、そのまま仮面が外される。
 小鳥の仮面の下から現れた私の顔は、きっと真っ赤に染まっているだろう。

(こんなの、犬じゃなくて狼じゃない……!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【R18】素敵な騎士団長に「いいか?」と聞かれたので、「ダメ」と言ってみました

にじくす まさしよ
恋愛
R18です。 ベッドでそう言われた時の、こんなシチュエーション。 初回いきなりR18弱?から入ります。性的描写は、普段よりも大人向けです。 一時間ごとに0時10分からと、昼間は更新とばして夕方から再開。ラストは21時10分です。 1話の文字数を2000文字以内で作ってみたくて毎日1話にしようかと悩みつつ、宣言通り1日で終わらせてみます。 12月24日、突然現れたサンタクロースに差し出されたガチャから出たカプセルから出て来た、シリーズ二作目のヒロインが開発したとあるアイテムを使用する番外編です。 キャラクターは、前作までのどこかに登場している人物です。タイトルでおわかりの方もおられると思います。 登場人物紹介はある程度話が進めば最初のページにあげます イケメン、とっても素敵な逞しいスパダリあれこれ大きい寡黙な強引騎士団長さまのいちゃらぶです。 サンタ×ガチャをご存じの方は、シンディ&乙女ヨウルプッキ(ヨークトール殿下)やエミリア&ヘタレ泣き虫ダニエウ殿下たちを懐かしく思っていただけると嬉しいです。 前作読まなくてもあまり差し障りはありません。 ざまあなし。 折角の正月ですので明るくロマンチックに幸せに。 NTRなし。近親なし。 完全な獣化なし。だってハムチュターンだもの、すじにくまさよし。 単なる獣人男女のいちゃいちゃです。ちょっとだけ、そう、ほんのちょっぴり拗れているだけです。 コメディ要素は隠し味程度にあり 体格差 タグをご覧下さい。今回はサブタイトルに※など一切おきません。予告なくいちゃいちゃします。 明けましておめでとうございます。 正月なのに、まさかのクリスマスイブです。 文字数→今回は誤字脱字以外一切さわりませんので下書きより増やしません(今年の抱負と課題)

【R18】聖女召喚に巻き込まれた地味子で社畜な私に、イケメンエリート魔導師の溺愛が降ってきました

弓はあと
恋愛
巻き込まれ召喚されて放っておかれそうになった私を救ってくれたのは、筆頭魔導師のルゼド・ベルダー様。 エリート魔導師でメガネも似合う超イケメン、聖女召喚に巻き込まれた地味子で社畜な私とは次元の違う別世界の人。 ……だと思っていました。 ※ヒロインは喪女のせいか鈍感です。 ※予告無しでR18シーンが入ります(本編で挿入行為はありません、濃厚な愛撫のみ。余力があったら本番行為のおまけ話を投稿します)。短い話です、8話で完結予定。 ※過去に前半部分が似た内容の現代物小説を投稿していますが、こちらは異世界ファンタジーならではの展開・結末となっております。 ※2024年5月25日の近況ボードもご確認ください。 ※まだはっきりと決まっていませんが後日こちらの話を削除し、全年齢版に改稿して別サイトで投稿するかもしれません。 ※設定ゆるめ、ご都合主義です。

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

【R18】ヤンデレ侯爵は婚約者を愛し過ぎている

京佳
恋愛
非の打ち所がない完璧な婚約者クリスに劣等感を抱くラミカ。クリスに淡い恋心を抱いてはいるものの素直になれないラミカはクリスを避けていた。しかし当のクリスはラミカを異常な程に愛していて絶対に手放すつもりは無い。「僕がどれだけラミカを愛しているのか君の身体に教えてあげるね?」 完璧ヤンデレ美形侯爵 捕食される無自覚美少女 ゆるゆる設定

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

村で慰み者にされていた私を出世した幼馴染(年下)が強奪に来る

柿崎まつる
恋愛
ディートリンデは亡くなった親の借金返済のため、村長の息子の慰み者になり果てていた。そんなとき、八年前村を出たイーヴォが出世して帰ってくる。子どもの頃とはいえ結婚の約束をしていた彼に会わせる顔のないディートリンデは徹底的に避けるが、イーヴォの気持ちは昔と微塵も変わっていなくてーー。 腹黒策士軍人(20)×幼馴染の薄幸美女(22)

処理中です...