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第四章:たった一人の護衛騎士
33.手を取り合って
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「や、やだっ、アルド、アルドっ!」
「落ち着け、俺は大丈夫だから!」
「……っ」
流れる血に動揺しパニックになる私をそのままアルドが強く抱きしめる。
「全員を確保! 拘束し自害も出来ないよう口に何か詰めとけ」
「ハッ」
「あー、道具ないし関節と顎外すか」
「やめろ、ジーク」
アルドの指示で駆け付けた騎士やベルモント卿、そしてしれっと怖いことを言いながらジークも従う。
だが私はバクバクと早鐘を打つ心臓とアルドの怪我が気になり正直それどころじゃなかった。
「でも、血、血がっ」
「腕を切っただけだ」
「腕!? 利き腕だったら剣士として致命的じゃっ」
「まぁ前線で戦ってはきたが同時に王太子だ、問題ない」
「問題ないはずないでしょ!?」
確かにいつか王座に就いたなら前線へと立ち続ける必要はないかもしれない。
だがまだ王太子なのだ。王太子という立場なら有事の際は前線に立ち軍を導く必要がある場面だってあるだろう。
“私が油断したせいで!”
いつだってそうだ。
私はいつも考えが足らず、どうなるかの結果を考えるより先に行動をしてしまう。
その結果がいいことに繋がることもあるが、反対にこうやって周りに迷惑をかけ大事な人を傷つけてしまうこともある。
きっとリヒテンベルンではそんな浅はかなところが厭われ敬遠されていた。
「私は私がダメなことを知っていたのに」
ダメだとわかっていながら、それでもなんとかなるだなんて思って行動した結果がこれだなんて。
「アルドがもう剣を握れなくなったら、私のせいで廃嫡されたらっ」
「セヴィーナ」
怪我の後遺症が残ったら、そのまま戦場に出ることになったら?
どの可能性もすべてが悪夢のようだった。
「それよりこの怪我のせいで死……」
「セヴィーナ!」
「んんっ」
怖くて、どうしたらいいかわからず呼吸が荒くなり視界が滲む。
上手く息が出来ず、止めたいのに止まらない不安が口から溢れ出していた私のその言葉を閉じ込めるように、突然アルドが唇で塞いだ。
「なっ、――んっ」
驚き慌てて離れようとするが、一瞬離れた唇がすぐにまた深く重なる。
ゆっくりと彼の吐く息を吸って肺に二酸化炭素を取り込んだからか、少しだけ落ち着いた。
「大丈夫か?」
「……皆の前なのに」
「よし、問題なさそうだ」
あっさりとそう言い切ったアルドをじとっと睨み、そしてすぐに視線を彼の怪我へと向ける。
彼自身も元々鍛え訓練を積んでいたからか、寸前で刃先をいなしていたらしく思ったよりも傷は浅かった。
“よかった、血は止まりつつあるわね”
私はそっとポケットからモニカと一緒に刺繍し呪物扱いされ渡しそびれていたハンカチを取り出し傷へ巻く。
「血がつくぞ?」
「刺繍した時に私の血が染み込んでるから問題ないわ」
「も、問題ないのか、それは……!?」
若干引いた様子のアルドにムッとするが、それと同時にいつもと同じような調子のアルドにホッとする。
そんな私の様子に気付いたのか、苦笑したアルドは怪我をしていない方の手で私の頭をそっと撫でた。
「俺はお前がダメじゃないことを知ってる」
「え?」
「さっき言ってたろ。確かに無鉄砲だし考えなしだが、それが突破口にだってなっている」
“アルド……”
「でも、そのせいで怪我を」
「この程度怪我には入らん。それにセヴィーナが考えるより先に行動してしまうなら俺がその分考える。だから俺が動けずにいたらお前は今まで通り飛び出して連れ出してくれ」
まるで諭すようにそう告げたアルドは、こほんと小さく咳払いをする。
少し彼の頬に朱が差し、何故か私は目が離せなかった。
「お前が好きだ、セヴィーナ」
「え」
「お前には俺だけで、俺にもお前だけだ。そのままのセヴィーナが俺には何より大事だから、守る栄光を与えてくれてありがとう」
「……っ!」
――それは、私が最初に言った言葉。彼と初めて約束した話。
「このままの、私?」
「さっきも言ったろ。セヴィーナが考えなしな分俺が考えるって」
「ちょっと、なんだかいい言葉のニュアンスが変わってないかしら」
「そうか?」
「そうよ!」
だが、こんな軽口が堪らなく心地いい。
ふはっと吹き出すアルドに釣られ、私も小さく笑みを溢した。
そのタイミングで、わざとらしいくらいの声でジークが口を開いた。
「そろそろこっちも見てくれませんかねぇ? 後始末残ってるんですけどぉ」
「あ、やっ」
“そ、そうよ、皆に見られてたんだったわ!?”
ハッと思った時にはもう遅く、再び顔を隠すように深くフードを被っていたジークと、完全に無視して仕事をしているダレアとベルモント卿。
アルドたちと来たらしい騎士たちは、気まずそうに顔を背けながらベルモント卿の指示で男たちを拘束して待っていた。
湧きあがる羞恥に耐えながらアルドと少し距離を取り皆の方へと向き直る。
そして拘束されている騎士の顔を改めて確認した。
「グランジュの騎士を名乗っていたけど……リヒテンベルンの騎士ね」
私がポツリとそう溢すと、ジークが頷いてくれた。
「姫様の暗殺任務で潜入しました」
ハッキリとそう口にしたのは彼らと同じローブを着ているジークだ。
そしてジークの言葉にピクリとアルドが反応する。
「それは、お前もその任務を受けて来ているのか?」
「そうですよ。ただ、勘違いしないで欲しいのは私はリヒテンベルンの騎士ではなく姫様の騎士なんで」
ジークとアルドの間にピリッとした空気が流れるが、意外にもその間に入ったのはベルモント卿だった。
「つまりジークはその依頼があるのを知って、こいつらの見張りがてら妃殿下の一番側で守ろうとしてたってことだな」
「だったらわざわざセヴィーナを危険に晒す前に倒せばよかっただろう」
「そうすると姫様に会えないんで」
“そういえばジークってベルモント卿と出会ったキッカケも道に迷っていたのよね”
どうやら土地勘云々ではなくそもそも方向音痴だったらしい。
「別の部隊がいたらどうすんすかぁ? 姫様に危険を知らせるのは大前提でしょ」
「ちょ、ジーク、アルドを煽らないで!?」
慌てて私も物理的に二人の間に割り込むと、後ろから腕を引かれてすぐにアルドの腕の中にスッポリと収まってしまう。
一体何故このタイミングで抱きしめられたのかわからず混乱していると、まるで堪えきれないというようにジークが吹き出し、私の手をそっと握ったと思ったら手の甲に口付けを落とした。
「……姫様が、愛されているようで安心しました。幸せじゃないならこのまま拐おうと思っていたんですが、杞憂だったようですね」
「な! おま――」
くすくすと笑いながら、ジークがバサリとフードを外す。
そのフードを外したジークを見て、ギシリとアルドが固まった。
「お、女……?」
「ははっ。女騎士にすら嫉妬しちゃうくらいウチの姫様にぞっこんで安心しましたよ、お、う、じ、さ、ま!」
ジークの言葉に完全にフリーズしてしまったアルドに思わず首を傾げる。
“私、言ってなかったのかしら?”
「確かに名前だけ聞くと男みたいですけどね。でも傭兵なんて仕事をしてると女にはそもそも仕事が来ないんで」
どれだけ実力があっても、女というだけで仕事の依頼が減る。それが残念ながらこの世界の事実で、だからこそジークは「ジーク」と名乗っているのだと言っていた。
「それより、ジークはこの後どうするんだ?」
当然一緒に行動したこともあるベルモント卿は最初から知っていたのか驚く様子はなく、冷静にそう尋ねる。
依頼を潰した以上ジークはリヒテンベルンへはもう帰れないだろう。
それどころか追手がかかるかもしれない。
「だったらもう一度私の……」
私の騎士に、と言おうとして途中で口をつぐむ。
今回の護衛は、私が前回浅はかなことをして名誉を失墜させてしまった第一騎士団から選ばなくてはならないからだ。
そしてその事実も気付いているのだろう、ジークも何も言わなかった。
元々傭兵だったとしても、私の元護衛としてリヒテンベルンの騎士と知られているジークが今からグランジュの騎士にはなれない。
どうしてもスパイであるという疑いがかけられるからだ。
“認められず何かある度に疑われ続ける環境なんてダメだわ”
それではなんのためにジークをリヒテンベルンへおいてきたのかわからない。
「……じゃ、もう行きます。最後に姫様と会えてよかった」
くしゃりと笑うジークに何も言えない自分が悔しかった。
きっとこれが最後になる。
弱小国とはいえ国家だ。
何の庇護なく逃げるなら、どこまでも遠く、そして下手をすれば一生逃げ続けなくてはならないだろう。
“ここ、グランジュならジークを守れる力があるのに”
だが守る大義名分がない。
護衛にも騎士にもなれず、針の筵のような状態で過ごすことになるなら――……
「ここにいればいい」
「はっ、だから私がここにいる理由が」
「私……いや、俺の側にいればいいだろう」
「ベル?」
引き留めることも引き留める言葉もないと俯いた私に飛び込んできたのは、去ろうとするジークの前に跪いて手を差し出すベルモント卿だった。
「俺の妻として、グランジュにいろ。王都の真ん中ならそうそう危なくないし、襲撃があっても対応できる。無防備な睡眠時の護衛はしてやるぞ」
「なにを言って」
「俺は冗談は好かない。ずっと前から俺にはお前だけだった、どうだ?」
「どうだって……」
“戸惑ってるジークって初めて見るかも”
豪胆で自信満々。
そんなジークがオロオロとする姿がなんだかとても可愛く見える。
「ベルモント卿がどんな縁談も想い人がいると断っていたのは確かだ」
「ベルモント卿が団長を務める第一騎士団に私もよくいるわ」
「姫様、殿下……」
ぽかんとしたジークは、思い切りガリガリと乱暴に自身の頭を掻く。
そして大きなため息を吐いた。
「女らしく、ないが」
「ジークらしくはある」
「女の趣味悪いぞ」
「惚れたもんは仕方がない」
「……なら、責任を取るしかねぇか」
「あぁ。大事にする」
ベルモント卿が差し出した手に、そっと自身の手を重ねるジーク。
嬉しそうに笑い手を取り合った二人を見て、私まで嬉しくなったのだった。
「落ち着け、俺は大丈夫だから!」
「……っ」
流れる血に動揺しパニックになる私をそのままアルドが強く抱きしめる。
「全員を確保! 拘束し自害も出来ないよう口に何か詰めとけ」
「ハッ」
「あー、道具ないし関節と顎外すか」
「やめろ、ジーク」
アルドの指示で駆け付けた騎士やベルモント卿、そしてしれっと怖いことを言いながらジークも従う。
だが私はバクバクと早鐘を打つ心臓とアルドの怪我が気になり正直それどころじゃなかった。
「でも、血、血がっ」
「腕を切っただけだ」
「腕!? 利き腕だったら剣士として致命的じゃっ」
「まぁ前線で戦ってはきたが同時に王太子だ、問題ない」
「問題ないはずないでしょ!?」
確かにいつか王座に就いたなら前線へと立ち続ける必要はないかもしれない。
だがまだ王太子なのだ。王太子という立場なら有事の際は前線に立ち軍を導く必要がある場面だってあるだろう。
“私が油断したせいで!”
いつだってそうだ。
私はいつも考えが足らず、どうなるかの結果を考えるより先に行動をしてしまう。
その結果がいいことに繋がることもあるが、反対にこうやって周りに迷惑をかけ大事な人を傷つけてしまうこともある。
きっとリヒテンベルンではそんな浅はかなところが厭われ敬遠されていた。
「私は私がダメなことを知っていたのに」
ダメだとわかっていながら、それでもなんとかなるだなんて思って行動した結果がこれだなんて。
「アルドがもう剣を握れなくなったら、私のせいで廃嫡されたらっ」
「セヴィーナ」
怪我の後遺症が残ったら、そのまま戦場に出ることになったら?
どの可能性もすべてが悪夢のようだった。
「それよりこの怪我のせいで死……」
「セヴィーナ!」
「んんっ」
怖くて、どうしたらいいかわからず呼吸が荒くなり視界が滲む。
上手く息が出来ず、止めたいのに止まらない不安が口から溢れ出していた私のその言葉を閉じ込めるように、突然アルドが唇で塞いだ。
「なっ、――んっ」
驚き慌てて離れようとするが、一瞬離れた唇がすぐにまた深く重なる。
ゆっくりと彼の吐く息を吸って肺に二酸化炭素を取り込んだからか、少しだけ落ち着いた。
「大丈夫か?」
「……皆の前なのに」
「よし、問題なさそうだ」
あっさりとそう言い切ったアルドをじとっと睨み、そしてすぐに視線を彼の怪我へと向ける。
彼自身も元々鍛え訓練を積んでいたからか、寸前で刃先をいなしていたらしく思ったよりも傷は浅かった。
“よかった、血は止まりつつあるわね”
私はそっとポケットからモニカと一緒に刺繍し呪物扱いされ渡しそびれていたハンカチを取り出し傷へ巻く。
「血がつくぞ?」
「刺繍した時に私の血が染み込んでるから問題ないわ」
「も、問題ないのか、それは……!?」
若干引いた様子のアルドにムッとするが、それと同時にいつもと同じような調子のアルドにホッとする。
そんな私の様子に気付いたのか、苦笑したアルドは怪我をしていない方の手で私の頭をそっと撫でた。
「俺はお前がダメじゃないことを知ってる」
「え?」
「さっき言ってたろ。確かに無鉄砲だし考えなしだが、それが突破口にだってなっている」
“アルド……”
「でも、そのせいで怪我を」
「この程度怪我には入らん。それにセヴィーナが考えるより先に行動してしまうなら俺がその分考える。だから俺が動けずにいたらお前は今まで通り飛び出して連れ出してくれ」
まるで諭すようにそう告げたアルドは、こほんと小さく咳払いをする。
少し彼の頬に朱が差し、何故か私は目が離せなかった。
「お前が好きだ、セヴィーナ」
「え」
「お前には俺だけで、俺にもお前だけだ。そのままのセヴィーナが俺には何より大事だから、守る栄光を与えてくれてありがとう」
「……っ!」
――それは、私が最初に言った言葉。彼と初めて約束した話。
「このままの、私?」
「さっきも言ったろ。セヴィーナが考えなしな分俺が考えるって」
「ちょっと、なんだかいい言葉のニュアンスが変わってないかしら」
「そうか?」
「そうよ!」
だが、こんな軽口が堪らなく心地いい。
ふはっと吹き出すアルドに釣られ、私も小さく笑みを溢した。
そのタイミングで、わざとらしいくらいの声でジークが口を開いた。
「そろそろこっちも見てくれませんかねぇ? 後始末残ってるんですけどぉ」
「あ、やっ」
“そ、そうよ、皆に見られてたんだったわ!?”
ハッと思った時にはもう遅く、再び顔を隠すように深くフードを被っていたジークと、完全に無視して仕事をしているダレアとベルモント卿。
アルドたちと来たらしい騎士たちは、気まずそうに顔を背けながらベルモント卿の指示で男たちを拘束して待っていた。
湧きあがる羞恥に耐えながらアルドと少し距離を取り皆の方へと向き直る。
そして拘束されている騎士の顔を改めて確認した。
「グランジュの騎士を名乗っていたけど……リヒテンベルンの騎士ね」
私がポツリとそう溢すと、ジークが頷いてくれた。
「姫様の暗殺任務で潜入しました」
ハッキリとそう口にしたのは彼らと同じローブを着ているジークだ。
そしてジークの言葉にピクリとアルドが反応する。
「それは、お前もその任務を受けて来ているのか?」
「そうですよ。ただ、勘違いしないで欲しいのは私はリヒテンベルンの騎士ではなく姫様の騎士なんで」
ジークとアルドの間にピリッとした空気が流れるが、意外にもその間に入ったのはベルモント卿だった。
「つまりジークはその依頼があるのを知って、こいつらの見張りがてら妃殿下の一番側で守ろうとしてたってことだな」
「だったらわざわざセヴィーナを危険に晒す前に倒せばよかっただろう」
「そうすると姫様に会えないんで」
“そういえばジークってベルモント卿と出会ったキッカケも道に迷っていたのよね”
どうやら土地勘云々ではなくそもそも方向音痴だったらしい。
「別の部隊がいたらどうすんすかぁ? 姫様に危険を知らせるのは大前提でしょ」
「ちょ、ジーク、アルドを煽らないで!?」
慌てて私も物理的に二人の間に割り込むと、後ろから腕を引かれてすぐにアルドの腕の中にスッポリと収まってしまう。
一体何故このタイミングで抱きしめられたのかわからず混乱していると、まるで堪えきれないというようにジークが吹き出し、私の手をそっと握ったと思ったら手の甲に口付けを落とした。
「……姫様が、愛されているようで安心しました。幸せじゃないならこのまま拐おうと思っていたんですが、杞憂だったようですね」
「な! おま――」
くすくすと笑いながら、ジークがバサリとフードを外す。
そのフードを外したジークを見て、ギシリとアルドが固まった。
「お、女……?」
「ははっ。女騎士にすら嫉妬しちゃうくらいウチの姫様にぞっこんで安心しましたよ、お、う、じ、さ、ま!」
ジークの言葉に完全にフリーズしてしまったアルドに思わず首を傾げる。
“私、言ってなかったのかしら?”
「確かに名前だけ聞くと男みたいですけどね。でも傭兵なんて仕事をしてると女にはそもそも仕事が来ないんで」
どれだけ実力があっても、女というだけで仕事の依頼が減る。それが残念ながらこの世界の事実で、だからこそジークは「ジーク」と名乗っているのだと言っていた。
「それより、ジークはこの後どうするんだ?」
当然一緒に行動したこともあるベルモント卿は最初から知っていたのか驚く様子はなく、冷静にそう尋ねる。
依頼を潰した以上ジークはリヒテンベルンへはもう帰れないだろう。
それどころか追手がかかるかもしれない。
「だったらもう一度私の……」
私の騎士に、と言おうとして途中で口をつぐむ。
今回の護衛は、私が前回浅はかなことをして名誉を失墜させてしまった第一騎士団から選ばなくてはならないからだ。
そしてその事実も気付いているのだろう、ジークも何も言わなかった。
元々傭兵だったとしても、私の元護衛としてリヒテンベルンの騎士と知られているジークが今からグランジュの騎士にはなれない。
どうしてもスパイであるという疑いがかけられるからだ。
“認められず何かある度に疑われ続ける環境なんてダメだわ”
それではなんのためにジークをリヒテンベルンへおいてきたのかわからない。
「……じゃ、もう行きます。最後に姫様と会えてよかった」
くしゃりと笑うジークに何も言えない自分が悔しかった。
きっとこれが最後になる。
弱小国とはいえ国家だ。
何の庇護なく逃げるなら、どこまでも遠く、そして下手をすれば一生逃げ続けなくてはならないだろう。
“ここ、グランジュならジークを守れる力があるのに”
だが守る大義名分がない。
護衛にも騎士にもなれず、針の筵のような状態で過ごすことになるなら――……
「ここにいればいい」
「はっ、だから私がここにいる理由が」
「私……いや、俺の側にいればいいだろう」
「ベル?」
引き留めることも引き留める言葉もないと俯いた私に飛び込んできたのは、去ろうとするジークの前に跪いて手を差し出すベルモント卿だった。
「俺の妻として、グランジュにいろ。王都の真ん中ならそうそう危なくないし、襲撃があっても対応できる。無防備な睡眠時の護衛はしてやるぞ」
「なにを言って」
「俺は冗談は好かない。ずっと前から俺にはお前だけだった、どうだ?」
「どうだって……」
“戸惑ってるジークって初めて見るかも”
豪胆で自信満々。
そんなジークがオロオロとする姿がなんだかとても可愛く見える。
「ベルモント卿がどんな縁談も想い人がいると断っていたのは確かだ」
「ベルモント卿が団長を務める第一騎士団に私もよくいるわ」
「姫様、殿下……」
ぽかんとしたジークは、思い切りガリガリと乱暴に自身の頭を掻く。
そして大きなため息を吐いた。
「女らしく、ないが」
「ジークらしくはある」
「女の趣味悪いぞ」
「惚れたもんは仕方がない」
「……なら、責任を取るしかねぇか」
「あぁ。大事にする」
ベルモント卿が差し出した手に、そっと自身の手を重ねるジーク。
嬉しそうに笑い手を取り合った二人を見て、私まで嬉しくなったのだった。
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