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第四章:たった一人の護衛騎士

32.その行動の代償は

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 ジークを探し始めて数十分。
 まだまだ序盤とはいえ成果はゼロ。

“当たり前、よね”

 そもそもジークは私の護衛になる前はお金で何でもする流れの傭兵だったのだ。
 ジークに依頼される内容は当然お綺麗なものばかりではなく、だからこそ『生きていればそれで勝ち』という誰よりも泥臭い戦闘スタイルが完成したのだろう。

 そしてそんなジークが、綺麗な世界だけではなく裏の世界も知っているジークが本気で姿を眩ませたならば。

「普通に探しても見つからない、わね」
「えぇ。痕跡すら見つかりませんね」

 ぽつりと呟いた言葉にベルモント卿もすぐさま同意してくれる。

「やはりどうしてジークがここにいて、そして消えたのかを考えないと厳しいですね。妃殿下、ジークを見かけた時に何か違和感などはありませんでしたか?」

 考え込むようにそう言われ、私も彼と同じように思考を巡らせた。

 相手の目的がわかれば必然的に居場所のあたりもつけられる。
 些細なことでもいい、ジークが普段と違ったところは何かなかったか。もしあったならそれはどんなことだったのか――

「…………」

“わっかんないわね”

 だが、残念ながらどれだけ思い出しても何も思い当たらなかった。

「顔を隠しているようだったから見つかりたくないんだとは思うんだけど、今欲しいのは隠れ場所だとかここに来た理由とかだものね」

 しかしジークを見かけたのはほんの一瞬のことで、それ以上の情報はない。

“そもそもジークは誰から隠れたかったのかしら”

 私だというのならば、そもそも選抜大会の会場には来ないだろう。
 グランジュの騎士だという場合も同様だ。こんな騎士だらけの場所には足を運ばないはず。


「わからないことを考えても仕方ありません。では逆に確定しているところから考えてみましょうか」

 頭を悩ませながらうんうんと唸っていると、ベルモント卿がそんな提案をした。

“逆転の、発想……”

 どこに隠れているのかも、何故ここにいるのかもわからない。 
 探す方法がない。

 そこから逆転させるとすれば。


「ジークは、私からは隠れてないはずよ」
「妃殿下?」
「そして多分グランジュの騎士からも隠れてないわ」

 思いついた方法はひとつだけ。
 だがそれは王太子妃としてきっと選ぶべきではない選択。

「最初に謝っておくわ」
「はい?」
「ごめんなさい。私、王太子妃としてちょっと最低なことをします」

 そう前置きをすると、サァッと青ざめるベルモント卿が目に飛び込む。
 誰よりも早く、何よりも大事な人を見付けるにはこの方法しか思いつかなかったのだ。

 ――自身を、囮にすることしか。

 
“私がグランジュへ輿入れする時に、ジークは約束してくれた”
 
『もし何かあればいつでもお呼びください。私はこれからもずっと、姫様だけの騎士ですから』と。

 ならば呼ぶまで。声の限り。


 私は肺いっぱいに酸素を吸い込み、一瞬息を止める。
 そしてお腹の底から声が出るように肩幅に足を広げ、大声で叫んだ。

「ジークッ!!」
「!?」
「ジーク、ジーク、ジークゥッ!」
「ひ、妃殿下! ……っ、お下がりください!」

 選抜大会の会場に民衆が集まっているからか、さっきまで全然人通りがなかった路地に私の声が響いたと同時にジークが被っていたのと同じローブを着た何者かに囲まれる。

 すぐに剣を抜いたベルモント卿が私を庇うように一歩出た。
 
“相手は六人、対して私たちは二人……ううん、足手まといを抱えたベルモント卿一人ね”

 選抜大会をすでに敗退してしまった私は残念ながら武器の帯剣はしておらず、そのことを悔やむ。
 武器ももっていない私は明らかに足手まといだった。

「何者だ?」
「グランジュの騎士だ」
「嘘だな、構えが違う」

 動揺することなくあっさりとそう口にするベルモント卿と、どこか馬鹿にしたように鼻で笑う相手。
 その余裕は、この人数差から来るのだろう。

“でも、絶対に大丈夫”

 いくら第一騎士団団長という立場の彼でも、守りながらこの人数を相手にするのは厳しい。
 それでも私はそう確信をしていた。

 だってここに敵が現れたということは。


「お姫様らしく守られてるなんて、成長しましたねぇ。セヴィーナ姫様!」

 私とベルモント卿を囲んでいた男たちを飛び越えるように屋根から飛び降り、私の後ろに着地した誰かが笑いながらそう口にする。
 相対していた男たちと同じローブを被って顔を隠していたそのフードがふわりと外されると、長いこげ茶色の髪を乱雑にひとつに束ねた髪が露になった。

「ジーク!」
「なっ!?」
 
 突然の乱入者に驚いたのは相手側だけだった。

「相変わらず無茶なさる」
「遅かったじゃない」
「これで二対六か、勝てる気しかしないな」
「いいえ、三対六よ!」

 ははっとベルモント卿が吹き出し、ジークが腰に差していた二本の剣の一本を渡してくれる。

「斬りこみにはいかないでくださいよ」
「善処するわ」

 そこからは一瞬だった。
 大胆な振りで薙ぎ倒すように走り回るジークをフォローするように美しい剣筋で確実に倒すベルモント卿。

 二人の合間を縫って突撃して来た敵と相対するつもりで私も剣を構えていたのだが、想像以上に連携が取れている二人のお陰で特にすることはなく、あっという間に六人全員が地面に倒れていた。


「リヒテンベルンの騎士だな」
「あぁ」

 鞘に剣を収めながら冷静に分析するベルモント卿を頷いて肯定するジーク。

“でも、どうしてリヒテンベルンの騎士が私を?”

 私が気に入らないグランジュの人間はまだ沢山いるだろう。
 特に貴族の中には多く、私を消して自身の娘をと狙ってる人だっているかもしれない。

 だがリヒテンベルンからすれば、私を消す理由はないはずだ。

「私を捕まえて何かしらの情報を得るのが目的かしら……」

 人質が重要な情報を持っているとは思えないが、私とアルドの仲が比較的友好だという情報が流れていたのならばその可能性もあるだろう。
 
 しかしどこか釈然とせず、私はつい警戒をといて考え込んだ、その時だった。


「セヴィーナ!」
「え?」

 強く手を引かれ、視界が何かに塞がれたと思ったら、ガキン、と大きな音がその場に響く。

 何が起こったのかわからず、呆然とする私はパタパタと足元へ落ちる血痕に気付き愕然とした。

 音が遠く、感覚が鈍い。
 まるで時が止まったような錯覚をした、そんな私に聞こえてきたのは一際優しく温かいアルドの声。

「怪我はないか?」
「あ、アルド……?」

 にこりと笑うアルドの体に無意識に腕を回し、手のひらがぬるりとした何かに触れる。
 手に触れたソレは、ただただ赤く私の手のひらを一瞬で染め上げた。

「く!」
「うあぁぁ!」
「殿下!」
「ちっ、悪あがきしやがって……!」

 色んな人の声が聞こえ、消える。
 上手く理解が出来ない。

 何が起きたの。
 どういうことなの。

 この血は、今アルドから流れて――……

 
 一瞬で私の手を赤く染めたその血のように、私の視界も絶望で赤く染まったような、そんな気がした。
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