上 下
17 / 43
第三章:次にするべきは

16.迷探偵?いいえ、名探偵だと思うのだけれど

しおりを挟む
 王女殿下といえば、社交界の咲き誇る花
 そんな中心人物であろう彼女を味方につけられたなら、これ以上心強いことはない。

 もちろん私のような例外的王女だっているだろうが、見たところそんなこともなさそうだ。

“それにやっぱり、アルドの妹だもの。仲良くしたいわ”

「彼女を落とす……こほん、味方につけるにはやっぱり彼女の悩みを解決して仲良くなるのが手っ取り早いと思うのよね」

 王女こその悩み。
 祖国では冷遇されていたとはいえ、私だってこれでも王女のはしくれなのだ。

 同じ目線で考えられるということはそれだけに強みがある。
 つまりこの作戦は勝ち確と言っても過言ではないだろう。

「そして私は王女の悩みに気付いてしまったのよ」
「え、お嬢様がですか?」

 私の発言に少し驚いたような表情になったミィナだが、すぐに何かを思い出し納得したように頷いた。

「昨日の彼女を見てすぐにわかったわ」
「まぁ、確かにわかりやすいといいますかみんな知ってるとも言えますもんね」
「えぇ、彼女は政略結婚に嫌悪感を抱いていた」
「そうですね」
「つまり、恋をするのが怖いのよ!」
「違いますね」

 私を頑なに拒絶し祖国へ帰したかったのも、政略結婚をした兄の為なのだろう。
 この政略結婚という義務が終わった後ならば、次は愛した人と一緒になれると思ったのかもしれない。

“だからアルドも、最初はこの結婚を無かったことにしようとしていたのかも”

「誰かいい男性を紹介してあげられればいいんだけれど」
「いえ、ですので違いますって」
「でも王族の結婚に自由恋愛はないわ。出来ることといえば政略結婚をした相手を愛する努力だけなの」
「それはそうですが根本がですね」
「恋は素晴らしいのだと知って貰えれば、その恐怖心はなくなると思うのよね」

 意気揚々と説明する私に、段々げんなりとした表情になるミィナ。
 きっと目の前でアルドといい感じになっている私を見たから、恋が怖いものだという可能性を疑っているのだろう。

“でも、政略結婚で愛し合える方がやっぱりレアなのよね”

 だからこそ愛人を連れて来てもいいとすら言われたのだから。

「けれど、いつ政略結婚が決まるかわからないのに好きな人を作ってしまったら、別れがしんどいわよね……」

 最もいいのは政略結婚の相手を好きになることだが、そうなったとしても結果論。
 政略結婚のイメージアップには繋がらない。

 ――と、なれば。

「やっぱり私が男になるしかないわね?」
「は?」
「私を男として好きになって貰い、恋愛の良さをわかって貰うのが正解だわ!」
「えっ、えっ」

 夫のいる私ならば身元もハッキリしている。
 ただの思い付きだが、ただの思い付きとは思えないほどいい考えだと思えたのだが。

「何もかも間違っておりますから……!」

 ガシッと私の両肩を掴み、大きく顔を左右に振りながらミィナがそう言った。

「え、そんなことはないと思うんだけど」

 なんてギリギリまで粘ってみるが、どう説明しても頷いてくれない様子に私の方が折れる形となった。


 
“観察しろって言われたけど”

 気配を消して王女の後をつける。
 ミィナは気配を消せないので、私一人で彼女の後を追い驚いた。

「私のこと、気付いてるわね」

 気配を消す能力には自信があったのだが、クリストフ卿はそんな私の場所を正確に把握しているようだったのだ。
 不幸中の幸いなことに、私自身に害意がないためか私の存在のことを彼女に伝える気はないようで安心する。

“というか、ほとんど会話がないわね”

 二人で図書室に行き、王女が本を読んでいる間は彼女の斜め後ろに立って護衛。
 王城の庭園を散歩する時は、王女の前方を歩き護衛。

 王女が私室へ入った時は扉の前に立って護衛。

 その間の会話といえば、「今日は風が強いわね」と言った彼女に対し「そうですね」と返したこの一言のみだったのだ。


 ミィナとかなり気安く喋っている私がどう考えてもおかしいとはいえ、流石にこれは少なすぎるのではないだろうか。

“私だったら息が詰まりそう……!”

 リヒテンベルンにいた時には私にも専属護衛がいた。
 私の剣の師匠でもあるジークとだってもっと会話をしていたのに、彼女たちの関係はこんなにも殺伐としているだなんて。

「やっぱり日常がこれではせめて結婚くらいはと夢見るのも仕方ないわね」

 もちろんそう判断したのは会話からだけではない。
 王女の顔が常に赤かったのだ。

 クリストフ卿が歩くだけでほうっと息を吐き顔を赤らめるその様子は、彼女の心情が一目瞭然だった。

 
「どう見ても怒っていたわ」
「はぁ?」

 一日観察を終えてミィナに報告がてら私の推理の結果を伝えると、半眼になって目元をピクピクとさせた。

“さ、流石に不敬すぎないかしら?”

 もちろん罰するつもりはない。
 まるで昔からの友人のようで、むしろ私としては楽しいという気持ちの方が強いからである。

 それに私の元に侍女長すら来なかったその理由が王女殿下の命令だったのだ。
 主ともいえる彼女からのその命令に背いてまで今目の前にいてくれていることが私には何より嬉しかった。

“とはいえ、私の推理を否定するのは許さないわ!”

 この目でみた真実を告げたのである。
 私自身この推理には自信があったこともあり、ここは今度こそミィナに信じて貰わねばと気合を入れた。

 
「いい? クリストフ卿以外誰も連れずに歩いていたの、しかも顔を赤くしながらよ。その場に彼しかいないのだから、怒りの対象はクリストフ卿で間違いないわ」
「もし本当にそうなら途中からでも侍女を一緒に連れて行けばいいんです。それなのにクリストフ様しか連れていないということは二人っきりでいたいってことなんですよ」

 私の見た状況から推測した王女の心情を告げるが、あっさりとそう言い返されて一瞬口ごもる。
 だが、私が見たのはそれだけではない。
 
「それに私室に入った王女はすぐに出て来たわ。扉の前で待たれているのがプレッシャーだったからよ!」
「いいえ、早くクリストフ様の元に戻りたくて急がれただけですよ」

 またもあっさりそう返され私は思わずうぐぐと唸った。
 けれどまだだ。まだ、まだ私が見て感じたことは他にもある。
 
「た、ため息だって吐きっぱなしだったわよ! 嫌いな人といることが苦痛で自然とそうなったに違いないの!」
「い、い、え! それはため息ではなく感嘆の吐息ですよ! 好きな人と過ごして自然とそうなってるんですよ!」
「す、好きな人ですって……!?」

 これぞ状況から導き出した真実なのだと断言した私とは正反対のことを断言したミィナのその勢いに思わず後退りしてしまう。
 そしてミィナの導き出した私とは正反対のその解答に驚愕した。

“そんなバカな!”

「わ、私の見立てでは絶対嫌いなんだと思ったのに!」
「ご自身の恋愛レベルを見直してください! モニーク王女殿下がクリストフ様に恋をされているのは最早この王城内では知らない使用人がいないほど有名な話なんですよ!」
「うっそぉ!?」
「好きな人がいるのに政略結婚しなくてはいけない、そして兄君である王太子殿下が政略結婚を受け入れたのなら、次は王女殿下の番なんです。だからあんなに過剰反応だったんですよ」
「もしアルドの政略結婚が潰れれば、自分の政略結婚も潰してまた好きな人の元に戻れるという希望を見いだせるからってこと……?」

 呆然としながらミィナに教えられた内容から導き出した答えを口にすると、やっと大きく頷いてくれた。

 
「で、でも、アルドが政略結婚をしたのだから妹である王女まで政略結婚に縛られる必要はないんじゃ」

 なんて思わずそう口に出して慌てて閉じる。

 確かにアルドの政略結婚が国にとって有益なものなのであればその可能性もあるのかもしれないが、彼の結婚相手はリヒテンベルン。
 どこかの国にそそのかされて大国のグランジュへと小競り合いを仕掛けるしかできない弱小国家だ。

 そもそも私との結婚が有益だったのであれば私は名実ともに王太子妃であり人質妻ではなかっただろう。


 ――それに。

“クリストフ卿は伯爵家の次男と言っていたわ”

 そして兄が伯爵家を継ぐことがすでに決まっているのだとも。

 万が一彼が伯爵家を継いだのであれば彼らが結ばれる未来もあったのかもしれないが、爵位のないただの護衛である次男と王女では釣り合わないのだ。

「そういうことだったのね……」

 政略結婚を潰したい理由は、自分では叶わない幸せな恋愛結婚をせめて兄にはして欲しかったというのもあるのかもしれない。
 だからあんなにも必死に足搔いていたのかもしれないと、そう思ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

処理中です...