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プロローグ:夢見たその先
プロローグ:人質姫は、夢を見る
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大国グランジュから、隣国とはいえ弱小国家のリヒテンベルンへと婚姻の申入れがあったのは、隣国という立地を理由に他国から唆されて正直嫌がらせレベルの小競合いを仕掛ける我がリヒテンベルンへの警告だろう。
「セヴィーナ姫様、本当に誰も連れず一人で行かれてしまうのですか?」
「そうよ。誰かを、……ジーク、あなたを私の巻き添えで処刑になんてさせるわけにはいかないもの」
侵略ではなくあくまでも婚姻という形での同盟を求めたのは、圧倒的な軍事力を見せつけその他の国を警戒させるより、グランジュ側からすれば何一つプラスにならない婚姻を選んだことで無意味な戦争はしないという意思表示。
もちろん、また何か仕掛けてきたらお前の娘は首だけにして送り返すぞ、という警告でもある。
――つまりはただの人質だ。
“それをわかっているから、お父様……、いえ、陛下は”
「それに何故姫様が行かねばならないのですか! この国には姫が三人もいるのに何故三女のセヴィーナ姫様が……っ」
「それは、私が自ら望んだからよ」
「姫様が?」
私のその言葉にジークが唖然として目を見開く。
私が人質として単身敵国へと向かうことを心から心配し嘆いてくれているのはジークだけなのだから。
リヒテンベルンには男児がいない。
今度こそ、と期待された三番目である私もまた女児だったからだ。
可愛がられた二人の姉とは違い、流石に三人目はがっかりとされたのだろう。
明らかに姉たちとは違う待遇だったが、それでも子は親の愛を求めるもの。
姉の真似をして着飾ってもダメならば、求められていた男児に近くなるべく体術を学び剣術を磨いた。
いつか私のことも見てくれるのだと信じて――
“試そうなんてした罰だわ”
『お前たちをそんな危険な目にあわせる訳にはいかない』と嘆く両親と、『恐ろしい』と涙を流す姉たち。
もしかしたら、私のことも心配し引き留めてくれるのではないかと思ったのだ。
お前を行かせるなんてしない、と言ってくれるかもしれないとそう期待した。
“まさか『そうか、行ってくれるか』だったなんてね”
ハッと思わず鼻で笑ってしまったが、淑女らしくないと顔をしかめる相手ももういないから構わない。
「逃げませんか、セヴィーナ姫様」
国境近くまで送ってくれたジークが突然馬を止めてそんなことを口にする。
国境では、グランジュの騎士たちが出迎えに来てくれている手筈だった。
“確かに逃げるなら今が最後のチャンスだけど”
ジークのその言葉だけで、私の心は救われたと思うほど嬉しかったから。
「巻き込む気はないって言ったはずよ」
「ですが!」
「それに必ず殺される訳じゃないもの。人質ってものは生きていてこそだしね」
“それでも、リヒテンベルンがまた何かをやらかしたらわからないわ”
だが、ちょっと大国のグランジュから睨まれただけであれだけ震えていたのだ。
だからきっと、それはすぐじゃない。
「私を精神的にも肉体的にも鍛えたのはどこの誰かしら?」
「……平民出の傭兵崩れのくせに一国の姫君の護衛騎士に抜擢された私ですかね?」
「そうよっ、師匠! 安心してよ、相手は嫁として貰うって言ってるの。つまり私の家族になるのよ!」
自国では得れなかった家族の愛を、もしかしたら――
「もし何かあればいつでもお呼びください。私はこれからもずっと、姫様だけの騎士ですから」
「えぇ、ありがとう。……いってきます」
「……はい、姫様」
ジークにそう告げた私は馬から飛び降り、リヒテンベルンへ背を向けグランジュを真っ直ぐ見つめる。
王族の輿入れが単身徒歩でだなんて前代未聞だが、それでも国境で迎えてくれたグランジュの騎士たちへと精一杯の笑顔を向けた。
「はじめまして、こんにちは。私はセヴィーナ・リヒテンベルン。王太子、アルド・グランジュ殿下へと嫁ぐためにやってきました」
歓迎されないことなんてわかっている。
それでも私は、今度こそ家族の愛を感じてみたいから。
「どうぞ、よろしくお願いいたしますね?」
「セヴィーナ姫様、本当に誰も連れず一人で行かれてしまうのですか?」
「そうよ。誰かを、……ジーク、あなたを私の巻き添えで処刑になんてさせるわけにはいかないもの」
侵略ではなくあくまでも婚姻という形での同盟を求めたのは、圧倒的な軍事力を見せつけその他の国を警戒させるより、グランジュ側からすれば何一つプラスにならない婚姻を選んだことで無意味な戦争はしないという意思表示。
もちろん、また何か仕掛けてきたらお前の娘は首だけにして送り返すぞ、という警告でもある。
――つまりはただの人質だ。
“それをわかっているから、お父様……、いえ、陛下は”
「それに何故姫様が行かねばならないのですか! この国には姫が三人もいるのに何故三女のセヴィーナ姫様が……っ」
「それは、私が自ら望んだからよ」
「姫様が?」
私のその言葉にジークが唖然として目を見開く。
私が人質として単身敵国へと向かうことを心から心配し嘆いてくれているのはジークだけなのだから。
リヒテンベルンには男児がいない。
今度こそ、と期待された三番目である私もまた女児だったからだ。
可愛がられた二人の姉とは違い、流石に三人目はがっかりとされたのだろう。
明らかに姉たちとは違う待遇だったが、それでも子は親の愛を求めるもの。
姉の真似をして着飾ってもダメならば、求められていた男児に近くなるべく体術を学び剣術を磨いた。
いつか私のことも見てくれるのだと信じて――
“試そうなんてした罰だわ”
『お前たちをそんな危険な目にあわせる訳にはいかない』と嘆く両親と、『恐ろしい』と涙を流す姉たち。
もしかしたら、私のことも心配し引き留めてくれるのではないかと思ったのだ。
お前を行かせるなんてしない、と言ってくれるかもしれないとそう期待した。
“まさか『そうか、行ってくれるか』だったなんてね”
ハッと思わず鼻で笑ってしまったが、淑女らしくないと顔をしかめる相手ももういないから構わない。
「逃げませんか、セヴィーナ姫様」
国境近くまで送ってくれたジークが突然馬を止めてそんなことを口にする。
国境では、グランジュの騎士たちが出迎えに来てくれている手筈だった。
“確かに逃げるなら今が最後のチャンスだけど”
ジークのその言葉だけで、私の心は救われたと思うほど嬉しかったから。
「巻き込む気はないって言ったはずよ」
「ですが!」
「それに必ず殺される訳じゃないもの。人質ってものは生きていてこそだしね」
“それでも、リヒテンベルンがまた何かをやらかしたらわからないわ”
だが、ちょっと大国のグランジュから睨まれただけであれだけ震えていたのだ。
だからきっと、それはすぐじゃない。
「私を精神的にも肉体的にも鍛えたのはどこの誰かしら?」
「……平民出の傭兵崩れのくせに一国の姫君の護衛騎士に抜擢された私ですかね?」
「そうよっ、師匠! 安心してよ、相手は嫁として貰うって言ってるの。つまり私の家族になるのよ!」
自国では得れなかった家族の愛を、もしかしたら――
「もし何かあればいつでもお呼びください。私はこれからもずっと、姫様だけの騎士ですから」
「えぇ、ありがとう。……いってきます」
「……はい、姫様」
ジークにそう告げた私は馬から飛び降り、リヒテンベルンへ背を向けグランジュを真っ直ぐ見つめる。
王族の輿入れが単身徒歩でだなんて前代未聞だが、それでも国境で迎えてくれたグランジュの騎士たちへと精一杯の笑顔を向けた。
「はじめまして、こんにちは。私はセヴィーナ・リヒテンベルン。王太子、アルド・グランジュ殿下へと嫁ぐためにやってきました」
歓迎されないことなんてわかっている。
それでも私は、今度こそ家族の愛を感じてみたいから。
「どうぞ、よろしくお願いいたしますね?」
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