巻き込まれた薬師の日常

白髭

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鎮守と毒性

第114話 精神

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 族長からの報告は、エリスさんからの話とほぼ同様だった。移住から始まり、主食の毒性。集団の継続性。これ以上の移動は里全体としては望んでいないこと。このまま何もしないと、緩慢な滅びの過程に向かっていることを族長としてかなり危惧しているなどだ。

「会って初日にする話ではないな。明日にでも作っている工程のところに行くように手配をしておく」
「大変だったのですね。少しでもお力になれればと思います」
「期待はしているのだがな。期待しては落胆するの繰り返しなのだ。最近は諦めてポーションを頼り、現状維持となれば良いと思う様になった」
 さっきの交渉事から、この話になると一転、憔悴しきっている族長だ。これ以上はもう、すまんな、と言って、族長は退出していった。エリスさんも共に気になるから、と後を追って退出する。

「こっちに来てからいろいろな葛藤があったのだ。この100年を思い出したのだろう。明日には立ち直る思う。ワシの時もそうだったからな」
 パラケルが族長のフォローに入る。
「あやつも里の将来を案ずる身。常に移動は間違っていたのではないかと、自問自答しているのだよ。それも長きに渡って。今日はそっとしておいてくれ」

 以前に酒を飲んでいた身としては、しんみりと飲みたい気分に違いない。とテーブルの上に置いてあった銘入れの方の酒を主様に渡す。
「これから紹介しようと思っていました、アクアヴィーテ[ロセアスティル]です。祝いの時に出そうと思っていました。逆に、このような時でも良いかもしれません。飲みすぎないように話題を忘れさせてあげましょう。もう一つは、本当の祝いの時にお試しください」
「悪いな、妾も彼女が気になるので向こうで味わうとする。このお礼はいずれにでも」
 主様も中座してしまった。これでパラケル爺さんと、自分の二人きりだ。客身分だけだけど・・・
「皆、介抱しに中座してしまいました。パラケル爺さん、どうしましょう?」
「大丈夫だ。まあ、ゆっくりしよう。後少ししたら、屋敷付きのフォミトリアが戻ってくるだろう。最近はこの調子とエリスから聞いている。落ち込むことが多い様だな」
 一方で黙々と食べていた三人の妖精は、偉い方が居なくなったのか、ようやく喋り出す。
「最近はこっちに戻ってくるとあんな感じ」
「今日はまだマシだよ。お客さんがいるからね」
「たまにはしんみり飲みたい時もあるよね」
 後の時間はのんびりとクリスプスストラタムを堪能する。しばらくするとエリスさんが戻ってきた。
「ごめんなさい。ここを離れてしまって。母はようやく落ち着いたわ。あの話をすると最近は駄目なの。自分の不甲斐なさを認めているようで落ち込むのよ。今は落ち着いて主様と二人で飲んでいるわ」
「そうなんですね。さっきまで元気にふるまっていたのに。びっくりしました」
 通常、尋ねてきた客分であるパラケル爺さんと自分を置いて、主人が席を離れることは無い。相当精神が参っているの違いない。
「さて。ここにいる必要はないわ。妖精達もクリスプスを食べたでしょう。ゆっくりできる客間に移動します」

 茶会は終了となるようだ。部屋の端にはフォミトリアさんが待機していた。片付けはフォミトリアさんが行うらしい。だいぶ体調は取り戻しているように見える。ポーションを服用したに違いない。
 族長の家には、棲家とは別に複数の離れがあり、客人の滞在が可能になってるとのことだ。パラケル爺さんは里に長期滞在をしたことがある。その時にエルフの感知の魔導具の開発をしたようだ。その対価として魔術師と共にポーションの改良をしていたようだ。その関連で現在のポーションの供給まで担っている。パラケル爺さんとしても里と繋がっているようだ。

「懐かしいな。またここに泊まることになるとはな」
「明日にでも出迎えにきます。夕食もフォミトリアが持ってくると思うわ。のんびりしていて」
 間取りとしては、十二畳くらいの二部屋に備え付きのキッチンと言った感じか。それほどヒト族の棲家とは変わらない。こちらの部屋には木でできたソファーが、続きの部屋にはベッドが二つ揃って置いてある。
「出番は明日だ。今日は宿があるだけマシと考えてゆっくりとしよう」
「そうですか・・・どんよりしていますね。集落自体が、何か活気がないというか」
「ヒト族とは異なるからな。長命種の宿命かもしれない。だから必要なんだよ、喜怒哀楽を起こすことがな。良かっただろ我々が来たのも、手紙を書いたことも。たまには感情を発散させることも必要なのだ」
「そうですか。長命種も大変なのですね。明日の作業はどうなるやら」
 その後は人族に合わせた夕食が用意され、早めに就寝することになった。

 **エリス視点となります。ご注意ください****

「母さん、仮にもお客さんを放っておいてどうするのよ!いくらなんでもありえないわ!」
「そうは言っても、もう族長として失格なの。もうダメかもしれない」
「ようやく希望が来たのにどうしたのよ、願っていたでしょ。[界上]の薬師を」
「これでダメなら、もう希望がないということでしょう?怖いわ。見た目では、ヒト族の平均的な少年としか見えない。解決できるとは思えなくなってきたわ」
「それは主様から説明があったじゃないの?憑依したアニマの年齢はわからないと。こちらにきて半年しか経っていないけど、作成物は見た?こちらの魔術師と比べるとかなりの習得をしているわよ」
「ポーションくらいは私たちにも作成できるじゃない?」
「1ヶ月しか保存が効かなかったポーションを3年。品質は特級。もう我々の作成していた域に達している。パラケルの支援があったとはいえ、ハイポーションの作成まで成功しているのよ。さらに、サナーレウンゲン治癒軟膏なる別の特化ポーションまで作成しているわ。それらを作るのに専門の魔導具開発も成功させているのよ」
「ヒト族のパラケルクラスの魔導師は過去にも来たわ。でも改善しなかった」
「加えて彼は、ポーションからの解決手段は間違っているようなそぶりを見せているわ」

「えっ? 今までの手段・手法は間違っていたと?」
「彼は昨日まで現状のポーションの欠点に気づいていなかった。パラケルを始め、ヒト族は、誰も教えていなかったのよ。接触する人間も少なかったみたいだし。彼は薬師として少し落ち込んでいたわ。ポーションとして万能であるものが、万能ではないと悟ったから」

「万能であるが故に困ることもあるのよ。散々困ってきたわ」
「それから彼は、視点を変えていくつか質問をしてきた。だいぶ掴んでいたように思える。私は期待しているわ。明日はそれに賭けるしかないわね」
「少しは希望が持てそうね・・・」
 気分が持ち直しつつある母親だ。もう、本当に強い族長としてふるまってもらわないと困る。

 主様もこちらにきたようだ。族長の体調を危惧したのだろう。
「体調は大丈夫か? そうか、少し持ち直したか。[界上]の知識とやらにかけるしかあるまい。ダメなら、妾が一人で残れば良いことだ。皆が犠牲になる必要はない」
「でも・・・」
「お前たちは充分に苦しんだよ。あとは妾の番だ」
「明日、加工を見せます。それでダメなら、この里を放棄し、ヒト族に頼りましょう」
「ああ。また場所も人も離れるのはきついわ。テトラもエリスも」
「少し向こうにあったものを持ってきた。落ち着け。パラケルとレッド少年の渾身の作の様だぞ。妖精推薦の[ロセアスティル]」
「また祝いの席にはもう一つの新作を出すといっていたわ。新しい希望を持ちましょう」
「エリスは本当に強くなったわ・・」
「母さんも族長を降りるにはまだ早いわ。もうちょっとだから辛抱しましょう」
「そうだぞ。まだ別れるとは決まってはいないのだ。明日、彼に賭けようではないか」
「ゆっくりと味わってまた明日への活力としましょう」
「そのようだな。明日に再度期待しよう」

 解決が見えない問題に族長も憔悴している。早く解決させてあげたいのは自分も同じだ。
 *******

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