巻き込まれた薬師の日常

白髭

文字の大きさ
上 下
99 / 174
酒精と層菓

第98話 華油

しおりを挟む
 家に帰る間に、午後の計画を立てる。試作品は概ね良好だった。三人の驚く様をみるに上出来なのだろう。こっちの素材は味が濃いと感じる。ホーミィー村だからか?舌が鋭くなっているのか?両方と考えておこう。
 パストリクリスマは家鴨卵と羊乳の組み合わせだ。ノヴァクリスマ単独でも濃厚で充分美味しかった。美味しい2つをかけ合わせると、さらに美味しくなるのは当然だろう。むこうでも好きだったのを思い出した。
 クリスプスに仕上げるのにもう少し工夫ができないか? トッピングでの定番のチョコレートは無い。カカオがあれば、スキルの恩恵で工程は読める。物の入手は今後の課題。非常に残念だ。ベルナル家の台所にあったのは糖蜜。樹液から取れる濃厚なシロップだ。あとは砂糖。これは粉に加工だ。乳鉢と乳棒があれば粉砕して粉雪のようにできるだろう。皿に盛り付けるときに、パラケル家用に装飾したものを用意しようと企む。

 計画を思いついたときは、クリスプス生地に卵が無い状態での作成と思っていた。薄い生地を予定していたのだ。予想外に卵の調達ができた。卵があれば生地をモチモチに仕上げられる。そうだ!モチモチの生地とアレを組み合わせたら、どうだろう。生地メインのモノが出来るではないか!よし、この線も進めよう。

 マリンは9歳の女子。お手伝いとか料理に目覚める時期。生地の作成とトッピングができれば満足するはずだ。自分が主で率先してやりたい年頃だろう。火を使うのは隣で見ておけば何とかなると思う。
 実家のコンロもパラケル製の魔導コンロだ。魔調整はしていないので性能はそれなり。生地を焼く分には問題ないだろう。

「ただいま」
「あら。レッド。どう?下準備は大丈夫?母さん手伝うことあるかしら?」
「パラケル爺さんに聞いたんだけど、ギー油はある?」
「あるわよ。炒め料理で使うものね。・・これよ」
 台所から蓋付き瓶を渡される。蓋をぱかっと開けて匂いを嗅ぐ。バターのような香りが薄い。酸化臭はない。品質は問題ないと判断した。
「今回使わせて。卵と羊乳はもう少し貰えるかなぁ」
「いいわよ。家鴨の産卵期はもう少しで終わるわ。まだ余裕がありそうだったから大丈夫だと思うわ。もらえるだけ貰っておけば良い?」
「お願いするよ。他にも作りたいものがあるから」
「!?いいわ!母さんに任せて」
 荷物を整理し、母親は手早く外出していく。あれ?母さん、店番はいいのか?代わりに店番を交代するしかない。少し休憩するか。ふぅと一息つく。

 クリスプス作りの生地を思い出す。粉100g、砂糖10g、羊乳200mL、卵一個といったところか。5枚程度作れる生地量だろう。続いてノヴァクリスマ用に、勢いで作ったバニラエッセンスを思い出した。【物質鑑定】にてチェックする。
【*バニラチンキ。別名;バニラエッセンス。普及品。40%酒精浸漬液。芳醇な甘香。各種錬金材料。魔素含。各種効果増強。[増強支援;4。特級品;10。加工;酒精素材至適+2。原料保管条件;劣化要因有-8。計普及品判定]】
 おおっ!バニラチンキ!そうか、チンキ剤!製剤《クスリ 》の一種だ。乾燥生薬を酒精で浸漬するとチンキ剤となるのだった。知識として持っていたが、料理となると想定外だ。バニラは、浸漬液として薬判定されている。パラケル爺さんから渡された材料は錬金素材だった!各種増強効果は気になるところだ。増強なので単品だとそれほど効果がないかもしれない。
【製薬】スキルの影響なのか、祝福の影響なのかはわからない。[]書きが詳細となっていた。主に等級の判定の様だった。今までは出てこなかった判定要因が出ている。

 今回は保管条件が悪かったらしい。漬け込んだ酒精と酒精値が良かったから、適切と判定されたようだ。総合して普及品となったようだ。酒の品質が悪ければ今回の発見にはならなかっただろう。渡されたバニラは魔素がかなり抜けていたものだったのだろう。香料としての利用しかなかったので仕方がない。
 バニラチンキの効果は各種効果の増強とでている。やけに反応が良かった原因は、バニラチンキの効果か?ノヴァクリスマの効果を嵩増ししたのか?錬金素材と食材を掛け合わせると美味しさに繋がる?そもそもバニラエッセンスを入れる目的と重なる。あとで検証が必要だろう。

 バニラチンキの効果を考えていたところ、マリンが帰宅してきた。お友達付きだ。同伴してきたようだ。
「レッド兄様。教会でお友達に話したの。一緒にお菓子作りしたいって。いいかなぁ」
 おいおい、連れてきてから言われたら承認一択ではないか。ここで断ったら鬼兄認定されてしまう。
「・・・ああ、いいぞ、材料は大丈夫だと思う。ただ器具が足りないかな。それぞれ持ってきてないかなぁ。まだ作らないよ。母さんが追加の食材を取りに行っている間によろしくね」
「やったぁ。みんなでできるって」
「レッドさんありがとうございます」「よろしくお願いします」
 細工職人の娘のローズと鍛治職人の娘のフローラだ。どちらも妹と9歳の同じ歳だ。こちらは数え年だ。次の松の月にみんなで年齢を重ねる。二人とも茶色い色の髪の毛にボブカット。ワンピース姿。ホーミィー村の子供の格好だ。改めて見るとフローラの方が少し背は大きいな。
「はあはあ、間に合ったかしら?このくらいで良い?」
 予想外に早く帰ってくる母親。見る限り、羊乳は3L。卵は10個追加でもらってきたようだ。
「母さんありがとう。追加で作るときに使用しますね」
「店番をしながら、ちょくちょく見させてもらうわ」

全員揃った所で開始となる。料理教室の時間だ。母親はこちらをチラチラ見ながら店番をしている。店の裏手がキッチンなのでできることだ。
「今日作るのはクリスプスというお菓子です。小麦粉で作った薄い生地に果物を乗せます。クリスマで各々装飾します」
「クリスマ?なにそれ」
「羊の乳で作った物です。午前中にパラケル爺さんの家で試作しました。これは時間がかかるので先に作っておきました」
「パラケル爺さんの家かぁ。最近よく行くね」
「なんか楽しそうに2人でなんか作っているみたい。両親が話してた」
「玉みたいなものを依頼されて延々作らされるから大変みたい。父が話していました」
ホーミィー村では話題が少ない。関係ないところでいろいろ噂になっているようだ。

さあ、気持ちを切り替えていこう。料理教室の開催だ。
「はい。おしゃべりはいいかな?皆で一緒に作るのは生地。果物のカット。生地を焼くことです。終わったらそれぞれ楽しく装飾です」
 強力粉300gと砂糖40g。牛乳600mL。卵3個。これで15-20枚くらい焼けるかな?強力粉と砂糖を振るっておく。牛乳を数回に分けて入れる。卵を割入れよく混ぜる。最後に温めたギー油を少し入れて馴染ませる。

 女の子三人がそれぞれ一生懸命混ぜている。自分は指示役兼補助係だ。ここではこぼさないように見守ればよい。あれ?親の手伝いが多いのか、想定していたより手際がはるかに良い。
「フローラちゃんは、よく親を手伝っているの?」
「うん。お母さんが料理をするのを手伝うの。一緒にしているから」
「私も、朝ごはんはたまに作る~」
「うんうん、良いお嫁さんになるよ」
すばらしいね。村の子供たちはお手伝いをよくしているらしい。

「次は焼きかな。フライパンにギー油を入れて溶かします。うすく広げるように生地を入れてね。火は弱めで」
 こんな感じと見本を見せる。台所には砂糖の甘い匂いが広がる。三分くらい弱火で焼く。フライ返しで端を持って手でひっくり返す。
「薬はあるけど、生地を直接触るから火傷に気をつけてね。フライパンを直接触らないように。ひっくり返して二分。で終了です。お皿に重ねていくよ。重ねてしばらく冷まします」
 魔導コンロは3口。それぞれが火の前に立つ。こちらも慣れた手つきだ。マリンもあんまり料理をしている様子はなかったが、母親と一緒にしていたようだ。
「へへっ。ばっちりでしょう?最近習っているから」
「このくらい余裕です」
「レッドさんには相当できない子と思われているようです」
 三人はトラブルなく生地を焼いていく。話ながら焼いていて、余裕な感じだ。甘い匂いとともに、あっという間に生地が重なっていった。そんな様子を母親はちらちらと覗いていた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

召喚されたリビングメイルは女騎士のものでした

think
ファンタジー
ざっくり紹介 バトル! いちゃいちゃラブコメ! ちょっとむふふ! 真面目に紹介 召喚獣を繰り出し闘わせる闘技場が盛んな国。 そして召喚師を育てる学園に入学したカイ・グラン。 ある日念願の召喚の儀式をクラスですることになった。 皆が、高ランクの召喚獣を選択していくなか、カイの召喚から出て来たのは リビングメイルだった。 薄汚れた女性用の鎧で、ランクもDという微妙なものだったので契約をせずに、聖霊界に戻そうとしたが マモリタイ、コンドコソ、オネガイ という言葉が聞こえた。 カイは迷ったが契約をする。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)
ファンタジー
陸奥さわこ 3*才独身 父が経営していた居酒屋「酒話(さけばなし)」を父の他界とともに引き継いで5年 折からの不況の煽りによってこの度閉店することに…… 家賃の安い郊外へ引っ越したさわこだったが不動産屋の手違いで入居予定だったアパートはすでに入居済 途方にくれてバス停でたたずんでいたさわこは、そこで 「薬草を採りにきていた」 という不思議な女子に出会う。 意気投合したその女性の自宅へお邪魔することになったさわこだが…… このお話は ひょんなことから世界を行き来する能力をもつ酒好きな魔法使いバテアの家に居候することになったさわこが、バテアの魔法道具のお店の裏で居酒屋さわこさんを開店し、異世界でがんばるお話です

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

処理中です...