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小鳥遊ミツル編
どこで間違えた?
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賭けで負けた天狗は、輝夜の望み通り友達と呼べる関係になった。
「またここにいたのね?」
「るっせぇー。俺は山が好きなんだ」
とは言っても、特段何かが変わったという訳では無い。
いつものようにお気に入りの木の上で寝転がっていると、輝夜が遊びにやって来る。
たわいのない話をして、日が暮れる前に輝夜は自分の家に戻っていく。
そんな日々が日常と呼べるようになっていた頃、輝夜はふと天狗にある提案をした。
「ねぇ、今度私の家に遊びに来ない!?」
唐突なその案に、天狗は頭の中ではてなマークを浮かべる。
「はぁ?」
「私ずっと思っていたの!この山は貴方のお気に入りでしょ?だから今度は私のお気に入りを紹介したいって!」
それは彼女なりの友達をもてなしたいという気持ちだったのだろう。
確かにいつも人里から離れたこの山に足を運んでもらう事に、少し罪悪感を感じていた所だ。
それに友達なら、誘いを断る訳にもいかないだろう。
「……分かった。なら背中に乗って案内しろよ。」
ため息混じりの返答に、輝夜はぱあっと嬉しそうに口角を上げる。
「うん!」
多分、この時の天狗は自惚れていたのだと思う。
この二人だけの心地良い関係が、ずっと続くのだと。
輝夜の瞳に映る妖は自分だけなのだと。
そんな馬鹿みたいな幻想は、一瞬で崩れて行った。
「——ここが私の家!」
どーんと、待ち構えていたのは天狗が思っていたよりずっと大きな家だった。
木造の門は、天狗の身長をゆうに超えてる。
「じゃあ中に入ろっか!やっと天狗にも紹介出来るー!」
るんるんと、はしゃぐ子供のように輝夜は門を開けた。
「……紹介?」
ぎいっと重たい音と共に、ゆっくりと門は開いた。
そしてその先に待っていたのは、天狗が思い描いていたような光景等では無かった。
「——ただいま!みんな!」
上等な着物を身にまとい、美しい黒髪が蝶のように舞う、美しい女子。
彼女がどんな生活を送っているのか、興味はあった。
陰陽師の家から破門にされた少女。
きっと手伝いに来ている人と、輝夜と、少ない人数ででも楽しく過ごしているのだろうと。
そんな予想は、一つも当たらない。
「おかえりなさい!輝夜!」
「おかえり!」
「おかえり!」
輝夜の帰りを待っていたのは。その場に居たのは。
——全員、妖だったのだ。
(は……?)
「ただいまぁ~!ねぇ、私お腹空いちゃった!」
「駄目です、輝夜様!そう言って昨日も台所から盗み食いしていたでしょう?」
思考が停止する。
彼女の住む屋敷には、彼女以外の人間はいなかった。
頭が真っ白になって棒立ちする天狗に向かって輝夜はくるりと振り返る。
「ここにいるのはね、全員私の友達なの!だからずっと天狗にも紹介したかったんだ~!」
人の姿をした妖、モケモケとした毛のような妖。
動物の形をした妖、ふわふわと空を揺蕩う妖。
ざっと数十匹の妖が、陽の光を浴びて楽しげに笑っている。
(皆、友達って……?俺以外の友達……?)
ぐちゃぐちゃな感情は、真っ黒なまま天狗の心を飲み込んでいく。
今思えば、輝夜は一度も天狗が初めての友達だなんて言っていない。
勝手に天狗がそう決めつけて、勝手にぬか喜びしていただけだ。
足元がぐにゃりと歪んでいく。
(はっ……なんだよ、それ。)
「さっ、早く家の中に入ろう!天狗も!」
彼女はいつものように笑う。
天狗の手を引いて、まるで空を飛ぶみたいに先を歩く。
だから言えなかった。
自分の中にどす黒い感情が渦巻いていた事も、本当はもう帰りたかった事も。
そんな自分勝手な事を言って、彼女の表情を曇らせたく無かったから。
だから天狗は全員飲み込んだ。何もかも押し込んで、ごくんと飲み込んだらそれはどんな毒よりも苦くて、吐きそうになったけれど。
何事も無いかのように、天狗は呟いた。
「……ああ。」
✿
それからは、輝夜の家に足繁く通うようになった。
輝夜が天狗に会いに山に行こうとすると、沢山の妖が心配する事を知ってしまったから。
「でも、天狗はそれでいいの?」
「別にいい。羽があるから、俺の方がすぐに会いに来れる。」
本当は嫌だった。もう一度あの山の麓で二人だけになりたかったけれど、輝夜の事を思えばこうするしか無い。
(それに……)
ここで沢山の妖と囲まれている時の方が、輝夜は楽しそうだった。
——ならきっと、こうする事が正解だ。
そうして、天狗の日常は百八十度回転した。
輝夜の屋敷には、それなりに名の知られた妖も多く存在していた。
その大勢の中で、段々と自分の存在が小さくなっていくのを感じる。
自分にとって、輝夜は特別だった。
初めて負けた人間。初めて出来たら友達。
でも、輝夜は違う。
別に天狗の事など、特別に思っていなかった。
その事実が、天狗の心に重くのしかかる。
(痛え……なんでこんなに胸が痛いんだよ……?)
分からない。分からない。
前まではあんなに、輝夜の笑顔が好きだったのに。
今は沢山の妖に囲まれて、その中心で楽しげに笑うその姿を見るだけで、心臓が張り裂けそうなくらいに痛かった。
その屋敷は、毎日が楽しかった。
毎晩酒と上手いツマミが並び宴会が催され、妖達は様々な芸を輝夜に見せながら夜を明かす。
昼間は大抵の妖が眠っていたが、起きている妖は広い庭で鍛錬を行っていた。
それは夢のような時間で、きっとその場にいたら誰だって楽しくて仕方がないとそう笑うだろう。
けれどその中で一人だけ。
赤い髪に赤い面を被った一人の妖だけは、心の底から笑えなかった。
(ここに来て、他の妖とつるむ機会が増えた。それは別に嫌じゃない。)
絵に書いた様に美しい九つの尻尾を持つ狐。
暇さえあれば、他の妖に化けていつも天狗をいじめて遊ぶ天邪鬼。
奇形な動物の形をした、不気味な妖だが誰よりも周りをよく見ている鵺。
この屋敷にいる妖は全員、彼女に引き寄せられるように集まった。
それが天狗にとっては耐え難い苦痛に成り代わっていた。
——そんな時、天狗はある人物に出会う。
「……輝夜の、親戚?」
それは、輝夜の屋敷から山に戻る帰り道の事だった。
「君、妖だろう?」
そう言われ引き止められた天狗がくるりと振り返ると、そこには松明を持ったふたり組の人間が立っていた。
服装から察するに、陰陽師だろう。
輝夜は陰陽師の家系だったという。どう言った理由で破門になったのかは、輝夜からも聞かされていない。
「我々はただ、輝夜姫を案じているのだ。彼女は毎日妖と群れ、共に暮らしているという。だが、——それは間違いだとは思わないか?」
陰陽師の片方が、天狗にそう告げる。
勿論、そんな事天狗だって知っていた。
あの屋敷の在り方が、普通では無い事。
陰陽師から外れた者であったとしても、それでも。あの光景はやっぱり異様だ。
「我々は前にも輝夜姫に忠告したのだ。これ以上妖と関わるのは辞めるべきだと。だが姫は決して聞く耳を持とうとはしなかった。」
「そして我々にこう言ったのだ。『人間も妖も分かり合える』と。しかし、そんな事は断じて有り得ない!我々陰陽師は、妖を滅ぼす為に存在しているのだ!」
随分と熱の入った言葉だ。
確かにあの輝夜ならば、そんな事を言ってもおかしくない。
何より、その決して曲がらない不屈の心に天狗自身も惹かれていったのだ。
だから輝夜の言いたい事は、痛い程よく分かる。
「話はわかった。だが何故それを俺に話す?俺とて、立派な妖だ。」
「調べた所によれば、君は今の輝夜に不満を抱いているのだろう?」
「君は帰る時、いつも一人でブツブツと不満を零していたでは無いか。」
陰陽師は、にたりと笑う。
その不気味な姿に、天狗の背中に寒気が走る。
(こいつら、勝手に俺の事調べやがって……!)
「だから我々は、君にその不満を晴らすチャンスを与えようとしているのさ。」
「なに。輝夜姫を殺せと言っているのでは無い。我々はただ、彼女と話をしたいのだ。」
「話……?」
「そう。だが輝夜姫の暮らす屋敷には、我々陰陽師を入れさせない為の護符が貼られていてね。非常に困っているんだ。」
「その護符は、屋敷の中の何処かにはられているのだが……。」
ここまで見え透いた言われ方をすれば、さすがの天狗だって理解する。
つまり、その護符を探して剥がして欲しいという事だろう。
天狗は、その提案を受けるか否か迷っていた。
少し前までなら、時間を待たずに首を横に振っていただろう。
けれど、今は思う。
輝夜は本当に、このまま妖達と暮らすべきなのだろうか?
彼女の力は、とても強い。きっと陰陽師達だって、輝夜のその力を欲しくてこの提案を持ちかけてきているはずだ。
輝夜が、彼らの手を取るかは分からない。けれど、話すだけならば……。
「一つ、確認だ。」
「何だ?」
「ぜってえ輝夜には手を出さないと誓えるか?」
「ああ。誓うとも。輝夜姫は我々の大切なお方だ。決して傷をつけたりはしないよ。」
陰陽師達は、絶対、と笑って言った。
なら、天狗にとって不安な事など何も無い。
「……分かった。明日、その護符を探して剥がしておいてやる。」
「おお!それは有難い!いや早、話が分かる妖で本当に良かった!」
「礼をいうぞ、天狗の妖。」
そう言って、陰陽師達はその場から去って行った。
松明の火がみるみるうちに、小さくなっていく。
その場で立ち尽くした天狗は、今一度自分に問いかけた。
——本当にこれでいいのか?
いや、大丈夫だ。だってただ、話し合いをするだけだ。
しかも陰陽師と、輝夜は親戚同士。
積もる話もあるだろう。だからそれを手助けしてあげるだけ。
そう、頭では分かっているというのに。
——なんで、こんなに胸騒ぎがするんだ?
そうして、天狗が曖昧な答えのまま、夜は明ける。
そして、始まったのは地獄の一日だった。
「またここにいたのね?」
「るっせぇー。俺は山が好きなんだ」
とは言っても、特段何かが変わったという訳では無い。
いつものようにお気に入りの木の上で寝転がっていると、輝夜が遊びにやって来る。
たわいのない話をして、日が暮れる前に輝夜は自分の家に戻っていく。
そんな日々が日常と呼べるようになっていた頃、輝夜はふと天狗にある提案をした。
「ねぇ、今度私の家に遊びに来ない!?」
唐突なその案に、天狗は頭の中ではてなマークを浮かべる。
「はぁ?」
「私ずっと思っていたの!この山は貴方のお気に入りでしょ?だから今度は私のお気に入りを紹介したいって!」
それは彼女なりの友達をもてなしたいという気持ちだったのだろう。
確かにいつも人里から離れたこの山に足を運んでもらう事に、少し罪悪感を感じていた所だ。
それに友達なら、誘いを断る訳にもいかないだろう。
「……分かった。なら背中に乗って案内しろよ。」
ため息混じりの返答に、輝夜はぱあっと嬉しそうに口角を上げる。
「うん!」
多分、この時の天狗は自惚れていたのだと思う。
この二人だけの心地良い関係が、ずっと続くのだと。
輝夜の瞳に映る妖は自分だけなのだと。
そんな馬鹿みたいな幻想は、一瞬で崩れて行った。
「——ここが私の家!」
どーんと、待ち構えていたのは天狗が思っていたよりずっと大きな家だった。
木造の門は、天狗の身長をゆうに超えてる。
「じゃあ中に入ろっか!やっと天狗にも紹介出来るー!」
るんるんと、はしゃぐ子供のように輝夜は門を開けた。
「……紹介?」
ぎいっと重たい音と共に、ゆっくりと門は開いた。
そしてその先に待っていたのは、天狗が思い描いていたような光景等では無かった。
「——ただいま!みんな!」
上等な着物を身にまとい、美しい黒髪が蝶のように舞う、美しい女子。
彼女がどんな生活を送っているのか、興味はあった。
陰陽師の家から破門にされた少女。
きっと手伝いに来ている人と、輝夜と、少ない人数ででも楽しく過ごしているのだろうと。
そんな予想は、一つも当たらない。
「おかえりなさい!輝夜!」
「おかえり!」
「おかえり!」
輝夜の帰りを待っていたのは。その場に居たのは。
——全員、妖だったのだ。
(は……?)
「ただいまぁ~!ねぇ、私お腹空いちゃった!」
「駄目です、輝夜様!そう言って昨日も台所から盗み食いしていたでしょう?」
思考が停止する。
彼女の住む屋敷には、彼女以外の人間はいなかった。
頭が真っ白になって棒立ちする天狗に向かって輝夜はくるりと振り返る。
「ここにいるのはね、全員私の友達なの!だからずっと天狗にも紹介したかったんだ~!」
人の姿をした妖、モケモケとした毛のような妖。
動物の形をした妖、ふわふわと空を揺蕩う妖。
ざっと数十匹の妖が、陽の光を浴びて楽しげに笑っている。
(皆、友達って……?俺以外の友達……?)
ぐちゃぐちゃな感情は、真っ黒なまま天狗の心を飲み込んでいく。
今思えば、輝夜は一度も天狗が初めての友達だなんて言っていない。
勝手に天狗がそう決めつけて、勝手にぬか喜びしていただけだ。
足元がぐにゃりと歪んでいく。
(はっ……なんだよ、それ。)
「さっ、早く家の中に入ろう!天狗も!」
彼女はいつものように笑う。
天狗の手を引いて、まるで空を飛ぶみたいに先を歩く。
だから言えなかった。
自分の中にどす黒い感情が渦巻いていた事も、本当はもう帰りたかった事も。
そんな自分勝手な事を言って、彼女の表情を曇らせたく無かったから。
だから天狗は全員飲み込んだ。何もかも押し込んで、ごくんと飲み込んだらそれはどんな毒よりも苦くて、吐きそうになったけれど。
何事も無いかのように、天狗は呟いた。
「……ああ。」
✿
それからは、輝夜の家に足繁く通うようになった。
輝夜が天狗に会いに山に行こうとすると、沢山の妖が心配する事を知ってしまったから。
「でも、天狗はそれでいいの?」
「別にいい。羽があるから、俺の方がすぐに会いに来れる。」
本当は嫌だった。もう一度あの山の麓で二人だけになりたかったけれど、輝夜の事を思えばこうするしか無い。
(それに……)
ここで沢山の妖と囲まれている時の方が、輝夜は楽しそうだった。
——ならきっと、こうする事が正解だ。
そうして、天狗の日常は百八十度回転した。
輝夜の屋敷には、それなりに名の知られた妖も多く存在していた。
その大勢の中で、段々と自分の存在が小さくなっていくのを感じる。
自分にとって、輝夜は特別だった。
初めて負けた人間。初めて出来たら友達。
でも、輝夜は違う。
別に天狗の事など、特別に思っていなかった。
その事実が、天狗の心に重くのしかかる。
(痛え……なんでこんなに胸が痛いんだよ……?)
分からない。分からない。
前まではあんなに、輝夜の笑顔が好きだったのに。
今は沢山の妖に囲まれて、その中心で楽しげに笑うその姿を見るだけで、心臓が張り裂けそうなくらいに痛かった。
その屋敷は、毎日が楽しかった。
毎晩酒と上手いツマミが並び宴会が催され、妖達は様々な芸を輝夜に見せながら夜を明かす。
昼間は大抵の妖が眠っていたが、起きている妖は広い庭で鍛錬を行っていた。
それは夢のような時間で、きっとその場にいたら誰だって楽しくて仕方がないとそう笑うだろう。
けれどその中で一人だけ。
赤い髪に赤い面を被った一人の妖だけは、心の底から笑えなかった。
(ここに来て、他の妖とつるむ機会が増えた。それは別に嫌じゃない。)
絵に書いた様に美しい九つの尻尾を持つ狐。
暇さえあれば、他の妖に化けていつも天狗をいじめて遊ぶ天邪鬼。
奇形な動物の形をした、不気味な妖だが誰よりも周りをよく見ている鵺。
この屋敷にいる妖は全員、彼女に引き寄せられるように集まった。
それが天狗にとっては耐え難い苦痛に成り代わっていた。
——そんな時、天狗はある人物に出会う。
「……輝夜の、親戚?」
それは、輝夜の屋敷から山に戻る帰り道の事だった。
「君、妖だろう?」
そう言われ引き止められた天狗がくるりと振り返ると、そこには松明を持ったふたり組の人間が立っていた。
服装から察するに、陰陽師だろう。
輝夜は陰陽師の家系だったという。どう言った理由で破門になったのかは、輝夜からも聞かされていない。
「我々はただ、輝夜姫を案じているのだ。彼女は毎日妖と群れ、共に暮らしているという。だが、——それは間違いだとは思わないか?」
陰陽師の片方が、天狗にそう告げる。
勿論、そんな事天狗だって知っていた。
あの屋敷の在り方が、普通では無い事。
陰陽師から外れた者であったとしても、それでも。あの光景はやっぱり異様だ。
「我々は前にも輝夜姫に忠告したのだ。これ以上妖と関わるのは辞めるべきだと。だが姫は決して聞く耳を持とうとはしなかった。」
「そして我々にこう言ったのだ。『人間も妖も分かり合える』と。しかし、そんな事は断じて有り得ない!我々陰陽師は、妖を滅ぼす為に存在しているのだ!」
随分と熱の入った言葉だ。
確かにあの輝夜ならば、そんな事を言ってもおかしくない。
何より、その決して曲がらない不屈の心に天狗自身も惹かれていったのだ。
だから輝夜の言いたい事は、痛い程よく分かる。
「話はわかった。だが何故それを俺に話す?俺とて、立派な妖だ。」
「調べた所によれば、君は今の輝夜に不満を抱いているのだろう?」
「君は帰る時、いつも一人でブツブツと不満を零していたでは無いか。」
陰陽師は、にたりと笑う。
その不気味な姿に、天狗の背中に寒気が走る。
(こいつら、勝手に俺の事調べやがって……!)
「だから我々は、君にその不満を晴らすチャンスを与えようとしているのさ。」
「なに。輝夜姫を殺せと言っているのでは無い。我々はただ、彼女と話をしたいのだ。」
「話……?」
「そう。だが輝夜姫の暮らす屋敷には、我々陰陽師を入れさせない為の護符が貼られていてね。非常に困っているんだ。」
「その護符は、屋敷の中の何処かにはられているのだが……。」
ここまで見え透いた言われ方をすれば、さすがの天狗だって理解する。
つまり、その護符を探して剥がして欲しいという事だろう。
天狗は、その提案を受けるか否か迷っていた。
少し前までなら、時間を待たずに首を横に振っていただろう。
けれど、今は思う。
輝夜は本当に、このまま妖達と暮らすべきなのだろうか?
彼女の力は、とても強い。きっと陰陽師達だって、輝夜のその力を欲しくてこの提案を持ちかけてきているはずだ。
輝夜が、彼らの手を取るかは分からない。けれど、話すだけならば……。
「一つ、確認だ。」
「何だ?」
「ぜってえ輝夜には手を出さないと誓えるか?」
「ああ。誓うとも。輝夜姫は我々の大切なお方だ。決して傷をつけたりはしないよ。」
陰陽師達は、絶対、と笑って言った。
なら、天狗にとって不安な事など何も無い。
「……分かった。明日、その護符を探して剥がしておいてやる。」
「おお!それは有難い!いや早、話が分かる妖で本当に良かった!」
「礼をいうぞ、天狗の妖。」
そう言って、陰陽師達はその場から去って行った。
松明の火がみるみるうちに、小さくなっていく。
その場で立ち尽くした天狗は、今一度自分に問いかけた。
——本当にこれでいいのか?
いや、大丈夫だ。だってただ、話し合いをするだけだ。
しかも陰陽師と、輝夜は親戚同士。
積もる話もあるだろう。だからそれを手助けしてあげるだけ。
そう、頭では分かっているというのに。
——なんで、こんなに胸騒ぎがするんだ?
そうして、天狗が曖昧な答えのまま、夜は明ける。
そして、始まったのは地獄の一日だった。
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