我、輝夜の空に君を想ふ。

桜部遥

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小鳥遊ミツル編

月の下、彼らに罰を

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——陰陽師。

平安時代から存在していると言われる特別な人間。
彼らは妖を滅する事を生業として生きていた。
その勢力は、時代と共に徐々に薄れていく。
その理由は、妖達が自らの在り方を変えたからだ。
そして更に、陰陽師に必要な呪力を持つ子供が生まれにくくなった事も相まって、殆どの陰陽師は廃業せざるを得なかった。

(……その陰陽師が、どうしてここに居る!?)

陰陽師を名乗る二人の男を前に、ミツルは焦りをみせる。
人間と妖は随分と前に和解したはずだ。
互いのテリトリーを犯す真似はしないと、そう契りを結んだはずなのに。
「この街の妖を滅しているのは君たちだな!?そんな事、協定によって禁じられているはずだ!」
ミツルの言葉を、金髪の男は笑って吹き飛ばす。
豪快に声を上げて笑う金髪の男。その隣で、瞬きもせず冷ややかな瞳でミツル達を見つめる黒髪の男。
「協定?あんなのまだ信じてるのかよ!!頭が硬ぇ奴しかいないのか、妖ってのは!それに、その協定の中に僕達の家紋は残されていないんでね。」
陰陽師というのは、時代が進むに連れて様々な形に変化していった。
その家の中で次世代に渡り継がれている特別な陰陽術は、のにち『陰陽道』と呼ばれる。
それぞれの名家が生み出した陰陽道は十人十色で、中にはその家の者以外は扱う事が出来ない陰陽道も存在するとか。
陰陽師を名乗る名家は、段々と減っていったが、完全に消滅した訳では無い。

協定は、その時代まで現存していた陰陽師の家系の者と妖達との間で結ばれたものだ。
大半の陰陽師達は、この協定に納得し名前を書いたが中には、反対して名前を書かない家もあったという。

「俺達は、太刀ノ川。そしてこの名は……協定に刻まれていない。」

太刀ノ川と名乗った黒髪の男は、敵意剥き出しの瞳でミツル達を睨みつける。
「いやぁ、それにしてもこの街は人間の形をした妖がいるんだねぇ!僕今まで、中級クラスしか祓って来なかったから驚いたや!」
人型の妖は、上位クラスの妖と言われている。
だかそれは、和己達のように世代交代をするあ妖には当てはまらない。
現在の陰陽師が祓うべき妖とは、現代の瘴気に当てられ行き場を失った妖達の事だからだ。

つまり、和己達がやろうとしている事と陰陽師の仕事はかなり似ている。
そもそも何故、和己達が夜の巡回をしているのかと聞かれれば……。

「——この街に、陰陽師はいないはずだ。」

ミツルが顔を顰める。
陰陽師には、それぞれにテリトリーがある。そのテリトリー内の秩序を守るのが一般的だ。
こうしてテリトリー外の街に繰り出し、わざわざ妖を祓う必要なんて無い。
だからその代わりに和己達、高天原荘の住人が夜の巡回を行っていたのだ。

「ああ、それは簡単な話だよ!僕達、今日からこの街に引っ越してきたんだ~!そのついでに偵察もしてたんだけど……まさか、こんな大物に遭遇するなんてね~!超ラッキー!」
「引っ越して来た……?陰陽師というのは元来、その地を守るものだ。まさか、その地を捨てたのか!?」
「はぁー!?天狗くん、何言ってんのー?僕達が元いた場所にはもう——祓うべき妖なんていないんだよ。」
ケロッとした顔で金髪の陰陽師が放った言葉は、その場にいた唯達の表情を曇らせるには十分すぎた。
つまり、彼らは自分のテリトリー内にいた全ての妖を滅ぼしたと言うことだろう。

「そっ、そんな事をしたら、均衡が崩れて厄災が起きるはずだ!!」

ミツルの動揺に、金髪の陰陽師はうんうん、と頷く。
「起きたよ、厄災。でもさ……それが何?」
笑っていた。にこりと朗らかな笑顔を向けて、彼は言った。それが何、と。
彼らにとって、厄災が起きる事など興味すら無いと言わんばかりに。
「厄災によって、僕達のいた場所は嵐に見舞われた。そのせいで多くの建物は崩壊し、ニュースでも大々的に取り上げられた。……ただそれだけでしょ?」
そういえば、入学したての頃にテレビ番組で『巨大な嵐により、街が崩壊しかけた』と、そんな内容のニュースを取り上げていた。
その原因が、妖を滅ぼしたせい……?
(何でそんなに平然とした顔で笑ってられるの……?)
恐らくその厄災によって、多くの人が死に、傷付いたはずだ。
住む家を無くし、生きる意味を失った者だってきっと少なくない。
だと言うのに。彼は笑っていた。

「街はやがて修復する。太刀ノ川家が莫大な量の援助金を出したからね。人間の生活なんて、お金さえあれば何でも解決出来る。だから厄災なんて怖くない。……君達も、そうは思わない?」

唯はその言葉を聞いて、ふと思う。
本当に妖は悪なのだろうか。そこまでしてまで、滅ぼさなくてはいけないのだろうか。
確かに、悪い妖も沢山いて。人に害をもたらす者もいる。
けれど。……それでも、こんな事は間違っている。
だって、妖にもいい人はいっぱい居るのだから。

不器用だけど、いつも気にかけてくれる優しい九尾。
いつもはヘラヘラしてるけど、本当は寂しがり屋な天邪鬼。
誰よりも仲間を想って、自分を信じてくれた天狗。
一歩後ろから見守って、勇気をくれる鵺。
ほら。たった二ヶ月で、こんなにも素敵な妖に出会えた。
だから、今ははっきりと言える。

「——いいえ。……いいえ!貴方達の考え方は間違っています!!!!」

(私は妖じゃない。ただのか弱い人間で。きっといつか直ぐに死んじゃうけれど、それでも。)
唯は堂々と顔を上げて、まっすぐ陰陽師を見つめて声に出した。

「だって、妖にも心があります!いっぱい話をして、心が通じ合えたら……妖と人間は手を取り合えるんです!」

綺麗事だと、そう笑われるかもしれない。
阿呆らしいと、軽蔑されるかもしれない。
それでも、今この場所に立っている雨宮唯は、そうしてここまで歩いてきたのだ。

——ここに私がいる限り、絶対否定なんてさせない!!

唯の曇りのない瞳に、ミツルは目を見開く。
彼女はいつも、想像していない事をする。あんなに弱々しかったはずの唯の顔は、誰よりも気高く、キリッとした瞳をしていた。
その姿に、遠いある日の人影を重ねる。
(ああ。やっぱり雨宮さん、君は……)

いつか、唯は願った。
守られるだけじゃなくて、守りたいと。
誰かの役に立ちたいと。
その願いだけで、和己の心を動かしたように。帆影の鎖を解いたように。
ミツルは、腰からそっと刀を抜いた。
(僕も、もう覚悟を決めなくちゃ。)
怖気ずく時間はもうおしまいだ。

「——和己、帆影。」

すうっと、息を吸うと冷たい空気が身体中を巡る。
不思議とそれが心地よくて、心臓の辺りから力が湧いてくる。
魔法なんてものがあるならば、それはきっと言葉の魔法。
彼女の声に、彼らが光を取り戻したように。

「——僕達で、この街を守るよ!!」

ミツルの強い思いに、和己と帆影は強く頷く。
(そう。妖だって、絆で結ばれてるんだから。だから、光蓮寺君達が負けるはずない!)

自分の視界の先にいる妖は、人間のフリをしている。
友情?仲間?絆?そんな生ぬるい芝居で、人間になったつもりか?
さっきまで、あんなに顔色を悪くして怯えていた妖風情が、たった一人の少女の言葉で生気を取り戻した。

——気に入らない。気に入らない気に入らない気に入らない!

「——たかが妖の分際で、何様気取りだぁ!?お前らは大人しく、僕達に祓われていればいいんだよ!クソ妖共!!」

妖は妖らしく、地べたに這いつくばって許しを乞えていればいいんだ!!
光の灯った瞳も、その絆も何もかも!!
「僕達が、全然壊してやるよ、妖ぃ!!」
先程まで笑っていた金髪の陰陽師は、血相を変えて走ってくる。
何が彼を怒らせたのか分からないまま、唯はその場で足をすくませた。
(これが、私と同じ人間なの……!?)
猪突猛進に迫ってくる金髪の陰陽師を見て、ミツルは和己と帆影にアイコンタクトで合図を示す。
「唯ちゃん!ちょーっとだけ我慢しててね!」
「え……?って、うわぁ!?」
ミツルと和己が、軽々と小学校の正門を飛び越える。
それに続くようにと帆影は唯を抱き上げ、空高く舞った。
(嘘……こんなに高く飛んでる!?)
唯の身長よりも高い門を飛び越え、帆影はそのままミツル達の後を追うように全速力で走る。
突風で髪が肌に当たる度、小さな痛みが走った。
「なになになに!?鬼ごっこ~!?いいじゃん、楽しもうよ!!!!」
唯達の背後からは、金髪の陰陽師の楽しそうに弾む声が聞こえてくる。
無邪気な子供のように、笑いながら追いかけてくる姿に唯は恐怖を感じた。
帆影の肩に乗せていた手が小刻みに震える。
まるで、殺人鬼から逃げるエキストラにでもなった気分だった。
捕まったら殺されると、そう錯覚してしまう程の殺気に唯は怖気付く。
「大丈夫だよ、唯ちゃん。俺達が絶対に、唯ちゃんを守るから。」
月の光に照らされて、キラリと帆影の瞳が輝く。
こんな時でも、自分よりも先に唯の心配をしてくれる優しい帆影。彼の言葉に、唯は背中を押されたような気分になった。
「ありがとう、帆影くん。」

校門を抜けて、真っ直ぐ走る。
何度か校舎の周りを周回するように走っていたミツルと和己は、ゆっくりとその速度を落としていった。
「はぁ、はぁ……和己、準備はいい?」
「当たり前だ。アイツら……ぜってぇシバく。」
和己の瞳は、ぎらりと敵を捉えていた。
妖という存在を馬鹿にされて、許せないのはミツルも和己も同じだった。
何よりも。彼女を守る為に、立ち向かうしか無いと言うのなら。

——大嫌いなこの力にだって、頼ってやる。

手のひらの上でゆらりと揺らぐ青い炎。
守りたいと願った、小さな少女の為になら。
(俺は、全力でアイツらを潰す!)
そう決心した和己と、ミツルの前に先程の陰陽師達がゆっくりと近付いてくる。
「鬼ごっこはもうおしまい~?なぁんだ、つまんねぇの。でもまあ……こっちの方が手っ取り早く潰せるか!」
「させねぇ。俺達の街で、テメェらの好きなようにはさせねぇ。」
ミツルと和己は、それぞれ刀を構える。

「あっそ。じゃあさっさと殺してあげなくちゃね!」

金髪の陰陽師は興奮気味に、ポケットの中から何かを取り出した。
それは長方形の小さな紙切れ。
金髪の陰陽師は、その紙を人差し指と中指に挟んで持ち、静かに瞼を閉じる。
「唯ちゃんは、この影に隠れていて。」
「帆影君は……!?」
「一応俺だって妖だからね。戦わなくちゃいけない時は、やるって決めてるんだ。」
校舎の裏に隠れていた帆影は、ゆっくりと立ち上がって一歩踏み出す。
唯が瞬きをしたその瞬間、目の前にいた帆影はその姿を無くしていた。
代わりにとでも言わんばかりに、そこに立っていたのは唯のみ知った顔。
(あれって、小鳥遊さんの姿……!?)
頭に光る、天狗のお面。真っ赤は髪が凪いで、美しく輝く。
「危ないと思ったら、直ぐに逃げるんだよ、唯ちゃん。」
ぽん、と唯の頭を優しく撫でた帆影は、そのままミツル達の元に走って行った。

「——俺も混ぜてよ、ミツル、和己!」

ミツルの姿をした帆影は、二人の間に割って入る。
その光景は、現実なのにどこか夢のようで。
唯の髪をくすぐるそよ風と、張り詰めた空気が、それを現実だと教えてくれる。
「ふん、たかが一匹増えた程度か。」
冷めた顔で、黒髪の陰陽師は呟く。
妖と陰陽師。現代でもきっと、彼らは分かり合えないのだろう。
何処かに解決の糸口は無いかと、必死に思考を巡らせる。
それでも、唯はただ、彼らの帰還を望むことしか出来なかった。

——どうか……皆、無事で居て……!


何も出来ない非力な自分を呪いながら、唯はその日初めて、本当の戦いを目撃したのだった。
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