アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第三章 第十三話

130 一番最悪な日

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 聖月はそれから『セイ』として一番過酷な日を過ごした。
 橘が欲した奉仕は、セイの口での愛撫だった。何度も橘のは見てきたが、それを奉仕をすることは少なかった。椅子に座る橘の傍に跪いて性器を口に含む。匂いにはもう慣れたが、口に入れた瞬間、吐きそうになるのを堪える。今までは、感覚がなくなってきたので耐えられたが今日は違う。どうしてか感覚がなくならない。
 ずっと口に入れっぱなしなので、顎が痛くなる。段々と動かす舌が痺れる。息が普段通り上手くできない。鼻呼吸する度に橘の独特な匂いが脳に届く。頭が痛い。膝立ちの足が痺れる。
「う、ぅ…っ」
 イかせなきゃ、その一心の願いで聖月は今までの技術を駆使して橘を慰める。4年以上ディメントで働いている聖月の技術は卓越したものになっており、橘は15分程で達した。喉に張り付く精に、頭がクラりとした。喉に張り付いたモノを何とか取り除きたい気持ちで舌を動かす。
「飲んで」
 嫌です、そんな事言わせないように橘は据わった眼をしており聖月は嫌悪しつつ飲み込んだ。精は何度も飲んできたが、やっぱり気持ち悪い。苦い味ではあるが、聖月はほぼ無表情で飲み込んだ。これが聖月の普通であり、いつもの事だ。心の中では嫌悪感丸出しだが、顔は何も思っていなそうな顔をする。それがいけなかったのかもしれない。
 橘は性器を口から出さず、むしろさらに押し込むように腰を押し付けた。
「――――うぉえッ」
 演技ではない、驚きの呻き声。今にも吐きそうな、醜い声だったが橘はそれをお気に召したらしい。段々と硬くなる性器に聖月は内心で毒を吐く。
 ―――おっさんの癖に何で硬いんだよ!
 性欲旺盛なのは知っていたが、異常なんじゃないか?そう思ってしまうほど、もうガチガチに硬い。それが聖月の喉を突き刺し、「ふぅ…」と気持ちよさそうに声を漏らしている。今すぐに噛みちぎってしまいたいが、そんな余裕はない。苦しさに自然と涙が浮かぶ。
「あぁ、いいねぇ」
「―――ッ、ん、ぅううッ」
 聖月は必死に舌を動かした。今までの経験上、こうした方が自分が後々楽なのだ。早く射精をして貰えば、解放してもらえる。それを信じて、今にもそのまま吐きそうになるのを必死に堪え、膝立ちの苦しさにも耐え、鼻を荒く呼吸し奉仕をする。
 よだれがぼたぼたと垂れる。聖月の顔は汗と涎まみれだった。橘にプレゼントされ、自分と会うときに着ろと言われた高級スーツが段々と体液で汚れていく。
「ナンバースリーの口は前も後ろも最高だね。早くやっとけばよかったよ」
「~~~~ッ」
 気持ち悪い、そう感じた刹那だった。
「いっ、ん、うっぅ、あ、んんんんんッ」
 頭に衝撃が走る。すぐさま、喉が突き刺すような痛みを訴える。衝撃と共に口に当たる橘の陰毛で、奴に頭を手で掴まれ一心不乱に腰を打ち付けられているのだと分かった。顎と、喉と、顔と、身体に激痛は走り聖月は思わず橘の腰に縋る。こうして助けを求めて抱きしめるのは初めてかもしれない。
 鼻が危険を察して、液を溢れさせている。鼻が詰まり息が上手く出来ない。頭が真っ白になった。
 ―――苦しい死ぬ!
 聖月は本気で死を覚悟した。だがその中でよく口を開けて、歯を当てないように、出来ていると自分でも思った。腰を打ち付けられるたびに、喉が収縮しているのが分かる。道具のように扱われているくせに、そこは人間らしい。気が遠くなりながら、ぼんやりとそう思った。ぬちゅぬちゅという水音が、この場所では不釣り合いの淫猥な音が――聖月の口から漏れ出る。
「セイ、セイ、セイ…ッ」
 熱のこもった名前を呼ぶ声が聞こえる。こんなに気持ち悪かったのだろうかと思うぐらい、やはり橘の声は気持ち悪かった。
「うっ」
 男は「出す」とも言わず、一つ呻き聖月の喉に欲望をぶちまけた。喉が真っ白になったんじゃないか、そう考えてしまうほどに男は大量の精を出した。そしてやっと貫いていた物体が、ずるり…と、聖月の喉から抜けた。瞬間、聖月は咳を繰り返す。水を得た魚のように、聖月は大きく呼吸を繰り返す。
 やっと生きた心地がした。だが、すぐに絶壁に立たされる。
「セイ。下、脱いでごらん」
 橘の声が、耳朶を揺らす。
 ―――頭がふらつく。
 喉に張り付いたモノを、嚥下し胃に無理やり流し込む。口を手で拭い、橘の言葉に、身体が自然に従う。抵抗するのも疲れる。粘ついた視線が、聖月の下半身に向けられる。セイの下半身何て何度も見たのに、愉しいのだろうか。ついそんな逃避みたいな事を考えてしまう。ベルトに手をかけ、スラックスを下ろす。下着もずらし、聖月は脱ぎ捨てた。
 部屋に着崩れの音が響き渡る。聖月はあっという間に上は着ているのに、下は靴下以外何もない変質者のような格好になってしまった。こんな恥ずかしい姿をしている自分を見てしまい、それはとても屈辱的で聖月はつい俯いた。一気に下半身が寒くなり、腰を揺らす。
「あぁ、やっぱり萎えてる…」
 それは想像通りだったらしい。嬉しそうに言われて、聖月はついまじまじと自分のものを見詰めた。目に映るのは萎えた自分の性器。膝立ちの状態で、収まる場所もない聖月の象徴はぶらんと垂れさがっている。―――こんなの見て、何で興奮するんだろう? そうぼんやりと思っていると、
「―――ミツキ。ほら、四つん這いになりなさい」
 橘の興奮した声が耳に聞こえてきた。だが、それはあまりにも驚くべき内容だった。
「――――ッ」
 思い切り顔を殴られた気分だった。ミツキ。聖月の本名を言われて、聖月は顔を上げ目を見開く。珍しいその驚いた顔を見て、橘は愉し気に笑った。
「驚いたかい? 十夜が言っていたのを聞いてね、言ってみたくなったんだ。ああ、そんな顔しないでくれ…」
 動揺した聖月を恍惚とした表情の橘はまるで恋人のように頬に触れる。――――ぬちゃっ。
「ひっ」
 小さく聖月は悲鳴を上げた。声を上げずにいられなかった。頬に触れる「十夜」の事を話す男の手が、あまりに気色の悪い感触だったから。ヘドロみたいな感触に、今すぐにここから逃げたくなる。
「十夜が泣いてるところなんて初めて見たよ。あれは新鮮だった」
「あ…ぁ、あぁ…」
 震えが止まらない。聞きたくない。誰か、目の前の男を止めてくれ。そう叫びそうになる。
 十夜が泣いていたあの光景が蘇る。また、聖月のせいで十夜を泣かせてしまった。自分のいない場所で。
 ――お前が何かが十夜の話なんてしないでくれ。
 ずっと息子を放っておいた男がそんな話をしないでくれ。そんな聖月の気持ちを置き去りにして橘の口は動き続けた。
「…セイの名前を聞いたのは偶然だったんだ。私の部屋に十夜が居て…。テレビにはセイが映ってた。それを見てどうしてミツキがDVDに映ってるんだって泣き叫んで…、私の息子があんな顔をするんだなぁって感心したよ。一緒にDVDを鑑賞して、愉しかったなあ。同じ血が流れてるんだって思ったよ。…同じ男に欲情してるんだから」
「や、やめ……て、」
 耐えきれず頭を抱える。自分の声が今にも死にそうだった。――もう聞きたくない。これ以上この男から十夜の話を聞いたら、頭がおかしくなる。羞恥を捨てて橘に縋る。聖月のビデオを見せる。そんな事、―――実に息子にする所業じゃない。まるで、愉しむための道具にする行為だ。壊してもいいって思ってやっている行為だろう。
 ―――聖月の家族っていいなぁ…。
 十夜に言われた言葉が蘇り、聖月は目頭が熱くなる。こんな男が、十夜の家族なんて…。目の前の男がいなければ、十夜が生まれなかった…。そう思うだけで、頭がグチャグチャになる。聖月は涙を流し、濡れた頬を晒し、橘に縋る。
「や、やめて…ください」
 ヘドロでできた手に縋り、もう言わないでくれと悪魔に泣きつく。
「ふふ、どうして泣くんだい? 十夜の事を話すと君はすごく怯えるね」
 聖月の怯えように橘はほくそ笑む。愉しそうに笑い、聖月を追い詰めた。それはいつもの橘に他ならない。
「君の本名はひらがななのかな? 漢字なのかな?」
「…か、漢字です」
「へえ、どうやって書くの?」
「…聖母の聖に、空に浮かぶ月です」
「それで聖月か。…綺麗な名前だ。十夜に似ている」
 ―――――違う!
 勝手に親近感を得ている橘をぶん殴りそうになる。十夜の名前は、10日の夜に生まれたから名付けたんだろう。十夜が適当につけたと笑っていたが、本当にこの様子を見ると適当に付けたのかもしれない。
 聖月はこれ以上話を聞きたくなくて、命令通り四つん這いになり勃起した性器を手に持ち口に含んだ。瞬間、気持ち悪い、感じた声が聞こえる。
「ふふ、私の味がそんなに美味いのかね?」
「―――ッ、う、ぅううっ」
 まるで悪夢のようだった。はぁ…っ、はぁ…、はぁ…。男の息が、部屋を汚染させていく。じゅるじゅると吸うと、気持ち悪いぐらい先端がビクつく。
「う、ん、っ」
 身体が、大きくビクつく。自身の性器に何かが触れてきた。聖月の性器は橘の上げた足によってつつかれたのだ。触れるたびにぶらんぶらんと揺れるソレに、聖月は見悶えた。嫌だ。嫌だ。嫌だ―――。聖月が、ぶるぶると震えてその感覚に耐える。
 聖月は、触れるたびに感じる、感覚に怯えていた。舌を動かすのも上手くできず震える。聖月の異変に気づき、さらに橘は足で性器を掴む。
「私の足で感じているのかい?」
「…っ、ん、ぬぅ、う、うう、んっ」
 男の興奮した声に、絶望する。目を背けていた事実を指摘され、聖月は嫌だと首を振る。認めたくない。こんな、こんなの、あり得ない。だって、俺は、客なんかの手で感じない事が唯一のアイデンティティだったのに。それを橘の足であっさりと崩され、聖月は腰を震わす。
「気持ちいいんだねぇ、十夜のよりいいかい?」
 橘の足が器用に上下に性器を擦る。それはあまりにも…、ヘドロの足にしては気持ちがいい。
「――――――あ、ぅ、っぅ」
 聖月は大粒の涙を流し、舌を使い抵抗する。
 ―――早く、イけ!
 その心のまま、舌を動かす。そして…。
「うっ」
 小さく呻き、男は白濁を吐き出す。口から離した瞬間だったので、その体液は聖月の顔を汚した。瞬間、足も止まり聖月はやっと生きた心地がした。
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