アドレナリンと感覚麻酔

元森

文字の大きさ
上 下
107 / 143
第三章 第十一話

109 お得意様同士の会話

しおりを挟む
「お久しぶりです。…先ほどは有難うございました」
 聖月がお辞儀をすると、宗祐は驚いた顔をしていた。驚いた顔でもカッコいいなぁ、と聖月はしみじみと宗祐の容姿を見て思う。男でも惚れそうな美形な彼は、今日も惚れ惚れする程カッコいい。お礼を言った聖月に、宗祐は微笑む。
「いや、べつに大丈夫だけど…。きたじ…橘さんは、セイくんの知り合い?」
 問われた言葉に、聖月は固まる。正直に言うか聖月は迷ってしまった。
 だが宗祐が微笑んでいたこともあり、言っても大丈夫だろうと思い聖月は口を開く。
「…あっ、ええ、まあ……。橘さまは、俺のお客様です」
 上客です、と言うのは何となく憚れた。
「そうなんだ。よくしてもらってる?」
「え、えぇ…、」
 聖月は曖昧に頷いた。よくしてもらってる、というのは優しくしてもらっている―――そういう意味なのだろう。ここで本当のことを言うのは憚られた。橘はホントは鬼畜野郎で人をいたぶるのが大好きなクソ野郎なんです―――。そう言ったらどうなるかなんて頭の悪い聖月でも分かる。
 曖昧に濁したように頷いた聖月に宗祐はフフっと笑った。
「じゃあ、さっき声かけない方がよかったかな。邪魔しちゃったね」
「えっ、い、いやっ、そ、そんなことないですっ」
 宗祐の言葉に聖月は大きく首を振る。
 必死になる聖月を見て宗祐は口元を手で覆っている。笑いを噛み殺しているようで、クククッと低い笑い声が聞こえてくる。パニックになっている聖月にはその笑い声は聞こえなかった。
「あまりよくしてもらってるわけじゃないんだね」
 さっきも助けてくれてありがとうって言ってくれたしね―――。
 そう言われて、聖月はあっ、と気づく。自分の言った言葉の矛盾を。そんな気づいた聖月の顔が間抜けだったのだろう。宗祐はプッと噴き出した。顔を真っ赤にさせ驚きと恥ずかしさが入り混じった表情をしている聖月は、
「そ、そんなことは…」
 と、必死に弁解しようとする。そんな聖月に宗祐は少し幼さが残った顔をする。
「ごめんね。カマかけちゃって。ちょっと、意地悪したくなって」
「えっ…」
「必死に橘さんを守ろうとするセイくんが可愛くて、つい…ね」
 フフっと笑った宗祐は、いつもと違った男の顔をしていた。優しくて紳士な彼じゃない。ディメントにいるのが相応しいサディストの顔だ。だが聖月はそんな彼の表情を見て嫌悪感は湧かなかった。むしろドキッとしてしまう。
 何も言えず顔を真っ赤にして俯いている聖月に優しい紳士が笑いかけた。
「もうこんなことは言わないから、顔をあげてくれないかな」
「…あ……」
 宗祐の優しい声が耳朶に入りこみ、聖月の身体は震えた。まるで脳に命令されたように聖月は彼に言われた通り顔をあげる。
 恐る恐る上げた顔の傍に宗祐の精悍な顔立ちがありドキドキとしてしまう。宗祐と聖月の視線が通った瞬間だった。
「―――セイ」
 声をかけられ呼ばれた方へ振り向くと、そこには橘が居た。先程まで隣に居たはずの小太りの男は消えている。どこか不機嫌そうな表情で二人を見つめる橘は距離の近い二人の間に割って入る。
「羽山くんと知り合いだったのかい?」
 あの行為中の時よりも厳しい顔をしている橘は、聖月にそんな言葉で詰め寄る。聖月は冷や汗が背中に浮かぶ。汗が噴き出るのを感じながら聖月は答えることにした。
「え、えぇ…まあ、俺のお客様です」
 聖月は焦ってしまい先程宗祐へ橘を紹介するときと同じことを言ってしまう。
「…そうか。キミもか」
 橘が宗祐のことを一瞥すると、彼は優しく笑っているだけだ。だがそんな2人の雰囲気はピリピリとしたものが漂っていた。鈍感だと言われている聖月でも、こんなに近くに居れば空気が普段と違うことには分かる。橘は感慨深そうに言って見せたが、目は笑っていない。それが恐ろしかった。
「セイは最高だろう?」
 と、橘が言うと宗祐は頷く。
「―――そうですね」
 クスクスと笑い合う二人が恐ろしくて聖月は逃げ出したくなった。空気がどこか穏やかじゃないのも、聖月の弱気な心を揺らしてくる。本人の目の前にして言うことじゃないだろう、と思った。聖月が居心地悪そうに小さくなっている姿に橘がほくそ笑む。
「若い羽山くんに抱かれて嬉しかったかい?」
「――――」
 このオッサン何言ってやがるんだよ―――!
 聖月は思わずそう叫びそうになるのをグッと堪える。それは俺だけじゃなくて羽山さんにもセクハラじゃないのか?―――そんな思いで宗祐の方を見たけれど宗祐は怒っているわけでもなく口角をあげ微笑えんでいるだけだ。その笑みにはどんな気持ちが隠れているのか聖月には分からない。
 怒りなのか恥ずかしさなのか、それとも両方なのか聖月の身体がプルプルと震えていると、宗祐に優しく肩を叩かれた。
 宗祐の顔を見ると、表情で『言ってあげないと』と書いてある。聖月は意を決して『嘘』を吐いた。
「そ…うですね」
 聖月は隣の男に未だに抱かれたことがないのにそんなことを答えていた。それはとても羞恥を煽るモノで。頭の中に、あの夜のことが思い浮かび思わず目を瞑る。肯定の言葉を答えた聖月に橘は目を細める。
「私に抱かれるより?」
「……」
 そりゃ鬼畜野郎より絶対にマシだろうし当たり前だろ―――そう橘の問いに言ってしまいそうになる。聖月はまだ宗祐とはしていないので何を言っても墓穴を掘りそうだ。聖月は唇を噛み締める。何も言えない聖月に、思わぬ助け舟がやってきた。
「それを聞くのは私にとっても、セイくんにとっても酷じゃないでしょうか」
 橘さんとしても、と言わなかった宗祐は橘に謙遜していることが分かる。宗祐の言葉に橘は不思議そうな表情をする。
「そうかい? 私としてはハッキリしていいと思ったんだがな」
 答えは決まっているだろうけどな、と言いたげな表情をする橘は自分が選ばれることが当たり前だと思っているもので。聖月はどこからその自信は来るんだろう、と思ってしまう。妙な雰囲気が流れているこの場所から聖月は早く消えてしまいたかった。
 だから聖月はそう言ってしまった。
「俺には…決められないです…」
 聖月の逃げるような言葉に、橘が眉を顰めた瞬間だった。
『ここで、パーティーも途中ですが、オーナー、一言をお願い致します』
 声で神山が言っていることが分かる。檀上を見上げると、小向がマイクを握っているのが見えて聖月はついそちらを見てしまう。それは橘も宗祐も同じだったようで、3人の会話は自然に消え、高そうなスーツ姿の小向の方を見ていた。
 会場の男たちの視線が小向に注がれる。
『えー、交流パーティーも中盤に差し掛かり、まだ話していないメンバーもいるとは思います。ですので、なるべく違う人々と交流をお願い致します』
 宜しくお願いいたします、とペコリと頭を下げた小向に拍手が送られる。先程からグループのようなものが出来ており、決まった人と話していない人が多くいた。それを見た小向が会場に呼びかけたのだろう。普段だったら面倒くさいと思う聖月だったが、今の状況ではこれはチャンスと思った。
 小向の言葉を受け、会場の雰囲気が一変する。人々が元の場所から離れていく。それを見て、聖月は慌ただしくする。
「あっ、俺も、ちょっと挨拶したい人が居るので失礼します。また宜しくお願いいたしますっ」
「セイっ」
 背中に橘の引き留める声が投げかけられる。だが聖月はぶっきら棒にお辞儀をした後は振り返らなかった。羽山さんごめんなさい、と心の中で宗祐に謝る。憤りを見せる橘に対し、宗祐は愉しそうにまるで水を得た魚のように素早く二人から離れていく聖月のことを見ていた。
 そんな運よく逃げてきた聖月は、その場を離れたいがために適当なことを言ったので、離れたのはいいが話す相手がいない。
 誰か知っている人はいないかと会場をウロウロとしていたら可愛らしい声と共に肩を叩かれた。
「君塚くん」
「…小田桐さんっ」
 振り向いた先に居たのは、同じ大学でディメントで働いているナンバー15の小田桐 きり(おだぎり きり)で聖月は瞠目する。彼女は白いドレスを着ており、とても綺麗だった。
「あたしもいるよ」
 フフッと笑ったのは、きりの同室であるナンバー10の渡部夢(わたべ ゆめ)だった。彼女も赤いドレスを着ておりとても綺麗で似合っている。そんな2人に聖月は深々とお辞儀をした。
「お久しぶりです」
「堅苦しいのはやめてよねぇ」
「確かに…君塚くん、前会ったよりよそよそしいかも」
 あはは、と笑う夢とはにかむきりは前より明るくなっているように見えて聖月はほっと息を吐いた。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

皇太子殿下の愛奴隷【第一部完結】

野咲
BL
【第一部】  奴隷のしつけも王のたしなみ?   サミルトン王国では皇太子選抜試験として、自分の奴隷をきちんと躾けられているかの試験がある。第三王子アンソニー殿下付の奴隷アイルは、まだ調教がはじまったばかりの新人。未熟ながらも、自分のご主人様を皇太子にするため必死に頑張る! 時に失敗してお仕置きされ、たまにはご褒美ももらいながら課題をクリアする、健気なアイルが活躍します!   基本のカップリングはアンソニー×アイルですが、モブ×アイルの描写が多め。アンソニー×アイルはなんだかんだ最終ラブラブエッチですが、モブ×アイルは鬼畜度高め。ほとんどずっとエロ。 【第二部】  みごと皇太子試験を勝ち抜いたアンソニー皇太子。皇太子の奴隷となったアイルは、様々なエッチな公務をこなしていかなければなりません。まだまだ未熟なアイルは、エッチで恥ずかしい公務をきちんと勤めあげられるのか? イマラチオ、陵辱、拘束、中出し、スパンキング、鞭打ちなど 結構エグいので、ダメな人は開かないでください。また、これがエロに特化した創作であり、現実ではあり得ないこと、許されないことが理解できない人は読まないでください。

ドS×ドM

桜月
BL
玩具をつかってドSがドMちゃんを攻めます。 バイブ・エネマグラ・ローター・アナルパール・尿道責め・放置プレイ・射精管理・拘束・目隠し・中出し・スパンキング・おもらし・失禁・コスプレ・S字結腸・フェラ・イマラチオなどです。 2人は両思いです。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

魔族に捕らえられた剣士、淫らに拘束され弄ばれる

たつしろ虎見
BL
魔族ブラッドに捕らえられた剣士エヴァンは、大罪人として拘束され様々な辱めを受ける。性器をリボンで戒められる、卑猥な動きや衣装を強制される……いくら辱められ、その身体を操られても、心を壊す事すら許されないまま魔法で快楽を押し付けられるエヴァン。更にブラッドにはある思惑があり……。 表紙:湯弐さん(https://www.pixiv.net/users/3989101)

葵君は調教されて………

さくらさく
BL
昔書いた小説を掲載させていただきます。 葵君という少年が田中という男に調教されてしまうお話です。 ハードなエッちぃ内容になります。 ところによって胸糞要素有。 お読みになるときは上記のことを了承していただくようお願いします。

純粋すぎるおもちゃを狂愛

ましましろ
BL
孤児院から引き取られた主人公(ラキ)は新しい里親の下で暮らすことになる。実はラキはご主人様であるイヴァンにお̀も̀ち̀ゃ̀として引き取られていたのだった。 優しさにある恐怖や初めての経験に戸惑う日々が始まる。 毎週月曜日9:00に更新予定。 ※時々休みます。

純粋な男子高校生はヤクザの組長に無理矢理恋人にされてから淫乱に変貌する

麟里(すずひ改め)
BL
《あらすじ》 ヤクザの喧嘩を運悪く目撃し目を付けられてしまった普通の高校生、葉村奏はそのまま連行されてしまう。 そこで待っていたのは組長の斧虎寿人。 奏が見た喧嘩は 、彼の恋人(男)が敵対する組の情報屋だったことが分かり本人を痛めつけてやっていたとの話だった。 恋人を失って心が傷付いていた寿人は奏を試してみるなどと言い出す。 女も未体験の奏は、寿人に抱かれて初めて自分の恋愛対象が男だと自覚する。 とはいっても、初めての相手はヤクザ。 あまり関わりたくないのだが、体の相性がとても良く、嫌だとも思わない…… 微妙な関係の中で奏は寿人との繋がりを保ち続ける。 ヤクザ×高校生の、歳の差BL 。 エロ多め。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...