アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第三章 第十話

102 いつもとは違う

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「だからぁ…なんで逃げんだよ毎回さぁ」
 イラついた声をあげる蒼は、普段とは違う瞳の色を持っていた。まるで手に入ったオモチャが思い通りに動かなくて癇癪を起こした子供のような声音と表情にドキッとする。逃げないと逃げないと、そう思っているのに股間をまさぐられて身動きが取れないでいた。
  ゾクゾクと背中から、身体中に伝わる≪快楽≫に聖月は怯えた。
 頭の中に、感じたこともない甘い電流が流れた。
 それは、宗祐の時以来感じなかった『絶頂感』だった。
 いつもだったら演技をして、蒼にいい気分にさせてから隙を見て逃亡していたのに。今回はそれはできない。何故ならいつもは≪感じない≫感覚が―――≪気持ちいい≫…そんな人間であるなら抗ない感覚があるからだ。
 聖月は恐ろしい気持ちに喉がひくつき、身体がこわばってしまった。
 様々な疑問とともに浮かぶのは、恐怖だった。
 目の前で笑う蒼に―――いや蒼だけじゃない―――何もよりも自分自身にも、だ。―――ずっと感じなかった感覚なのに、どうして今なんだ。十夜に触られても、自分は何も感じない壊れた身体だったのに。ずっと壊れたままでよかったのに。
 ―――蒼の手でなんて感じたくない。嫌だ。俺は、そんなんじゃない。
 聖月の脳内は混乱を極めていた。自分も、目の前の相手も誰も何もかも信じられない。
「嫌だっ、はなせっ」
  聖月はらしくない大声をあげて思い切り逃げるための力をこめた。聖月は演技ではなく、本気で抵抗していた。だが声は震え、身体も震え、いつもの聖月の演技より悲愴めいた表情は目の前のサディストにはご馳走でしかない。
 彼は暴れる聖月を軽い手つきで掴むと一瞬で聖月を制止させてしまった。聖月の全力でもびくともしない蒼の力に涙が出そうになる。
 聖月の抵抗が弱まりギシギシと鳴っていたスプリングの音が止んだ。そしてこの空間に聞こえるのは二人の荒い息だけになる。
「おいおいどうしたんだ? なんかお前…」
 ―――すっげえ処女みたいだな?
「ッ、ふ、ふざけ…ッ」
 耳元で囁かれた蒼の言葉に頭がカッとなる。
 だが蒼がこう煽るのも無理はない。今の聖月はまるで『初めて襲われたような』反応をしているのだ。蒼からしたら何度も襲っているのにおかしな奴だ、と思うのは必然だった。だがある意味聖月にとって、最近触られたのは宗祐と蒼だけなのだ。聖月がこういった初心な反応をしてしまうのは仕方がない。
 だが蒼の欲望を煽るような反応をしてしまうのは、彼の興奮をさらに大きくさせるものだった。
「なーんか隙だらけで、いつもより感じてねぇか?」
 愉しそうに笑う蒼からは、自分の手で感じているのだという明確な自信と興奮が表れていた。
 聖月は慣れない感覚に錯乱させられながらも、今の状況がマズイということだけが分かった。何とかこの状況を打破しなくてはならないとは分かっているが、急所を握られ腕の力で逃げられないようにされてしまっては逃亡は簡単なことではない。
 聖月がああでもこうでもないと考えていたが、すぐに魔の手がやってくる。
「ッ、うっ、」
 股間を手で揺さぶられて、聖月はかぶりを振る。身体が震えて止まらない。甘い快楽が聖月を揺さぶった。蒼の低く甘い声は、前から思っていたが脳を麻痺させる類のモノだ。十夜とは違う声質だが、同様に囁かれるとおかしくなるタイプの声だ。
「すげぇ痙攣してる…。初めてちんこ触られたみたいだな」
 息を荒くする蒼は圧倒的な支配者の声だった。
「な、ちがっ―――ンっ…」
「黙ってろ」
 冷たい蒼の声、それと同時に無理やり顎をあげさせられた。急に目の前が真っ黒になる。聖月は自分の唇に触れているものが何か、初めは分からず―――気づいた後も、にわかには信じられなかった。だっていつの間にか蒼の唇が、自分の唇を貪るように塞いでいたのだから。
「んぐぅうううっ」
 顔と口を離せと呻き声を出したが、蒼はあろうことか無理やり口を開けさせ聖月の口腔に舌を侵入させた。思わぬことに聖月は掴まれている腕を引き離そうと、蒼の服を引っ張る。そんな聖月の抵抗は弱いもので、蒼はそんな抵抗をものともせず聖月の口を犯す。
 蒼の舌が聖月の口腔を蹂躙する。――息が出来ない。苦しい。さすがはディメントナンバーフォーだ。舌のテクニックは相当なもので、弱い部分を徹底的に攻め、すぐに聖月の腰はぐずぐずに蕩けてしまう。
 そのまま舌を噛んでやろうと思った聖月が思った瞬間に、口を離されてしまった。
「あっぶな」
 ぎゃははと下品に笑う蒼は、一切悪びれていない。そんな蒼にさらに聖月は頭が怒りで震える。
 ―――感覚がなかったら、股間に一発お見舞いしてやるのにっ―――!
「~ッ、お、お前なッ…」
 唇が離れ荒い呼吸を繰り返し、睨む聖月を蒼は一蹴した。
「だから処女ぶってんじゃねえよ。キスぐらい客にされんだろ? こんぐらい安いモンだろ。」
「蒼でも客ともやりたくないって言ってんだろ…っ」
「…へぇ」
 侮蔑した―――いや、ゴミを見る目で蒼は聖月を一瞥する。
 聖月の叫んだ心のままの言葉に冷めた表情をされ、わけもなく震えた。蒼のゴミのように見る瞳は、何回見ても恐ろしい。いつか自分もそんな冷めた目のように壊されてしまうのではないかという、本能からくる恐怖だった。
「そんなに自分は俺たちと同じだってこと認めたくないんだな」
 ゾクッと、その蒼の言葉と、表情に聖月は震えた。…前もそんなこと言ってったなぁ…―――蒼は、そう一言言ってから聖月を見つめる。 
 ―――あ、ヤバイ。
 自分を見つめる瞳を見て、聖月は本能的な恐怖を感じた。
 頭の中で警告音が鳴る。逃げろ。早く逃げないと。でも、どうやって逃げればいい?
 ドクドクと心臓が鳴り響くなか、蒼は見るからに怯える聖月に死刑宣告を囁く。
「じゃあ今から自分とディメントのやつらが同類だって教えてやるよ」
 そう言った蒼の顔は、まるで新しいオモチャが手に入ったような楽しそうで残酷な笑みを浮かべていた。
 
 
 蒼は加虐者(サディスト)だ。それも、最低な。
 きっと、ディメントナンバーツーのクミヤよりも。分かっていたことだったが聖月はベットの上に組み敷かれ、それをまざまざと実感させられた。
「まずセイちゃんは馬鹿だから根拠から説明してやる。あぁ、俺って優しいだろ? 惚れた?」
 蒼の部屋には、2人の声が聞こえていた。決して恋人同士のような甘い雰囲気ではなく、支配者と支配される者の声だった。
「…っ、ふっ」
 聖月はあれから、ズボンを脱がされ、下着も取られ、蒼に抱きかかえられる形で≪指導≫されていた。蒼は子供に教えてやるような口ぶりだが、やっていることは卑劣極まりなかった。聖月の性器をやわく握り、敏感な先端をくすぐられる。
 快楽に未だに慣れていない聖月はそれだけでも、普段とは違う声をあげてしまう。嫌だと思っているのに、止まらない。抵抗しようとしても、腕を縛られ、力を奪われてしまえばどうしてもできない。
「まず根拠1。男の手で感じてる」
「ち、ちがっぅ…ッ」
 蒼の言葉に聖月は首を振る。
 そんな聖月の抵抗に、性器を虐めながら蒼は下劣な笑みを浮かべた。
「へぇ…じゃあ、絶対にイくなよ? イったら認めたってことになるからさ」
「っ、ぐっぅ」
「早く認めたほうがイイと思うぜ? 自分はもう堕ちてるんだって」
 美しい死神は、背後で下品に笑った。

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