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第二章 第五話
52 一息の安らぎ
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頑張って一昔前の――…聖月が小学生のときにはやった、朝のアニメのオープニングを歌った。ノリのいい、誰でも知っているような曲なので、十夜もノリノリで手を叩いている。こんな風に笑っている十夜は久しぶりに見たような気がする。
こんな笑顔を十夜たちのファンたちが見たら、倒れてしまうんじゃないかというほど可愛らしい笑顔だった。頑張って歌っているが、所詮聖月の歌唱力だ。ビブラートも音程もたまにはずして歌っているので、たぶん聞いた人は「下手」だというだろう。
それは、十夜も例外ではなかった。歌い終わって、一息ついていると、十夜は満面の笑みで前と同じように褒めた。
「お前の歌元気出るわ~。自然って感じで俺、好き」
「…それ、ほめてる?」
言い方にあまりにも、なんだか含みがある言い方だったので、聖月は疑った目で十夜のことを見る。十夜はへらへらと笑って
「だって、聖月ってナチュラルに音程外すんだもん、面白くってさぁ」
「貶してるから、それ!」
へらへらを通り越して、げらげら笑っている十夜に聖月は顔に熱が集まるのを感じた。バカにされた、と思った。
「ん~? 貶してないじゃん、俺聖月のこと好きだし」
「え」
かあっと、顔が熱くなった。
十夜の色気のある声で『好き』だといわれると、囁かれているみたいに、こしょばゆい感覚だ。自分がとか相手が男だとかいう以前に、なんだか恥ずかしい。色男に、自然に「好き」だといわれて、別に他意がないとは分かっているが、ちょっと恥ずかしい。
十夜は顔が赤くなっている聖月に気づいたのか、からかった。
「あれ~? 聖月何顔赤くしてんの~?」
「えっ、ちがっ、これは」
「ぎゃはは、お前俺の魅力にやっと気づいたかぁ?」
「ちげえよ!」
顔を近づけて云われたので、聖月は慌てふためいた。十夜は綺麗な顔なので、無駄に緊張してしまう。もっと、顔を赤くした聖月に、十夜は調子に乗ったのか、またとんでもないことをいう。
「じゃあ、えっちしようぜ。聖月にもっと、俺のイイところおしえたいしぃ」
「はあ?! 冗談キツイから、そういうの!」
ぼっ、と顔に血が集まった気がした。この前の悪夢の出来事のせいで、前まで流せたこの十夜の冗談があまり洒落になっていないのがつらかった。聖月がいつもよりも、全力で否定したので、十夜はショックを受けているみたいだった。
「ちえっ、そんなに否定しなくてもいいのに」
「そんなこといってないで、十夜もなんか歌ってよ」
あまりにもな話題の変え方に十夜も眉を顰めている。だがやさしい十夜はため息をひとつすると聖月の言うとおりにしてくれた。
「分かった。歌うから、聖月もなんか入れといて」
へらへらと笑われて、さっきの話は本当に冗談だよと云われているような気がした。
「うん」
十夜に、機器を渡されて、その動作をしながら聖月は十夜を見る。十夜はマイクを持って、画面を見詰めている。やがて、音が流れると十夜の歌声が部屋に響き渡る。
十夜の歌声は、低く、色香を感じる声を強調するように美しくとても綺麗だった。歌手のような、その歌声に曲を入れるのも忘れる。十夜が歌っているのは、同じく誰でも知っている有名な洋楽だった。聞きなれたバラードの曲で、うっとりと聞きほれてしまう。
確かこの曲は切ない恋を歌ったものだったような気がする。聖月は英語は苦手なのでなんといっているのかは分からないが、メロディーがとてもいい歌だ。
カタカナ英語じゃなくて、英語が得意な十夜は発音が原曲に近いものになっている。CDに出したら売れるんじゃないかと思ってしまうほどの、綺麗な歌声だった。その歌声に聞き惚れていると、十夜が歌い終わったいなや微妙な顔をしていた。
「おーい、聖月。俺、曲いれろっつったじゃんか」
「あ」
「あ、じゃねえよ!」
十夜に小突かれて、聖月は慌てて曲を入れた。十夜は、そんな様子の聖月をにやついて見ていた。
「そんなに俺の歌よかったか?」
耳元で囁くように云われて、聖月はマイクを持って飛び跳ねるように驚いた。
「そっ、そんなわけ…あるか」
最後のほうは、小声になってしまった。にやついている十夜を尻目に、聖月が入れた曲のイントロが聞こえる。聖月は、はかばやけくそ気味な気分で歌うことになった。
だが聖月は十夜の言葉のせいで、いつにない音痴ぶりを発揮し、そこで音程を外すかというところで、音程を外してしまい、十夜の格好の笑いの道具にされてしまった。
十夜のせいではずした、という歌い終わってからの聖月の八つ当たりを、十夜はからかうように笑っていた。そして、至極当然に、それはお前の力がないせいだよ、と言い返せないことを言われた。その言葉に憤怒していた聖月だったが、ふと思う。いや、感じた。
幸せだ――と。
友人との会話が、心を癒してくれると聖月は知った。壊れかけた心もなんとか、この幸せな時間のおかげで持ちこたえそうだった。
そのあと二人は何曲か歌った。聖月は、いつになく幸福感を感じ十夜と歌った。
だいたいカラオケに来て2時間後に、かなり遅れて衛が来た。
十夜は彼を叱り、聖月はその二人の様子に笑っていた。衛は、マイクを奪うと彼には似合わないアイドルソングを歌って3人の気分をあげさせた。衛がうまいのもあってか、しばらくノリノリで十夜と聖月はタンバリンをたたいていた。
楽しいものはすぐに終わるもので、あっという間に夜の7時になり、フリータイムが終了した。
気分が高揚のまま、十夜が自分の家に行って泊まろうという話になった。衛は二言返事でYESといった。聖月ももちろん行くつもりでいたが、少し考えた後にあることに気づき、水をかけられたように頭が真っ白になる。
「俺は…また今度にするよ」
そう、駅で云うと二人は不思議そうな顔をした。
「なんで?」
十夜が、どうせ聖月は暇だろ?という、不躾な目線で聞いた。その表情は、衛も同じことだった。聖月は、どうにかして切り抜けようとウソをついた。
「だって……いや、うん。まだ、施設の荷物整理終わってなかったから今日やんなきゃいけなくてさ」
「そんなの明日やりゃいーじゃんかよぉ」
ドキッと、聖月のウソに鋭く衛が言う。十夜も同様に「それって、今日やることなのか?」と聞いた。
「…うん…。それにさ、今日泊まるって施設の人たちにいいかどうか聞いてないし」
これが、本当の断わらなければならないことになる原因だった。友人の家に泊まるなんてことを前もって言わなくてはならないかは分からない。だが、何も云わずとまったら、帰った瞬間に何かまた「おしおき」が始まるのではないかと、恐怖に思ったからだった。
心臓を早くしていると、十夜は苦笑いする。
「ふーん、そこまで云うんだったらいいけどさ。今度泊まりにこいよな」
「うん…」
「ちえっ、ミツも来ればいいのに~」
衛がふてくされたように言う。十夜は、残念そうに笑っていた。
「ごめん。今度いくから」
――ごめんなさい、違うんです。ホントは行きたいんです。だけど、「ディメント」の人たちが怖いから泊まれないんです。
聖月は、一思いに自分の気持ちをありのまま伝えたかった。そしたらどんなに楽だろう。
だけど、それは無理な話だった。話した瞬間に、その場で二人は聖月を軽蔑するだろう。そんな汚い男が友達だと知って、ショックを受けるだろう。受け入れたとしても、二人は聖月とはもう友人の立場ではなくなるはずだ。それが、ある意味であの夜にされた残虐な行為より、耐え難いことだった。
「じゃあね、ミツ。また遊ぼうね」
「じゃあな。また遊ぼうぜ、あと泊まりに来いよ! 今日は楽しかった」
「うん、じゃあね」
二人と、その場で別れた。二人とも笑顔で聖月と、別れの挨拶をしてくれる。二人の背中が見えなくなったとたんに、聖月駅の壁の近くでしゃがみこんでしまった。もう限界だと思った。別れる瞬間に、聖月は心が壊れそうだった。
―――寂しい、おいて行かないで、二人とも俺を助けて。
そんな喪失の想いが聖月の身体に這いずる回るように、駆け巡った。そんなことを言えない立場だということは分かっていた。だって、今の自分はもういままでの『君塚聖月』ではないのだから。
感情が溢れていたが、二人には気づかれずにすんだことが幸いだろう。二人は、別れる瞬間の無表情に見送る聖月を、いつも無表情の聖月だったのでなんの疑問も思っていなかったし、むしろそれが普段通りだと知っていた。だから、聖月の心の気持ちに気づくはずがなかった。
それだけが、聖月にとって救いだった。そのときだけ、自分の顔を聖月褒めたたえたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
目を覚ましたのは、朝の十時だった。
頭が重く、夢を見ていたので、まだ夢の中のいるんではないかと思ってしまった。聖月は、うすぼんやりと、また高校生のときの自分の夢を見ていたのだと思い出した。このごろ、つい最近だが、高校生のときの夢をよく見る。
結局あの2、3日後に『男娼』としての仕事を行うこととなった。聖月は、積極的に『ディメント』に入ったわけではなく、無理やり――脅迫といっても過言ではない状況で働くことになったのである。
なので、そんな聖月が客とうまく接客なんてものが出来るはずがない。
はじめの客は、こんな店二度と来るか、と罵ったほどだった。聖月の態度は、やりたくもない吐き気がする仕事内容でいいはずもなく、いつも以上に素っ気無く、技術的にも不足しすぎていて、客を満足させることなんて無理な話だった。
しかも、初心な態度もすればいいものを聖月は行為中、反抗してばかりで痛がるそぶりしかせずかえって不評だった。どれぐらい酷いかと言うと、客が苦情をいって、オーナーである小向がその客に頭を下げるという行為をしなければいけないほど酷いものだった。
聖月は客の前で気持ち悪くなりすぎて、その客の前で嘔吐するというやってはいけないこともしたので、小向はこっぴどく聖月を叱りつけた。けれど聖月は今でもアレはしょうがないと、自分を慰めている。目の前で中年の男が自分と抱き合っているという状況に耐えられるはずがない。
そんな最悪の状態から、もう2年はもっているので、聖月は不思議な気分だ。
だが、精神が壊れてもおかしくない状況で今までもっているのは、きっとあれのおかげだろう。その理由を考えて、聖月は卑屈に笑った。こんなの、壊れている自分でしか出来ない自己防衛だ。そう考えたら、心のそこから笑いが出てきた。
「…明日誰だっけ」
寝起きのまま、聖月は考える。
誰、というのは、仕事のことだった。仕事、というよりは苦行でしかないものだが、なんと言葉を仕事という以外にいうのか聖月には分からない。
ディメントでは、聖月は表面上週3回も働いている。だが、実際は4回は絶対にあった。暇なときは週3日だけでいいが、それはあまりなく、多いときには5日になることもある。
そのシフトが明日にあるのだ。自分が指名に入っているかは、パソコンやケイタイを開いてディメントの従業員用のサイトにいき、自分のページを見れば予定が分かる。
聖月は、ケイタイで自分の指名を見て「うわあ」と思わず声を出す。そこには「タチバナ様 オール」と書かれていたからだった。
こんな笑顔を十夜たちのファンたちが見たら、倒れてしまうんじゃないかというほど可愛らしい笑顔だった。頑張って歌っているが、所詮聖月の歌唱力だ。ビブラートも音程もたまにはずして歌っているので、たぶん聞いた人は「下手」だというだろう。
それは、十夜も例外ではなかった。歌い終わって、一息ついていると、十夜は満面の笑みで前と同じように褒めた。
「お前の歌元気出るわ~。自然って感じで俺、好き」
「…それ、ほめてる?」
言い方にあまりにも、なんだか含みがある言い方だったので、聖月は疑った目で十夜のことを見る。十夜はへらへらと笑って
「だって、聖月ってナチュラルに音程外すんだもん、面白くってさぁ」
「貶してるから、それ!」
へらへらを通り越して、げらげら笑っている十夜に聖月は顔に熱が集まるのを感じた。バカにされた、と思った。
「ん~? 貶してないじゃん、俺聖月のこと好きだし」
「え」
かあっと、顔が熱くなった。
十夜の色気のある声で『好き』だといわれると、囁かれているみたいに、こしょばゆい感覚だ。自分がとか相手が男だとかいう以前に、なんだか恥ずかしい。色男に、自然に「好き」だといわれて、別に他意がないとは分かっているが、ちょっと恥ずかしい。
十夜は顔が赤くなっている聖月に気づいたのか、からかった。
「あれ~? 聖月何顔赤くしてんの~?」
「えっ、ちがっ、これは」
「ぎゃはは、お前俺の魅力にやっと気づいたかぁ?」
「ちげえよ!」
顔を近づけて云われたので、聖月は慌てふためいた。十夜は綺麗な顔なので、無駄に緊張してしまう。もっと、顔を赤くした聖月に、十夜は調子に乗ったのか、またとんでもないことをいう。
「じゃあ、えっちしようぜ。聖月にもっと、俺のイイところおしえたいしぃ」
「はあ?! 冗談キツイから、そういうの!」
ぼっ、と顔に血が集まった気がした。この前の悪夢の出来事のせいで、前まで流せたこの十夜の冗談があまり洒落になっていないのがつらかった。聖月がいつもよりも、全力で否定したので、十夜はショックを受けているみたいだった。
「ちえっ、そんなに否定しなくてもいいのに」
「そんなこといってないで、十夜もなんか歌ってよ」
あまりにもな話題の変え方に十夜も眉を顰めている。だがやさしい十夜はため息をひとつすると聖月の言うとおりにしてくれた。
「分かった。歌うから、聖月もなんか入れといて」
へらへらと笑われて、さっきの話は本当に冗談だよと云われているような気がした。
「うん」
十夜に、機器を渡されて、その動作をしながら聖月は十夜を見る。十夜はマイクを持って、画面を見詰めている。やがて、音が流れると十夜の歌声が部屋に響き渡る。
十夜の歌声は、低く、色香を感じる声を強調するように美しくとても綺麗だった。歌手のような、その歌声に曲を入れるのも忘れる。十夜が歌っているのは、同じく誰でも知っている有名な洋楽だった。聞きなれたバラードの曲で、うっとりと聞きほれてしまう。
確かこの曲は切ない恋を歌ったものだったような気がする。聖月は英語は苦手なのでなんといっているのかは分からないが、メロディーがとてもいい歌だ。
カタカナ英語じゃなくて、英語が得意な十夜は発音が原曲に近いものになっている。CDに出したら売れるんじゃないかと思ってしまうほどの、綺麗な歌声だった。その歌声に聞き惚れていると、十夜が歌い終わったいなや微妙な顔をしていた。
「おーい、聖月。俺、曲いれろっつったじゃんか」
「あ」
「あ、じゃねえよ!」
十夜に小突かれて、聖月は慌てて曲を入れた。十夜は、そんな様子の聖月をにやついて見ていた。
「そんなに俺の歌よかったか?」
耳元で囁くように云われて、聖月はマイクを持って飛び跳ねるように驚いた。
「そっ、そんなわけ…あるか」
最後のほうは、小声になってしまった。にやついている十夜を尻目に、聖月が入れた曲のイントロが聞こえる。聖月は、はかばやけくそ気味な気分で歌うことになった。
だが聖月は十夜の言葉のせいで、いつにない音痴ぶりを発揮し、そこで音程を外すかというところで、音程を外してしまい、十夜の格好の笑いの道具にされてしまった。
十夜のせいではずした、という歌い終わってからの聖月の八つ当たりを、十夜はからかうように笑っていた。そして、至極当然に、それはお前の力がないせいだよ、と言い返せないことを言われた。その言葉に憤怒していた聖月だったが、ふと思う。いや、感じた。
幸せだ――と。
友人との会話が、心を癒してくれると聖月は知った。壊れかけた心もなんとか、この幸せな時間のおかげで持ちこたえそうだった。
そのあと二人は何曲か歌った。聖月は、いつになく幸福感を感じ十夜と歌った。
だいたいカラオケに来て2時間後に、かなり遅れて衛が来た。
十夜は彼を叱り、聖月はその二人の様子に笑っていた。衛は、マイクを奪うと彼には似合わないアイドルソングを歌って3人の気分をあげさせた。衛がうまいのもあってか、しばらくノリノリで十夜と聖月はタンバリンをたたいていた。
楽しいものはすぐに終わるもので、あっという間に夜の7時になり、フリータイムが終了した。
気分が高揚のまま、十夜が自分の家に行って泊まろうという話になった。衛は二言返事でYESといった。聖月ももちろん行くつもりでいたが、少し考えた後にあることに気づき、水をかけられたように頭が真っ白になる。
「俺は…また今度にするよ」
そう、駅で云うと二人は不思議そうな顔をした。
「なんで?」
十夜が、どうせ聖月は暇だろ?という、不躾な目線で聞いた。その表情は、衛も同じことだった。聖月は、どうにかして切り抜けようとウソをついた。
「だって……いや、うん。まだ、施設の荷物整理終わってなかったから今日やんなきゃいけなくてさ」
「そんなの明日やりゃいーじゃんかよぉ」
ドキッと、聖月のウソに鋭く衛が言う。十夜も同様に「それって、今日やることなのか?」と聞いた。
「…うん…。それにさ、今日泊まるって施設の人たちにいいかどうか聞いてないし」
これが、本当の断わらなければならないことになる原因だった。友人の家に泊まるなんてことを前もって言わなくてはならないかは分からない。だが、何も云わずとまったら、帰った瞬間に何かまた「おしおき」が始まるのではないかと、恐怖に思ったからだった。
心臓を早くしていると、十夜は苦笑いする。
「ふーん、そこまで云うんだったらいいけどさ。今度泊まりにこいよな」
「うん…」
「ちえっ、ミツも来ればいいのに~」
衛がふてくされたように言う。十夜は、残念そうに笑っていた。
「ごめん。今度いくから」
――ごめんなさい、違うんです。ホントは行きたいんです。だけど、「ディメント」の人たちが怖いから泊まれないんです。
聖月は、一思いに自分の気持ちをありのまま伝えたかった。そしたらどんなに楽だろう。
だけど、それは無理な話だった。話した瞬間に、その場で二人は聖月を軽蔑するだろう。そんな汚い男が友達だと知って、ショックを受けるだろう。受け入れたとしても、二人は聖月とはもう友人の立場ではなくなるはずだ。それが、ある意味であの夜にされた残虐な行為より、耐え難いことだった。
「じゃあね、ミツ。また遊ぼうね」
「じゃあな。また遊ぼうぜ、あと泊まりに来いよ! 今日は楽しかった」
「うん、じゃあね」
二人と、その場で別れた。二人とも笑顔で聖月と、別れの挨拶をしてくれる。二人の背中が見えなくなったとたんに、聖月駅の壁の近くでしゃがみこんでしまった。もう限界だと思った。別れる瞬間に、聖月は心が壊れそうだった。
―――寂しい、おいて行かないで、二人とも俺を助けて。
そんな喪失の想いが聖月の身体に這いずる回るように、駆け巡った。そんなことを言えない立場だということは分かっていた。だって、今の自分はもういままでの『君塚聖月』ではないのだから。
感情が溢れていたが、二人には気づかれずにすんだことが幸いだろう。二人は、別れる瞬間の無表情に見送る聖月を、いつも無表情の聖月だったのでなんの疑問も思っていなかったし、むしろそれが普段通りだと知っていた。だから、聖月の心の気持ちに気づくはずがなかった。
それだけが、聖月にとって救いだった。そのときだけ、自分の顔を聖月褒めたたえたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
目を覚ましたのは、朝の十時だった。
頭が重く、夢を見ていたので、まだ夢の中のいるんではないかと思ってしまった。聖月は、うすぼんやりと、また高校生のときの自分の夢を見ていたのだと思い出した。このごろ、つい最近だが、高校生のときの夢をよく見る。
結局あの2、3日後に『男娼』としての仕事を行うこととなった。聖月は、積極的に『ディメント』に入ったわけではなく、無理やり――脅迫といっても過言ではない状況で働くことになったのである。
なので、そんな聖月が客とうまく接客なんてものが出来るはずがない。
はじめの客は、こんな店二度と来るか、と罵ったほどだった。聖月の態度は、やりたくもない吐き気がする仕事内容でいいはずもなく、いつも以上に素っ気無く、技術的にも不足しすぎていて、客を満足させることなんて無理な話だった。
しかも、初心な態度もすればいいものを聖月は行為中、反抗してばかりで痛がるそぶりしかせずかえって不評だった。どれぐらい酷いかと言うと、客が苦情をいって、オーナーである小向がその客に頭を下げるという行為をしなければいけないほど酷いものだった。
聖月は客の前で気持ち悪くなりすぎて、その客の前で嘔吐するというやってはいけないこともしたので、小向はこっぴどく聖月を叱りつけた。けれど聖月は今でもアレはしょうがないと、自分を慰めている。目の前で中年の男が自分と抱き合っているという状況に耐えられるはずがない。
そんな最悪の状態から、もう2年はもっているので、聖月は不思議な気分だ。
だが、精神が壊れてもおかしくない状況で今までもっているのは、きっとあれのおかげだろう。その理由を考えて、聖月は卑屈に笑った。こんなの、壊れている自分でしか出来ない自己防衛だ。そう考えたら、心のそこから笑いが出てきた。
「…明日誰だっけ」
寝起きのまま、聖月は考える。
誰、というのは、仕事のことだった。仕事、というよりは苦行でしかないものだが、なんと言葉を仕事という以外にいうのか聖月には分からない。
ディメントでは、聖月は表面上週3回も働いている。だが、実際は4回は絶対にあった。暇なときは週3日だけでいいが、それはあまりなく、多いときには5日になることもある。
そのシフトが明日にあるのだ。自分が指名に入っているかは、パソコンやケイタイを開いてディメントの従業員用のサイトにいき、自分のページを見れば予定が分かる。
聖月は、ケイタイで自分の指名を見て「うわあ」と思わず声を出す。そこには「タチバナ様 オール」と書かれていたからだった。
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