アドレナリンと感覚麻酔

元森

文字の大きさ
上 下
35 / 143
第一章

第三話 37 奈落へ*

しおりを挟む
 急に、足が竦んで動かなくなる。聖月は本能的に、しゃがんで壁に寄りかかった。縮こまって、気付かれないように気配を消す。
 ばくんばくんと鳴り響く鼓動が今にも爆発しそうだ。
 声が近付いてくることもなく、ほっとすると同時に恐る恐る周りを確認する。すると進んだ奥の廊下から僅かに光が漏れていることに気付いた。あの直線的な光の漏れ方はたぶんドアからだろうと、聖月は予測する。
 もう一度周りを見渡して、聖月はゆっくりと腰をあげた。
 あそこだ――。
 聖月は、悲鳴があそこから漏れているのだと聞こえてきているのだと確信に変えた。あの場所に、真実が隠されているのだ。
 そう確信した瞬間に、『痛いっ…!』という甲高い悲鳴が廊下に響き渡った。聖月の身体がその声と連動するようにビクンと跳ねる。
 また、男の子の声だ。泣きじゃくり、鼻声の声が聞こえる。耳を塞ぎたくなるような痛々しい絶叫に聖月は心臓の音を早める。
 ――早く、助けに行かないと…。
 汗が止まらない。汗のぬめりで、持っているカメラが汗で滑りそうだ。助けに行かないと、そう意識したとたんに足取りが鈍る。
 ここは蒸し暑く、今日は熱帯夜だというのに聖月は身体の中から寒気を感じていた。背筋がぞわぞわと、聖月を脳内を刺激している冷たさ確かにあった。早くいかないと、と自分を急かし聖月はカメラを強くもう一度握りしめた。
 やっとのことで、問題の光が漏れているドアあと10メートルというところまで来た。
 足がガクガクと小鹿のように小刻みに震えている。カメラを握りしめていないと、今すぐにでも逃げだしてしまいそうだ。聖月は極度の緊張で気が狂いそうだった。息苦しくて、腰が抜けそうでどうにかなりそうだ。全神経を、光が漏れているドアに注ぐ。
 発している場所からだからか、先ほどよりも悲鳴も大きく聞こえこちらまで、丸聞こえだ。
 いやようなしに、その悲鳴が聖月の耳に入ってくる。絶叫か、なにかの咆哮かも分からぬ青年の痛々しい叫び声。耳を塞ぎたくなるのをぐっと抑え込み、聖月は忍び足で、足音を極端に無くすように声が途切れなく発せられているドアへと近づいていった。
 聖月は、カメラを起動させてゆっくりと構えた。
 どうか気付かれませんように…。
 聖月は祈りながら、カメラ越しにドアを覗き込む。
「……ッ!」
 思わず視界に入れた瞬間、頭が真っ白になる。
 ―――なんだこれ…なんだこれ…。
 聖月は自分の脳内が、赤く染まっていくを感じた。カメラを落としそうになるのを震える手で何とか抑える。
 思わず見た刹那、聖月は大声で叫びそうになった。だが、その悲鳴は喉に張り付いて結局はなにも声は出てこない。
「……ぃ…っ」
 聖月がその光景の意味を理解してしまうと、とたんに足が小刻みに痙攣する。汗が尋常じゃなく浮かび上がるのが、自分自身でもどうしても分かってしまう。汗が流れてくるほど暑いのに、どんどんと聖月の身体は青白くなっていった。
 立っているのも、息するのもやっとだった。息が苦しくて、口を押さえる。異常な部屋の状況に、聖月の脳内は理解も、整理することも叶わない。
 カメラを、聖月は手が白くなるぐらいに強く握る。そうしないと、聖月は平常心を保っていられる自信がない。目の前の光景に自分の目を疑ってしまった。
 聖月は、カメラを撮る目的も忘れただただ現実に―――目の前の狂気を目の当たりにし目が離せなかった。
 あまりの恐怖心で、聖月は涙を堪えていた。口を塞いでいないと、嗚咽が漏れそうだ。ふぅ、ふぅと息が手の指の隙間から漏れていく。
 倒錯的な部屋の様子に聖月は、怯えを隠せないでいた。今自分が身を隠さなければいけない立場だということも忘れる。頭痛に呻る頭を押さえ、聖月は息を殺してその状況を見ていた。ただただ見ていた。
 部屋のなかでは、聖月が想像していたものとはまったく違うものが行なわれていた。
 聖月の部屋とは4倍ぐらい違う大きさの部屋には、たくさんの人たちがいる。
 ざっと数えていなくても10人はいそうである。真ん中に大きな、聖月が見たこともないようなサイズのベットが目立った場所に置かれていた。
 聖月の目は煌々と照らし出されているベットから、目を離せなかった。異様で、異常な光景がそこにはあった。
 ベットの上には、何人かが乗っていた。おかしなことに、そこには女性はいない。全員が男だった。この部屋にいるのは、ベットにいるもの、ベットに近い場所で椅子に腰かけている人も、男ばかりだった。
 聖月は、凝視し、視界に広がっている光景に驚きを隠せないでいた。その場に居る者のほとんどが、全裸で何も服を身につけていなかったからだ。あるものは嬌声、あるものはその声の主を罵っている。怒声が、聖月の耳に突き刺さっていく。
 ―――淫猥な狂宴。
 その単語が聖月のなかで通り過ぎた。そうだ、これは。こんなのは…。
 狂乱の宴がここで繰り広げられている。
 なんだ、ここは。SMクラブか何かなのか…?
 聖月は飽和状態の頭で必死になって、考える。だが、それ以外思い浮かばなかった。
 ―――罵っている者は、ムチを持ちその手にあるものを相手に向かって直角に振り下ろす。バチンッ、と肉が硬いものにぶつかる音が部屋に響いた。
 相手の美しい青年の陶器のような白い肌が、熟れた果実かと思うほどの色の痕でどんどんと染まっていった。その光景は、目をそらしてしまうほど痛々しい。うっ血していて、ベットの上には血痕がところどころシーツに浮かび上がっている。
 声がしている。悲鳴だ。さっきから聞こえてきた青年だった。
 そしてその声にあわせ、鈍い肉を叩く音がする。青年は、また痛そうに顔を歪めた。
「ぅ……ぅぅ…っ」
 聖月は泣きだすのを、耐えて呻き声をあげた。
 聖月はその異様な残虐な行為を震えながら見ていた。
 ベットの隣で不気味な笑みを浮かべ、その異常な光景に暗いどす黒い目を光らせながら見入っている男が何よりも聖月には恐ろしかった。その男は、他の男たちとは違い裸ではなく品のいいブランドのスーツを身に着けていた。それだけだといのに、男の存在感はすさまじい。
 まるでここに君臨している王様のようだった。男はベットから遠い場所で豪華な椅子にどっかりと座り足を組みながら、美味しそうに赤ワインを飲んでいる。
 弄ぶ様に、飲んでいるのが言い表せないほどのオーラを放っていた。それは、まさにこれを見物しに来たように何とも愉しそうだった。
 ベットから離れた位置でこの光景を魅入っているのは、あの男だ。
 聖月はその人物をよく知っていた。暗い場所から見ても、見間違えるはずがない。信じたくないが、何度目を擦って確認しても同じ人だった。
 聖月をこの施設に入れてくれた、張本人である小向その人だ。
 いつも笑顔だった小向にあんな顔が出来るだろうかというほど、彼は残忍な表情をしていた。
 聖月は、狂気の宴に見入っていた。目をそらさずに。
 だから、気付かなかった。
 聖月の後ろに密かに忍び寄る、一つの影を。
「ヴッ…!」
 首に大きな衝撃がかかり、聖月は呻く。
 衝撃がかかった瞬間に、視界が歪んだ。痛みが、全身に回り聖月はなすすべもなく、崩れ落ちた。カメラがガチャンッと音を立てて落ちる。突然起こった出来事と、目の前に広がる霞んだ視界に聖月は状況を理解できない。
 誰かに首を思い切り打たれたのだと理解したと同時に、無防備に晒しだしていた腹部にそれよりも大きな鈍痛が走る。
「ぐえ……っ」
 苦痛に歪んだ声をあげ、聖月はのたうち回った。痛い。とにかく痛かった。
 聖月の目に、涙が浮かぶ。
「ぅう…い、った…」
 腹に入り込んでいた拳が、聖月の痛がる声を聞くともう一度腹部を殴り直撃する。まるで、意識が飛ぶまで殴りますよと宣言されているような容赦ない残忍な拳の突きあげ方だった。
 ―――今思い切り、腹を殴られたのだ。
 理解すると、痛みが全身にまわる。痛みの麻薬のようだ。聖月は、想像も絶する痛みに喘いだ。
「アアッ」
 何度もゴツゴツと容赦なくお腹を殴られ、聖月は脳天が揺られる。意識が殴られるたびだんだんと朦朧としてきて、頭がくらくらと目が回るように視界が揺らいで意識を保つのがやっとだった。
 抵抗も出来ない聖月に、諦めろと言わんばかりのより強い先ほどよりも強烈な一撃が聖月に襲いかかる。打たれたとき、聖月の脳内で火花が散る。
「…ッア゛………」
 今まで耐えてきた聖月でも、それは耐えきれなく限界だった意識を手放すしか方法はなかった。力なく脱力した聖月の顔色は、青白く死人にしか見えない。
 体温も、夏だというのに氷のように冷たかった。男は心配し、脈を確認すると動いていたのでほっと息をつく。
 そんな聖月を見て、殴った男は小さく呟いた。
「―――やっぱり、あんたってバカだよ」
 聖月の漆黒の髪を繊細な動きで触り、男は気絶している人間に向かって優しく頬を撫でながらあまりにも簡単に死刑宣告をした。
 もちろん聖月からの返事は返ってこなかった。


◆  第三話 END 第四話へ続く ◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

皇太子殿下の愛奴隷【第一部完結】

野咲
BL
【第一部】  奴隷のしつけも王のたしなみ?   サミルトン王国では皇太子選抜試験として、自分の奴隷をきちんと躾けられているかの試験がある。第三王子アンソニー殿下付の奴隷アイルは、まだ調教がはじまったばかりの新人。未熟ながらも、自分のご主人様を皇太子にするため必死に頑張る! 時に失敗してお仕置きされ、たまにはご褒美ももらいながら課題をクリアする、健気なアイルが活躍します!   基本のカップリングはアンソニー×アイルですが、モブ×アイルの描写が多め。アンソニー×アイルはなんだかんだ最終ラブラブエッチですが、モブ×アイルは鬼畜度高め。ほとんどずっとエロ。 【第二部】  みごと皇太子試験を勝ち抜いたアンソニー皇太子。皇太子の奴隷となったアイルは、様々なエッチな公務をこなしていかなければなりません。まだまだ未熟なアイルは、エッチで恥ずかしい公務をきちんと勤めあげられるのか? イマラチオ、陵辱、拘束、中出し、スパンキング、鞭打ちなど 結構エグいので、ダメな人は開かないでください。また、これがエロに特化した創作であり、現実ではあり得ないこと、許されないことが理解できない人は読まないでください。

ドS×ドM

桜月
BL
玩具をつかってドSがドMちゃんを攻めます。 バイブ・エネマグラ・ローター・アナルパール・尿道責め・放置プレイ・射精管理・拘束・目隠し・中出し・スパンキング・おもらし・失禁・コスプレ・S字結腸・フェラ・イマラチオなどです。 2人は両思いです。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

魔族に捕らえられた剣士、淫らに拘束され弄ばれる

たつしろ虎見
BL
魔族ブラッドに捕らえられた剣士エヴァンは、大罪人として拘束され様々な辱めを受ける。性器をリボンで戒められる、卑猥な動きや衣装を強制される……いくら辱められ、その身体を操られても、心を壊す事すら許されないまま魔法で快楽を押し付けられるエヴァン。更にブラッドにはある思惑があり……。 表紙:湯弐さん(https://www.pixiv.net/users/3989101)

葵君は調教されて………

さくらさく
BL
昔書いた小説を掲載させていただきます。 葵君という少年が田中という男に調教されてしまうお話です。 ハードなエッちぃ内容になります。 ところによって胸糞要素有。 お読みになるときは上記のことを了承していただくようお願いします。

純粋すぎるおもちゃを狂愛

ましましろ
BL
孤児院から引き取られた主人公(ラキ)は新しい里親の下で暮らすことになる。実はラキはご主人様であるイヴァンにお̀も̀ち̀ゃ̀として引き取られていたのだった。 優しさにある恐怖や初めての経験に戸惑う日々が始まる。 毎週月曜日9:00に更新予定。 ※時々休みます。

純粋な男子高校生はヤクザの組長に無理矢理恋人にされてから淫乱に変貌する

麟里(すずひ改め)
BL
《あらすじ》 ヤクザの喧嘩を運悪く目撃し目を付けられてしまった普通の高校生、葉村奏はそのまま連行されてしまう。 そこで待っていたのは組長の斧虎寿人。 奏が見た喧嘩は 、彼の恋人(男)が敵対する組の情報屋だったことが分かり本人を痛めつけてやっていたとの話だった。 恋人を失って心が傷付いていた寿人は奏を試してみるなどと言い出す。 女も未体験の奏は、寿人に抱かれて初めて自分の恋愛対象が男だと自覚する。 とはいっても、初めての相手はヤクザ。 あまり関わりたくないのだが、体の相性がとても良く、嫌だとも思わない…… 微妙な関係の中で奏は寿人との繋がりを保ち続ける。 ヤクザ×高校生の、歳の差BL 。 エロ多め。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...