アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第一章

第一話 4 慈善活動

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「いいよ。私はかまわない。家に空き部屋があるし」
「えっ、本当ですか?」
 清十郎はその答えを聞いて嬉しそうにしていた。
 聖月は驚いた。てっきり聖月は断ると思っていたのに。優しい人だ。
「あ、ありがとうございます! 迷惑はかけません!」
 心の底から嬉しいと思った。聖月と清十郎は大きくお辞儀をした。初めて会った人なのに聖月を迎えてくれるなんて心優しい人だろう―――。聖月は心の中で、小向を褒めたたえた。 
 小向の言葉によって、トントン拍子に話がまとまっていく。清十郎は小向となにか話している。兄はとてもうれしそうだ。清十郎は小向がとても気に入ったらしく、楽しそうに雑談していた。それは小向も同じようで、兄と仲良さそうに話しながらニコニコと笑っていた。
 二人の会話を見つめて聖月は心のどこかで安堵していた。ああ、兄さんが笑っている。―――そう思うだけで、聖月は嬉しい。さっきまで清十郎はあきらかに疲れていたから。あぁ、よかった―――。
 そんな兄を見て、心が温まりながらなぜか聖月の心はざわざわと奇妙な感覚に陥った。
 この清十郎としゃべっている、小向がどこか恐ろしかった。
 こんな話が進むとかなぜか妙だという気持ちなのだろうか。
 それとも…清十郎が話しているとき暗くどんよりとしたあの眼が良くないのだろうか。
 ああ、でもと聖月は思う。
 自分のことを預かってくれるこの人は『優しい』のだと。
 

***
 
 

 二週間後。
 引っ越しした荷物の手続きが終わり、聖月は小向の車に乗って揺られていた。待ち合わせ場所の駅で待っていたら誰でも知っている高級車に出迎えられて、聖月はびっくりして腰を抜かしそうになってしまった。
 車の向かう先―――目的地は、小向の家だ。これから聖月が暮らすホームになる場所である。清十郎は大きな家と言っていたけれど、どのくらい大きいのだろうか。
 兄が大きい家というのだから、今まで住んでいた実家より大きいのだろう。そんなことを思いつつ、小向と聖月はたわいもない話をしていた。
 大学はどう? 友達はできた? 何を勉強してるの?などなど。
 運転している小向に、気になっていたことを聖月は問うた。
「小向さんって社長さんなんですか?」
 小向はすこし驚いた顔をしたが、すぐに笑顔にかわった。親しみを覚える完璧な笑顔だった。
「まぁ、そうだね」
「なんの会社ですか?」
「う~ん。貿易関係の会社かな」
 ハンドルを切りながら、小向はいった。頷きながら聖月はどうして自分の会社なのに、あいまいであるような言い方をするのだろうと疑問に思った。だがそれはとても聖月にとっては些細な疑問で、すぐには気にならなくなる。
 外は暗くてもう夕方を過ぎて夜の帳が落ちてきた。山道に入ったようでゴト、ガタと悪道は車を揺らす。
「道が悪いね。聖月くん、大丈夫?」
 心配する小向の声が優しい。
「ええ。送ってもらってすみません」
 いやいやと笑いながらまた小向は、ハンドルを回す。カーブが多いのだろう。ゆるやかなカーブは、車酔いしない聖月でもちょっぴりキツイ。
 なんだか聖月はこの人の笑った顔しか見てないような気がした。
 仮面のようにぺったりとくっついているようで、聖月はだんだんと恐ろしく感じていた。もしも無表情の顔が聖月の仮面だったとしたら、小向は「笑」が仮面なのではないかというほどに小向は笑っている。
 なんだか接するうちに、聖月にはこの小向という人物がよくわからなくなってきた。
「子供の預かることって、貿易と関係あるんですか?」
 聖月は清十郎に聞いたが忘れてしまったことを、小向本人に聞いた。
「関係はないよ。慈善活動っていうのかな…。私はそこは分からないけど祖父がやり始めたらしくてね…。保護者のいなかったり、虐待されていた子供たちを預かる施設をやっているんだ」
 つまりは児童養護施設だよと小向は薄っぺらい笑顔を聖月に送る。
「そうなんですか」
 聖月も頷きながら、小向みたいな薄っぺらい笑みを浮かべた。
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