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第4章 入団までの1年間(3)、グラナダ迷宮と蓋をした私の思い

88:チェスターは、勇者に興味がもてない(1)

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会ったばかりの勇者にいきなり髪の毛を掴まれ、ツバを吐き捨てられた。

眼前に迫ってきたそのツバを顔を反らすことで器用に避けながら、ルナリア帝国バシュラール侯爵家当主であり、帝国の影を率いる私・<チェスター・バシュラール>は軽く眉根を寄せ、今後の予定を軌道修正することにした。

私の頭を掴んでいた勇者の左腕をひねり、髪の毛をはずさせる。
宙に浮いていた私の両足が地面に着いたのを確認して、魔法の呪文を唱える。


「ウィンド」


初級の風魔法である。

この魔法は軽く風をおこすことができるため、主に目つぶしに使われる魔法だ。だが、私は主に「ほこりを落とすこと」に使っている。

若いうちから詠唱省略できるものはほぼいないし、私もこの<ウインド>の魔法以外はいまだに詠唱省略をできない。
しかしながら、この魔法だけは詠唱省略ができるのには、もちろんそれなりの理由がある。


(・・・・・・土埃・・・完全に落ちなかったか。ふむ・・・・心なしか勇者に触られた頭部が脂っぽい気もするな・・・)


思わず、「チッ」と舌打ちが漏れる。眼前の勇者が目を丸くしているが、心底どうでもいい。


(早く入浴せねば・・・)


浄化のできる光魔法を使えさえすれば、入浴などという手間をかけずにすむというのに・・・・残念ながら私にはその才能はない。

ありもしない才能を切望するよりも、いまある手札で最善をつくすべきだろう。

そこで私はキレイであることを維持するために、風魔法<ウインド>を応用することにしたのだ。

通常、一方向にしか向かない風を、全身を包み込むように・・・汚れを落とすように、魔法を使用できるように試行錯誤した。
幼い時分から幾重にも使用した結果だろう、ついに1年前・・・・この魔法だけは詠唱省略できるようになったのだ。

眉根を再び寄せながら、私をこのような有様にした勇者を改めて観察する。

下世話な笑みをへらへら浮かべながら、両腕をあげ、私に媚びるような目線を向けている。

帝王陛下から「勇者は世間知らずの好青年」と聞いていたし、先ほどの玉座の間でもその通りだと思っていたが・・・・・・どうやら本質は違ったらしい。


「すみません!やっぱり、あなたは・・・・チェスターさんですよね?!疑って思わず、攻撃しちゃいました!でも、さすが隊長なだけありますねぇ。オレを簡単にひねり上げるなんて・・・やっぱり隊長っていうのは・・・・・・・・・・」

(くだらん)


これから暗殺命令遂行日までの1週間、この勇者に殺人になれる訓練を施そうと思っていた。
殺人などしたことがないだろう清廉潔白そうな青年と聞いていたからこそ、貧困街に行き、孤児を標的に様々な殺しのテクニックを施そうとしていたのだ。

街に潜入するために、いま固有魔法で変身までしたが・・・・・・やめだ。

パチンと指を鳴らし、変身を解く。

固有魔法は、使う時は呪文が必要だが解除するには自分の中で決めた合図をするだけでいい。


(まあ解除するつもりもないのに、間違えて合図を行うと悲惨だがな・・・)


少年のころの苦い失敗の記憶をかみしめながら、勇者に背を向ける。
先ほど向かっていた貧民街への近道が続く森ではなく、王城の正門の方へ歩いていく。

向かうは当然、入浴設備のある我が侯爵邸だ。


(この性格ならば、殺人の訓練は不要だろう。実力も勇者だけある。あの速さに加え、転移魔法が使えるなら十分だ。
まあ、命令遂行中、何かあっても私が対処すればころせばいいのだから、問題はない)


「あれ?チェスターさん?この森で訓練するんじゃ・・・・・・」

「訓練はしない。そのまま暗殺へ行く。明朝、ここに来い。これは、暗殺任務のための私からの命令・・だ」


私はそう勇者に告げる。
左腕にはまった<隷属の腕輪>の効果が勇者にきちんと作用するか疑念があったが、問題はなさそうだ。

一瞬、勇者の身体が硬直したのが見てとれる。

先ほどの帝王が勇者にした命令・・・「暗殺命令の遂行に関しては、彼の言葉(私のことである)に従ってください」が効いている証拠である。

隷属の腕輪は、命令違反をすると気絶するほどの痛みを生じさせるが、命令を告げただけでも微弱の電流いたみを生じさせる。


今回も、任務に支障がなさそうだと確認した私は、持てうる限りの魔法を自身に施し、早々に王城を辞することにした。

もちろんこれから入浴するためである。
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