上 下
1 / 1

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

しおりを挟む
「召喚成功だ・・・!」

「聖女様、聖女様が来てくださった・・・!!」


中世ヨーロッパ風の建物の中、歓声に沸くきらびやかな衣装をまとった人々を、私、レイチェルは呆然と見上げていた。

大理石で磨き上げられた床にぺちゃりと座っているせいで身体が冷えたのか・・・それともこの環境のせいなのか・・・、無意識に身体全体かぶるっと震える。

周りを見渡すと、私の他にもう1人女性がいた。
喜色を浮かべ「やった!私が今代の聖女なのね・・・!王子様と結婚できるなんて夢みたい!」と言った言葉を叫んでいる。
15・6歳くらいのその可愛らしいその女性の姿に和みながらも、彼女の言葉を理解した途端、私はサッと顔が青ざめた。


(私、もしかして・・・ゴダコル国の聖女召喚の儀式で、強制転移させられたの!?)


私の住むこの世界は、いわゆる剣と魔法の世界。
その中にある人族のみの小国・ゴダコル国には、<聖女召喚の儀式>というある意味誘拐まがいで、はた迷惑な儀式があるのは有名だった。

聖女召喚の儀式では、ゴダコル国の王都に張る結界を維持するのに相応しい人物を召喚するために行われる。結界を張れるほどの魔力量を持ち、かつ光魔法に適性のある人物。

光魔法は、人族ではなぜか女性のみしか発現しないため、人族国家のゴダコル国では、ほぼ必ず女性が召喚される。なので、ゴダコル国では、この誘拐まがいの行為を聖女召喚魔法と呼んでいるのである。


(確かに私は光魔法も使えるし、最近はすっごく魔力量が増えたけど・・・・・・・この聖女召喚魔法って、ゴダコル国の出身者限定で発動するって聞いたのに・・・・)


・・・とそこまで、思い浮かんで気付く。

私の両親の職業が行商人であることを。
行商人とは、時には国をまたいで商品を売り歩く商人のこと。
職業柄、色んな国へと移動していた両親は私が生まれた国をちゃんと覚えていなかったのではないかという事実に。

何といっても私は、8人兄弟の3番目である。
今の今まで、私は自分が生まれたのはゴダコル国の隣国だという両親の言葉を信じていた。
だけど、あの商売に関すること以外はテキトーな両親のことだ。間違えて覚えていたのであろう。
いや、完璧に間違えていたのだ。そうでなければ、私がゴダコル国に召喚されるはずなどないのだから。


(あー・・・やばいな。面倒なことになった。本当に・・・どうしよう・・・・。このままじゃこの国・・・・・つぶれるよね?)


私がいま心を占めるのは、自分の今後のことでも、突然部屋からいなくなった私を心配しているであろう婚約者のこと・・・・でもなく、このゴダコル国の未来のことだった。

なぜなら、いまも大陸の東端の方から、西端にあるこの小国に向けて巨大な魔力の塊が猛スピードで突進してくるのが感じられるからだ。


(は・・・ははは・・・どうしよう・・・・本当に)


この世界では全員が大なり小なり自分の魔力量に応じて、魔法が使える。
・・・・が、種族に応じて、その魔力量は大きく違う。
獣人族と呼ばれるケモ耳にしっぽの生えた種族は身体能力が高い代わりに、魔力量は少なく、身体強化魔法以外は使えない。

人族は多少使える者も多いが、エルフ族やドワーフ族といった種族よりは、劣るのが常識だ。
そんな中で、ダントツに魔力量が多い種族がいる。

それが龍人族である。

龍人族は数千年以上生きる長寿で、龍化といって龍に変化することもできる種族。
魔力量もさることながら、身体能力も高いため、世界最強の種族と言われている。
大陸の西端に位置するこのゴダコル国とは反対側の東端にあるドラコニール国。
そこにほとんどの龍人族が暮らす。

このドラコニール国は、王の選定が特殊で龍人族の中でも最も魔力量が多く、強い者が代々<龍王>となり、国を治めるということが決まっていて、龍人族以外にも獣人族から人族、エルフ族等様々な種族が暮らす・・・大陸屈指の大国である。

そのドラコニール国の現在の<龍王>は歴代の龍王の中でも屈指の魔力量をほこる魔剣士。
建国以来、領土を広げる気のないかの国は、そのため、災害や戦争も彼が即位してから千年ほどはおこっていない。
長年の憂慮といえばただ一つ、<龍王>の結婚問題くらいのものという平和そのものな国だったのだ。

まぁ・・・・その問題もつい2ヶ月ほど前に解決し、いまはもう憂慮の一つさえなくなった国であるのだが・・・・・。


(まだかなりの距離があるからか、私以外はそのドラコニール国から魔力の塊が突進しているのに気づいてないのね・・・・)


と、そこまで思考を飛ばしていたら・・・いきなりグイっと腕を掴まれた。
目の前にはキラキラしい衣装を着た顔もキラキラしい整った顔をした18歳くらいの男の子がいた。

自他ともに認める美形好きな私は、いきなりグイっと掴むという失礼なことをした行為をその顔に免じて許した。
しかし、彼は、私の顔を覗き込むと顔をゆがめて、こう言った。


「げっ。平凡顔の行き遅れ年増かよ・・!」


さすがにその言葉には、美形好きの私もムッとするというものである。
キラキラ輝く金髪碧眼の細マッチョを見上げながら・・・・


(失礼なヤツね・・・!私はまだ24歳よ!20歳までに結婚するこの国では・・・確かに行き遅れかもしれないけど、他の国じゃ、まだまだ全然イケてる年なんだから!!
・・・まぁ、確かに平凡な顔なのは否定しないけど・・・・・・)


・・・・と、心の中で罵倒する。そう心の中で。

行商人である両親のもとで育った私も、いまでは各国にまたがる割と大きな商会の代表をしている商人である。心はすさんでいても表情に出さないのは鉄則だ。

特にこの王族っぽい男の子なんかに口答えしたって良いことなど一つもない。
戸惑った顔をしたフリをしながら、その言葉を聞き流した。

キラキラ男子は私の渾身の演技に鼻を鳴らした後、もう一人近くにいたキラキラしい22歳くらいの男性に近寄った。


「兄上、私も妃はそちらの麗しい娘の方がいいです。この女を娶りたくはありません・・・!!」

「ザラール。気持ちは分かるが、聖女様はその身を生涯、結界維持に捧げる代わりに、王族が娶ると決まっておる。私はこちらの聖女様を妃として迎えることにした」


そういって、その兄上と呼ばれた男性は、「王子様と結婚できるなんて夢みたい!」と喜んでいる15・6歳の可愛らしい女の子の手をとり、その美形の顔で微笑みかけた。

15・6歳の女の子がチラリと私の方を向いて、勝ち誇ったような顔をしている。

ゴダコル国が聖女召喚の儀式と称して、誘拐まがいの行為をしても国民に許される理由。それがこれである。聖女として召喚されたものは、身分関係なく王族との結婚が約束されているのだ。

まぁ正妃は別にいて、第二妃以降の妃となるのだが、平民女性としてはシンデレラストーリーの様なもの。なので、国民は受け入れているのである。

ちなみに召喚時に何か条件を加えているのか、大体召喚されるのは10代後半の適齢期女性だったりする(私は20代だけどな・・・!)。


「父上・・・」


「ザラール、おぬしは・・・・仕方がないのう。では、この聖女は私の妾・・・いや第十妃にでもするかの」


(ああ・・・・・・どうしよう、ヤバい・・・ヤバい・・・・・かなり近いよ・・・これは・・・・)


私が突進してくる魔力の塊に思考を飛ばしていたら、またもや私の顔を男がのぞきこんでいた。


「ひっ・・・・・!」


今度は美形男子ではなく、脂ぎった親父だった。
・・・・いや派手目な衣装を着て王冠をかぶった・・・・・ちょっと小太りの・・・脂ぎった親父だった。
思わず悲鳴があがるのは・・・・仕方がない・・・よね?


「ふむふむ。確かに平凡な顔であるな。だが、我は王であるからな。そなたにも私と共に過ごす権利をやろうぞ」

「いやいや・・・結構だから!平凡顔、平凡顔っていうけど、平凡顔にだって、選ぶ権利はあるんだからね・・・!!
嫌々結婚する感出してるけど、私だって、結婚するなら、あんたより後ろにいる美形の!あのキンキラ王子・・・・・・としたいわ!!」


私は商人である。
そう心の中で罵倒しつつも、笑顔をたたえて

(ですが、私・・・婚約者がいるので結婚はちょっと・・・・)

としおらしく話した。
恐らくこの脂ぎった親父はゴダコル国の王様だろうからね。


「な・・・!貴様!!聖女様とはいえ、陛下になんて物言いを・・・・!」

「ぐぬぅっ!!折角私が娶ってやろうと思ったのに、無礼な・・・!こやつはもう聖女ではない!反逆罪でひっ捕らえろ!!!」

「ハッッ!!!」

「あ・・・しまった・・・!本音と建前が逆だった!!」


魔力の塊に気をとられたせいでうっかりしていた・・・・私がそう気付いた時にはもう遅い。
あわあわ慌てていると、室内にいた大勢の騎士たちに包囲されてしまう。
あっという間に、両手足を3人の騎士に抑えられ、動けなくされる。

周りには、魔導士のようなものまでいる。

私はいまでこそ魔力量が相当あるとはいえ、元々の魔力量は人族の平均以下。
ちょっと前までは生活魔法しか使えなかった一介の商人だ。
大の男におさえられたら・・・・どうやっても手も足も出ないのである。

この後の展開を考えると、申し訳なさすぎて胃が痛い。


「ごめんなさい・・・・」


もうこの騎士達に謝ることしかできない。
演技すら忘れて、涙目になって、ひたすら謝罪をする。

そうして捕らえられた私に、王冠を被った脂ぎった親父が歩み寄ってきた。
少し遠くから、先ほどのキンキラ王子2人を両手に侍らせた15・6歳の女の子が、そんな光景を相変わらずの勝ち誇った笑みで見ている。


「今更、命乞いかのぅ。しょうがない、そなたは召喚されるほど魔力量があるのじゃ。そこまで反省するなら、処刑はせず、奴隷として・・・・ふごぉおおおお!!!」

「がっ・・・う、うでがぁああああ!」

「ががぁあああ!!!!」

「キャーーーッッ」

「父上!?」

「陛下ぁあああああああ・・・!!」


私の眼前は、突然阿鼻叫喚になった。


(本当に・・・ごめんなさい!!!)


私の手足を抑えていた3人の騎士は両腕が突如消え失せ、呆然としているし・・・・・
王冠を被った脂ぎった親父は、王冠を失い・・・だいぶ先の壁に激突していた。
王様は、気を失っているのかピクリとも動かない。

突然の事態に他の騎士は呆然とする者、警戒をする者が多数。
王子2人は驚愕の表情を浮かべ、聖女と呼ばれて喜んでいた女の子は絶叫している。

・・・・・ゴダコル国の王都、つまりこの場所には聖女による結界が張られているはずなのに・・・・・・どうやらドラコニール国からきた魔力の塊にはピクリとも効かなかったようである。

そのまま速度を落とさず、この場所に落ちてきた・・・いや、落ちてきやがった。
そうして、この惨状を瞬時に作り出した・・・。


「可愛いレイチェル、いけない子だね?・・・・・・突然、私のそばからいなくなるなんて。また商売に夢中になったの?」


凡人の私には、1秒も満たない時間でどうやってこの惨劇が生まれたのかは分からない。
だけど、誰がやったかは分かる。

この惨状を作り出したのは、この魔力の塊・・・・いや、私の婚約者、ユリアス・ドラコニールである。

彼は私に向けて、そう甘く微笑んできた。
・・・・・全く周囲の惨状が目に入っていないかのように。

ちなみに商売云々言っているのは、私が商売上の理由で、いきなり転移石という非常に高価な瞬間移動の魔石をこの婚約者の前で使ったことがあるからだ。

月の様な銀色に輝く長髪。キレ長の瞳。背も小柄な私の頭2つ分以上高く、程よくついた筋肉。
腰には帯剣しており、キラキラ王子や脂ぎった親父よりも質素な・・・冒険者のような服装をしている。
なのに、その完璧な美貌のせいで、簡素な服がとても高級な素材で作られたもののように感じられた。

やり手の商人である私でさえ、その安い服を思わず高額で買い取りたくなるから・・・龍人族特有の完璧な美貌はおそろしい・・・・!!

そう、純粋な人族である私の婚約者は、なんと最強種族・龍人族なのである・・・!
しかも、ドラコニールと名前が付くことからも分かる通り、ドラコニール国の龍王陛下だったりする・・・・!!!

大国の龍王様とただの商人が結ばれるなんて、そんなバカな話はないと思う?それこそ聖女でもあるまいに。
・・・・・・・だよね、私もそう思う。

だけど、龍人族に限ってはあり得る話なのだ。
龍人族には、<魂のつがい>と呼ばれる存在がいて、その存在以外とは子供を成せないので、<魂のつがい>であれば、奴隷だろうが同性だろうが、伴侶となれるのだ。
さらに龍人族から<魂のつがい>と認められれば、龍人族以外の種族は龍人族と同等の寿命と魔力量に変化する。

通常、産まれたときからそこまで大きく変化しない人族の私の魔力量が最近、劇的に増えた理由はこれである。

ちなみに龍人族は一目見た瞬間、<魂のつがい>かどうか相手を判別することができる。
・・・というか熱烈に惚れてしまうらしい。

その一途さたるやすさまじく、ちょうど経営している商会の支店を出そうかとドラコニール国を視察していた商人の私は、それによりお忍び中のユリアス様に見つかり・・・・・いつの間にか婚約者になっていた・・・という訳である。

いや・・・・いつの間にかというか、龍人族はものすっごい美形なのである。

一緒に同行していた私の兄弟に言わせれば、自他ともに認める美形好きの私が、ついつい話もろくに聞かず、ユリアス様の顔に呆気にとられ・・・・見惚れた挙句、適当に「うん、うん」頷いていたせいらしいのだけど・・・・・・・。


思考を飛ばしていたら、目の前に美形がいた。
もちろん婚約者のユリアス様である。銀色の長髪をなびかせ、頭2つ分は高いその背を少し折り曲げながら、私の頬に触れて、瞳を覗き込んできた。

やばいドキドキする。


「レイチェル・・・さっき、レイチェルの可愛い声で<キンキラ王子と結婚したい>って声が聞こえたんだけど・・・・結婚したいのは・・・・・どっちの王子?」


「ひっ」


小首を傾げながら、少し視線を王子たちの方に向けながら聞いてきた。
瞳を見返すと、その目の奥が笑っていない。
恐ろしい気配を感じ、思わず小さい悲鳴が漏れる。

ヤバい・・・違う意味でドキドキしてきた・・・。

しかし、私は商人である。さっきは思わず間違えてしまったが・・・・・・・本音と建て前を使い分けられる女なのである。


(正直に次男の方です・・・!なんて言ったら、あの王子・・・・殺されるんじゃない??)

「やだなぁ、ユリアス!
キンキラ王子なんて言ってないよっ、キンキラ王・・・・・って言ったの!つまりユリアスのことだって!」


私は精一杯のかわいらしさと・・・多少の媚びを売って、ユリアス様に馴れ馴れしくこのセリフを言った。
24歳にもなって、平凡顔の私がかわい子ぶりっ子・・・・自分でもイタイと思う。
だが、この魔力の塊ことユリアス様が不機嫌な時は・・・・とても効果的なので、背に腹は代えられないのだ。呼び捨てにしているのも当然わざとである。


(対応を間違えれば・・・確実に死人が出るからね・・・・)


チラリと腕を失った両脇の騎士たちを目に入れて決意する。ちなみに腕の欠損は龍人族の治癒魔法なら治せるので、ユリウス様の機嫌さえ治れば、元通りになる。だから、絶望した顔をしないで安心してほしい。

この騎士たちのためにも・・・・私の責任は重大なのである!
上目づかいでユリウス様を見上げ、ついでに頬にキスをした。


「レイチェル・・・・」


わずかに瞳を見開き、頬を染め・・・とろけるような笑顔を見せるユリアス様。
先ほどのヤバい気配は消えていた。


(大サービスだぞ。人前でキスなんて・・・!!めっちゃ恥ずかしいんだからねっっ!!)


ユリウス様に出会うまで恋より商売だった私は、本当に恥ずかしい。
ついでにとろけるような笑顔の美形ユリウス様を見て、うっかりときめく。

しかし、私のこの奮闘は見事に散った。
命を守ってやろうとしていた本人によって。


「はぁ?キンキラ王ってなんだよ!お前がオレにさっき言ったキンキラ王子って不敬発言を無しにすんじゃねぇよ・・・!!」

(空気を読めよぉおおおお!!!)


一気にまた空気が冷え込んだのが分かる。
そして、空気を読めないのがもう一人。


「あ・・あの!あなた様は・・・・・?この罪人とお知り合いなのですか?」


聖女様と呼ばれていた可愛らしい女の子である。頬を染めながら、ユリアス様にそう声を掛けた。

いや、分かる!分かるよ?
龍化と言って、龍に変身するとき以外は龍人族は、見た目人族とほぼ変わらないしね?
ただすんごい美形なだけでね?

そりゃ同じ(おそらく)美形好きとしては、目の前の王子を放って声を掛けちゃう気持ちも分かるけど・・・・・・・このタイミングだけは・・・やめてほしかった。
さらに空気が冷え込んできた。
私の両腕を見てみて?ヤバい病気にかかったようなこの鳥肌を。寒すぎる・・・・・。


「レイチェル・・・?」


「どういうこと?」とでもいうようなイヤな空気がユリウス様から発せられたが・・・・しかし・・・。


「陛下!」


ユリアス様が開けた穴から、もう一つの魔力の塊・・・・・・失礼。ドラコニール国宰相のアベルさんがやってきた。

ちなみにゴダコル国の聖女の結界は一度破れても自動で張りなおされる機能があるのだが、アベルさんも全く速度を落とすことなく、突っ切ってきた。

・・・・うん。聖女の結界って何だろう。


(まぁ・・・でも・・・助かった。アベルさんがいてくれれば・・・ユリアス様が暴走したとしても・・・・止めてくれるよね?)


ここに召喚されたとき、私を勝手に誘拐したゴダコル国は、ユリアス様の怒りを買って滅ぼされると思ったけど、そうはならなさそうである。

アベルさんは宰相。宰相とは、つまりドラコニール国での実力NO.2なのである。
黒髪にメガネをかけているただのインテリ眼鏡だと思ったら、大間違いなのである・・・・!
彼は、ユリアス様の暴走をどうにか止められるだけの実力者なのだから。

最悪の事態を回避した安堵から・・・・ほっとして、息を吐く。


「陛下・・・?まさか・・・あなた様は・・・・」

「あ・・・あああああ!りゅ・・・龍王・・・!?」


キンキラの第一王子が聖女と呼ばれた女の子を押しのけ、ユリアス様を凝視する。
遠くで気絶していたはずの王冠をかぶった親父もいつの間にか目覚め、奇声をあげていた。
よく見ると近くに女性の魔導士の様な人がいるから、治癒魔法で治療されたのだろう。

死んでなかったようで安心である。

ユリアス様は千年も東の大国ドラコニール国を統べる龍王。
その絵姿は、広く世界中に出回っている。
どうやら、2人はやっちゃいけないことをしたことに、いま気づいたようだ。
その調子でこれからも失言に気をつけてほしい。

龍人族の番狂いは有名なのだ。
昔、同じように<勇者召喚だ!>と言って、龍人族のつがい(男)を召喚した国は、目の前から急に消えたつがいの気配に半狂乱になった龍人族により、消滅したこともある。

その際、勇者召喚をその国の多くの民衆が支持していたこともあり、王族・貴族だけでなく、多くの民衆の命が・・・・・一緒に消えた。

ああ・・・分かるかな?今の状況とすごく似ているのだ。勇者が聖女になっただけで。
しかも一介の龍人族でそれだったのである。龍王であるユリアス様が半狂乱になったら・・・・・・シャレにならない。


「あ・・・あの龍王殿。どうして我が国へ?
あ・・・もしかして聖女召喚の儀の見学でしょうか?」

(ああ・・・王様、気絶していたから、私とユリアス様の掛け合い見てなかったんだ・・・・自分がユリアス様のつがいを召喚・・・つまり、誘拐したことに気づいてないんだ・・・・・・・)


思わず、やり手の商人であるにもかかわらず、素に戻り、遠い目をしてしまう。
ユリアス様の剣呑な気配が膨れ上がるのが近くで感じられる。


「ほう・・・つまり。私のレイチェルを・・・・大事なつがいを・・・・・この国は・・・・誘拐したのだな・・・・・?」

「え・・・?」


王様が素っ頓狂な声をあげる。
ユリアス様の魔力が膨れ上がり、今にも龍化するんじゃないかという気配を感じる。
しかし、安心である。なんたってインテリ眼鏡ことアベルさんが・・・・。


「アベル・・・止めるなよ」

「もちろんです。龍人族のつがいに手を出した国を滅ぼすのを止めることなどいたしません」


・・・・・・・止めなかった。

周りを見渡すと、絶望の表情を浮かべる騎士達。キンキラ王子たちも、あの勝ち誇った顔をしていた女の子でさえも、この後の惨状を思い浮かべ、絶望の表情である。

私は、もう背に腹は代えられないことを悟った。
<魂のつがい>を見つけた龍人族は、普通すぐに結婚して夫婦となる。
婚約期間などなく・・・本当にすぐに。

今回、ユリアス様と私がすぐに結婚せず、婚約者となったのは、ひとえに私がつがいの概念のない人族だったからである。ついでに商売にうつつを抜かしていた私にとっては、初めての恋人だったのもある。

さすがに、美形好きの私といえども、一瞬で恋をしていたとしても・・・・・出会ったばかりの男と結婚してアレコレするのは心の準備が必要で・・・どうにか説得して、婚約期間を経て1年後の結婚としてもらったのだ。

ちなみに結婚はしていないが、<魂のつがい>だとユリアス様に認定はされているので、寿命も延びているし、魔力量も多くはなってはいる。

ごくりとツバを飲み込む。私は商人・・・、ここぞという時はやる女なのである。

王様の方を凝視するユリアス様の服をそっと引っ張って、こちらに意識を向けてもらう。そうして、唇に軽いキスを落とす。


「もう!ユリアス、私以外に時間を使う気なの?私、ちょっとユリアスと離れただけですっごく寂しかったのに・・・!ユリアスが私以外を見ないように、もういますぐ結婚して・・・!」


そうしてぎゅっとユリアス様に私のない・・・・いや・・・ささやかだ!ささやかな胸を押し付ける。

羞恥心が大爆発である。


(くっそぉおおお!脂ぎった王冠親父めっ!貸し1つだぞ!!!絶対、後でうちの商会一高い商品を売りつけてやる・・・・!!!)


真っ赤になりながら、ユリアス様の先で呆然と呆けている王様をにらみつける。
アベルさんが面白いものを見た、と言った顔をしてこちらを見て、口角をあげた。


「アベル」

「はい、陛下」

「オレは今から2年くらいつがい休暇に入る。国の運営は任せた」

「・・・・かしこまりました」


いつの間にか恐ろしい気配を霧散させたユリアス様は艶然とした顔を私に向けながら、アベルさんにそう指示をだした。
アベルさんはその指示に恭しく頭をさげる。

こうして私の羞恥心と多大なる心身の負担と引き換えに、私は多くの命を救った。ご機嫌になったユリアス様によって、騎士たちの腕も元通りである。
ゴダコル国の聖女召喚の儀を少し小ばかにしていたが、まさしくいまの私は聖女のようではないか?と自画自賛したのは、ここだけの話だ。

・・・いや、兄弟の目の前で言って、「そもそも姉ちゃんが召喚されなければ、全員命の危機なんてなかっただろうが」と呆れられた。

ちなみにゴダコル国は、誰も命を奪われなかったけれど、ドラコニール国に滅ぼされはした。何もしないのはさすがに沽券にかかわるらしい。

ドラコニール国に併合された元ゴダコル国。
聖女の結界はなくなったが、さらに強大な龍人族たちによる結界が王都以外にもはられるようになり、多くの民衆はこの併合を喜んだという。

なお、可哀そうだったので元王様に高い商品を売りつけるのはやめてあげた。

------------------------------------------
補足:レイチェルが召喚されたのは、聖女召喚魔法の条件が<ゴダコル国出身><未婚><光魔法><魔力量>だから。

読んでいただき、ありがとうございました!
興味があったら連載中の「悪役令嬢は男装して、魔法騎士として生きる。」も読んでいただけると嬉しいです。

https://www.alphapolis.co.jp/novel/458681116/489323110

<あらすじ>
VRMMOのアクションゲームで<剣聖>の異名を持ち、一部で有名だった理奈。
彼女はあろうことか、アクションゲームではなく、乙女ゲームの必ず死亡する悪役公爵令嬢・レティシアに転生してしまう。
剣と魔法のある世界で、そのキャラクターと同じ動作ができることを確認した理奈は、
ゲーム開始前に同じく死亡する兄を助ける。・・・・が、なぜか男装して兄の代わりに魔法騎士団に入団することになってしまい・・・・・?
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約を解消したら、何故か元婚約者の家で養われることになった

下菊みこと
恋愛
気付いたら好きな人に捕まっていたお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

モブなので思いっきり場外で暴れてみました

雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。 そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。 一応自衛はさせていただきますが悪しからず? そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか? ※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。

聖女は寿命を削って王子を救ったのに、もう用なしと追い出されて幸せを掴む!

naturalsoft
恋愛
読者の方からの要望で、こんな小説が読みたいと言われて書きました。 サラッと読める短編小説です。 人々に癒しの奇跡を与える事のできる者を聖女と呼んだ。 しかし、聖女の力は諸刃の剣だった。 それは、自分の寿命を削って他者を癒す力だったのだ。 故に、聖女は力を使うのを拒み続けたが、国の王子が難病に掛かった事によって事態は急変するのだった。

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます

佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」 いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。 第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。 ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。 だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。 それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。   私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて―― ========= お姉様のスピンオフ始めました。 「国を追い出された悪女は、隣国を立て直す」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482   ※無断転載・複写はお断りいたします。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

悪役令嬢の私が転校生をイジメたといわれて断罪されそうです

白雨あめ
恋愛
「君との婚約を破棄する! この学園から去れ!」 国の第一王子であるシルヴァの婚約者である伯爵令嬢アリン。彼女は転校生をイジメたという理由から、突然王子に婚約破棄を告げられてしまう。 目の前が真っ暗になり、立ち尽くす彼女の傍に歩み寄ってきたのは王子の側近、公爵令息クリスだった。 ※2話完結。

婚約破棄を喜んで受け入れてみた結果

宵闇 月
恋愛
ある日婚約者に婚約破棄を告げられたリリアナ。 喜んで受け入れてみたら… ※ 八話完結で書き終えてます。

処理中です...