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正義のミカタ第2章~北の大地の空の下~
第1話 始まりは、お誘いの失敗から
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ことの始まりは、警視庁三階廊下での二人の男女の会話だった。
捜査一課――通称「殺人課」の刑事が、二人。
女が自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、廊下の窓から冬の木枯らしが吹き荒れる、いかにも寒そうな外を見ていると、男が声をかけてきた。
「やあ、崇皇さん」
「ゴク……あら、亀追君」
「丁度良かった。ちょっと話があるんですが」
「何?」
女はグビグビと男前にブラックコーヒーを飲みほし、ゴミ箱に捨てた。誰もいない廊下に、スチール缶のカラン、と乾いた音が響いた。
「確か崇皇さんは、今週末は非番ですよね?」
「んー……。そうだったわね、確か」
崇皇深雪は自分の休みの日など興味がなさそうに言った。
実際、彼女は自分の仕事が大好きで、刑事であることに誇りを持っていたので、特に自分から休みが欲しいとは思わない。
別に仕事中毒というわけではないのだが、休日に家でゴロゴロするよりは、警視庁で一課のみんなと一緒に事件の犯人を追っかけ回すほうが、はるかに健康的だし楽しいのだ(事件を楽しむのはさすがにどうかと思うが)。
崇皇にとっては捜査一課の強面の刑事たちは家族同然の愉快な仲間たちなのである。
もちろん、目の前に立っている、同輩で階級も自分より高いくせに自分に敬語を使ってくる男――亀追飛雄矢も、一応その一人である。
「あ、やっぱりそうですか。僕も非番なんですよ」
「ふうん」
――だから何?
崇皇はそう言いたくなったが、とりあえず言わないでおいた。
どうも、この男のものの言い方が回りくどくて、崇皇は苦手だった。
言いたいことがあるなら、直接ガツンと言ってほしいのだ。
変化球より直球勝負。
崇皇はそういうタイプだった。
「よかったら、今週末、旅行にでも行きませんか」
今回の亀追はよく頑張ったほうだった。
この男は、食事に誘うのに、
「ここのレストラン、美味しいらしいですよ」だの、
「誰かと一緒に食べに行きたいです」だの、寂しがり屋の女子高生みたいな誘い方をするので、崇皇はそのたびに、妙にイライラして、それでも丁重に断るのだった。
そのことを考えると、亀追は大健闘した。
しかし、亀追には誤算があった。
「いいわよ。じゃあ、みんなも誘っておくわね」
「は? ……みんな?」
「一課のみんなで忘年旅行なんて、たまにはいい仕事するじゃない!」
崇皇の、警視庁の男共を悩殺する満面の笑顔が、今、亀追の目には絶望に映った。
「い、いや、ちが」
「きっとみんな喜ぶわよ。じゃ、今から誘ってくるわね」
崇皇はさっさと一課の部屋へ歩いて行った。
亀追は、がっくりと肩を落とした。
崇皇は、恐ろしく恋愛事に疎いのだった。
〈続く〉
捜査一課――通称「殺人課」の刑事が、二人。
女が自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、廊下の窓から冬の木枯らしが吹き荒れる、いかにも寒そうな外を見ていると、男が声をかけてきた。
「やあ、崇皇さん」
「ゴク……あら、亀追君」
「丁度良かった。ちょっと話があるんですが」
「何?」
女はグビグビと男前にブラックコーヒーを飲みほし、ゴミ箱に捨てた。誰もいない廊下に、スチール缶のカラン、と乾いた音が響いた。
「確か崇皇さんは、今週末は非番ですよね?」
「んー……。そうだったわね、確か」
崇皇深雪は自分の休みの日など興味がなさそうに言った。
実際、彼女は自分の仕事が大好きで、刑事であることに誇りを持っていたので、特に自分から休みが欲しいとは思わない。
別に仕事中毒というわけではないのだが、休日に家でゴロゴロするよりは、警視庁で一課のみんなと一緒に事件の犯人を追っかけ回すほうが、はるかに健康的だし楽しいのだ(事件を楽しむのはさすがにどうかと思うが)。
崇皇にとっては捜査一課の強面の刑事たちは家族同然の愉快な仲間たちなのである。
もちろん、目の前に立っている、同輩で階級も自分より高いくせに自分に敬語を使ってくる男――亀追飛雄矢も、一応その一人である。
「あ、やっぱりそうですか。僕も非番なんですよ」
「ふうん」
――だから何?
崇皇はそう言いたくなったが、とりあえず言わないでおいた。
どうも、この男のものの言い方が回りくどくて、崇皇は苦手だった。
言いたいことがあるなら、直接ガツンと言ってほしいのだ。
変化球より直球勝負。
崇皇はそういうタイプだった。
「よかったら、今週末、旅行にでも行きませんか」
今回の亀追はよく頑張ったほうだった。
この男は、食事に誘うのに、
「ここのレストラン、美味しいらしいですよ」だの、
「誰かと一緒に食べに行きたいです」だの、寂しがり屋の女子高生みたいな誘い方をするので、崇皇はそのたびに、妙にイライラして、それでも丁重に断るのだった。
そのことを考えると、亀追は大健闘した。
しかし、亀追には誤算があった。
「いいわよ。じゃあ、みんなも誘っておくわね」
「は? ……みんな?」
「一課のみんなで忘年旅行なんて、たまにはいい仕事するじゃない!」
崇皇の、警視庁の男共を悩殺する満面の笑顔が、今、亀追の目には絶望に映った。
「い、いや、ちが」
「きっとみんな喜ぶわよ。じゃ、今から誘ってくるわね」
崇皇はさっさと一課の部屋へ歩いて行った。
亀追は、がっくりと肩を落とした。
崇皇は、恐ろしく恋愛事に疎いのだった。
〈続く〉
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