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第5話 狂った世界の歩き方

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どうも、この狂った世界でマトモな人間は数少ないらしい。
アタシ――松崎楓の周りには、少なくともストーカー行為を容認している人間ばかりだ。
ここまで狂った世界だと、もはや狂っているのは逆にアタシだけなのでは? と絶望もしかけたが、よくよく考えてみれば、水上錦の前の彼女だって水上を「気持ち悪い」と認識していた。まだ希望はある。
さて、この世界がどのくらい狂っているのかと言えば、これまでのお話を読んでくれた読者の皆さんには充分に理解してもらえたと思うが、復習のためにおさらいしておこう。
この世界――少なくともアタシの住んでいる街は、至るところに監視カメラが設置されている。おかげで犯罪の検挙率は高い。まあここまではいい。
問題は、個々人の家にも監視カメラを設置する家庭があり、親が子供の部屋のぬいぐるみにも勝手にカメラや盗聴器を仕掛けているのだ。ここまで来たら流石に異常だろう。
さらに、この世界では前述のようにストーカー行為が容認されている。ただ下着をかぶっているだけの変質者が逮捕されるのに、ストーカーは何故か逮捕されない。いや、変質者も十分怖いけど。
これはあくまでアタシの考えだが、この家庭内ストーカードメスティック・ストーカーの数はアタシが思っている以上に多く深刻だ。
親が子供や配偶者を監視する家庭はおそらくは政治家や有力者の中にも多い。
そして、恋人同士でもお互いにストーカー行為を容認している、そんな異常な世界だ。
……それを異常に感じている人間が少ないから、逆にこの世界にとってはアタシのような人間が異物なんだろうけど。
いっそアタシもこの異常な世界の住人だったら、どれだけ楽だったことだろう。
この狂った世界で、正気を保ったまま渡り歩くには――?

翌日。
教室に入ると、結構早い時間だというのに、水上錦――アタシの彼氏がぽつんと席に座っていた。他に生徒はいないらしい。
……アタシが学校に出発する時間を見計らって、先回りしたのかな。
水上のアタシを見る目は、まるで飼い主に叱られてしょぼくれた犬のようだった。
「おはよ、水上」
アタシは普通に挨拶する。
「……楓、怒ってない?」
眉尻を下げ、上目遣いで水上が問う。
アタシは水上の顔だけは好みだ。ぶっちゃけ、顔で彼氏にした感はある。
「怒ってないよ。アタシも、突然帰ってごめん」
「いや、それは……俺が『楓が死ねって言ったら死ぬ』なんて言ったから、だよね……?」
他にも原因は色々あったが、とりあえずそれが原因ということにして、うなずいた。
「あんまし自分の命を粗末にすんなよ」
「はい……」
アタシは水上の背中をバシッと叩く。水上は「いてっ」と言ったが存外嬉しそうであった。
そのあとはホームルームに授業、昼休みに弁当食ったらまた授業。居眠りしてたら放課後なんてあっという間である。
「楓、放課後デートしない?」
「いいけど……どこ行くの?」
「あのパンケーキが美味しい喫茶店とかどうよ?」
「アンタがフラれた店に行くとかアンタもいい趣味してんね」
「フラれたけど、その直後に運命に出会えたからね。思い出深いんだ」
「バーカ」
照れ隠しに罵った。
「じゃあ紅葉と秋野も連れて四人で行こうよ。あそこのパンケーキ美味しいけどやたらデカイからシェアできる人数が多いほうがラクなんだよね」
「ダブルデートってやつ? いいね」
他人の入り込む隙をなくしたがる水上が、珍しく乗り気だった。まあ、秋野はストーカー友達だし、気心の知れた仲なのだろう。
……秋野本人は「知り合って二年くらいしか経ってないしあんまり興味ない」って言ってたけど、それは黙っておこう。
さて、アタシたち四人はいつかの喫茶店にやってきた。
流行り廃りというのは早いもので、二時間待ちだった喫茶店にはもう行列はない。パンケーキブームは去って、今は何か別のものが流行っているらしい。アタシにとっては興味がない。アタシはあくまでパンケーキが食べたいのだ。
「お待たせいたしました」とドカンと五段積みの分厚いふわふわパンケーキがテーブルに乗せられる。バターとメイプルシロップの甘い匂いが鼻をくすぐる。
「すごいね~これ、食べ切れる?」
「そのために四人で来たんでしょ」
「ねえねえ、食べる前に写真撮ろうよ」
「ナイフ入れた断層もね!」
女子組――アタシと紅葉はキャイキャイとはしゃぎ、それを温かくカメラを構えて見守る男子組――水上と秋野。この世界において、写真や動画で形に残すことは一種の愛情表現なのだと最近気づいた。
女子がパンケーキの写真を思い出として残すように、男子はその楽しそうな顔の女子をカメラに収めることで思い出として残す。
「はい、水上の分」
アタシは大きめに切り分けたパンケーキを皿に乗せて水上に渡す。
「あ、ありがと……」
水上は戸惑っているようだった。そりゃそうだ、今まで邪険にされていた相手が急に優しくなったのだから。
「なんか今日、機嫌良かったりする?」
「機嫌がいいっていうか、吹っ切れたって感じかな」
「ふーん……?」
水上は不思議そうな顔をしていた。
みんなでパンケーキを食べて、四人ともパンパンになったお腹をさすっていた頃。
「ねえ、水上。ゴールデンウィークって空いてる?」
「うち、家族はばあちゃんしかいないからいつも空いてるような状態だけど、どうかした?」
「……水上んちに、お泊りしたいなって……」
カシャンと皿の上にフォークが落ちる音がした。
「水上、皿が割れたら危ないでしょ」
「あ、うん、ごめん……え? お泊りって……本気で言ってる?」
「うん。ゴールデンウィークの間だけ、アタシのこと監禁して、いいよ」
――そう。
この異常な世界を渡り歩く方法はただひとつ。
自分も壊れてしまうしかなかった。
「水上くん、良かったね。おめでとう」
「おめでとう……紅葉。僕も紅葉と一緒にゴールデンウィーク過ごしたいな。……僕の部屋で」
「家が隣同士だから大して変わらないと思うけど……そういう趣向も面白いかもね?」
紅葉が妖艶な笑みを浮かべ、秋野がそれに見とれている間にも、水上の顔はどんどん赤くなっていく。
「監禁していいよって……監禁して、いいよ、って……ああ、録音しといてよかった、あとで聞き返そう……」
いや、録音してたんかい。

とまあ、そういうわけで、アタシはこの狂った世界に順応することにしたのであった。

〈続く〉
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