5 / 12
第5話 狂った世界の歩き方
しおりを挟む
どうも、この狂った世界でマトモな人間は数少ないらしい。
アタシ――松崎楓の周りには、少なくともストーカー行為を容認している人間ばかりだ。
ここまで狂った世界だと、もはや狂っているのは逆にアタシだけなのでは? と絶望もしかけたが、よくよく考えてみれば、水上錦の前の彼女だって水上を「気持ち悪い」と認識していた。まだ希望はある。
さて、この世界がどのくらい狂っているのかと言えば、これまでのお話を読んでくれた読者の皆さんには充分に理解してもらえたと思うが、復習のためにおさらいしておこう。
この世界――少なくともアタシの住んでいる街は、至るところに監視カメラが設置されている。おかげで犯罪の検挙率は高い。まあここまではいい。
問題は、個々人の家にも監視カメラを設置する家庭があり、親が子供の部屋のぬいぐるみにも勝手にカメラや盗聴器を仕掛けているのだ。ここまで来たら流石に異常だろう。
さらに、この世界では前述のようにストーカー行為が容認されている。ただ下着をかぶっているだけの変質者が逮捕されるのに、ストーカーは何故か逮捕されない。いや、変質者も十分怖いけど。
これはあくまでアタシの考えだが、この家庭内ストーカーの数はアタシが思っている以上に多く深刻だ。
親が子供や配偶者を監視する家庭はおそらくは政治家や有力者の中にも多い。
そして、恋人同士でもお互いにストーカー行為を容認している、そんな異常な世界だ。
……それを異常に感じている人間が少ないから、逆にこの世界にとってはアタシのような人間が異物なんだろうけど。
いっそアタシもこの異常な世界の住人だったら、どれだけ楽だったことだろう。
この狂った世界で、正気を保ったまま渡り歩くには――?
翌日。
教室に入ると、結構早い時間だというのに、水上錦――アタシの彼氏がぽつんと席に座っていた。他に生徒はいないらしい。
……アタシが学校に出発する時間を見計らって、先回りしたのかな。
水上のアタシを見る目は、まるで飼い主に叱られてしょぼくれた犬のようだった。
「おはよ、水上」
アタシは普通に挨拶する。
「……楓、怒ってない?」
眉尻を下げ、上目遣いで水上が問う。
アタシは水上の顔だけは好みだ。ぶっちゃけ、顔で彼氏にした感はある。
「怒ってないよ。アタシも、突然帰ってごめん」
「いや、それは……俺が『楓が死ねって言ったら死ぬ』なんて言ったから、だよね……?」
他にも原因は色々あったが、とりあえずそれが原因ということにして、うなずいた。
「あんまし自分の命を粗末にすんなよ」
「はい……」
アタシは水上の背中をバシッと叩く。水上は「いてっ」と言ったが存外嬉しそうであった。
そのあとはホームルームに授業、昼休みに弁当食ったらまた授業。居眠りしてたら放課後なんてあっという間である。
「楓、放課後デートしない?」
「いいけど……どこ行くの?」
「あのパンケーキが美味しい喫茶店とかどうよ?」
「アンタがフラれた店に行くとかアンタもいい趣味してんね」
「フラれたけど、その直後に運命に出会えたからね。思い出深いんだ」
「バーカ」
照れ隠しに罵った。
「じゃあ紅葉と秋野も連れて四人で行こうよ。あそこのパンケーキ美味しいけどやたらデカイからシェアできる人数が多いほうがラクなんだよね」
「ダブルデートってやつ? いいね」
他人の入り込む隙をなくしたがる水上が、珍しく乗り気だった。まあ、秋野はストーカー友達だし、気心の知れた仲なのだろう。
……秋野本人は「知り合って二年くらいしか経ってないしあんまり興味ない」って言ってたけど、それは黙っておこう。
さて、アタシたち四人はいつかの喫茶店にやってきた。
流行り廃りというのは早いもので、二時間待ちだった喫茶店にはもう行列はない。パンケーキブームは去って、今は何か別のものが流行っているらしい。アタシにとっては興味がない。アタシはあくまでパンケーキが食べたいのだ。
「お待たせいたしました」とドカンと五段積みの分厚いふわふわパンケーキがテーブルに乗せられる。バターとメイプルシロップの甘い匂いが鼻をくすぐる。
「すごいね~これ、食べ切れる?」
「そのために四人で来たんでしょ」
「ねえねえ、食べる前に写真撮ろうよ」
「ナイフ入れた断層もね!」
女子組――アタシと紅葉はキャイキャイとはしゃぎ、それを温かくカメラを構えて見守る男子組――水上と秋野。この世界において、写真や動画で形に残すことは一種の愛情表現なのだと最近気づいた。
女子がパンケーキの写真を思い出として残すように、男子はその楽しそうな顔の女子をカメラに収めることで思い出として残す。
「はい、水上の分」
アタシは大きめに切り分けたパンケーキを皿に乗せて水上に渡す。
「あ、ありがと……」
水上は戸惑っているようだった。そりゃそうだ、今まで邪険にされていた相手が急に優しくなったのだから。
「なんか今日、機嫌良かったりする?」
「機嫌がいいっていうか、吹っ切れたって感じかな」
「ふーん……?」
水上は不思議そうな顔をしていた。
みんなでパンケーキを食べて、四人ともパンパンになったお腹をさすっていた頃。
「ねえ、水上。ゴールデンウィークって空いてる?」
「うち、家族はばあちゃんしかいないからいつも空いてるような状態だけど、どうかした?」
「……水上んちに、お泊りしたいなって……」
カシャンと皿の上にフォークが落ちる音がした。
「水上、皿が割れたら危ないでしょ」
「あ、うん、ごめん……え? お泊りって……本気で言ってる?」
「うん。ゴールデンウィークの間だけ、アタシのこと監禁して、いいよ」
――そう。
この異常な世界を渡り歩く方法はただひとつ。
自分も壊れてしまうしかなかった。
「水上くん、良かったね。おめでとう」
「おめでとう……紅葉。僕も紅葉と一緒にゴールデンウィーク過ごしたいな。……僕の部屋で」
「家が隣同士だから大して変わらないと思うけど……そういう趣向も面白いかもね?」
紅葉が妖艶な笑みを浮かべ、秋野がそれに見とれている間にも、水上の顔はどんどん赤くなっていく。
「監禁していいよって……監禁して、いいよ、って……ああ、録音しといてよかった、あとで聞き返そう……」
いや、録音してたんかい。
とまあ、そういうわけで、アタシはこの狂った世界に順応することにしたのであった。
〈続く〉
アタシ――松崎楓の周りには、少なくともストーカー行為を容認している人間ばかりだ。
ここまで狂った世界だと、もはや狂っているのは逆にアタシだけなのでは? と絶望もしかけたが、よくよく考えてみれば、水上錦の前の彼女だって水上を「気持ち悪い」と認識していた。まだ希望はある。
さて、この世界がどのくらい狂っているのかと言えば、これまでのお話を読んでくれた読者の皆さんには充分に理解してもらえたと思うが、復習のためにおさらいしておこう。
この世界――少なくともアタシの住んでいる街は、至るところに監視カメラが設置されている。おかげで犯罪の検挙率は高い。まあここまではいい。
問題は、個々人の家にも監視カメラを設置する家庭があり、親が子供の部屋のぬいぐるみにも勝手にカメラや盗聴器を仕掛けているのだ。ここまで来たら流石に異常だろう。
さらに、この世界では前述のようにストーカー行為が容認されている。ただ下着をかぶっているだけの変質者が逮捕されるのに、ストーカーは何故か逮捕されない。いや、変質者も十分怖いけど。
これはあくまでアタシの考えだが、この家庭内ストーカーの数はアタシが思っている以上に多く深刻だ。
親が子供や配偶者を監視する家庭はおそらくは政治家や有力者の中にも多い。
そして、恋人同士でもお互いにストーカー行為を容認している、そんな異常な世界だ。
……それを異常に感じている人間が少ないから、逆にこの世界にとってはアタシのような人間が異物なんだろうけど。
いっそアタシもこの異常な世界の住人だったら、どれだけ楽だったことだろう。
この狂った世界で、正気を保ったまま渡り歩くには――?
翌日。
教室に入ると、結構早い時間だというのに、水上錦――アタシの彼氏がぽつんと席に座っていた。他に生徒はいないらしい。
……アタシが学校に出発する時間を見計らって、先回りしたのかな。
水上のアタシを見る目は、まるで飼い主に叱られてしょぼくれた犬のようだった。
「おはよ、水上」
アタシは普通に挨拶する。
「……楓、怒ってない?」
眉尻を下げ、上目遣いで水上が問う。
アタシは水上の顔だけは好みだ。ぶっちゃけ、顔で彼氏にした感はある。
「怒ってないよ。アタシも、突然帰ってごめん」
「いや、それは……俺が『楓が死ねって言ったら死ぬ』なんて言ったから、だよね……?」
他にも原因は色々あったが、とりあえずそれが原因ということにして、うなずいた。
「あんまし自分の命を粗末にすんなよ」
「はい……」
アタシは水上の背中をバシッと叩く。水上は「いてっ」と言ったが存外嬉しそうであった。
そのあとはホームルームに授業、昼休みに弁当食ったらまた授業。居眠りしてたら放課後なんてあっという間である。
「楓、放課後デートしない?」
「いいけど……どこ行くの?」
「あのパンケーキが美味しい喫茶店とかどうよ?」
「アンタがフラれた店に行くとかアンタもいい趣味してんね」
「フラれたけど、その直後に運命に出会えたからね。思い出深いんだ」
「バーカ」
照れ隠しに罵った。
「じゃあ紅葉と秋野も連れて四人で行こうよ。あそこのパンケーキ美味しいけどやたらデカイからシェアできる人数が多いほうがラクなんだよね」
「ダブルデートってやつ? いいね」
他人の入り込む隙をなくしたがる水上が、珍しく乗り気だった。まあ、秋野はストーカー友達だし、気心の知れた仲なのだろう。
……秋野本人は「知り合って二年くらいしか経ってないしあんまり興味ない」って言ってたけど、それは黙っておこう。
さて、アタシたち四人はいつかの喫茶店にやってきた。
流行り廃りというのは早いもので、二時間待ちだった喫茶店にはもう行列はない。パンケーキブームは去って、今は何か別のものが流行っているらしい。アタシにとっては興味がない。アタシはあくまでパンケーキが食べたいのだ。
「お待たせいたしました」とドカンと五段積みの分厚いふわふわパンケーキがテーブルに乗せられる。バターとメイプルシロップの甘い匂いが鼻をくすぐる。
「すごいね~これ、食べ切れる?」
「そのために四人で来たんでしょ」
「ねえねえ、食べる前に写真撮ろうよ」
「ナイフ入れた断層もね!」
女子組――アタシと紅葉はキャイキャイとはしゃぎ、それを温かくカメラを構えて見守る男子組――水上と秋野。この世界において、写真や動画で形に残すことは一種の愛情表現なのだと最近気づいた。
女子がパンケーキの写真を思い出として残すように、男子はその楽しそうな顔の女子をカメラに収めることで思い出として残す。
「はい、水上の分」
アタシは大きめに切り分けたパンケーキを皿に乗せて水上に渡す。
「あ、ありがと……」
水上は戸惑っているようだった。そりゃそうだ、今まで邪険にされていた相手が急に優しくなったのだから。
「なんか今日、機嫌良かったりする?」
「機嫌がいいっていうか、吹っ切れたって感じかな」
「ふーん……?」
水上は不思議そうな顔をしていた。
みんなでパンケーキを食べて、四人ともパンパンになったお腹をさすっていた頃。
「ねえ、水上。ゴールデンウィークって空いてる?」
「うち、家族はばあちゃんしかいないからいつも空いてるような状態だけど、どうかした?」
「……水上んちに、お泊りしたいなって……」
カシャンと皿の上にフォークが落ちる音がした。
「水上、皿が割れたら危ないでしょ」
「あ、うん、ごめん……え? お泊りって……本気で言ってる?」
「うん。ゴールデンウィークの間だけ、アタシのこと監禁して、いいよ」
――そう。
この異常な世界を渡り歩く方法はただひとつ。
自分も壊れてしまうしかなかった。
「水上くん、良かったね。おめでとう」
「おめでとう……紅葉。僕も紅葉と一緒にゴールデンウィーク過ごしたいな。……僕の部屋で」
「家が隣同士だから大して変わらないと思うけど……そういう趣向も面白いかもね?」
紅葉が妖艶な笑みを浮かべ、秋野がそれに見とれている間にも、水上の顔はどんどん赤くなっていく。
「監禁していいよって……監禁して、いいよ、って……ああ、録音しといてよかった、あとで聞き返そう……」
いや、録音してたんかい。
とまあ、そういうわけで、アタシはこの狂った世界に順応することにしたのであった。
〈続く〉
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
着ぐるみ先輩、ちょっといいですか?
こう7
キャラ文芸
丘信濃高校には一つ上の学年に有名な先輩がいる。
その名も通称 着ぐるみ先輩。スカートだからおそらく女性。
動物の顔を模した被り物を装着した先輩。
格好は変でも文武両道の完璧超人。
そんな彼女の所属する写真部は多くの生徒から一癖二癖もある変人共の巣窟と評されている。
一般生徒な俺、芦田 涼も写真部に入っている事でその愉快な仲間の1人にされている。
でも、俺はただ純粋に写真を撮るのが好きなだけの至って普通の男の子。
そんな変人達に絡まれる普通の男の子の日常物語。ではなく、異常に個性の強い人達が無茶苦茶するお話です。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
学園一のイケメンにつきまとわれています。
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
主人公・文月栞(ふみづき しおり)は静かに暮らしたい――。
銀縁の(伊達)メガネとみつあみにした黒髪で、地味で冴えない文学少女を演じ、クラスの空気となりたい栞。しかし彼女には壮絶な過去があった。
何故かその過去を知る『学園一のイケメン』の異名を持つ曽根崎逢瀬(そねざき おうせ)に妙に気に入られてしまい、彼女の目立ちたくない学園生活は終わりを告げる!?
さらに『学園で二番目のイケメン』や『学園の王様』など、学園の有名人に次々に囲まれて、逆ハーレム状態に!?
栞の平穏無事になるはずだった学園生活は、いったいどうなってしまうのか――?
みたいな、女性向け逆ハーレム系恋愛小説。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる