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第33話 猛毒

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「くっ……」

 仮面の男を取り逃がすこととなったヒットだが、何より厄介だったのは肩に一発ナイフが掠ったことだった。

 ヒットは傷む肩を押さえ、片膝をついた。メリッサが慌てて駆け寄ってくる。

「ヒット、顔色が……」
「あ、あぁ。掠っただけだったんだが、結構強い毒だったみたいだ――」

 ゲームでは毒にも微毒、毒、猛毒、劇毒と種類があった。劇毒は通常の毒の中では最も被害が大きく、対抗手段が何も無ければあっという間に生命力を持っていかれた。

 だがヒットはまだ息があり、苦しげではあるがすぐに死ぬような状況ではない。ヒットは猛毒だと予想するが、ゲームと異なりステータスでは状態がどうなっているかまで確認出来なかった。

「大変、猛毒に侵されてる」

 だけど、メリッサの口から毒の種類が聞けた。

「メリッサにはわかるんだ……」
「あ、うん、鑑定があるから……」

 なるほどとヒットは納得した。鑑定であれば相手の状態もわかるようだ。

 とは言え、状況は芳しくない。こんなことなら毒への対策も考えておくんだったと思うも今となっては後の祭りである。

「と、とにかく早く町に戻らなきゃ……」
「わ、悪いな」
「ううん、これぐらいさせて」

 結局メタリックスライムはメリッサの手で回収してもらいヒットの魔法の袋に入れてもらった後、彼女に肩を貸して貰う形で歩いていくこととなった。情けない話でもあるが、ゲームと違い毒の効果がダイレクトに影響していた。

 顔色が悪いと言われたが実際血の巡りが悪くなった気がするし目眩や吐き気が酷い。頭もガンガンする。猛毒状態は生命力だけではなく体力も精神力も奪っていく。
 
 とにかくできるだけ急いで町に戻る必要があるのだが、悪いこととは重なるものである。

「そ、そんな。こんな時に――」

 帰り道、ヒットとメリッサは狼の群れに囲まれる事となった。狼と言っても勿論魔物である。しかも常に腹をすかせているとされるハングリーウルフの群れだ。

 体調が万全であればそこまで厄介な相手ではないのだが、今はヒットがろくに戦えない状態だ。メリッサにしてもヒットを庇いながらでは厳しい。

「ファイヤーボルト!」

 弓が使えない状態だ。メリッサは魔法に頼るほかない。この状況で覚えた魔法が役立つとはといったところだが、とにかくファイヤーボルトやウィンドカッターで抵抗を試みる。

 だが数が多い。詠唱の必要な魔法では限界があった。

「キャッ!」

 ハングリーウルフの爪がメリッサの柔肌を抉った。腕から滴り落ちる鮮血が痛々しい。

「メリッ、サ、俺を置いて、逃げろ。自分の命を大事に――」
「馬鹿言わないで! 怒るよ!」

 眉を吊り上げて、語気を強める。メリッサは本気で怒っているようだった。元々メリッサは仲間に見捨てられたところをヒットに助けられて今に至る。

 そんな彼女が仲間となったヒットを見捨てられるわけがなかった。いくらヒットがメリッサの為を思って言っているとしても、それを実行すれば彼女はかつて自分を見捨てた冒険者と同じになってしまう。

 何よりメリッサにはヒットを見捨てられない理由があった。だが、ヒットはヒットで彼女に死んでほしくないという気持ちが強い。

 ヒットは自分の不甲斐なさに情けなくなり腹立たしくもなった。こんな毒程度で何も出来ないなんて――

「くっ――」

 メリッサはヒットを肩にし、魔法を駆使しつつ少しずつ下がりながらなんとかこらえていた。だが、背中に固いものが当たる。幹だった。太い幹が背中に当たった。

 彼女は知らない内にハングリーウルフに追い詰められていた。普段ならそれにヒットが気づきそうなものだが、いよいよ毒が全身に回ってきたのか頭がぼ~っとして働かなくなっていた。

 メリッサはなんとか助けたい、だが、思考が回らない。どうすれば――ハングリーウルフはすぐそこまで迫っていた。

「……フェンリィ」
「ガルルルルルルゥ!」

 その時だった。空気を切り裂く音が聞こえ、同時に何かに命じるような鋭い声がし、木々の陰から1匹の狼が飛び出してきた。空のような毛並みをした狼だった。

 一瞬この魔物の仲間? とメリッサも顔を歪めたが、どうにも様子が異なる。

 なぜならその狼は横からハングリーウルフに飛びかかり、喉笛に噛みつき引き倒したからだ。首をやられたハングリーウルフはそれだけで死に至った。

「た、す、け、てくれ、たの、か?」

 ヒットが呟く。狼はメリッサとヒットを一瞥するもすぐに別なハングリーウルフに飛びつき首の骨を噛み砕いた。

 狼はハングリーウルフより小柄だ。サイズ的にはまだまだ子どもと思える。空色の毛並みに額から尾に掛けては白い一本線が走っているような模様をしていた。

 ヒットたちを助けてくれたと思われる狼は小さいながらもハングリーウルフなど相手にならないほど強かった。

 2人を追い詰めていた筈のハングリーウルフたちが一斉に飛び退く。接近戦を避けたのだろう。

 しかし、構うことなく狼はその場で爪を数度振った。離れた筈のハングリーウルフが一瞬にして細切れになり全滅した。

 どうやらこの狼、爪で斬撃を飛ばしたようだ。しかもかなり威力が高く、勢い余って後ろの樹木までなぎ倒されている。

「……よくやったねフェンリィ――」

 すると、今度は別な人物が木々の隙間から音も立てず姿を見せた。気配が希薄だが、意図して気配を消しているように思える。
 
 しかし、何よりその姿に、毒で苦しい状況ながらヒットは少々面食らった。なぜならその相手はメイド姿の少女、しかもとびきりの美少女だったのである。

「ハッハッハッハ」
「……よしよし」

 フェンリィと呼ばれた狼がメイド姿の美少女に駆け寄り尻尾をパタパタと振ってみせた。舌を出し今さっき魔物の群れをたった1匹で倒した狼とは思えないほど愛くるしく思える。

 こんな状況でありながらメリッサの頬もピクピクと反応していた。フェンリィの可愛さに目を奪われているようでもある。

 メイド姿の少女は屈んで一頻りフェンリィを撫で回した後、すくっと立ち上がり2人を振り返った。アメジストのような紫色の瞳をした少女だった。烏の濡羽が如く艶のある黒髪は腰辺りまで伸びている。

 そして腰の横には革の鞭が吊るされていた。この狼が飛び出てくる直前に聞こえた裂くような音はこの鞭によるものだろう。

「……もしかして毒?」

 ふと、メイド姿の彼女が小首を傾げ問いかけてきた。その紫色の瞳はヒットに向けられていた。

「は、はい! 猛毒状態で、なのでおかげで助かりました」

 メリッサが礼を述べる。当然だがこのフェンリィが2人を助けてくれたのも少女の力によるものだろう。

 なぜメイド姿かはわからないが、鞭を持っていて狼を操っているのならジョブはビーストテイマーの可能性が高いとヒットは判断する。

「……たまたま見かけたから手を貸しただけ。毒ならこれを使うといい」

 すると少女は鞭を吊ってる方とは反対側の腰に下げていた袋から小さな瓶を取り出した。

「あ! これは猛毒用の解毒薬、い、いいのですか?」

 少女はコクリとうなずいた。そしてメリッサに薬を手渡し。

「……行こう」
「ウォン!」
「あ、そんな、こんなにしてもらって、後ででも必ず、お、お礼をしますから名前を」
「……お礼はいい、それより早くやらないと、死ぬよ」
「え? あぁ!」

 ヒットは既に大分グッタリしていた。慌ててメリッサは受け取った薬を飲ませる。するとみるみるうちに顔色が良くなりヒットは一命を取り留めることが出来た。

 ただ、ヒットの回復を確認した後には既にメイド姿の彼女の姿はなかったわけだが――
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